睡蓮
『六花ノ音』

〜濃密な音空間〜 (2009/03/13)

 睡蓮、勢い止まらず。またも前作から半年ほどで新譜をドロップ。それも本作『六花ノ音(licca-no-ne)』は初期三部作の最終章ということで、このミニ・アルバム三連発はあらかじめ予定していたことだったらしい。ということは、次からはフル・アルバムで来るということか? 期待だ。
 本作は基本指針は今までと同じながら、路線が少し変わってきている。ギターが強調され、生音が多くなり、打ち込みはかなり少なくなった。打ち込みっぽい単調なリズムさえも生ドラムかと思ってしまうほどだ。それほどアクティヴに、かつ緻密で濃密に、丁寧な音空間が構築されている。
 最初に聴いた時は、「いいけど『ひたひた』の方が好みだったなぁ」という感を受けたが、聴き込んでみると、音の濃密度が俄然違うのに気付かされた。本作はアイディア先行だった前作・前々作と較べると、丹念によく作り込まれている。余りによくできているので自然に聞こえて、それに気付けなかったのだ。それに気付くと、急に好きになった。
 毎回ゲスト参加ミュージシャンが豪華な睡蓮だが、今回もそうそうたるメンツが参加している。AGE of PUNKのASAKIにゴッド・マウンテンことホッピー神山、三柴理にyukihiro。特にホッピー参加は「音楽性が認められた」という感が強い。三柴参加と並んで「プログレ的な」期待さえしてしまう。
 その中身はというと、とかく「濃密」。ノイズとインダストリアルと和と洋とテクノとアンビエントが混ざり合ったような、充実した音楽性に、睡蓮は行き着いた。睡蓮は、単なる「和風テクノ」ではなかった。
 それでは、各曲を見ていこう。
 ピアノの哀しげな淡々とした旋律から始まる「浸透して」はいきなり睡蓮の真骨頂。悲壮感漂うストリングスが何重にも絡まり、儚くも美しい。芍薬の歌声も妖艶で、「愛する人々や自分にもう嘘は吐かない」と英詞で歌われる。
 メドレーでパーカッシヴなビートに転調し、次曲「腐葉土」へ。こちらも英詞で、「雑音を感じる」というフレーズが繰り返し妖しく歌われる。ナイン・インチ・ネイルズ好きの藤井の音楽性が自然に出た感のある、ソリッドなギターが冴えるナンバー。
 スキャットから始まる「月に泣く」は、オリエンタルな調べとノイズが混合されたしっとりとした佳曲。しかしインダストリアルなギターも強調される。月を絶対的な存在として崇める詞も意味深で秀逸だ。
 昭和歌謡的雰囲気の「song 6」は、まるでラジオで古い曲を聴いているような錯覚を起こさせてしまうノスタルジックなもの。なだらかなピアノを軸として、悲哀を吐き出すようにねっとりと芍薬が歌う。終盤の激しいギター・ソロがすべてをブチ壊すようで印象的。
「根ノ音ニタユタヘ」はSOFT BALLET時代を髣髴とさせるナンバー。しかしヴォーカルは芍薬であり、しかも本作中最も濃い歌唱であるので、睡蓮独自の味を感じられずにいられない。とかく妖しい雰囲気漂う濃密な曲。
 沈黙に僅かな歌声が響くイントロから始まる「カナシミ」は、淡々とした雰囲気の中、悲壮感漂うストリングスが刹那く響くシンプルな曲。歌詞もシンプルで、生を肯定することのできない深い哀しみを歌っている。
 そうして世界はゆっくりと閉じ、再び1曲目のピアノに戻る……この繰り返しが、色濃い音の輪郭を感じさせてくれる。そう、本作はリピート再生でぜひとも味わって頂きたい。その方が深い世界に嵌まれるだろうし、一度聴くだけでは(ノイジーなのに)耳障りがよく、するっと終わってしまう。しかし繰り返し聴くと、その深みに気付かされる。しかも、最終曲から冒頭曲への展開も自然なのだ。
 とかく「濃密」で「作り込まれた」作品だ。睡蓮の新しい表現が提示されていると共に、無限の可能性を感じられる。

 三部作は、それぞれ独自の意味を持った。
『音ヲ孕ム』は基本形。『ひたひた』は発展形。そして『六花ノ音』は完成形。それを初期の3枚で体現してしまった。
 次はどんな睡蓮に化けるのか? このままでは、期待してしまうではないか。
 その期待に応えてくれるのか、いろいろな意味で裏切ってくれるのか、今から楽しみだ。


六花ノ音
1. 浸透して
2. 腐葉土
3. 月に泣く
4. song 6
5. 根ノ音ニタユタヘ
6. カナシミ

(NFCD-27170)