「天野月子 in 昭和音大」ライヴ・リポート

〜昭和音楽大学:13/10/2002〜

 奇妙な気分だった。
 天野月子という人物が、音楽大学とは言え、学園祭に登場するというのは。
 彼女には豪奢なステージングが似合う。だから昭和音楽大学の簡素なステージ、それも野外でプレイボーイズ(シャラ、あっきー、JJ)の面々が入念なサウンド・チェックをする間「本当にこれは天野月子のステージなのか?」という疑念が何度も頭をもたげて仕方なかった。いつもの「おしながき」もなく、客層は学園祭ということもあって父兄らしき方々さえいる。
 ともすると、彼女は来るような素振りを見せながら、本当は来ないのじゃないか? などと不安になった。そしてそれさえ、天野月子らしいとも僕は思っていた。
 だが、天野はやってきてくれた。
 場内に、耳慣れた感のあるメロディが流れる。しかしその重厚なストリングスには、彼女の声ではなく、三味線のような音がヴォーカル・ラインを乗せていた。ひばりの声(がするパーカッションの一種)に誘われ、そのメロディ――和風「カメリア」が場内に流れ、あたりは拍手に満ちた。
 やがて青に照らされたステージに響く「あの声」が、その開幕を告げる。
「種なし柿がスーパーに並ぶ、食欲の秋がやってきました。皆様、もう、食べましたか?」
 場内が微笑みと期待感に満ちる。どうやら、アットホームなライヴになりそうだった。
 やがて天野の声で紹介された、お馴染みの演奏陣――右手からJJ(DS)、シャラ(EL-G)、Rie(CHO)、あっきー(B)――が現れ、共に、キラキラの銀模様が入った水色セーターから花柄のシャツをのぞかせた天野が登場した。ジーンズの足を絡め、ギターを乗せる。ラフな恰好ながら、首から肩まで大きく開いたセーターがセクシーだった。
 その天野が中央に座し、彼らは、各々の楽器を持つ。JJはツアー『氷の美Show』で披露した「おもちゃドラム」の兄弟分に座り、あっきーはアコースティック・ベースを持っている。どうやら、アコースティック主体のライヴになりそうだった。そして始まる演奏は――「スナイパー」。
 この曲からセットが始まるのも、わりかし珍しい。不意を突かれた気分だったが、以前のツアーで見せたアコースティック・アレンジが再び日の目を見たそれは、演奏者より寧ろ観客に漂う緊張感を緩和させてくれた。観客は手拍子を打つが、サビ部分でのハンド・クラップが2重になる部分を忠実に叩く者は少ない(当然かも知れないが)。せめて僕は、久々に会えた彼女のライヴを少しでも楽しめるよう、ダブル・クラップで歓迎してみせた。
 もちろん「拳銃アクション」も披露されたが、今回は客席を中心から貫くように発射された。無邪気な笑顔。今日の天野は落ち着いた、いい表情をしている。驚く観客が少なからずいたのが愉快だった。
「こんにちは。天野月子です」
 そこにいたのは、確かに彼女だった。
「今日は、音楽大学ということで、おしとやかにいきたいと思います」
 こぼれる笑みと喚声。それがやまぬ内に、彼女の口から次の曲名が告げられた――「B.G.」。
 初披露となる筈のアコースティック・アレンジだったが、イントロから、耳慣れた感が湧いてくる……予想できなかったことだ。それは「B.G.」の「胸キュンタイプ」に酷似していた。もちろんシャラがギターを弾いていて、サックスでこそないものの、普段の楽曲では隠れがちになってしまう甘い旋律が胸をくすぐる。ことさら、終盤の“again”と叫ぶ部分はファルセットで発声され、甘い気持ちで満たしてくれた。
「メンバー紹介をします」
 拍手の中、ひとりひとり紹介されていくメンバーたち。中でもJJの「ヴァージョン・アップしたおもちゃドラム」の紹介と、シャラの新しい「魂のピンク」色をしたアンプが和やかな笑いを誘った。
「昭和音大……昭和の音。人ごととは思えず……」
 天野の途切れがちなMCも、笑い声によって途切れている。緊張よりも緩和の波に満ちているようだ。そしてその言葉は、彼女が普段より行っている「ナツメロ・カヴァー」のコーナー(残念ながら、今回はなし)を思い出しての笑みだった。
「次に、参ります――HONEY?」
 これもアコースティック・アレンジは初披露となるものだったが、もとよりそうした側面を持ち合わせていた楽曲なので、違和感なく落ち着いて聴けた。寧ろ説得力、というより求心力が増している。後半にはストリングスも入り、楽曲は安心して着地することができた。
「HONEY?」終了次第、そのまま、シンセ音がせり上がってくる。そこから、ドラムキットを離れたJJの手打ちスネアが重なり、ボレロ風の拍子を刻み始めた。現在のところ唯一の3拍子となる楽曲「刺青」だ。こちらも原曲の美しさが生きた好アレンジ。特にこの楽曲は素朴な美しさが映えるので、このセットでの演奏は必然的だったに違いない。
 立て続けに始まる「Pleasure」は、「スナイパー」と並んでアコースティック・セットの常連だったが、その明るい雰囲気がこの場に似合っていた。終盤のフレーズを歌えなかった天野が苦笑いしていたが、大丈夫、楽しい雰囲気が伝わっているのだから。
「いま、ニュー・アルバムの作業を続けていまして、この後もスタジオ入りするんですけど」
 MCでの近況報告は、予期せぬ楽曲を呼んだ。
「できたてホヤホヤの、ニュー・アルバムからの曲です――時計台の鐘」
 湧き起こる喚声。それを止めるピアノの荘厳な響き。やがてストリングスが重なり、演奏陣が折り重なるように演奏を開始する。マザー・グース的世界観を持つ、優しくも、儚く、残酷さを裏に秘めた曲。甘い声で歌われる歌詞――「止まってしまえ 時計台 8時を過ぎる間に あなたがまだ立っていますように」――は突然、マザー・グースの裏に必ず潜む闇を見せる。「指切り交わした小指の骨が軋み 真っ赤に滲む」……それにたじろいでいる隙に、とどめを刺す歌詞が耳に刺さった。
「静かに その手を切り落として」
 背筋が、ビクリと動いた。
 この曲は、僕の予測でしかないが、ひょっとすると各種メディアにて放映され、もうじき発売される「人形」と連なるものではないだろうか。そしてセカンド・アルバム『メグ・ライオン』ではコンセプトとして直接的な繋がりを持つのだ。そう思えば「人形」のイントロ/エンディング部分にあったオルゴールの音が、寓話的に響くのにも納得がいく。暗くなり出した周囲にマッチして、新曲「時計台の鐘」は幼い頃の言いようのない「優しい恐怖感」をよみがえらせてくれた。
 新曲の初披露というものは、和やかな雰囲気で進めてきた中でも緊張を誘うようで、天野は咽喉の渇きを潤そうとしたペットボトルのキャップを落とし「あっ」と声を漏らした。気にすることじゃない、その心中を察するに余りある、期待感に満ちた楽曲だったのだから。
 ここで、12月19日に予定されている日本青年館でのライヴ「メグに逢えたら」の告知が入る。そのライヴは「天野月子 年末スペシャル」という前書きが添えられた、特別なものであるようだ。
「スペシャルななにふさわしい……スペシャルな、名に……ななに……」
 緊張した場内に、また和やかな雰囲気が戻る。
「J.Jもそのために準備してるもんね」
 応じてポーズを取るJJと、それを見て湧く観客達。これは間違いなく「レモン色JJタイガー」の再来を意味している。こうご期待、というやつだ。
「さて」
 天野の顔に、またも緊張感が漂う。
「今日、最後の曲になります」
 場内から、何度も「箱庭」を求める、ある観客の声。あっ、と僕は思った。これは自覚的なミュージシャンなら誰でも遭遇するだろう場面だ。ここでその通りに事が運んでしまうと、僕は、天野月子という人物への見方が代わってしまったかも知れない。
 しかし、答えは明瞭だった。彼女は売り子じゃない。
「カメリア」
 一気に、僕の胸に期待感が募る。天野の諸楽曲の中で、最も愛されているもののひとつであるこの曲には、僕は何度も特別な響きを感じていたものだ。そしてエンディングにそれが演奏されるというのも、周囲に惑わされない彼女の揺るがぬ意志を見た気分だった。
 原曲の美しさも、落ち着いた天野のヴォーカルも、アコースティック・アレンジにはまるで「それが最初からそうであったかのように」馴染んでいた。声が、曲が、その世界が、すべて「すっ」と内側に入り込んでくる。多少のトラブルも気にならない、素晴らしい歌唱だった。満開の椿のようにすべて照らされた照明が、素朴ながら鮮烈だった。自らに課してしまった「『巨大獣』で終わるという鉄則」を自ら破った天野が、そこで力強く叫んでいた。お約束でがんじがらめの女性ミュージシャンによるライヴは、もう終わりなのかも知れない。そこにいたのは女性ミュージシャンだとかアイドルではない、等身大の「天野月子」だった。
 そうして演奏は、息を吸い込むようにして終わってしまった。
 拍手喝采。心なしかいつもより深く、一礼する天野。
「今日は皆さん、ありがとうございました」
 そうしてまた軽く一礼し、ステージを去っていく。その後ろ姿は力強く、新しい何かに向かって進んでいるようにさえ見えた。最後にステージを去ったシャラがおどけたポーズを見せ、シリアスに終了したステージを見詰める観客を安心させた。
 イントロと同じく、和風「カメリア」が鳴り始める。よくよく聴くと、歌メロディは三味線だけではなく、サビ部分では尺八の音も演奏されている。それが青の照明に戻ったステージを照らし、開始時点への回帰を告げている。
「以上をもちまして、天野月子 in 昭和音大を終了します。11月7日にはニュー・シングル『人形』、12月4日にはニュー・アルバム『メグライオン』が発売になります……よかったら、ぜひ。12月19日には日本青年館にて『メグに逢えたら』を開催します。皆様ふるって、ご参加ください」
 本人のいないステージに響く声は、
「本日はどうも、ありがとうございました」
 謝辞を告げていた。
 僕はただ、安心した。アルバム制作の多忙にて、不安定な状態を抱えているであろう天野が、かくも落ち着いた姿を見せたのには。確かに、緊張が垣間見える瞬間は多々あった。しかし彼女は、終始落ち着いた佇まいを見せていた。以前のツアーよりも大きく、成長している様が見えたようだった。
 いつか「スナイパー」の拳銃アクションには、こちらからも撃ち返してやろうなんて思っているのだが……僕はそういうタイプのファンじゃないしなぁ。やれやれ。
 ともあれ、これでセカンド・ステップへの期待が高まった! 天野の次の動きを、心して待とう。


「天野月子 in 昭和音大」:13/10/2002
〜セット・リスト〜
1. スナイパー
2. B.G.
3. HONEY?
4. 刺青
5. Pleasure
6. 時計台の鐘
7. カメリア