cloudchair
『cloudchair』
〜素朴な風景画〜 (2003/09/11)

本作を、筆者が本文執筆時点で聴いている人物の9割以上が、cloudchairとはJAKE(またはジェイク川瀬)こと、川瀬昌知のソロ・プロジェクトであり、彼(以下、親愛の情を込めて「ジェイク」)はGuniw
Tools(グニュウツール、以下グニュウ)出身にして、現在は実質上活動停止中のSuper
Soul Sonics(以下SSS)のギタリストであるということをご存知だろう。で、どちらの出自であることを目当てにリスナーが購入されたかは定かじゃないが、どっちみち、それらのバンドに於けるジェイクの像を投影したか、ジェイクがひとりになるとどんな音楽を紡ぐのか? といったあたりに興味を湧かせたことだろう。
答えは、延長じゃなくジェイク個人。
やったじゃん、と筆者はその素朴な出来に喜ぶ。
こともあろうに、筆者にとってのジェイク観はグニュウ脱退時点でほぼストップしてしまっており、SSSについては語れるほど聴いちゃいないのに本文を書いてしまっているわけだが、そちらも、どうにもヴォーカリストを立てるためにジェイクが一歩引いてるなぁ、という感が常にあった。それは喩えばグニュウ在籍時の最後段階、あの「音楽面では主導なのに完成した音楽からは疎外感を受ける」ような感を、うまくいってる筈のSSSにさえも受けてしまうのだ。まぁこりゃ筆者はグニュウ初期の「川の中でアコーディオンなんか弾いちゃったりするファンタジスト・ジェイク」の像を未だに求めているきらいもあるし、そもそもギタリストってものは目立ちそうでいてヴォーカルの次、という立場が常なんだから仕方ないことなんだが。
そうなると、弾きまくりで「俺が俺が!」というのが、世の凡百のギタリストのソロ一般によくある傾向である。
ところが。
本作『cloudchair』を聴いてまず感じたのは、意外や意外、DVDセット『GUNIW
VALUE SET』のお陰で再び世に(ちょこっと)出た、グニュウの創生時代――『GUNIW
TOOLS 1992-1994』から『NIWLUN(ニュウルン)』あたりの、アコースティックな部分を集約したような音触りだった。原点回帰とでも言おうか、働き続けたジェイクが故郷に戻ってきて、ほっとひと息吐いているような感を受けたんである。
それはなぜかと言うと――SSSを碌に知らない筆者がこう語るのも本当に難だが――初期グニュウは古川ともが全権を握っていたようでいて、実は音楽面はジェイクの力も強かったことに関係が強い。考えてもみよう。ジェイク脱退後のグニュウってば、音楽面ではあさき主導になってどんどんグランジにならなかったかい? それが悪いってわけじゃなく、初期のウリだった筈の「ファンタジックな幻想世界」は、ジェイク脱退と共にほぼ消滅して「デジ・ロック路線」に移行した。つまり、筆者が初期グニュウについて好んでいた「幻想性」をもたらしていたのは、古川ともじゃなくて実はジェイクだったのじゃないか? なんてことを、本作を聴いて思うわけだ。「ghosts」のアコーディオンの響きに「EITHER
WISE OR FOOL」の音なり映像なりを思い出すリスナーは、ことのほか多い筈だ。しかもそれが「亡霊」なわけであって、それって所謂デヴィッド・シルヴィアンの「ゴウスツ」に通ずる「過去払拭」でもあって、SSSよりもグニュウ色を感じるのも不思議じゃないわけだ。
そうして響く音像が示すものは、「風景」。
それもごくごく、素朴な風景。公園のベンチに佇み、ふと見上げた空に舞う一羽の鳥。伸びて広がった名も知らぬ樹木の枝。向かいのベンチで穏やかに談笑する人々。巡る空気。吹く風。遠くからきこえる、季節の声……。
特に、ジェイク本人が目指していた「匂い」や「季節」を感じさせるのには成功している。こと「秋」を強く感じさせるトラックが多く、素朴さを武器にしているのが聴き取れる。
そういや、肝心の中身についてきちんと書いていなかった。ディテールにばかり凝るのは筆者の悪い癖。特に本作を前にしちゃあそりゃ失礼ってもんである。
本作はギタリストのソロ作品である筈なのに、打ち込みなどの分量も多く、少なくともギター・プレイを披露するようなものじゃない。ひとりだがプロジェクトなので、アンサンブル、いや楽曲自体のバランスというものを重視している。そうそう、プログレだが良い喩えがあった。初期のファンタジックなジェネシスの音楽面を主導しながらも脱退してしまい、ソロ作が「以降のジェネシス以上に初期ジェネシスらしい」アンソニー・フィリップスの初期ソロ作に近い印象がある。こと『ザ・ギーズ・アンド・ザ・ゴースト』なんかに。
でまた、初ソロ! だというのに収録時間は40分弱。このへんの力の抜き具合(抜け具合、ではない)も「いいなぁ」と思ってしまうのだ。某ギタリストによる、2枚組でどっちも濃いぜたっぷり聴きやがれ! なんて作品は、ヴォリュームもテンションも高め過ぎて長くて収録曲まで似てるし、結果的にゃ胃もたれするばかり。それに対して、本作は力を抜いて聴ける。さすがジェイクはアナログ愛好家の一面もあるらしく、集中力ってものがそんなに続かなくて、それを越えるとリスナーの耳は微細を聞き分けるのがどーだって良くなってしまうのをよく知っているようだ。
中には音響派(因みに、ジェイクはレディオヘッドなども好むようだ)じみた「4585」のようなインスト・トラックもあり、ヴォーカルばっかり、インストばっかり、じゃないので思ったより息切れしない。ヴォーカル・トラックも弾き語りばっかりじゃなく「flower」や「wing
and guitar」のようにエレクトリックな曲もある。でも、その響きやメロディが華美じゃなく、素朴で自然体なところが巧い。ジェイクのヴォーカルも「巧さ」を求める類の響きじゃないので、その素朴さに逆に安心してしまう。本当は下手糞な筈なのに、ゴッテゴテに装飾して巧く聴かせるヴォーカルが多い中、ごくごく「自然体」なのだ。
そうそう、ジェイクの素朴な歌声はもちろんのことだが、どれも短い中に風景が詰まったインスト曲は殊に秀逸なのだ。これだけ抜き出して聴いても、面白いものがある。ヴォーカルという具象がない分、余計に想像力を働かせて「風景」なるものを強く感じさせるのだ。
また、最後は寂寥感あふれるインスト「days
in blue」で一抹の淋しさを漂わせたところで、冒頭曲「wales
bridge」のリプリーズ「wales bridge 2」で終わる……というのも、スムースな流れをシメるに相応しい。最後が最初のリプリーズだから、自然と冒頭にループしていくわけだ。
そんなだから、本作は何度も繰り返して聴いてしまうか、安心して針を置ける(←
一種の形容)のである。いや実際の話、この構成は四季の変化というか……移ろいゆくものが円環で形成されていることを感じさせる。ジャケットや、内容や、音像などと相俟って。
こうして、筆者の個人的な思い入れも強く入っちゃいるのであるが、かさねて聴ける愛聴盤である。マジで。
過去への決着、
これこそが、本作の隠れたテーマなんじゃないか、などという邪推もする私である。未だグニュウの残像を求められることもあるジェイクが、SSSでのスーパー・ギタリスト振りを求められてしまうジェイクが、素朴で素直な自分を晒すことでリラックスしようとしているんじゃないか、なんて。
いやぁ、久々に「バンドの延長じゃないソロ・アルバム」を聴いた感じがするぞ、こりゃあ。
とまれ、本作にはジャケットから香る「風景」「匂い」といったものが満ちている。なので、店頭には余り並ばない品物かも知れないけど、それを見て「ピン!」とキた人はぜひ聴いてみましょう。
期待を裏切るこっちゃないぜ。ぜひとも、これから訪れる秋に、静かな公園あたりで聴いてみてほしい。
ハマるぞ。
素朴な風景画、
これが、本作をひとことで言い表す言葉だろう。
いいぞ、ジェイク。
乾杯だ。
| cloudchair | |
| 1. | wales bridge |
| 2. | 風のうた |
| 3. | flower |
| 4. | wing and guitar |
| 5. | 4585 |
| 6. | tree song |
| 7. | the way home |
| 8. | ghosts |
| 9. | days in blue |
| 10. | wales bridge 2 |
(PD-000057)