川本真琴 feat.Tiger Fake Fur
『音楽の世界へようこそ』

〜川本真琴の思い描く「音楽」とは〜 (2010/02/19)

 白状します。
 当初は、ネット通販でフツーに買う予定でした。
 でも、発売2週間前ぐらいに、突如「3チェーン店で店頭購入特典CDが付きます!」と喧伝されたため、慌ててそちらをキャンセル、都内3店舗にて即座に予約してしまった。
 これがCD-Rだったら躊躇したのだけど、プレスCDだからなあ。以前睡蓮で痛い目見てるからなあ。というわけで、結局殆ど迷うことなく、3店舗で購入してしまった。ああこれだからマニアって駄目なんだよ。大好きだとその商法に文句も言えないから。
 まあ、川本真琴名義では実際的にインディーズ回帰して初の作品になるのだし、9年振り(!)というピーター・ガブリエル並のスパンだし、お祭りみたいなものでいいんじゃないかと。
 川本真琴は、その名前から来る「イメージ」を恐れ、一時は「タイガーフェイクファ」と名を変えたのではないだろうか。ところがその印象はどうしても消せぬことがわかり、しかしそれに従う気もないもので、じゃあ折衷点にすればいい、と、今回の作品は「川本真琴 feat.Tiger Fake Fur」の名義に落ち着いたのではないだろうか。
 一度こびりついてしまった偶像というものは、本人がいかに脱却しようとしても、ファンや関係者からは脱ぎ出せない。本人と直接的に関わる、喩えばライヴやステージを共にする人物であれば、川本が一時期舞台志向になったり、サントラ的なものを作りたがっていたりということを何とはなしに汲み取れ、「そんな人じゃないよ」と言える筈だ。しかし世間にとっての「川本真琴像」とは、実質ファンと取り巻きが作る偶像である。どうしたっていちど大ヒットしたら、そのイメージが嫌でも定着してしまうものだ。
 だからこそ川本は、爆発的に売れたファーストから長いスパンを置いて、セカンドを発表した。それもファーストの印象から入ると嫌になるほど濃密に凝縮された「ごったまぜ」の世界であり、逆に言えば、川本はそれを提示することでしか自分を保つことができなかった。そうでなければできあがった偶像に、自分自身が崩されてしまうからだ。ファーストと同じ路線を歩めば、単なる一発屋として自然消滅するのがわかっていたのだろう。
 その姿勢に音楽畑の人間は歓喜し、様々な要素が混じったセカンドに、アイドル的な路線を棄ててでも音楽的な豊かさ作り上げたよろこびを見出したが、世間ではまったく黙殺された。偶像脱却に成功しつつ作品的な質は高く、実験精神も見られるという意欲作だったが、ファーストに較べると及びもつかないぐらいに売れなかった――それは「世間的な川本真琴をイメージさせる」作品ではなかったから。
 そうして川本のファンは、「ああ、いたね『るろうに剣心』の人」といったイメージだけの人や、虚像と実像をごたまぜにして「和代」と呼んだり、「マコたん(ハァハァ)」としつこいロリータ容姿萌えオタクになるような、そんなファンばかりになってしまった。まるで音楽については触れられない。
 それこそが、川本にとってのコンプレックスになってしまったようで、セカンド発表後は舞台やゲスト参加に力を入れ、自身では活動しなくなり、しかるのち地元に帰郷してしまった。
 それでも彼女は、音楽を棄てなかった。誰に聞いてもらえなくとも曲を作り、詞を書いていた。
 そうして紡ぎ出されたのが、サード・アルバムとなる本作『音楽の世界へようこそ』である。

 ほろりほろりと奏でられる川本自身のピアノから始まる「音楽の世界へようこそ」は、やがて確実な像をむすび、「ああ、川本だ」というイメージを通過し、パーカッシヴな歌メロを経て、音楽をやっていてよかった、という素直な感情に導かれる。そんな導入部。
 オルタナティヴというかバンド的な「何処にある?」では、「犬は死んでない」「花は死んでないよね」という、川本が自分の所在を訊ねるかのような、前述の風像から脱却しても私は存在していてもいいんだよね、という意を汲み取れる。そのうえで「嘘ばかり吐いて御免ね」と偶像を作った自分について謝りつつも、「しばらく待ってみよう その答えを」と、自身呑気。これこそ川本。
 メドレー的に、アコースティックな「夜の生態系」へ。と思えばカントリーと打ち込みを融合したようなヘンな音で戸惑うも、逆にこのワケわからなさが川本らしいと思えてしまうからファンとは恐ろしいものだ。新しいものへ生まれ変わることを示唆したような歌詞は、どこかファンタジックで幾らでも深読みできる。と思った頃には曲調はエレクトリックも混じっている、しかし浮遊感は保たれている不可思議な川本世界独特の感覚。最初から、着地点がない。
 続く「アイラブユー」はビデオ・クリップも制作された秀曲。往年の「川本B面曲」なタイプのスロー・バラードは、ここへきてようやく安心できるたおやかな音色。もう若くもないのに、いや寧ろ若くないからこそ、紡げる真摯な愛のうた。これまでを感謝しつつも、これからをよろしく伝える続いていく愛。川本は、デビュー時のような刹那の恋愛をファンクに叫ぶ歌手ではない。こうした素朴でありながら真摯な、典型的なラヴ・ソングにこそ、彼女の詞は生きるのではないだろううか。単純に、ポップ・ソングとしても優秀である。
 まるで実家に帰ってぼけっと暮らしている自分を描いたかのような「石の生活」は、無気力でありながら目標を見出せず、気力を取り戻そうともしない現代の若者に向けたアンチテーゼのような歌詞とアンニュイな曲だ。どこかサイケ・フォーク的で、同時にリズムはややファンクなこの曲では、川本はここのところ得意としているフルートをソロ、エンディングで披露している。これがまた、いい意味で力が入っていなくていい。パワフルに空回りする川本など、もう見たくない。しかしブックレットの写真には川本の祖父らしき人物が映っており、そうした「石のように存在することを強要された世代」へのレクイエムのようにも思われる。
 続くインスト「鳥」は、鳥のさえずりが響く川本による自然録音。こうした趣向から、本作はともすれば、空間的な作風を目指しているようにも感じられる。
 そこから続くのは同じく鳥の「ウグイスー」。川本の爪弾くギターの音と、(恐らく意図的に)強められていないヴォーカルとが、言いようのない刹那さを惹起する。風景的な歌詞は飽くまで風景であり、深い意味を求めてはいけない。前曲とあわせて川本流のアンビエントとでも言えそうな曲だ。
 ピアノのほぼ弾き語りに等しい「クローゼット」は、「時を刻んだ古びたクローゼット」に自身を投影している。そのうえで「ずっと愛してる」と想いを語り、「ずっと愛される」と相手を信じ、「きっと愛してる」と憶測に頼るしかなくなり、しかし「そっと愛そう」と自分なりの愛の提示方法を晒している。その奥ゆかさというか、一歩引っ込んだところにある恋愛観が、現在の川本なりのラヴ・ソングのスタイルなのだろう。もう好き好き大好きと迫るお年頃じゃなくなったのだ。それよりもっと大人になった、それゆえにリアルな愛の方法がある筈。そういったことを、この曲はやんわりと教えてくれる。一度は終わりそうになりながら、力強くピアノが鳴り出す後半は震えるものがある。シンプルな本作中でもことにシンプルで、それゆえに純粋な歌詞と曲が映える。素朴に、ほろりと消えていく。
 一転して、ヘンテコにエレクトリックな「縄文」。古代に思いを馳せた歌詞は、同時に現代人の軟弱さをやんわりと批判している。これは川本が東京から離れて故郷に帰ったことで、昔の人々の暮らしを偉大に思ったのではないだろうか。一時期のファンク路線を少しばかり感じられるものの、敢えて虚像化させていたそれとは感覚が違い、実寸だ。川本の気ままなソングライティングを知らなければ、最も「何でこんな歌詞書くの?」と思ってしまう曲だろう。
 そのままエレクトリックではあるものの、スカのリズムを用いたデイジーな「へんね」は、「えんやー そいやー こーりゃー とっと」という川本らしいメロディありきなフレーズが愉快にさせる。しかし曲調は極端に明るいわけではなく、寧ろ淡々。現実の付き合いに疑問を抱き、自然の大らかさに較べてそれらはいかに「へんね」と思うものか、それを比喩的にあらわしているような屈折した歌詞が深くも感じられるものの、やはりえんやーとっとなフレーズに踊らされてしまう。作為的だこれは。
 再び自然録音の「海」。フィールド・レコーディングを取り入れるのは、作品として面白い趣向だ。個人的にではあるが、そうした音作りを盛り込んでいる知人のバンドがあるため、遠からず近いものを感じてしまう。一般には退屈なインタールードでしかないだろうが。
 キッチュな「ポンタゴ」では、軽快なピアノが鳴り響くも川本はヴォーカルに専念。「大きくなったね おいで」「初めから知っているね 私の場所」という歌詞が、どうしても現在の川本を想起させてしまう。散文的でありつつ、示唆に満ちた歌詞。しかも言い詰めることも言い過ぎることもなく、具体的に抽象的。ここへきて、川本の作詞は飛躍的に面白いものになったように思える。凡庸な「好き好きラヴ・ソング」など、もう二度と書かないだろう。素朴ながら、長年のファンにとっては最も「川本らしい」と感じられる曲だろう。単純に、曲として優秀だ。
 これもまた、ある意味では川本らしい詞と曲。おとぎの国を模しておきつつ、冒頭タイトル曲と対になる曲名、音楽の楽しさを具現化したようなセッション向けの曲、意味よりもリズム重視のリリック。川本は意図的に、この曲を作っている。
 そうして行き着く最終曲「小鳥のうた」。アルバム冒頭のようにぽろりぽろりというピアノから始まり、やがてアンサンブルが重なって、次第に世界が紡がれていく。闇に迷い込んで鳴き疲れ、目醒めた小鳥は新たな世界に光を見出す。そして「はじめましてベイビィ」と、あらためて世界に生まれたよろこびを、それでも生きていることへのよろこびを、か細くしかし力強く、歌いあげている。
 そして世界は、再び音楽をつむぎ始める……。

 全編、穏やかな作風が多く、今の川本らしい肩の力が抜けた等身大の作品だ。
 そのうえできわめて自由度が高く、いかようにも解釈できる自在な世界観。
 音としては全体的に、肉を殺ぎ落とし骨組を晒け出した、今の川本にしかあらわせない音楽。
 だからこそ問題視されるかも知れないが、それは昔からのファンが作り上げた偶像からの視点である。
 目醒めのコーヒーにも、お昼のブレイクにも、おやつどきの紅茶にも、おやすみの音楽にも使える、有用な音楽と思いたまえ。
 それこそ、川本が求めていた「音楽というもの」のよろこび。
 この世は、音楽とともにある。
 鳥のさえずりや波の音も、立派な音楽になる。
 それを感じるために、わたしは小鳥になろう。
 そして羽ばたいていこう……。

 そんなささやかな決意を感じる、ひっそりとした秀作である。
 川本にとっての音楽とは、それ即ち「生きるよろこび」であり、「生きる目的」である以前に、「自然そのもの」の所作であったのだ。
 だからこそこのような「自然な」作風に漂着することができたのだ。
 いちファンとして、同じ路線で乱作することなく、自己に迷い続けたあげくに本作が導き出されたことには、深い感慨と感謝をおぼえる。

 冒頭に記したように本作には、店舗により異なった音源が収録された店頭購入特典CDが付随していた。
 それは久方振りのリリースを盛り上げるための商業的な大プッシュでもあるが、同時に、それだけ川本が未だに期待されている存在であることを示している。のではないか。とファン心から思ってしまう。
 最後に、本編の資料集であり「アナザー・サイド・オブ・音楽の世界へようこそ」となるであろうそれらを、軽く紹介しておこう。


(TCI-2234)

 ディスクユニオンでは、川本がフルートを担当したインスト曲「ファイアーダンス」を収録したCDが添付。
 セッション録音によるインストなので、ヴォーカルやメロディは期待しないように。これは寧ろ、川本が「音楽とは何か?」という命題に迷ったあげく、もがいて足掻いて紡ぎ出した、ラフ・スケッチだ。川本を「音楽家」として見ているファンは少ないだろうが、こうしたインプロヴィゼイション(即興)にも応じられるほどの実力を、いつの間にか育てていたという実況録音的な証拠になる。センス一発の娘じゃなかったのだ。
 と言っても川本のフルートはそれほどフィーチュアされておらず、寧ろバンドの即興演奏そのものを楽しむような音であり、それでいてセッション音源なので、できあがった形にまとまったインストではない。12分強のカオスな音世界はいかにもユニオンの特典になりそうなアングラJ-ROCK的なもので、納得して満足しつつも笑ってしまった。つまりは、そういう音楽ファンには合うだろう。
 最後は川本のフルートが虚空に鳴り響き、静かに終わっていく。


(TCI-2235)

 HMVでは、発表前のライヴ・ヴァージョンである「夜の生態系(naked version from live)」を収録したCDが添付。
 ライヴ・ヴァージョンと銘打ってはいるが、その実、本作発表前の音源であるので、肉付けする前の「ネイキッド」状態なわけだ。完成形とは違ってピアノの弾き語りになっていて、さながらデモ・ヴァージョンを披露しているような録音。ライヴならではの音質や空気感。本作を知るうえでは次曲とあわせて、完成形へのステップを示唆する、最も資料的な音源となるだろう。だがこのヴァージョンはこのヴァージョンで、原型の美しさが際立っている。終盤のピアノが終わると、歓声が混じることなく終わる。


(TCI-2236)

 タワーレコードでは、川本姉妹「カワモッツ」による「音楽の世界へようこそ(from home demo)」を収録したCDが添付。
 ただでさえ短いタイトル曲のデモとあって、タンバリンとピアノ、そこに歌だけという、ごくごくシンプルな音作り。しかしヴォーカルは前面に出ており、いかにも「ホーム・デモ」的な音質。デモゆえの原型として楽しむよりも、寧ろ別ヴァージョンとして楽しめるぐらいの音源になっている。アルバム名に表題曲にデモ曲にと、いかに川本がこの曲を世に出したかったか、自分にとって音楽とは何であるのか、を問い詰めていたことが感じられる。

 現在、ソニー時代のカップリングを含めた全シングル音源を集め、リマスタリングを施し、さらに未発表音源を多数収録したシングルスも発売を控えている。間もなくドロップされるそれは、世間的な川本真琴というアイコンの具現化であり、歩みであり、本作へ繋がっていく忘れられない偶像の出発と末路を示す地図である。
 本作で初めて川本に触れたという珍しい方には、ぜひともあわせてお楽しみ頂きたい。
 世間的な偶像と、実際的な実像の違いに、驚きつつも魅了されるだろうから。

 それでも、
 世間的には「永遠のロリータ」であることは間違いない。
 だって俺、年上なのにこんな娘が妹にいてほしかったぐらいだもの。
 などとアイドル視する幻想を棄てきれずも、いちど表現者として見れば、その朴訥で真摯な音楽性には頭を垂れる。

 さあ、迷うことはない。
 寧ろ迷い込むといい。
 音楽の世界へようこそ。


音楽の世界へようこそ
1. 音楽の世界へようこそ
2. 何処にある?
3. 夜の生態系
4. アイラブユー
5. 石の生活
6.
7. ウグイスー
8. クローゼット
9. 縄文
10. へんね
11.
12. ポンタゴ
13. マギーズファームへようこそ
14. 小鳥のうた

(MYRD-7)