ナスノミツル
『Prequel Oct.1998 - Mar.1999 + 1』
〜現実との乖離〜 (2008/09/15)

とうとう、ナスノミツルのソロ作品がリリースされた。
ナスノミツルは、Altered States、是巨人、elementsなど多岐にわたって活動するベーシストで、本作は2008年にリリースされたファースト・ソロ・アルバムだが、タイトルが示す通り殆どが98年秋から99年春にかけてレコーディングされたマテリアルで、新録音は最後の1曲のみ。しかし、通して聴いても継ぎ接ぎのような感じはせず、寧ろ一貫とした空気を感じる仕上がりだ。
本作について、ナスノ自身は「京都から東京に移転したばかりの頃で、自分の方向性がつかめないまま生活のためにスタジオ・ミュージシャン的仕事をこなす重苦しい日々の中で、世間との乖離を抱えながらも思い付いたアイディアをスケッチ的に録音したもの」と語っており、確かに断片的なスケッチをおさめた感じではある。しかし鬼怒無月、大友良英、芳垣安洋、益子樹、磯田収、サム・ベネット、義太夫の田中悠美子といった参加メンバーの演奏は、決してお気楽なセッション感覚ではない。即興的でもあり、しかし根底にはナスノによって作曲された曲の骨子がしっかりと根付いている。
冒頭を飾る「The Next Minute」は鬼怒のブルージィなアコースティック・ギターと、大友の空を切り裂くようなターンテーブルが荒んだ情景を醸し出すようなドローンな仕上がり。ブライトなギターの響きに希望的なものを求めるものの、それはノイズと淡々としたナスノのヴォイスに掻き消される。幕開けに相応しい12分超の空間スケッチ。
続く2曲目「Before The Rain」はベネットのウェイヴ・ドラムとナスノのパーカッシヴなベースに、益子ふみえのウィスパー・ヴォイスが映える秀逸曲。この曲をして本作を「ヴォーカル・アルバム」と呼んでも差し支えない。益子ふみえのヴォーカルは時に妖艶なスキャットを絡め、どこかデジタルなこの曲をヒューマニティ溢れるものにしている。
ナスノのヴォイスが歪んで始まる3曲目「Motai」は、野太いベースや繊細なキーボードが折り重なった奇妙な楽曲。全編ナスノの囁きがイコライズされて響き、躰がねじれるような感覚にとらわれる。
4曲目「Karamel」では磯田のストレンジなヴォーカルとギター、ナスノと芳垣のリズム隊が絡み合う。冒頭からパーカッシヴな楽曲で、黒人音楽的なリズムが最も体現されている曲と言えるかも知れない。それは喩えばR&Bやジャズなどの表層的な黒人音楽ではなく、アフリカン・ミュージックにも近い、民族音楽的な響きのある、根深いものだ。
5曲目「The Mists」は益子樹のオルガンとドラムにナスノのもったりとしたベースと淡白なヴォイスが乗っかる、ヴォーカル主体の楽曲。本作は野太いベースやパーカッシヴなドラムなど、楽器に耳を奪われそうになるが、ナスノのイコライズされたヴォイスが多くの曲で味わえ、根底に「声」が敷かれている。唐突に途切れて終わるのが刹那的だ。
ねじれるようなノイズから始まる6曲目「SB」では一転、田中の義太夫三味線とヴォーカルが大フィーチュアされ、オリエンタルでありながらノイズ的解釈を施された、本作の中でも輪郭が際立つ楽曲。「和」の旋律の中にノイズが絡まる様は、取り合わせは不思議だが奇妙にフィットした感がある。
太い弦の響きから始まる7曲目「Beyond The
Cross」では大友のターンテーブルにナスノのベース、ギター、ヴォイスが被さる。淡々とした流れの中でノイズの風景は少しずつ変わっていき、軽いトリップ感に襲われる。終盤には風景が荒廃した世界のような淋しいものになり、静かに終わりを迎える。
そうして本作は、唯一新録音の最終トラック「Mobile
Syndrome ver.0302」に入る。グルーヴ感のある野太いベースに、キーボードやノイズが重なっていき、生物が死に絶えた世界のスケッチのような音世界が広がり、聴く者の恐怖感を掻き立てる。そして世界は、すべてを洗い流す竜巻のようなノイズの渦に巻き込まれて閉じていく……。
「ノイズと黒人音楽的リズムとの対峙の果てのアシッド解釈」をテーマとしていたというナスノのベース・プレイは、ベーシストのソロ作にありがちなグルーヴをタイトに詰め込んだものではない。太いながらも伸びやかな、空間的なプレイで、即興演奏にフィットしたたたずまいを見せている。全体的にノイズ・ミュージックとも接点のある音世界だが、その底には乾いた黒人音楽的なグルーヴを感じさせるベースの響きがあり、それでいて全体的にアシッドな空気感。聴いていて、今が2008年であることを忘れてしまいそうになる。というよりも、「今」という瞬間を忘れてしまう。自分の存在があやふやになり、希望と絶望が混じり合った世界に救いを求めてこの音楽を聴いている、という感覚にとらわれる。世間との乖離、というナスノのコメントが思い浮かぶ。そう、本作は音楽を通じて「今」と乖離する媒介となる。それをトリップ・ミュージックとして利用するのは簡単だが、そのトリップの果てに、現実との差異を感じるだろう。
ここにあるのは、安直になりつつあるノイズ・ミュージックや模倣が当然になってしまった黒人音楽への警鐘だ。本作をして、ナスノは現代の音楽シーンに疑問符を投げかけている。それをどう受け止めるか、それはリスナー次第だろう。
| Prequel Oct.1998 - Mar.1999 + 1 | |
| 1. | The Next Minute |
| 2. | Before The Rain |
| 3. | Motai |
| 4. | Karamel |
| 5. | The Mists |
| 6. | SB |
| 7. | Beyond The Cross |
| 8. | Mobile Syndrome ver.0302 |
(dmf-121)