全曲解説:A MOON CHILD IN THE SKY

〜今までの「天野流」の集大成〜

 セルフ・タイトルとも言える「天野(IN THE SKY)月子(A MOON CHILD)」の名を冠した、前作『天龍』以来約2年振りの4作目となるオリジナル・アルバム。いつかは使いたくて内容のごたまぜ加減から付けられたという、そのタイトルに意気込みが見られるように、これまでの「天野流」の集大成といった趣になっている。それゆえに、過渡期の作品と言えてしまわなくもないが、ヴァラエティは非常に豊かだ。
 本作は、天野自身がファースト『シャロン・ストーンズ』のアグレッシヴ感とセカンド『メグライオン』のマニアック感を足して2で割ってワン・ステップ上がったアルバム、と言うようにポップな面と奥深い面が交互に顔を出す。ロック色を出すためか、全曲がフェイド・アウトではないのも印象的。
 今回はロック色を強くするため、重ねている楽器が少ないというか、前の3枚のアルバムに比べて音数は少なめにされている。セルフ・タイトルである本作はそれに縛られたくなかった、と天野は言う。そのため敢えてロック色が強く、かつ童話的な、多彩な仕上がりとなった。そのうえで80'sテイストがふんだんに振り撒かれている。
 ジャケットは『スターウォーズ エピソード3』のアナキン・スカイウォーカーを思わせるローブ姿の天野のアップ。これまで接写が少なかった彼女にしては大胆なカットだ。「ダーク・サイド」を強めたという発言は、喩えばそうしたジャケットや初回仕様、そして内容にフィードバックしているのかも知れない。ノン・コンセプトで製作された本作だが、シアトリカルだとかゴシックといったテーマが底辺にあるので、通底した作品に仕上がっている。
 初回限定「ダーク・トレイ」仕様及び、オリジナルステッカー封入(宇宙飛行士のイラストか、二羽の孔雀のイラストか、カレンダーがもらえるあたりステッカーの3種類のうちいずれか1種)封入。


01.A MOON CHILD IN THE SKY
 プロデューサーであり、天野の曲すべてを編曲している戸倉弘智作曲によるインストゥルメンタル。物憂げなシンセ音をバックに、古びたラジオのような音でギターが演奏される。メドレー形式で次曲に綱がる。ライヴでは「アマロ13」からインタールード的に使用されるようになった。


02.Devil Flamingo
 ダーク・サイドを強調したというアルバムのイントロらしく、ヘヴィでメランコリックな響きに支配されている。リフで成立している曲が多い本作の中でも、この曲は頭の中でリフが鳴っていたので、「このリフが」と組み立てていったという。
 前曲からメドレー形式で始まるや一転、カラフルなシンセ音で始まるものの、これまた一点、ずしりと重い天野流グルーヴ・ナンバーとなっている。どこかしら漂うダークネスは、この曲をしてアルバム全体のイメージを集約しているかのようだ。「この世界はまるで 果てなき空中サーカス」というオビにも記された歌詞はデヴィル・フラミンゴの孤高さをも描いており、また非常に挑戦的だ。「片足で踊る 拘束されたピエロ」と「桃色を纏い 毒牙隠すDevil」が対象的に描かれているが、これは同じくしてデヴィル・フラミンゴのことであると思われる。
 ライヴ感の強い本作中でも、最もライヴ映えする一曲。ライヴでは「アマロ13」で初出となった。


03.JOKER JOE
 すわ、「トムパンクス」か? というイントロから一転、こちらもずっしりとしたヘヴィな演奏が楽しめる。天野流ロックンロールと呼んでもおかしくないグルーヴィな演奏だ。
 この曲はコーラス部分だけができていたので、後からリフを足していったという。ところが天野はリフを作ろうとすると似通ったものになったり、歌メロになってしまう。そこで、アレンジャーである戸倉にリフの作成を依頼、共作となったという。
 この曲は自分のテーマ・ソングのようにも聴こえる、と天野は語る。「人形」も小さい頃からの自分の葛藤とか生き様が表せたので、自分のテーマ・ソングだと思っていたのだが、それをもう少し分かりやすく説明したもののような気がする、とのこと。
 因みに、タイトルを略すと「J.J」なのは意図的なものなのだろう。JOKER JOEのモデルというか、モティーフは、ひょっとして……。
 ライヴでは「アマロ13」で初出となった。


04.イデア (A Moon Child mix)
 通算12枚目のシングルは、テレビ・アニメ『金色のガッシュベル!!』のエンディング・テーマということもあってか、実にブライトで、ポジティヴなポップ・ソング。歌メロディが今まで以上にキャッチーで、特にコーラス部分などは憶えやすい、佳曲と言えそうだ。『天龍』で開花したポップ性(普遍性)を、さらに押し進めたような仕上がりと言える。
 そもそも「イデア」とは哲学用語で、「理想」その他多様な意味を含む言語である。その中から天野は「価値観」という意味を選んだ。自らが信じた価値観を求め続け、光ある方へ向かっていく……そうした歌詞に、強く意味が宿っていると言えるだろう。自分の価値観を信じて進んでいくさまが、実にブライトに描かれている。
 ビデオ・クリップについてはこちらを参照。
 アルバム・ヴァージョンにするにあたって、冒頭にエコーがかけられたり、音響的に聴きやすいソフトなものになっている。リズム隊もオカズが増えたようにきこえ、ロック色を強めている。
 ライヴでは、「くれない鉄仮面団臨時集会vol.2」で初披露された。


05.Stone
「刺青」あたりを連想させる、物憂い一曲。この曲は「自分にとってロックを感じる瞬間って何?」ということを考えて作詞された。しかしそのうちに自我の肥大化を感じた天野は、「Rock」を砕いて「Stone」とした。そしてそこに自身の生き様などを書き表していったという。
 本作中でも、ヴォーカルのメロディ・ラインがドラマティックに変化する一曲。主語が初めて「あたし」になった点も着目。自由を謳歌する代わりに多大な恐怖感を抱かしめるという歌詞は、確かに天野自身を描いたかのようだ。天野自身の価値観が最も投影された一曲。そうして最終フレーズで「色あせた石」と形容した自らの過去を見詰めている。スロー・バラードにしては天野の歌い方がグルーヴィなので、ハマる人はハマるだろう。
 ライヴでは「アマロ13」で初出となった。


06.翡翠 (A Moon Child type)
 透き通る翡翠の宝玉を見詰めるが如く、透明感あふれる歌声。 「出会いと別れ」を象徴化した歌詞が刹那く響く。 秀逸なバラードの通算13枚目のシングル。
 明るい光に向かって旅立つ「あなた」を見届ける「わたし」の視線がことに真摯なのが、リスナーの胸を打つ。そうして輝かしい未来へとふたりが向かっていくさまを描いた歌詞が、オーケストラの壮大な演奏と共に感動を誘う。歌詞が別れを描いていながらも悲壮的ではなく、寧ろ旅立ちを祝う視点となっているのに注目したい。そう思えばこれは「天野流・卒業ソング」と呼べるだろう。ライヴの終盤にぴったりな、「巨大獣」にとってかわれる曲とも言えそうだ。
「出会いと別れ」の象徴としての「学校」の校舎を使用したビデオ・クリップも製作されている。素朴な色彩の風景に天野がやわらかく佇む、今までと違ったシンプルな出来栄えとなっている。また、「鮫」以来となるイメージ・イラストとして、渡り鳥のカワセミ(翡翠)を手にとる「翡翠ヒメギミ」が描かれた。翡翠色のCD盤面にも鳥のシルエットが2羽描かれており、「飛び立つ」イメージを強調している。歌詞の内容としては、夢を諦めて実家に帰ってしまった友人へ向けたものだという。
 ビデオ・クリップについてはこちらを参照。
 アルバム収録にあたって演奏がリテイクされ、ピアノと弦楽の間(つまりシングル・ヴァージョンとスリムType)にあるアレンジメントが施された。中盤や終盤のストリングス・パートが秀逸。ヴォーカルはシングル・テイクのものを流用しているようだ。
 ライヴでは、「KERA presents 天野月子SPECIAL LIVE in 原宿RUIDO〜夏なのに、夏だからすぺさるライブ」からアンコールにて弾き語り演奏されている。「アマロ13」では「スリムType」に準じた演奏が行われた。


07.1/2 -a half-
 シングル・カットできそうなぐらいポップでいてゴシック色の強まった一曲。次曲にも通じる自己犠牲精神が歌詞には現れており、求めるに値しなければ自分を棄てても構わないという歌詞が印象的。「君」と「わたし」が1/2同士であり、ひとつになりたくてもなれないという歌詞は刹那く、愛しているのに少しずつ崩れていってしまうという歌詞が印象的。スラップ奏法によるベースを中心とした、グルーヴィな演奏だ。
 歌詞は自己犠牲精神が強く、「君」と繋がりたいのに繋がれず、ぬるく結ばれるなら見棄ててほしいというもの。本作の中にしっとりと染み込むように存在する自己犠牲精神が、最も表層化した一曲と言えるだろう。しかし、もともとは誰かに提供するつもりで作った曲であり、仮歌は「鍋が焦げ付いたからタワシを買いに薬局へ行ったらセール中で、肩こりの薬を買った」というものだったという。
 因みに、本作を半分に割ると、この曲が丁度真ん中、1/2の位置に置かれている。
 ライヴでは「アマロ13」で初出となった。


08.聲
 通算14枚目のシングルとなる、プレイステーション2専用ソフト『零〜刺青ノ聲』イメージ・ソング。以前の『零〜紅の蝶』での「蝶」3rdアルバム(『天龍』収録曲)が好評だったため、今回も天野楽曲が使用されることになった。二度と会えない人のことは忘れようとも、その「声」だけは憶えているものだ、と天野は語る。またそれが、ゲーム世界にもリンクしているようだ。
「ライオン」を髣髴とさせる静やかなピアノ・シーケンスに独唱が乗り、厳かにストリングス音が重なり、やがてドラマティックに展開していく。クライマックス・シーンではストリングスが力強く鳴り響き、壮大さを強調している。壮大なスケールで迫るミディアム・テンポのロック・バラード、という点では「蝶」にも近いものがあるが、こちらはこちらで、また別の世界観を見せたものになっている。それにベクトルは徹底してネガティヴな方向を向いており、「わたし」が「あなた」を認識できる「聲」を蝕み、抜け落ちていくように忘れてしまうというところにこの曲の「儚さ」がある。そう、この曲の核は「儚さ」にある。忘れ、ぼやけ、蝕まれ、抜け落ちていく、「わたし」が「あなた」を認識するコード……しかし、その先にも「ひかり」がある。自分の在処を太陽が照らし出し、浄化することにより、「わたし」は居場所を得られている。多くを失いつつもひとすじの「ひかり」を得ている。希望はあるのだ、微かにでも。自己犠牲でも。
この曲を「天野月子といえば、コレ」という曲にしたかったという天野は、本作は「聲」が中心にある気がする、とも言う。
 ビデオ・クリップについてはこちらを参照。
 ライヴでは、シングル発売直後の「KERA presents 天野月子SPECIAL LIVE in 原宿RUIDO〜夏なのに、夏だからすぺさるライブ」から披露されている。オリコン初登場39位と、それまでのシングルの中では最高位をマークしている。
「天野月」に改名後、アコースティック演奏(弾き語り)された。


09.砂糖水
 寓話的世界観を持つ、3拍子のワルツ。天野は、この曲は早い時期から「このタイトルの曲を書きたい」と思っいて、ラフだが物語も思い浮かべていたりしていた。そこからもう一度イメージを膨らませていったという。
 幻想的なストリングスからサイケデリックなギターが重なり、やがて歌がシンセ・アコーディオンをバックに始まり、最初のコーラス部分からバンド演奏となる。中間部ではドラムがボレロ調にもなる。そして最後にはピアノで儚げに終わる。曲のヴァラエティが豊かな本作の中でも、最も変化の多い一曲だ。チャイルディッシュながら刹那い歌詞も着目に値する。ここでの「わたし」は捕らえられた昆虫であるようだ。夏の終わりに響くビィドロのような歌詞。
 ライヴでは「アマロ13」で初出となった。


10.パレード
 この曲は「Devil Flamingo」「JOKER JOE」と並んでライヴ感を伝えられる曲だ、と天野は語る。天野流ロックンロール・ナンバーと呼べるだろう、リフを強化したヘヴィ・チューン。
 歌詞は「パレード」という祝祭を冷ややかに眺め、歓迎していない点にポイントがある。それは、パレードは祝うものではなく、祝われるものであるとしたシニックなものだ。欲しいものは「描いた夢を食べる獏」などと、リアルを求める姿が底にはある。前曲で失いかけた現実観を取り戻す位置にある。そして次なる夢への呼び水となっている。
 いかにもライヴ映えしそうだが、ライヴ演奏はされていない曲。


11.博士と孔雀
 童話的な世界観。彼女の得意の手法になってきた。この曲は、ファッションを意識した曲でもあり、ゴシックは孔雀だ、という思い付きから、作中に登場する博士を組み込んで命名された。因みにファッショのイメージはフラミンゴだという。
 夜伽話を歌うようなヴォーカルと、浮遊するようなやさしく控え目なバック・トラックがこの曲を甘くしている。しかしその歌詞は触れていたいのに触れられない、キスしたくとも愛する人にはなれない、という刹那さの上に成り立っている。ステッカーの孔雀や、「聲」のステンドグラスなど、本作の象徴的存在と言える曲。次曲への掛け橋となるピアノ音で終わるところも憎い。
 因みに、孔雀は立派な尻尾を持つものが雄であるので、この「博士」は女医か、はたまたホモ・セクシュアルな恋を描いたのかなど、不明な点もある。
 ライヴでは「アマロ13」のアンコールにて弾き語り演奏された。
「天野月」名義になってから初めて演奏された過去曲(天野「月子」曲)も、この曲である。


12.花冠
 それまで何かしかの「花の名前」をアルバム最終曲にもってきた天野だが、ここで遂に「花」自体をタイトルとした。壮大でスケール感のあるバラードにして、「花シリーズ」の総括的一曲。そう思って聴くと、今までの「花シリーズ」を総まとめしたかのような曲調と言える。
 物憂げなピアノ独奏から始まり、ヴォーカルが乗ると、急激にアクティヴな曲調に変わる。そして、やがてまたピアノの繊細な音に戻る。アクティヴな中にもソリッドなベース・ラインや、タイトなドラム、ナーコティックなギターなど、着目点は多い。他の曲は譜面にすると3枚程度で済むところを、この曲は繰り返し部分も微妙にコード進行などが異なっているので、5枚にもなってしまうという難曲。歌詞の刹那さは随一で、愛しい人に自分を斬り棄てるなら最後の瞬間まで見とってほしい、と嘆願している。壮大な世界観を持つ、「花シリーズ」有終の美。要約すると「わたしの心にはもうあなたという名の花は咲きません」という意を込めているのだという。
 因みに、読みは「かかん」であり、ひとつの花で、花びらの集まり全体。または花で編んだ冠のことを言う。
 ライヴでは「アマロ13」で初出、それも冒頭からという意外な登場となった。


13.体操
 1stアルバム『シャロン・ストーンズ』以来となるシークレット・トラック。30秒のブランクを経て、天野月子史上最も明るいハイ・テンションなコミック・ソングが始まる。必要最低限のストリングスとギターをメインとし、おかしげなナレーションやツッコミがたくさん盛り込まれたポップ・ソング。ダーク・サイドの強い本作中では違和感があるほどコミカルだが、それゆえのシークレット・トラックであろう。ベクトルが急転換したその歌唱はすさまじいポップネスを抱いている。この曲が邪魔ならば、プログラム機能を使ってしまえばいいだけのことだ。最後に「イテッ」と言われるまで、聴いて聴いて聴き倒そう。
 ブランクを除けば2分45秒と、天野月子史上最も短い曲でもある。
 ライヴでは未だ演奏されていない……そもそも、されるのだろうか? と思っていれば、「秘密サークル タイガーマシーン」主体のライヴ・イヴェント「タイガー☆ナイト」にて「遊び心だけで作った曲」と宣言されて演奏された。そこでマスカレード・ポロが登場したことにより、ハイ・テンションお兄さんは彼であることが判明した。