全曲解説:Sharon Stones

〜記念すべきデビュー・アルバム〜

 2002年6月5日発売の、記念すべきメジャー・ファースト・アルバム。インディーではシングルのみのリリースだったので、そちらを合わせても「ファースト」ということになる。
 期待の新人ということもあり、オリコン初登場33位を獲得。「月子」という名前から「究極のお遊び」として披露されたジャケットの「かぐや姫スタイル」も好評だったと聞くので、恐らくそれも購買者の想像を掻き立てる一要因となったのだろう。女優の名を連想させ、想像力を助長するアルバム・タイトルはその内容をして「下品で垢抜けしないそこらへんの小石群」とする意味が込められており、謙遜とその裏にある自信が垣間見える。また、発表後のツアー・タイトルが「氷の美SHOW」とされることで本作に於けるユーモアは一貫したものとなり、完結した。
 箱やブックレットなどのゴテゴテに凝った特典はないが、初回盤には「かぐやヒメギミ」ステッカー封入。

 デビュー作となる本作は、まずインパクトが必要だったのだろう。だからこその「かぐや姫スタイル」なのだろうが、それは単純に奇をてらっただけではない。全部で「12曲」だからこその「十二単」なのではないだろうか。そして、(寧ろ心的な意味で)自分を裸にしてしまう最後の一枚だけは離さないように、「箱舟」だけはシークレット・トラックとして収録されているのだ。


01.菩提樹
 メジャー・デビュー曲にして通算3枚目のシングル表題曲。ヴァージョンはほぼ同じだが、アルバム収録にあたり冒頭に宵闇の雲を思わせるストリングス・パートを付随。これにより、唐突な印象があった冒頭部が闇夜を切り裂く雰囲気を掻き立てる。そうして月の歌声が現れる、という趣向だ。シングルには「Suginamix(リミックス音源、以下同じ)」も収録されている。
 天野はシューベルトの「菩提樹」が好きで、いつかその題名を冠した楽曲を作ろうと思い続けていた。めでたくそれが叶ったのが、この楽曲である。ヘンデルの「オンブラマイフ」や絵本『おおきな木』に影響を受け、アマチュアの時に作り上げた3枚目のデモ・テープ集『リンデンバウム』(菩提樹)で言いたかったことを1曲にまとめたものであるという。因みに、彼女のライヴ開演前にシューベルトの「菩提樹」が流されたこともあったという。これについては筆者の「『菩提樹』論」を参照頂きたい。ストリングス・パートを再構築し、打ち込みを乗せたイントロS.E.を加え、ライヴ冒頭に多く配置されることからも、この曲は間違いなく堂々たる代表曲と言える。
 悲痛な叫びが美しくも儚く虚空を舞い、やがて消えてしまう。歌詞は日本古来よりの「待つ女」のイメージや「母性」を全面に打ち出している。楽曲もストリングスが肝となり、ある種の耽美的世界を表現している。「J-POP新人のデビュー・シングル」という言葉から連想される、軽い一般的イメージにはそぐわない、既に貫禄に満ちた傑作曲と言える。
 シングル・ジャケットで天野は長いスカート(下はズボン)の貴婦人を気取り、岸壁に立ち尽くしている。彼女はヴィクトリア王朝期のスタイルに対する憧憬があり、それを具現化したのがその恰好なのだという。
 ビデオ・クリップでについてはこちらを参照。

 録り直しや重ねがけが自由にできるスタジオと違い、ライヴでのこの曲は、天野の声には迫力が欠けることが多かった。しかしそれを引き出せる力量に達した頃から、彼女はライヴでも一人前になったと言えるだろう。ライヴの度にこの曲は天野の成長度を表している。また、個人的に天野との共通点が少しばかりちらつく戸川純が所謂「パッヘルベルのカノン」が好きで、それを代表的自作曲「蛹化の女」へと昇華させたのに対し、天野はシューベルトの「菩提樹」を好んで同名異曲を作り上げているのは興味深い。
 この曲こそが、筆者にとっての「天野月子」である。天野はネガティヴな部分を活かした楽曲制作を行うことが多く(詩作の面に強いが、楽曲のコード進行なども明るくはないと思われる)、それが独特の味となっている。そうしたものが凝縮されたのが、この曲であるからだ。


02.Treasure
 通算5枚目のシングル表題曲。ヴァージョンは同じだが、そちらには「Suginamix」も収録されている。
 彼女のメジャー・デビュー曲「菩提樹」では「陰」の部分を引き出し、続く「スナイパー」では「陽」の部分を引き出したので、その中間となる楽曲を作ろうという試みから完成した曲(つまり、普段の状態にある彼女に比較的近い曲と言えるのだろうか?)。そのため、その2曲に挟まれる配置になっているようだ(他に2曲挟まれているが、敢えて言うなら「B.G.」の音色も「陽」の部分の拡大だ)。そのためか一般受けも良く、アルバム全体ではなく1曲だけで天野を試してみるには最適かも知れない。
 よく「80年代からの影響力」と評されるこの曲であるが、鍵盤の音を差し引いて考えてみると、そうでもない。寧ろ楽曲自体がきっちりと整備されている部分にそうしたものが感じられる。曲自体はハード・ロック色が強いポップ・ソングで、それまでに発表した楽曲とは一線を画し、フェイク感よりも偽らない、等身大に近い天野の姿が見える。彼女自身の「シングル曲のソング・ライティング」を集約したような、彼女自身を安定させたとも言える楽曲。
 この曲の歌詞は「宝物」を描いたものであるが、彼女はそれを祭り上げるのではなく「そんなに簡単に宝物と呼べるものは、本当に宝物なのだろうか?」という疑念を少しばかり落とし込んでいる。そのうえで耳あたりの良いポップ・ソングに仕上げているのだから、表面を一聴して後、より深く味わっていくと楽しみ方も増える筈だ。そこへ襲いかかる「タバコがないから接吻を」という歌詞に、いたずらな微笑みを思い浮かべることだろう。また“Treasure, hid myself behind you”の“Treasure”とは“you”にかかっており、つまり「あなた」のこと。そう考えると「わたしの宝物はあなた」と訴える、真摯なラヴ・ソングとも言える。
 シングル楽曲であるのに、ライヴでは『Pia Debut Live Review(関西版)』や『氷の美SHOW』で披露されたのみにとどまっているが、披露の際には冒頭部にシンセ部分を抜き出したS.E.を付加している。
 シングル・ジャケットで天野は赤いバスローブをまとい、宝箱に入るように腰掛け、裸足のまま微笑んでいる。これは前述の曲趣旨とまじえて考えるといいだろう。ビデオ・クリップでについてはこちらを参照。


03.B.G.〜Black Guitar + Berry Garden〜
 インディーズでの、セカンドして最後のシングル表題曲。ヴァージョンは同じだが、そちらには「Suginamix」も収録されており、また「菩提樹」にはこの曲の「胸キュンタイプ」も収録されている。そちらでは特に、本作のレコーディングではこの曲だけの参加にとどまっているRieの貢献が聴いてとれる。
 黒いギターを購入した嬉しさから作曲されたというこの曲は、それをきっかけとして別の意味の「B.G.」を盛り込み、静かに終わろうとする恋になぞらえることで完成している。発表後、TOYOTA「GAZOO.com」CMソングに抜擢され、本人主演のCMと共に話題となる(筆者未見だが、ギターを弾きながら歌っているらしい)。それが話題となり、彼女をメジャーへのし上げるきっかけを作った記念碑的楽曲。
 疾走感に溢れたナンバーで、何より耳への受け入れがしやすい。さらに歌声を使い分ける天野の中でも、ひときわ甘い歌声を味わえる。天野を知らないポップ・フィールドの人間にとっては、最も受け入れやすい楽曲だろう。歌詞は本作中最も普遍性の強いもののひとつで、逃れられない切ない別れを描いたものだが、懸命にそれを無視したがる純朴さがいじましい。それでも「恋に恋してセンティメンタリズムに浸っているカマトトの歌」でもある。
 この副題にある「+」は、どうも「プラス」ではなく「たす」と読むようだ。歌声から判別する限りではそう聞こえるし、本人も言及したことがあるらしい。リミックス音源だとそれが解りやすいのでお試しあれ。無論、タイトルの「B.G.」とはその略であり、また続くフレーズにあるように“Bad Guy + Baby Girl”の意も含む。シングル曲とそのカップリング曲のタイトルが表わすように、言葉遊びの好きな彼女らしさが感じられる。
 シングル・ジャケットで天野は無数の黒いギターが舞う中、白いワンピース姿で飛び跳ねている。惜しいのは、その写真の映りは楽曲との間に少しばかりの違和感を受けることだ。力の入ったプロモーション・ビデオでもその恰好で、紙芝居などをまじえて物語風に展開される。
 因みに、この曲の誕生を促した「黒いギター」は最初に購入した「クロ」と、その次に入手した彼女の愛用となる、ヒメギミの顔がペイントされた「ヒメ」。そう考えると、この曲は彼女のトレード・マーク誕生という意味でも記念碑的楽曲と言える。ちなみにプレイボーイズと出会ったのもこの曲からだという。
「天野月子 in 昭和音楽大学」では、アコースティック・タイプの演奏が行われた。それが意外なほどに「胸キュンタイプ」に似ていたのだが、シャラは飽くまでギター弾き。つまり、そのふたつが合わさったようなアレンジだった。ファンはそれを聴きながら、頭の中でサックスの音をギター・ソロに置き換えてみよう。また、それに近いのは『音倉レコード会社案内』のテイクだ。
 また蛇足ではあるが……スタジオ版でが聴き取りにくいものの、冒頭の浮遊感に満ちたコーラス部分の最終部に「ピピッ」という意図的なノイズに近しい音が入っている。これを最近のライヴではシャラがエフェクターを利用したギター・ノイズとして大きく鳴らしている(喩えば『氷の美SHOW』で特に聴き取れるだろう)のは、ちょっとばかり愉快だ。
 ビデオ・クリップでについてはこちらを参照。


04.HONEY?
 アルバム発表後にシングル・カットされた曲。よってこちらがオリジナル・ヴァージョンとなる。それにあたり、そちらでは若干のリミックスが行われた。
 タイプとしては「Treasure」に近いものの、こちらはややスロー・テンポになり、若干だがアコースティックな側面を覗かせる。ストリングスも巧妙。結果、一時の豪華なイメージを投影した楽曲に仕上がっている。起伏がはっきりしており、楽曲的にもよくできている。
 歌詞は前曲と同様、他の楽曲より普遍性が強い。シングルになる可能性はもとより秘めていたということだ。ただこの曲の歌詞が他と異なるのは、「わたし」は「あなた」と同格より上に座していること。ネガティヴな恋愛描写の多い歌詞にあってそれは珍しいが、やはり「わたし」は自分のもとを離れようとする「あなた」を引き止めもしない。しかし、自分の魅力を引き出してくれるのは「あなた」だということを「わたし」は知っている……個人主義的恋愛観が均衡している状態を描いているとも言えるだろう。
 こちらも「天野月子 in 昭和音楽大学」ではアコースティック演奏されたが、もとよりアコースティックの要素があった曲なので、それほどの差異や違和感はない。シングル・ヴァージョンとの差異はこちらではギターの反響音が弱いこと、こちらには入っているスクラッチ音が極度に弱められていること、冒頭部分など……ごく細かい部分に見られる。またライヴ演奏の度に、シャラのギター・ソロが微妙に変わっていることが多くある。
 ビデオ・クリップでについてはこちらを参照。

 この曲がシングル・カットされるのはアルバム発売前から決まっていた。だがアルバムが(発売ではなく)完成したのは「Treasure」が発売されて少しのちほどの時期と類推されるので、この曲のシングル・カットよりだいぶ前のことだ。つまり意図的にシングル向けの楽曲として製作されたわけではなく、完成後にシングル発売できる、と踏み込んだのだろう。
 筆者は幸運なことにアルバムをリリースよりだいぶ前に聴き始めていたのだが、この曲はシングル・リリースされると予感した。それが可能なタイプの楽曲である、ということと同時に、天野の世間的評価に応じてリリースを決めるのだろうと……かくして「Treasure」も好評となり、アルバムの前評判も高かったため、めでたくこの曲もシングル・リリースされた。以上、ただの邪推。


05.スナイパー
 通算4枚目のシングル表題曲。ヴァージョンは同じだが、そちらには「Suginamix」も収録されている。
 メジャー・セカンド・シングルとなるこの楽曲で、天野は自己世界確立へのステップを踏み出したと言っても過言ではないだろう。つまりは「菩提樹」から「Treasure」に繋がる橋を掛けた。比較論ばかりを浴びせられていた彼女の楽曲群にあって、オリジナリティがひときわ強く、そのうえ彼女の得意とする「意図的なフェイク感」に最も満ちた傑作曲。「古い曲のイメージで作った」と天野自身が語るこの曲は、なるほど、鍵盤の鳴り具合やヴォーカル・ラインが既聴感を与える。それだけ馴染みやすく設計されている、ということだ。
 この曲を作るにあたって、天野は何本かのスナイパーものの映画を鑑賞したという。そこで「もしスナイパー同士が恋に落ちたらどうするだろう?」と思ったことから生まれたという。「わたしなら撃つ。あなたがわたしを撃ってくれるなら、しかと受け止めてみせる」とも言及している。
 この曲では終盤に一回、終了時にもう一回、銃撃音のS.E.が入る。ライヴでは、後者のタイミングに天野は拳銃を構える仕草をして、客席を撃つ真似をする。この「拳銃アクション」は既に名物となり、ライヴの度に毎回期待されている(「トムパンクス」とメドレーになって披露されなかった例も多い)。ビデオ・クリップでも随所にそのポージングが配されている。また、ライヴではコーラス部分のハンド・クラップ音が、観客の中からハンド・クラップが起こって再現される「観客との一体感を楽しむ」楽曲でもある。
 この曲はまた、ツアー『氷の美SHOW』からしばらくはアコースティック・タイプでの演奏が行われていた。これは装飾の多いこの楽曲をライヴで無理に再現するよりも、自然体で表現したかったことの現われなのだろう。その後エレクトリック回帰し、天野の歌唱力の増強を見せた。そうやってエレクトリック演奏される際には、ライヴでは効果音が削られがちな他曲と違い、この曲はできる限りの再現を施される。それが、同じダブル・クラップが入っていても「B.G.」では意識されず、こちらでは観客も含めて意識することの差と言えるだろう。
 ビデオ・クリップでについてはこちらを参照。


06.青紫
 ここでようやくにして、シングル向きではない楽曲が登場(シングル候補ではあったようだが)。
 アカペラから静かに始まるこの曲は、端的に言えば色を表現したもの。夕焼けが夜に変わる短い時間帯を相手になぞらえ、その美しさと曖昧さを音楽と歌詞で表現しているようだ。他の曲よりも叙情性やユーモアを減らし、リズムを強調した結果、平均的な楽曲となっている。しかしそれでも、最終サビ部分前の、滲んで消えゆく記憶を描いた部分は鍵盤の音色と噛み合って耽美的と言える。
 ツアー『氷の美SHOW』ではダンサブルなイントロ部分が設けられ、意外なことに、会場をダンス・ホール状態に導く楽曲となった。その後「プライベートライオン リターンズ」ではアコースティック演奏された。

 個人観では、本作中唯一平凡な曲。悪いわけではなく、中庸という意味だ。但し超絶なベース・プレイは聴き応えがあり、天野の曲の中でも人気の高い一曲。
 確かに歌詞や世界観に風情はある。しかし、楽曲が平凡であり、筆者にはこれが天野の曲である必然性が感じられないのだ。ライヴの際にディスコテックなアレンジを施したのは、苦肉の策とも思えてしまう。そうして他の曲より解釈の仕方は多くできるだろうとは思うが、最初に聞いた曲がこれであったら、筆者は天野に傾倒しなかっただろう。
 だが「プライベートライオン リターンズ」にてアコースティック・セットに組み込まれるや、印象は一転。虚飾とも言えた音色を削ぎ、骨格に乗せられたお陰で優秀な歌詞が活き、もはや楽曲との対比は不要となった。


07.刺青
 本作中唯一の奇数拍子(3拍子)で構成された曲。最も叙情的で、冒頭のストリングスがこと美しい。天野とストリングスの相性の良さを実感できる。
 静かな別れと、それに抗う追憶の渦を描いた歌詞も想像力を湧かせ、タイトルである「刺青」は言わば「染み付いた追憶」のように表現されている。恋人を野良猫になぞらえる、その不在を冷蔵庫などで表わすなど、文学的なたたずまいさえ見せている。
 面白いことにツアー『氷の美SHOW』東京公演では演奏されないものの(6日前の心斎橋では演奏された)、恐らくこの曲を引き合いにした「冷蔵庫」に関するMCが投げられたこともある。また「天野月子 in 昭和音楽大学」などではこの曲もアコースティック演奏されたが、原曲からしてアコースティック・タイプなので、ほぼ忠実な再現。

 まさかとは思うが、タイトルは谷崎潤一郎を連想させてならない。もちろんタイトルが彼の有名な小説と同じだけであり、世界観などはまるで別なのだが。とまれ、ひどく感傷的な曲だが、直接的な「哀しみ」などの語彙を用いずにそれを描いたこの世界は深い味わいがあり、描写的な歌詞と相俟って想像力を喚起する。


08.Butter Fingers
 典型的なハード・ロック・タイプの楽曲。そのため聞きやすいのだが、歌詞は「目に見えるものはすべて信じられず、自分の感覚しか信用できない」というヘヴィなもの。そうして「わたしに捕まらないで」などと相手を拒み、追わせたあげく「ダーリン 術中にハマった?」と結ぶ歌詞は見事。自らのフェイク感を武器にしているのが潔い。
 終盤ではロック・クラシックスの有名なフレーズがギターとベースのユニゾンにより、3曲分演奏されている。それぞれ順番に、ローリング・ストーンズの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」、ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」、そしてビートルズの「デイ・トリッパー」。それらとの聴き比べをお勧めしたい。
 この曲は本作収録前からライヴでは演奏されており、ライヴVTR『Pia Debut Review』から常に、ライヴでは後半のフレーズ・コピー部分のドラムさえ原曲に似せているのが面白い。確かにライヴの盛り上げには有用な楽曲であり『メグに逢えたら』にて「トムパンクス」へメドレー的に演奏されるのも頷ける。

 ところで、この曲のファースト・インパクトとなる可能性が高いフレーズ・コピー部分はリスナーに対する挑戦とも思えまいか?
「つっこ大好きぃ〜」などときゃあきゃあ騒ぐだけで、音楽のことなど、ロックさえも殆ど知らない若造達に「これが解るかい?」と投げられた……そのため「こすい真似を」と思う者も多いだろうその部分を、筆者は大いに評価する。


09.ロビン
 歌詞はユーモアと言葉遊びが要となっている。本作中で最も短く、しかし最もハード・ロック・ライクな音作り。だが冒頭からして80年代的ピコピコ・シーケンス音が入り込み、歌詞と相俟ってユーモラスにきこえる。だが「Treasure」と同じで、その音を取り払ってみると80年代の影は薄まり、70年代風の音色にも気付かされる。意外だが、ミッシェル・ガン・エレファントの「ジェニー」のアンサー・ソングとして作られたのだという。
 この曲のタイトルになっている「ロビン」とは架空の人物の名称であり、天野はそれを「ある日突然思い付いて離れなかった名前」と述べている。その「ロビン」を待つ間に「マフラーが完成した」「シチューが焦げ付いた」という歌詞は秀逸。また「電話に出ないのは嘘吐きなのか忙しいのか」という意のフレーズも的を得ている。「音信不通で丸10日 何してるだろう」という部分に「待つ女」としてのスタンスも見られる。そのうえ“Robin”という人名を“Rob-in(強盗する)”に引っ掛け、自分を「どうにかしてほしい」との意を表わしているのも面白い。他にも歌詞は面白い部分が目白押しで、こと訪問者を断る描写は特筆。新聞勧誘からテレビの集金から間違い電話と……。
 ライヴ演奏が多くはない曲だが、サビの「ロビン」という部分は、アルバム発表後のツアー『氷の美SHOW』では人差し指を立てた右手を突き上げるタイミングになっており、一瞬にして会場を湧かせるには最適な曲であることを証明した。また、ライヴでは冒頭部に機械質なS.E.が付加されており、それが優秀で気分を昂揚させる。

 歌詞を読む分には「ロビン」とは「その時々に思い描く好ましい異性像」の抽象化ではないかと邪推される。またそれは「理想」ではなく、現実をまじえてユーモアで調理することで表現されているのではないか。さながら、光源氏之君を待ち焦がれる宮女のようなものだ。


10.箱庭〜ミニチュアガーデン〜(Sharon Mix)
 インディーズ・デビュー曲となり、天野月子という人物が初めて世間に公表された楽曲。リリースされて間もなく、インディーズ・チャートを中心に話題をさらった。
 冒頭・終盤の静謐さと、大部分のオルタナティヴな音との対比的展開がドラマティックな曲。物語さえを感じさせる歌詞は、欲望の無意味さとそれを捨てる難しさ、しかしそれらを置いてやり直す様が、自己葛藤の形で綴られている。騙され続ければそれも真実となる、という意を含むサビ部分には特に胸が痛む。ネガティヴィティに満ちたポジティヴィティという逆転的発想に満ちているので、一度じっくり味わってみるべきだろう。
 シングル・ヴァージョンとの相違点は目立ってはいないものの様々あり、アルバム収録にあたって3箇所は確実にリミックス(ここでは「再構築」ではなく「微調整」の意)の効果が出ている。ひとつはエンディングにさしかかる「コロシテ」の声が響く部分で、シングルでは2重になっていた声の重なるタイミングが変えられ、呟くように響く。もうひとつは最終部分の連続コーラス前後のことで、まず楽曲終了時、シングルでは天野のヴォーカルに重なっていたギターが早目にフェイド・アウトする。さらには間奏終了時のギターの音がこちらでは鳴り続けるが、シングルでは消されてドラムが強調されている。また、ギターの音が目立ったシングルに比べ、こちらでは歌が前に出たミックスとなっている。こうしたことは好みで聞き分ける程度の違いだろう。さらにはツアー『氷の美SHOW』ではアコースティック・セットで演奏されており、原曲のイメージから脱却する姿勢が見られた。
 天野月子としての出発点となったこの曲には「始まりの終わり」というテーマがある。過去の自分と決別しなくてはならないまま、自分の未来の道しるべを示すものを手に入れるため、今あるものを置いていこうというもの。キャッチ・コピーは「トイレにふたりで入れますか」というもの。本当の気持などを「排泄」する行為は、ひとりでなくてはできない。だから誰しも「秘密の箱庭」を持っている。それが時々ぶつかって、絶妙なハーモニーを生み出すこともある、というのが天野の弁。
 この曲は音倉レコード製作の同名インディー映画(カフェと連動した企画であり、正確には映画とは呼べないようだ)に楽曲が使用され、そこで展開するストーリーなどとも交差しているという。
 ジャケットで天野は白のブラウスにスカート姿でトイレ(!)に腰掛け、ギターを抱えている。なぜかというと、この曲が「もし今いる空間がトイレのような狭い場所だったら」というコンセプトのもと作られたためだ。プロモーション・ビデオにもその恰好や赤いスカート姿で登場しており、そちらでは「縁側で回る扇風機とトマトの山」「ネジ(ボルト)を埋め込まれた機械仕掛けのトマト」「トマトを丸かじりし続ける天野」など、印象的かつ抽象的な描写が多く登場、想像力を掻き立てる。『音倉レコード会社案内ビデオ』『V』にフル・サイズ映像が収録されているので、そちらでのチェックをお勧めする。
 ビデオ・クリップでについてはこちらを参照。
 なお、この曲は3ヴァージョンが存在する。内側ジャケットが最初期のポルト・ジャケ(劇団PORTによる映画『箱庭』のワン・シーン)音源と、一般販売の天野が蜜柑を頬張るジャケ、そして本作のミックス……と、段階を踏むうちに、音質が向上してヴォーカル・レヴェルが上げられていった。


11.カメリア
 本作の(表面上の)最後を飾る曲。咲き誇ったまま落ちてしまう椿(学名:カメリア・ジャポニカ)の花と、その手入れをする庭師を描いたという曲で、天野はデモ・テープが完成した段階からアルバムの最後に収録する予定だったという。梨木香歩の小説『西の魔女が死んだ』からインスパイアされたとのちに語っている。
 間違いなく感動を誘う、アルバムのフィナーレに相応しい楽曲。美しいストリングスが、さながら映画のエンディングのような効果を催している。様々に解釈できそうな、思わせ振りな歌詞は本作中最も秀逸であり、味わい深い。表面的に解釈すれば「庭師は椿の世話をする最中に倒れ、それでも椿は庭師をひたすら待つ」という、やはり日本古来より物語の一要素として重要視される「待つ」というスタンスが強く見られる(しかし椿は、ふとした瞬間に落ちてしまうという儚さを内包する)。そのうえで「菩提樹」に顕著な「母性」に近い女性性も英詞部分などに見られる。それを純朴に歌う天野の声は、悲痛で、しかしひたむきで、あたたかい。ひそかに「ネジ」という単語が前曲とリンクしており、この2曲が続く必然性すら感じられる。
 生々しく吹き込まれている「息継ぎ」さえも、彼女にかかれば「歌声」となる。
 なお「天野月子 in 昭和音楽大学」「プライベートライオン リターンズ」ではアコースティック演奏だったが、これも原曲の雰囲気から再現に終始。それで充分な迫力に満ちる。また同じアコースティックでも『音倉レコード会社案内ビデオ』ではギター2本とコーラスのみという構成だったので、表現方法も豊富と言える。

 これこそ、本当に邪推でしかないのだが……天野の歌詞はなべてそうなのだが、この曲の歌詞は特に、複数の意味に取れる。「椿と庭師」という特定のシチュエーションがあるにもかかわらず。そうして邪推した末に、筆者はこの曲を「処女喪失」としてとらえてしまった。下世話な話だが、それがまたよくフィットするのだ。小説のひとつでも書けてしまいそうなほどに。つまりは、このような愚かしい空想であっても、それほど想像力を掻き立てる楽曲であることの証になるまいか。
 また個人的な話になるが、初体験のライヴ終盤に披露されたこの楽曲で、筆者は涙を落とした。最終コーラス直前のフレーズが、実に痛々しく歌われたのだ。また歌詞の婉曲は取り敢えず、ひたむきかつ純朴な波動を感じる楽曲は、必然的に涙を催す。(少なくとも筆者には)フェイク感が武器となっていた天野にとっては、反動となる純粋な側面はやはり効果的なのだから。願わくばそのバランスを保ってほしい。変にフェイク過ぎたり、無駄に自叙的にならないように。
 因みに、上下で「映画云々」とのことに言及しているが、この曲も「マブイの扉」というインディペンデント映画のエンディング曲に使用されたとのこと。やはり「エンディング」なのだな。


12.箱舟
 シークレット・トラックとして収録された、明るく希求的なトーンを持つ楽曲。
「カメリア」で本作が終わってしまうには淋し過ぎる。この曲があってこそ、本作は聴き終えた後に安心してヘッドフォンを外せる。物語の最後に、筆者による「あとがき」があるようなもので、そこで作品を思い読了感が湧くのと似ている。そうなると「カメリア」がエピローグ、「菩提樹」の追加ストリングス部分はまさにイントロ、と、本作をまるでひとつの物語のように考えることもできる。映画になぞらえると、もっと解りやすいだろう。この曲はエンド・クレジット部分に相当する。
 中間部では、シングル収録曲の印象的なヴォーカル・フレーズを抜き出し、エフェクトを通して繋げることでひとつの別フレーズを作っている。そうした意味でも本作(と、そこまでの道のり)の総括的な楽曲となっている。原典のままでは尺やトーンも合わず、一聴して違うので、多くは原曲音源からの流用にあらず再録音のようだ。その歌詞と出典は以下の通り(「ねえ」については続く「スパイダー」冒頭の“Re(レェ)”部分をカヴァーしたもの。 なお、1分3秒に入る「こら!」という声と同じく、ギミックとして扱いたい。

フレーズ 出典
もしあなたが (スナイパー)
Stop! Fall in love (B.G.)
ごまかさないで (菩提樹)
ねえ (なし)
...dy to flying (スパイダー)
甘く切なく (Love Dealer)
Squall was over (巨大獣)
スタートのシグナル (Treasure)
コロシテ (箱庭)

 本人からのコメントはないので邪推の領域を出ないが、対となる曲がなかった「箱庭」に対するアンサー・ソングであるのはタイトルからして一目瞭然。さらに述懐するならば、陰陽の違いはあれど共に「箱の中の世界」を描いた歌詞である。「天野月子」名義では、楽曲のシークレット・トラック的な性質からして生演奏は実現されないのではないか……と思いきや、何と「プライベートライオン リターンズ」にてアコースティック・セットの中に(それもトリックの多いこの曲のデモ・ヴァージョンじみて、楽曲自体の骨組みが見える優秀なアレンジで)収められた!
 なお、この「箱舟」とは「ノアの箱舟」的なもので、そこに現環境さえを望んでしまう真摯な愚直さを歌ったものと思われる。