全曲解説:薔薇と真珠
〜「天野月」が「天野月子サウンド」に迎合したマイルストーン的作品〜
『薔薇と真珠』(CD)

2011/11/09 (KURA-0039 [通販限定盤] / KURA-40
[通常盤] )
「天野月」名義でのオリジナル・アルバムのファーストとなる『Licht』は、「天野月子」としてのデビュー以前に作っていた世界観を引っ張り出し、拡大したものであるという。原点である「月子以前」から再開しなければ、その最新型である「天野月」も始められなかったという。
「やさしい気持(守りたい気持)を増幅させると、それと矛盾する自分の鋭い気持(壊したい気持)に気づく」作曲行為は、それまで「博士と孔雀」から「花冠」などのかたちで表現されてきた。その着想から出発した「薔薇のように」にはじまる今作は、その最新型提示であり、またその原点への回帰でもある。
それを言いくるめた「薔薇のように」に対する「アルバムの看板娘なだけではなく、自分の音楽の真ん中にある、すべてをつなぎ合わせる大切なパーツのような楽曲」という天野のコメントが、なによりアルバム全体をもあらわしている。歌詞を書きながら自己没入し、最初のリスナーと化して号泣することもたびたびあったという。
「デビュー10年という節目に、音楽シーンは変遷してきたものの、自分自身はファンやリスナーに支えられて原点に回帰できた」という作品世界は、まさに「天野月子と天野月のクロス・フェイド」。いままで拒むかのようだった「天野月子的サウンド」に迎合、許容し、しかるのち「天野月」に昇華させた、「天野という人物」ゆえの優秀な作品。
「女」というものが「裏テーマ」であるという本作にて、スタイリングやメイクは、ラフな雰囲気を出すために天野自身が手がけた、ナチュラルに近いメイクとみずからの手でダメージ加工を施した茶色のセーターと白のロング・スカートというシンプルなもの。天野史上もっとも「女」だった「ウタカタ」をかすかに意識し、そこから中核だったゴージャス感や悲壮感を奪胎、「枯れた雰囲気」のみに仕立てた。薔薇も林檎も土にかんするものであるため、アーシーなイメージの茶色、つまり「土色」のセーターを選んだという。アルバム全体の枯れた雰囲気や歌詞にも、「土」は意識されている。
リリースにあたり、いままでのアルバムのように「YouTube」にて、全体を3分ほどにクロス・フェイド仕様にてダイジェスト編集し、楽曲をまとめたスポット動画が公開されていた。
また「通販限定盤」と「通常盤」は品番違いになっているが、内容はまったく同じで、通販限定盤ブックレットの最後に、予約希望者のクレジットが“Special
Thanks”として記名されているというもの。「天野月子」名義での『ZERO』が「いままでのファンに感謝」であったのに対し、本作は「10周年という節目まで、好きでいてくれた、あるいはいまを好きでいてくれる、これからのファンに感謝」というニュアンスで募集され、クレジットされている。
ライヴ会場及び「音倉商店」、またはAmazonでも購入可能。Tower
Record新宿店および渋谷店での「通常盤」購入では、先着で特典と引き換えのチケットをつけて無料インストア・ライヴへの招待もおこなっていた。
01. 薔薇のように(作詞・作曲:天野月/編曲・戸倉弘智)
リリース前の1年間、楽曲提供をくりかえしながら着想した楽曲。自分が意図的に封じ込めてきた部分を無理矢理こじ開け、「初心を思い出す」のではなく「初心を再確認した」
静かな旋律から動的なギター・サウンドに移行し、再び静へ、の動と静がくりかえされる曲調は、天野がもっとも得意としてきた作風。「天野月子」時代のデビュー作「箱庭」から代表曲とされる「蝶」、最終地点となった「ゼロの調律」まで、つねに意識されてきた抑揚の作風といえるだろう。「天野月」に改名し、ややそれを抑えていたきらいがみられていたが、ここへきて完全にそれを解放した。ところどころオルガンの軽い音が入るのが、色を加えるよりも逆に枯れた雰囲気をかもし出していて効果的。コントラストを重視したアルバムのオープニング曲らしく、アルバムを代表する楽曲といえるだろう。まるで「先祖がえり」のような、「天野月子」としてのデビュー当時に流行した「激情系女性ヴォーカル」を彷彿とさせる曲。
「棘のあるもの」を意識した歌詞は、持ちたくて持っているわけではない「棘」に、求めていた「君」が恐れをなして去っていってしまった、というもの。それでも薔薇のように、気高くずっと咲きつづける……このアルバムの、そして対となる最終曲「真珠」の歌詞のメイン・テーマといえる「不在」を、ここでひそかながら高らかに宣言している。ゆえに音楽・歌詞ともにアルバム全体を代表する楽曲といえよう。
この曲はリード・ラックとしてビデオ・クリップが作成された。神奈川県は川崎市にある「ばら苑」とおぼしき場所で、天野とマネージャーの女性ふたりだけで作成された「手づくり感あふれる」もので、イメージしていたとおりの「黒真珠」という薔薇に出会ったのも大きいようだ。
天野が階段をのぼっていく途中で立ちつくして歌うショットが何度か入り、そのままやがて、頂上へ到達できず大樹の根に寝ころんでしまう。想いばかりは先に進み、のぼりきって到着した「黒真珠」の園にて激しく歌唱している姿となるものの、身体は実際には大樹に寝ころんだまま。その天野の身に、薔薇の花びらが包み込むように散っている……という映像を編集しただけの、シンプルなもの。
「撮影されるだけ」だった天野を、「撮影シーンを見るだけ」だったマネージャーが撮影・編集するという、手づくりきわまりないもの。そのためCGでどうにか「それらしく」仕立てた「CORE」とは違い、いかにもアマチュア、いかにもインディーズ、な予算なし状況が見えてしまうものの、楽曲自体の進行をつよく意識した編集なので、映像作品としては違和感はない。そのため正直に楽しめばいいだけで、隠されたメッセージ性なども深読みしないほうがよさそうだ。
02. BLACK BEE(作詞・作曲:天野月/編曲:戸倉弘智)
カラフルなシンセサイザーの旋律がメイン・リフとなる、エイト・ビートの疾走ナンバー。楽曲自体は優秀で、いかにもライヴ映えしそうな「全体を引っ張って盛り上げていく2曲め」に最適な楽曲。しかしイントロから繰り返されるシンセサイザーのリフやソロ・パートの音色にみられるように、アレンジが少しばかり時代的で、意図していたのだろうよりもレトロな、言葉を選ばなければ「古臭い」ものに落ち着いているのが難点にきこえるかもしれない。だが前述したように楽曲としては実に優秀であり、改名から控えていたきらいのある「いかにもなロック・ビート」を解放した楽曲でもある。それでいてキャンディ・ロック的な甘さもある、「天野らしい」とうなずける仕上がり。
この曲は曲調を2パターンから模索し、「暗くてワイルドな曲」と「明るくてお茶目な感じ」にするか悩んで、「明るいぐらいが、ちょうどいいかな」という判断から、明るい方を選んだという経緯があるという。
歌詞は、前曲の核である「棘」から一気に「毒針」へ移行、「手段としてみずから所持している武器」をテーマに「蜂の歌」を意識したという。いままでの「攻撃する曲」での歌詞世界の主人公は、スナイパーは狙撃できず、スパイは空砲を撃ち、鮫は相手になどせずUターンしていった。しかし蜂は、まっすぐにためらいなく、目標へ向かってくる。「許せない」と思ったときに蜂は遠慮なく毒針を突き刺す。だがここでの蜂は何度でも刺せる強靭な針を持つ“hornet(女王蜂)”ではなく、一介の“bee(働き蜂)”が主人公となっている。
愛や希望を謳っていた平和そのものの「君」に、「君」が求める蝶のかわりに「私はあなたの愛を殺し去る毒を持っている」という蜂が、自分の牙(針)と引き換えに一発、とどめを差す。ハムラビ法典よろしく、不実には不実で迎え撃つ。普段はおとなしく蜜を集めている働き蜂が、手を出されたから正直に応酬する。やられたから、やりかえす。
その引き金を引いたのは「君」であり、決して蜂自身がむやみに攻撃したわけではない。それこそがこの歌詞の肝要な部分だ。
03. CORE -rose ver.-(作詞・作曲:天野月/編曲:戸倉弘智)
シングル・ヴァージョン(こちらを参照)に準拠しながら、バンド・アレンジにあらためたアッパー・ヴァージョン。そのためデジタルな側面は大いに弱まり、バックのシンセサイザーや効果音のプログラミング的な面でのみ残っている。そのため天野の声が重なっていた部分などはだいぶストレート気味にあらためられている。ドラムが見事で、テクノ寄りな裏打ちリズムを基本としながらロック・ビートへ、またはその逆、さらにはライド・シンバルのリズム移行……をタム回しによりアクセントづけながら展開させている。
なお、かつては欠かせないバンド・メイトだったシャラの参加はこの楽曲のみ。それも天野のヴォーカルと同じく、シングル・ヴァージョンの音源を流用しているようだ。ここには大物や人気ミュージシャンを起用できない金銭的事情などが絡んでいるとのことで、天野が携帯サイトにつづった「プレイボーイズと演奏したいけど、いまのメンバーと演奏していきたい」葛藤がみられる。
04. 林檎の木 -rose ver.-(作詞・作曲:天野月/編曲:戸倉弘智)
こちらも生産限定シングル(こちらを参照)のタイトル曲をバンド・ヴァージョンにあらためたもの。天野とプロデューサー、戸倉のみによる打ち込み主体の音作りだった原曲より、むろん動的になっているほか、エンディング部分は前面にギター・ソロがフィーチュアされ、大きくアレンジされている。だが全体的には楽曲を尊重し、シングル・ヴァージョンに準拠した仕上がり。また生ドラムになったため、全体的にあたたかい雰囲気が増幅されている。限定シングル収録曲だったため、多くのリスナーが聴けるだけではなく、一種の「完成形」として提供されているのには素直に喜ぶべきだろう。
意図していたわけではなかったのに、アルバムに収録してみたら林檎も「バラ科」であったというが、この曲のもつ「丸み」は、アルバムのなかでもひときわ落ちつける箇所に落ち着いている。
05. LUCKY DOG(作詞・作曲:天野月/編曲:戸倉弘智)
生楽器のみ、ブラスト・ビート主体の、ストレートなロック・ナンバー。スライドしてはホップする、ベースが肝となる楽曲でもある。ゆえにこちらも「BLACK
BEE」同様、ライヴ映えしそうな1曲でもある。だがテンションを加速させるそちらと違い、この曲はテンションを持続させる中間曲といった趣か。どこか乾いた雰囲気がただよい、そのなかでのウェット感の出し方やドラムのビートにあわせるキメ部分など、ライヴではバック・バンドの演奏力が如実に試されるナンバー。
「幸福者」を意味するタイトルが根底にある歌詞で、気楽な野次馬などではなく、あくまで当事者として、あえて道の真ん中を歩く姿勢を評価しつつも、それが一歩あやまればなんと危険な人物になることか。しかし本人は「幸福者」であるという、一種の皮肉がはびこっている。「発信源にはなりたくない されどアンテナに触れていたい」「賢い選択をしていたい 買い物損などしたくはない」という“LUCKY
DOG”に、その対象者は、シグナルを調節して互いに通信することや、言葉を解放して真実を語り合うことを薦めている。
うわべだけの情報に踊らされず、中核を大切にし、あくまでいつまでも、真ん中を歩く。
そんな人物こそを、信じていたいものだ。
06. HOWEVER(作詞・作曲:天野月/編曲:戸倉弘智)
本作中唯一、生ドラムではなく打ち込みリズムによるミディアム・ナンバー。機械的なリズムにギター・カッティング、そしてなにより「天野の楽曲らしい」雰囲気をただよわせるキーボードが随一に活躍している。こちらは音色を「天野らしさ」に昇華できたアレンジが成功した例といえるだろう。楽曲自体のメロディも進行も耳なじみやすく、何度となくくりかえし聴ける。「林檎の木」とはまた違った意味で、シンプルゆえの佳曲に仕上がっている。
、会えなくなっても大切なままの人を遠くから想う歌詞に、天野は「もう近くにはいないけど、それでも大切な、心の中のとっておきな場所にいる人たち」に想いを馳せ、「どんな理由があって、どんな紆余曲折があって、距離を置くことになったとしても、大切なものは、何がどうなろうと、大切だし、大切だと思ってていいんだと思う」ことを歌詞に凝縮したという。自分を起こしてくれていた、しかしときおり迷惑をかけたりもした人がいまはおらず、「あのまま壊れてしまえばよかった」と思いつつも、あらためて「ちゃんと深呼吸しながら 歩けていますか」「耳を澄ましたら 聞こえるでしょ?」「ずっと欲張りなまま 生きていてよね」「今は 捻れてるこの位置から」とつづるくりかえしは、さまざまにあてはめられて感動的だ。そのメッセージ性から、弾き語りなどの他アレンジに転生することもたやすいだろう。
07. 真珠(作詞・作曲:天野月/編曲:戸倉弘智)
オープニング「薔薇のように」と対になるエンディング曲。
ピアノにストリングスが重なる、枯れた雰囲気からシンプルなリズムに入り、天野のドライな歌声が重なっていく。そこへ水が入って唐突に動き出す植物のように、ギターのとどろきから動的に、しかしゆっくりとしたまま展開していく。「薔薇のように」と対になることもあり、その動と静がくりかえされるなかにファルセットを多用するのも同じだ。それでも終始枯れた雰囲気のまま、最後にはワン・オクターヴ上げた歌唱に移り、やがて力を絞ったまま枯れ伏して終わる。このアルバムの肝である、コントラストを最大に表現したような仕上がりだ。
6〜7年前から頭をかすめていたテーマを歌詞にしており、異物を飲み込んだ真珠貝が違和感を包み込み、吐き出すことで価値を守られているように、「薔薇のように」の攻撃とは違い、守ることでみずからを存在させる内容。「月のしずく」「人魚の涙」という別名をもつ「真珠」を、「自分の身体から出てくる感情のしずく」であると解釈して拡大していった世界観だという。
誰よりも上手に泳いでいるつもりだったのに、自分に水を注いでくれていた「あなた」がいたからこそ自分は存在できていた。「あなた」のやさしいことばを怪訝に思うことで、防衛本能から美しい真珠を産み落とせていた。だから「あなた」の光を呼び戻してみせよう。つねに自分をケアしてくれていた「あなた」を……という大意が、物語的につづられた歌詞は美しく、作品中随一の仕上がり。むしろ「天野月子」を経過しての「天野月」だからこそ、美しく完結させることのできた世界観だったのだろう。
そしてすべては収束するように、おだやかに、たおやかに、時のなかにかすんでいく……。
| <Credit> | |
| All songs written by 天野月 All songs arranged by 戸倉弘智 |
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Produced by 天野月、戸倉弘智 |
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| Vocal & Background Vocals | 天野月 |
| Guitar | 石原愼一郎 (M3) 中村俊介 (M1, 2, 4, 5, 6, 7) |
| Keyboards, Programming | 戸倉弘智 |
| Bass | 岩切信一郎 (M1-7) |
| Drums | 北村望 (M1, 2, 3, 4, 5, 7) |
| Programming | 藤田謙一 |