戸川純バンド
『Togawa Fiction』
〜「戸川純」というジャンル〜 (2004/09/02)

戸川純はプログレである。
わー、何て素っ頓狂な発言を! とお思いの方、数々のライヴをこなしてきた「戸川純バンド」初の作品となる、このミニ・アルバムを聴いてらっしゃい。
なーんて大々的な前提のもと、今回はファンのタワゴトと冷静なレヴューの境を越えた、非常にアッパーな感じでこれを書いていきたい。うむ。
ひょっとすると、これはプログレかも知んない。
私がそう思うのは、パンク〜ニュー・ウェイヴを通過したプログレ系、それに本作全体の音像は酷似しているのだ。喩えばあのDNAを輩出したオムニバス名作『ノー・ニュー・ヨーク』だってプログレッシヴな作品じゃないですか。トーキング・ヘッズとかPHEWだってプログレ的だったりするじゃないですか。ロバート・フリップだってニュー・ウェイヴに接近していたじゃないですか……ね、ね、ね?
しかも今回は、作詞は「フィーチャリング戸川純」で作品も出したバンド「トリコミ」の水谷紹がメインで、それが実にエッチだったり幻惑的だったりする。それを表現するのは、もちろん純ちゃん(←コレ敬称です)の魅惑的かつ魔性的ヴォイス。うおお、それだけでもたまらん!
……となっちゃいそうだが、曲だけ聴いてみても本作は、音楽的な要素は実に深い。1曲目「カウンセル・プリーズ」からして4/4拍子と6/8拍子をうまく合致させているし、ライヴで「ひきこもりの歌」と紹介された2曲目「オープン・ダ・ドー」は唯一の作詞となる純ちゃんの詩がストライク。3曲目「拝啓、パリにて」もメッチャクチャに変拍子炸裂だし、4曲目「さよならハニームーン」はダウナーに効いてくる。5曲目「Togawa
Fiction」は遊び心満載のインストで、ラスト6曲目「おしまい町駅ホーム」は名曲「諦念プシガンガ」の妹分なうえにストリングス爆発の壮大なエンディングを用意している。
こんだけいろいろ詰まっているのに、単純に「戸川純? ああ、ニュー・ウェイヴね」と決め込んじゃうのは難だろうに。だってだって、要素があまりに多用で、音像が多彩で、何より、姿勢が実に「プログレッシヴ」なんであるのだぞ。
「ホッピー(神山)と演ると、どうしてもプログレになっちゃうんだよねぇ」
とはライヴ時の純ちゃんの名言だ。ううむ。
そうそう、プロデューサーでありメンバーであるホッピー神山を筆頭に、このバンドはメンツがまたすごいのだ。鍵盤はメチャクチャ多くのセッションやプロデュースをこなしているホッピー神山。ベースはelements他アンダーグラウンド・シーンの王者ナスノミツル。ドラムはルインズなどでブチ切れまくっている吉田達也。ギターは凄腕でソングライティングにも積極的なデニス・ガン。的確なパーカッションやコーラスはホウチョ。それに純ちゃんの6人で「戸川純バンド」なんである。
ホッピーの鍵盤はプログレしまくってるし、ナスノのベースは唸りまくってるし、やっぱりルインズはすげぇってな吉田のドラム。デニスのギターも冴えてるし、ホウチョのパーカッションも効果的。この演奏陣の腕はハンパじゃない。
不思議でポップでプログレッシヴ。
それが本作を現すに、最も適した表現ではないだろうか。
並びに「戸川純というフィクション」として本作を見れば、彼女の魅力と相俟ってますます魅力を増すことだろう。
そうそう、この機会に宣言をひとつ。
元祖不思議系、永遠のロリータ、ニュー・ウェイヴな女……純ちゃんを形容するには様々な、いやー実に様々な言葉が用いられてきたが、どれもしっくりこない。
戸川純は戸川純であり、もはやジャンル分けできない存在になっているのじゃないだろうか? ゲルニカの回帰幻想(ノスタルジヤ)にヤプーズのニュー・ウェイヴ体現、ソロでの不思議さ加減や昭和崇拝、朗読や演劇などの諸活動……そこいらへんの人真似女性ヴォーカルにはできない、実に多彩な「戸川純の世界」がメチャクチャいっぱい、そこにはある。過密なぐらい濃密で、多種多様で変幻自在な独自世界が。
そう、
もはや彼女は「戸川純というジャンル」であるのだ!
| Togawa Fiction | |
| 1. | カウンセル・プリーズ |
| 2. | オープン・ダ・ドー |
| 3. | 拝啓、パリにて |
| 4. | さよならハニームーン |
| 5. | Togawa Fiction |
| 6. | おしまい町駅ホーム |
(GMCD-043)