ピーター・ガブリエル
『スクラッチ・マイ・バック』
〜「創造者」ではなく「解釈者」として〜 (2010/02/17)

巨匠、ゆるやかに動き出す。
『UP(アップ)』以来7年振りという、相変わらず長大なスパンを経て発表されたピーター・ガブリエルのスタジオ最新作は、意外なことにカヴァー曲のみで構成されたアルバムだった。
何でも、ガブリエルは「曲の創作者ではなく、解釈者としての側面に焦点を当てたかった」のだという。邪推するに、自分の創造的な面が一定化してきたから自分の好む曲を自分流に仕上げることで、「自分の表現とは何か」を自らに問うてみたくなったのではないだろうか。
ガブリエルの作曲力といえば、近年の作風を見れば一聴瞭然、ジェネシス時代の残り香でエキセントリシティを保っていたソロ初期のようなものはまるでなくなり、バラードというよりもメランコリィを刺激するような、それでいてアンニュイではない、つまるところ「より音楽的なもの」になっている。
現に彼は、今まで3枚のサントラを制作したが、それを見ていけば音楽性の推移がよくわかる。『バーディ』の頃はヴォーカルを中心としたポップ・ソングで、『パッション』では民族音楽志向の全編インスト、『ロング・ウォーク・ホーム』ではその先にある現在のガブリエルの音楽表現を最も体現している、ある種のミクスチャーとでも言うか「音楽としての」作曲を意識したものになっていた。その間にも映画のサントラに参加し、ミレニアム・ドームのサントラ『OVO』を自身名義でも制作している。
この人は、歌よりも「音楽」が好きなのではないだろうか。
そんな彼が今回扱ったのは、デヴィッド・ボウイやポール・サイモンといった彼の世代にあるヴェテランから、エルボーにアーケイド・ファイアといった若手(このあたりは娘から聴かせてもらっていたそうだ)まで。中にはルー・リードの未発表最新曲まで先んじてカヴァーにて収録されている。
まず、カヴァーする範囲が広い。そこへきて「恒久に有意義な」ミュージシャンの楽曲を扱っている。まさかガブリエル御大がグリーン・デイを完コピして若者を煽るような真似はするまい。もはや彼は、刹那性のみで音楽を作ることなどしないのだ。
そのうえで基本的に「作者」をクローズ・アップしており、喩えばレディオヘッドの楽曲もその名義より、作者のトム・ヨークに着目しているきらいがある。これはガブリエル自身が言及しているような「作者と演者との間にある解釈という折衷点」を導き出すために選ばれた視点だろう。そのためヴォーカル・スタイルを真似るようなことは決してしない。飽くまで楽曲への解釈を試みている、のだ。
カヴァーの仕方も独特で、基本的にドラムレスかつギターレスの、物悲しくも優美な解釈。つまりリズムはまるでなく、刺激的なソロなどもなく、飽くまでメロディの美しさ、進行の自然さにのみ注目している。極端な例で言えばサントラ提供されて『UP』では別ヴァージョンを収録した傑作曲「アイ・グリーヴ」、あの雰囲気で全曲を仕上げているような感がある。そのため近年の作風が好きな人なら、間違いなくハマれる筈だ。
これに関してガブリエルは「アーティストにとっては『何をしてもいい』ことこそが制限となる。そのためある程度の制限があった方が表現しやすい」と言及している。これはまったくその通りで、だからこそポップ・ソングは3〜5分で、連載漫画や小説は短編・長編という形式で、美術も何かしかの手法をもってして、そのうえで個々の表現がなされることが殆どだ。そうでなければフリー過ぎて、長大なだけで意義が薄くなってしまう。もっとわかりやすい例を出せば、服飾なら最初に値段(の制限)を設定しなくては、制作費やコストばかりがかかって、いい服なのに高いものばかりになってしまい、売れなくなる。日本にいる人は日本国内にいるからこそ、日本のことを語るだけに徹していられる。枠があればその中で行動できるので、それこそ自由度が上がる。自由度は、単純に上げればいいわけではない。上げ過ぎると何をしていいのかの判断さえできなくなってしまう――自由過ぎて、受け手のことを考える余裕さえなくなってしまうので、そういった環境下で作られたものは、受け手が理解することもできない、表現者のエゴばかりが目立つものになってしまう。
どの曲も原曲以上にシンプルになり、ピアノやストリングス、オーケストレイションを中心とした演奏アレンジ、そこにいい意味で「齢をとった」ガブリエルのヴォーカルがつらつらと乗る。雄大に語るわけではなく、歌い倒すわけでもない。かといって呟くまで小さくはならない……。
それこそが、現在のガブリエルの「スタイル」なのではないだろうか。
前作『UP』は新しい彼の作風の提示であり、同時にスタイルの確立を示していた作品ではなかっただろうか。
そのため言いくるめれば、刺激的な音を望む人には、この作品はまるでフィットしない。ましてや(もういないと思うが)かつてのガブリエルの偶像を求める人には我慢もできない。前作までのガブリエルの作風の流れを知ったうえで、カヴァー・アルバムであるという前提でこそ、楽しめるものではないだろうか。
無論、そうした情報がなくとも、雰囲気はとてもいいので、BGMとしても使えるだろう。音楽的に優秀なものは、えてしてそういうものだ。
ただどの曲もアレンジが似ていて、原曲を知っているか否か以前に、似た印象を受けてしまうのも事実だ。しかしそれは、音楽的に貧しいことの証明にはなっていない。寧ろ似た曲に感じてしまう私こそが、知識と感性が豊かでないのだろう。
それでも、傑作曲なのに注目されることの少ない、ニール・ヤングの「フィラデルフィア」を採り上げたことや、ジャンルにとらわれないカヴァー対象を選んだのには、尊敬の念しか浮かばない。こと「フィラデルフィア」はこのアルバムの作風を凝縮したような秀逸なアレンジで、ひそかにビートルズ的なヴォーカル・フレーズも使用するという凝った趣向も見られる。そこからの最終曲への流れは、儚くも虚しくない。
何でも、このアルバムは「ガブリエルが好きな曲をカヴァーし、カヴァーされた側はガブリエルの好きな曲をカヴァーし返す」というコンセプトが根底にあったらしく、まず本作をドロップし、それからその回答となる趣向で対になるオムニバス盤が発売される予定だという。現在のところそちらのリリース予定はないようだが、喩えばレディオヘッドによるガブリエル・カヴァーなんてどれだけ面白くなるのだろう。思わず期待してしまうではないか。
動き始めたMr.リアルワールドの世界を、まずは本作から味わってみよう。
最後に、本作が「カヴァー・アルバム」であることについて、個人的見地を言及しておきたい。
こうしたカヴァー・アルバムは、学園祭にてコピー・バンドでカラオケを歌うのとは、根本的に姿勢が違う。ただ「再現」に徹するそれと違い、こうしたカヴァーにはどうしても「解釈」が必要となる。それ即ち、表現という行為あるいはその形に、どれだけ真摯に、自分なりに接しているかという姿勢がどうしても現れる。
そうしてそれを、再び「表現」に転化する。
それこそが「アーティスト」を自認する表現者の宿命であり、すべての表現に通ずる精神だ。
コピーは、単にその曲に「萌えている」に過ぎない。お気に入りのキャラクターをトレースしてコミケで売り物にする同人誌と同じだ。だからこそ、それを自分の表現であり、解釈であるなどと正当化してはいけない。
それに対して「解釈」は、奇抜な発想だけで滅茶苦茶にしてしまう「冒涜」と違い、飽くまで「表現者の表現を、表現者として表現する」ことに尽きる。リミックスにも通ずる、しかしそれ以上の感性が必要となる。一辺倒に敬愛するトリビュートとも違うが、それに近い感性も持たなければならない。
だからこそ本作は「カヴァー・アルバム」であり、ガブリエル流の「表現の解釈による表現」なのだ。
そうしたことこそが、「表現」の楽しみのひとつでもあると思う。こと「音楽表現」の。
無論忠実にコピーすることは「ミュージシャン」としては大切だろうが、
だからこそ布袋寅泰の「スターマン」や「カモン・エヴリバディ」は「アーティストの解釈」であり、エクストリームの「ヘルプ!」は「ミュージシャンの仕事」であったように思われる。そうなれば安藤裕子の通例となったシングル・カップリング曲でのポップス・カヴァーは「歌手としてのリメイク」であり、チープ・トリックは常にビートルズを「トリビュート」している。そうやって各人、根底から姿勢が違う。そうした境界に立っておきながら、おちゃらけた雰囲気でスタンスを誤魔化すようにブレンドしてオリジナルにまで化けさせてしまった、すかんちという特異なバンドもあるのだが。
あなたがもし、好きな楽曲を演奏あるいは歌う際には、それをどういったスタンスで「表現」するのかを、自分に問うてみるといいだろう。
それを続けていれば、自分なりの「表現」ができていくに違いない。
*追記*
日本盤は1枚組だが、輸入盤には2CD仕様がある。そこには本体未収録のリミックス音源が4曲収録され、しかも限定だったり安かったりなので、できることならそちらの購入をおすすめしたい。日本盤はガブリエルのセルフ・ライナーの対訳と、『ストレンジ・デイズ』の岩本氏によるライナーは面白いのだけど、2枚組で出してくれれば文句がなかったのに……。
そういうわけで、近日中に買い直します。
| SCRATCH MY BACK | スクラッチ・マイ・バック | |
| 1. | Heroes / David Bowie |
ヒーローズ /デヴィッド・ボウイ |
| 2. | The Boy In The Bubble / Paul Simon |
・ザ・ボーイ・イン・ザ・バブル /ポール・サイモン |
| 3. | Mirrorball / Elbow |
ミラーボール /エルボー |
| 4. | Flume / Bon Iver |
フルーム /ボン・イヴェール |
| 5. | Listening Wind / Talking Heads |
リスニング・ウィンド /トーキング・ヘッズ |
| 6. | The Power Of The Heart / Lou Reed |
ザ・パワー・オブ・ザ・ハート /ルー・リード |
| 7. | My Body Is A Cage / Arcade Fire |
マイ・ボディ・イズ・ア・ケージ /アーケード・ファイア |
| 8. | The Book Of Love / The Magnetic Fields |
ザ・ブック・オブ・ラヴ /ザ・マグネティック・フィールズ |
| 9. | I Think It's Going To Rain Today / Randy Newman |
アイ・シンク・イッツ・ゴーイング・トゥ・レイン・トゥデイ /ランディ・ニューマン |
| 10. | Apres Moi / Regina Spektor |
アプレ・モア /レジーナ・スペクター |
| 11. | Philadelphia / Neil Young |
フィラデルフィア /ニール・ヤング |
| 12. | Street Spirit (Fade Out) / Radiohead |
ストリート・スピリット(フェイド・アウト) /レディオヘッド |
(TOCP-66925)
| 2CD仕様輸入盤付属ディスク | |
| 1. | The Book Of Love (Remix) |
| 2. | My Body Is A Cage (Oxford London Temple Version) |
| 3. | Waterloo Sunset (Oxford London Temple Version) / The Kinks |
| 4. | Heroes (Wildebeest Mix) |