番外編 その2:「音倉フリーマーケット」訪問記
〜日記的な、余りに記憶的な〜
| 今回も、特別編。 自分の記憶を今の状態で書き残すことを主体に、ここに文を連ねる。 だから「日記」みたいなもの。 たぶんきっと「リポート」にはなれない。 そもそも、ライヴじゃない。 書くかどうか迷って、結局、自分のために書き残すことにした。 2003年8月24日、東京タワー脇にあるイベントホールにてフリーマーケット開催。 そこに音倉レコードも出店。所属する面々もかなりの人数集まる。 僕は用事があったために行くかどうか、決めかねていた。 だが、急遽決定した「天野画伯」の参加。 夜中の12時に起きてしまった僕は、意を決し、早朝から出発した。 しかし、ここはフリマ。そんなに込みまくるようなものじゃない。 だというのに気が抑えられず、阿呆の如く早く、どの「出店者」よりも早く到着。 そのせいで会場関係者に間違われ、数名の出店者に質問されたりもした。 「今日は何時から納品?」「入口ここ?」「○○さん来てる?」 すいません、どれも知りません。 やがて、音倉の面々が入場していった。 僕の動きが、止まる。 目が合った。 刹那、気おされてしまった。 こんなに逸ってしまった自分が、気恥ずかしくて。 先着の「お楽しみ袋」と「ポスターセット」など、わりと思い切りをよく購入。 「お楽しみ袋」の購入者には「天野画伯」に似顔絵を描いてもらえる。 出品を物色しているうちに、2番手となった。 画伯はことのほか、1番手の男性を丁寧に描いている。 その間、Qoonieと話しているうちに――2番が呼ばれた。 「よろしくお願いします」「はい」 沈黙――スケッチブック上をクレヨンが走っていく。 それを見たく思いつつも、見ずにいた。 変に恥らって、目を逸らすな。 おまえは、相手が誰であろうと、「描いてもらっている」のだから。 と思うのも束の間、不意に訪れたアクシデント。 白の絵の具が、スケッチブックの下に置いた画材鞄から落ちた。 思わず含み笑う画伯と、つられる僕。 結果的に緊張がほどけ、リラックスした。 画伯が筆を見た間に、僕は絵の具を拾った。 「ありがとう……ございます」 手渡すと、画伯は恥ずかしそうに微笑んだ。 なんだか、嬉しい。 完成した絵は、期待どおり! 短い間で、「その人特有」である要素や部分をとらえている。 よく見れば、額の毛が巻いている部分まで描いていた。 喝采。 さっそく、筆者紹介の画像として使わせて頂くことにした。 「これは、クレヨンですね?」 「はい。でも、べとべとしないクレヨンなんですよ」 「絵の具も入っているということは、普段から絵の具とクレヨンを入れて?」 「いや、絵の具の方が合う人には、絵の具を使うんです」 そう言って、画伯は画材を見せてくれた――律儀な人だ! そうして、来週のインストア・ライヴへ行くことを告げ、短い会話は終了した。 でも、こうやって話すたび、より面白く魅力的な人だと実感する。 握手をお願いすると、いちど右手を出して、左手を出し直す画伯。 憶えてくれているのだ。 嬉しい。 今回は、流れから他のファンの方とも若干お話させて頂き、実に楽しんだ。 そういえば終了後、会場の隅で猿回しをやっていたので見てみた。 画伯、面白いもの好きだから、見たかったりしてね。 30人の似顔絵を描くというのは、本当に、お疲れ様。 こういうイベントがあるから、なおさら、嫌いになんてなれるわけもない。 不思議なことに、今回も、 いま、左手に宿る熱が、 右手より、 強い。 ……と、 「日記みたいなもの」と断っているのに、すぐに「何様?」というメールを戴いた。 こんなことが続くから、 己はここから「裏」などという概念を、取り除きたいと思うのだ。 もはや表裏一体の人に、そうした言い分を使うのは、失礼だから。 実像としての「天野月子」を、眺めてみよ。 己は其れが、虚像より、この上なく、大好きだ。 作品の質などに、如何なく。 「良い曲」と「好きな曲」が、異なるように。 |