ナスノミツル
『離場有浮』

〜ノイズ・アンビエント〜 (2008/11/18)

 ナスノミツルという人は不思議な人である。
 大友良英による本作のライナーノーツに詳しいが、人間そのものがインプロヴィゼイション・セッションのような人だ。かといって取っ付きにくいというわけではなく、話でもしていれば自然と懐に入れられてしまう。その「世界」の一部になってしまう。
 そんなナスノが、ファースト・ソロから間を置かず、セカンド・アルバムをドロップした。前作はアルバム制作のためではなく、溜まっていったマテリアルを整理したものであったのに対し、本作は、本作のための録音がされている。そういう意味では同じセッション・アルバムであるとはいえ、かなりの違いがある。
 本作はベースやプログラムを担うナスノを軸に、ギターやフルートに灰野敬二、ドラムやピアノに石橋英子を迎えて2日間行われたセッション録音をカット・アップしたものだという。その基本姿勢はインプロヴィゼイション。あらかじめの作曲はされていない。
 聴いてみて、「ノイズ・アンビエント」という言葉がまず浮かんだ。
 バリバリ暴れまくる1曲目は別格として、他の曲はどれも意外なほど「アンビエント」しているのだ。基本はノイズ発生により成り立っている、決して耳ざわりがいいとは言えない音楽なのに、まとまって空間を描いている。「残響」という意味の「リヴァーブ」を名乗った本作は、それぐらい「空間」をスケッチしたものになっていた。
 自然発生的な、偶発性による空間の摘出。それが40分超にわたって繰り返され、意味と無意味の間に成り立つような不可思議な音世界を作り上げる。その空間は夢の中にいるような、それでいて現実にほど近いような感覚にとらわれるものだ。
 軸となる、時にドライヴするもったりとしたベースを包むギターの灰野が灰野らしくないというか、あの暴走する爆裂ギターではない。空間を描くための一手段として、思わせ振りで空間的なギターを弾いている。それだけでも意外だった。それでもノイズの性質は保っており、ナスノのプログラミングしたウェイヴが恐怖感を煽るように遠くに響く。石橋のドラムはハイ・ハットを基本に添え付けられるようにチリチリ鳴らされる。ピアノ曲では夢語りでも聞いているような、幻惑的な浮遊感を味わえる。
 ストラヴィンスキーの「オルフェウス」の冒頭を耳にしているのにも似た、怖いような落ち着くような、優雅なような暗いような、不思議な聴感……その本質は繊細な音の絡み合いだ。これら一音一音は、どれも強くありながらとても弱く、儚い。存在感を主張するメロディの類ではなく、飽くまでも空間を描くひと筆として存在する。その筆が数本下ろされ、絵が描かれる。その絵は薄ぼんやりとした闇に浮かぶひとすじの光の水彩画。油彩のようにくっきりとしておらず、水彩のようにぼんやりと溶け合う色彩で、輪郭の定まらない残像を放つ光が描かれている。
 残像、
 これこそが、本作の表している世界を表現するに相応しい言葉かも知れない。ノイズが発生させる残響音によって映像的な視覚効果を受けるが、それは決して「主体」ではない。残像のような、おぼろげですぐに消えてしまう刹那の空間。その一瞬をとらえたスケッチが、本作である。
 ナスノはもはや、単純にジャズを模倣したインプロヴィゼイションには限界を感じたのかも知れない。その先に、空間的なテクスチュアを感じさせる一種のトリップ音楽を紡ぎ出した。これは前衛音楽ではない。意図して描かれた精神世界への扉だ。暗い部屋にキャンドルをともして、ヘッドフォンをして本作を聴くといい。無限の内的宇宙を感じられる筈だ。
 本作で描かれている絵を味わえるかどうか、それはリスナーの聴覚次第である。


離場有浮
1.
2. 残月
3.
4.
5. 未見
6.
7.
8. 天照
9. Z-5823R
10.
11. 彩御
12. Z-5725D
13.
14. 加速
15. 離場有浮

(TRACK-012)