デイヴィッド・シルヴィアン
『マナフォン』

〜森の音楽〜 (2009/10/15)

 僕は多くのミュージシャン、ことヴォーカリストを崇拝しているが、そのなかでもシルヴィアンはダントツだ。アイドルだった時代を振り返るもよし、孤高のアーティストとなった今もよし。それは逆に言えば、アイドルとして脚光を浴びたからこそ、そのあとは孤高な作品を作るようになったのだ。
 アイドルだったことの反動から、シルヴィアンは近年ものすごくペシミスティックに、音楽というよりも芸術を追求している。インスタレーション作品(『ヤクシマ』など)を度々リリースしたり、前作『ブレミッシュ』は即興音楽に歌を乗せるという妙技に成功した。
 そして6年を経て、もやは仙人のような白髭姿になったシルヴィアンがリリースしたのが、『マナフォン』だ。
 本作は前作『ブレミッシュ』のノウハウを活かし、なぞらえたような路線で製作されている。だからずっと昔のシルヴィン像のような「ポップ・アルバム」を求めてはまったく楽しめないだろう。なので逆に言えば、前作が好みであれば間違いなく楽しめる。
 だが技術面ではまた前作とは違っている。デレク・ベイリーの即興ギターが話題となった前作だが、今作にはギターの音色は前作ほどなく、電子音楽というか完全に音響派な音作り。前作から続いて参加しているフェネスが大いに活躍している。ベイリーが逝去してしまったからそういう路線になったのかも知れず、存命だったらまた起用していたのかも、と思うのだが。
 生楽器をそれほど(効果的に)使っていないためか、ひどく「空間的に」感じられる。それでもシルヴィアンが朗読するように歌っているので、イーノのようなアンビエントにはならない。そのシルヴィアンのヴォーカルが、近年の彼らしくて実にいい。まるで悟っちゃったかのようだ。それでも前作よりヴォーカルの度合いは強いだろう。
 デジタルで空間的ながら、血の通った鬱蒼としたアルバム。
 これはジャケットのイメージにめちゃくちゃフィットする。そう、このアルバムを聴きたい場所は、森だ。神秘を思いながら、大音量ではなく、かろうじて聞き取れるぐらいの音量で聴いてみたい。
 つまりは、実に想像力を掻き立てる音世界なのだ。空間的に流してもいいし、幽玄的な即興ヴォーカルを楽しんでもいい。
 そう、今作もまた、ヴォーカルは実質的に即興だ。
 これはなかなか難しいことだ。語りに徹せず、ポップさを守り、それでいて自身の目指す空間的なテクスチュアに馴染むように仕上げる。これはそこらへんの「伴奏ないと歌えませーん」なヴォーカルとは数段違う。
 僕はこのアルバムを、睡眠時によく流している。いっさい主張しない音とヴォーカルは空間をやわらかく満たし、快い眠りにいざなってくれる。特に今の秋という季節にはかなり合う。じっくり聴いても、流してもいい。
 極端な話、このアルバムは演奏のみでもいい。逆に、ヴォーカルのみでもいい。
 そういうふうに、「ポップネス」ではなく「アートとしての音楽」を追求した作品だ。
 ゲストは相変わらず渋く豪華なメンツだが、中でも嬉しかったのは大友良英の参加。その手の音が好きなら音を想像できるだろうし、お薦めできる。
 これでこの秋にヘヴィ・ローテーションするアルバムが決まった。それも師と仰ぐシルヴィアンの作品で。こんなに嬉しいことはない。
 心地よい秋になりそうだ。

 なお、国内盤はボーナス1曲追加収録。さらに海外盤でDVD付きの限定仕様も出ている……が、死ぬほど高い。買うかどうか迷っている。


MANAFON マナフォン
1. Small Metal Gods 小さな金属の神々
2. The Rabbit Skinner 兎の皮はぎ師
3. Random Acts Of Senseles Violence 無文別な暴力の任意行為
4. The Freatest Living Englishman 最も偉大な現存の英国人
5. 125 Spheres 125個の球体
6. Snow White (In Appalachia アパラチアの白い雪
7. Emily Dickinson エミリー・ディキンソン
8. The Depertment Of Dead Letters
9. Manafon マナフォン
<日本盤ボーナス・トラック>
10. Random Acts Of Senseless Violense (Remis) 無文別な暴力の任意行為(リミックス)

PVCP-8616