睡蓮
『音ヲ孕ム』+『ひたひた』

〜「和」のエレクトロニカ・インダストリアル・ポップス〜 (2008/06/18)

 元SOFT BALLETのノイズ・インダストリアル野郎、藤井麻輝が女性ヴォーカリストを起用し、She Shellを組んで2枚のマキシ・シングルをリリースしていたことを皆さんはご存知だろうか。1枚目はJAPANのトリビュート・アルバム『ライフ・イン・トウキョウ』で発掘した渡真利愛を、2枚目では「へへぇ、とひれ伏すほど存在感があった」というMIZUをヴォーカルに迎えて、フジマキからは想像できないようなポップネスの追及をやってのけた(特に「sin」は名曲だ)。
 その後、再始動SOFT BALLETでの活動があり、その後、音沙汰がなくなった。どうしたことか? と思い調べてみると、フジマキは芍薬(しゃくやく)という女性ヴォーカリストを迎え、「睡蓮」というユニットとしてライヴ活動をしているという。それがShe Shellの発展形であることは女性ヴォーカル+フジマキ、という構図からも明らかだった。いつ音源が発表されるのか、と思っていると、全部英語の公式サイトができ、そこで2曲だけ試聴できるようになったが、余りに「空間」を描いたそれを耳にして、フジマキの新たな指針が解らなくなった。
 だが、ファースト・ミニ・アルバム『音ヲ孕ム』(英題:『neo haram』)のドロップにより、その指針は明らかになった。オビに打たれた文字は「エレクトロニカ、インダストリアル、ポップスを飲み込み、言葉と音とを丹念に紡いで創られた新しい『和』の空間」――そう、She Shellで目醒めたポップネスを、「和」という形でフジマキは表現したかったのだ。
 と、そこまで気付いたはいいが、リリースされてからもレヴューを書く気になれなかった。まだフジマキの本領が発揮されていないような、精巧なデモCDか何かのような錯覚にとらわれていたのである。やはりかつてのノイジーでインダストリアルでナイン・インチ・ネイルズ的なフジマキ像から、脱却できずにいたのだ。
 だが繰り返し聴いているうちに、これは傑作かも知れない、と思うようになった。オビに打たれていた文句が、まったく当て嵌まるのだ。エレクトロニクスを主体にした曲作りを基本とし、曲によってはノイジーなギターが入り、インダストリアル的な要素も残っている。それでいて最大の特徴はShe Shellでも追求されたポップネス。それを、「和」のイメージで紡ぎ出している。心の深層に訴えるようなメロディ、それもノイズが混じるフジマキ流の旋律と、涼しく澄んだ芍薬の声。その独創的なサウンドは、我々日本人の心象風景を映し出すようだった。
 しかし、やはり世間では「フジマキ=ノイズ」という定評がある。曲のはしばしにはそれが見られるのだが、She Shellほどポップになりきっているわけでもなく、SOFT BALLETほどノイジーなわけでもなく、中途半端な感が拭えなかった。全体的にダークな感じは受けるのだが、フジマキ「らしさ」を感じられなかった。これが喩えば、森岡賢の作品だと言われたら納得してしまいそうなぐらい、フジマキの音楽である必然性を感じなかった。
 だが、フジマキはShe Shellあたりから変わっていたのだ。それまでの「フジマキ=ノイズ」という構図から脱却すべく、ポップネスを追及し、体現してみせた。その先にある静寂へ辿り着き、ノイズとメロディとヴォーカルが「和」の旋律をエレクトロに奏でる、言わば「調和」する、この睡蓮に行き着いたのだろう。
 その結果はアルバムを聴いてみれば解る。公式サイトでも試聴できた冒頭曲「Lotus」は、かすかにノイズが入るものの、鼓のようなタイコが淡々と響く「和」な英語ナンバー。さながら湖に浮かぶ蓮を見詰めているような幻想的な曲だ。ここで一気に「フジマキ=ノイズ」という固定観念が吹き飛ぶ。ようやくドラミングやギターが入った2曲目「昼間」は、睡蓮流のポップ・ソング。芍薬の歌声が映えるこの曲が「睡蓮の基本」的なスタイルと言えるだろう。ギター・サウンド主体で、再始動ソフバでフジマキがギターに専念した結果が出ている。また、「Daylight」というタイトルになって英詞で歌われることもある。3曲目「鶏頭」は澄み渡った詠唱から、妖しげなヴォーカルに変わる、躍動的な曲。時にリズミカルな、時に伸びやかな芍薬の歌声が基軸となっている。4曲目「夕鶴会」はノイズと打ち込みのイントロこそソフバ時代を思わせるが、芍薬の淋しげなヴォーカルが乗るや妖艶な曲になる。「飛べ」というひとことと、悲壮感溢れるストリングスが印象的に響いてくる。ある種の自己愛ソングだと考えられる5曲目「左手」は、水滴のようなイントロから一気にインダストリアルの世界に入り、ヴォーカルもイコライズされる。左手を嘆く歌詞が意味深で、本作中では最もノイジーなギターと、躍動的なエンディングが華を添える。そして先行配信されていたラスト・ナンバー「Spine」は再びの英語ナンバー。日本語タイトルは日本語で、英語タイトルは英語での歌唱を目指しているようだ。淡いスクラッチ・ノイズから始まり、淡々としたヴォーカルがややインダストリアル趣向の楽曲と相俟って、次第にドラマティックに美しく変化する。荘厳なエンディングに向かって収束していくストリングスがスリリングだ。そして世界は、静寂に戻る。
 ここにあるのは、オビの文字通りエレクトロニカにより紡がれたインダストリアルな和風ポップ・ソング集。かつてのフジマキ像を求める古きファンには違和感があるだろうが、今のフジマキの指針はここにある。

 その『音ヲ孕ム』のリリースから半年、早くもセカンド・ミニ・アルバム『ひたひた』(仮題:『黒ノ闇ニ』)がリリースされた。それが、本稿を書くきっかけとなった。そこに提示された睡蓮の音世界は、精巧なデモ音源のような肌触りだったファーストに較べ、輪郭がくっきりしており、フジマキの指針がようやく理解できたような気になったからである。この2枚を合わせて、フル・アルバム1枚と考えてみてもいい。現にライヴで発表済みだった曲も含まれており、基本路線は『音ヲ孕ム』の延長上にあるのだから。現にディスクは同じデザインの色違い(金と銀)になっている。対のような作品だ。
 しかし『ひたひた』は『音ヲ孕ム』より作り込まれており、何よりポップという、言わばShe Shellの2枚のシングルを聴いたような感を味わわせる。基本路線は同じだが、ポップネスが違う。より睡蓮独自の世界観が広がっていて、基本指針「エレクトロニカ+インダストリアル+ポップス+和」がくっくりとしている。初心者にはこちらの方が耳馴染みやすいかも知れない。
 冒頭に「序」として、SOFT BALLET時代を思わせるようなスキャット+打ち込みノイズのインストゥルメンタル・トラックが用意されている。それに続く2曲目「杳として」は暗く沈むようなベース・フレーズに、打ち込みやギターが乗り、芍薬の艶めかしいヴォーカルが踊る実質的な冒頭曲。新たな睡蓮の世界に導く幽玄であり動的な曲調となっている。荘厳なストリングスから始まる3曲目「春の國」では、睡蓮の目指す基本指針がしっかりと提示されている。『ひたひた』の中でも最も睡蓮らしいサウンドと言えるだろう。後半のインストゥルメンタル部分が長く、そのサウンドの輪郭が深く味わえる。意外と言うか当然と言うか、という感のある4曲目「葉蔭行進曲」は、「和」をテーマにするなら必ずやるだろう、と私的に思っていた大正デモクラシー的な、言ってみれば戸川純のゲルニカ的な世界観。発売前のファン・クラブの集いで、フジマキが「こういうのもやっちゃうけど、いいかな? 嫌でもやっちゃうけどね」とファンに聴かせたという。ヴォコーダーのかかったヴォーカルが「ひたひたひた〜」と歌う、表題曲の如き曲になっている。この曲には盟友、森岡賢もシンセで参加している。5曲目「すきま」は、歌詞にもある「斜陽の緋」というタイトルで知られていた、睡蓮のライヴでの代表曲のひとつ。暗く鈍いシンセ・ベースなどの打ち込みやギターが「かつて」を思わせる。6曲目「葉桜の頃」は先行ダウンロード販売もしていた、言わば『ひたひた』のリード・トラック。この曲はShe Shellの名曲「sin」のような(よく聴くと構成も似ている)、一方的ながらひたむきな愛を歌うものになっており、非常に愛苦しい。アルバム中、最もポップで、それでいて睡蓮の基本指針にも基づいている傑作曲だ。最終曲の「月ノシュク」は「The 17th Mansion of The Moon」というタイトルでもってライヴで披露されていた英詞曲。英語タイトルが英詞というファーストの法則はここで破られた。睡蓮に法則は通用しないということか。ファーストの終盤のような沈み込むように暗く響く曲調で、睡蓮のダーク・サイドが垣間見られる。そして世界は、また闇へ閉じる。
 通して聴くと、全編、方法論は『音ヲ孕ム』の踏襲でありながら、その漆黒の色彩は残したまま、明るい色を添えた傑作となっていることに気付かされる。またSOFT BALLET色を感じさせる部分も多くあり、新たなフジマキ像を求めるリスナーにはファーストよりも親しみやすく、それでいて深い世界観を感じられるだろう。フジマキは自分の世界を表現できる存在を探していた。それには芍薬という華が必要だったのだ。出会うべくして、このふたりは出会ったのだ。

 この2作品をして、睡蓮というユニットがどんな存在か、世に知らしめたことになるだろう。いや、知らしめたどころではない。その世界観の深さに、リスナーを感服させる出来となっている。
 追い続けている熱心なファンにはもちろんのこと、SOFT BALLETの亡霊に悩まされている古くからのファンにも、ぜひとも聴いて頂きたい。これがフジマキの新たな指針であり、彼が自分に問いかけた結果であるということを知らされるだろうから。
 このユニットが永く続くことを願う!


音ヲ孕ム
1. Lotus
2. 昼間
3. 鶏頭
4. 夕鶴会
5. 左手
6. Spine

(NFCD-27062)

ひたひた
1.
2. 杳として
3. 春の國
4. 葉蔭行進曲
5. すきま
6. 葉桜の頃
7. 月ノシュク

(NFCD-27093)