SOFT BALLET
『SYMBIONT』〜『BRIGHT MY WAY』
に見られるソフト・バレエ復活の意味を考察する

〜ちょいと特別編〜 (2003/3/27)

 まさか、まさか、である。
 余りに強烈な個性ゆえ、三者三様、決して噛み合わなかった筈のものが偶発的に噛み合っていた6年間の結晶、ソフト・バレエが復活を果たした。常日頃からその仲はよろしくないと言われ、当人達も「誰かと仲がいいと、もうひとりは爪弾きになってしまった」と語る二等辺三角形。シンセふたりにヴォーカルひとりという、デペッシュ・モードさながらの編成と楽曲群。それから深化して独自の世界構築に至った、相反する個性の融合。その末に個性の反発を抑えられず、離散してしまった一時の安定。
 それが、とうとう、復活するというのだから! ラスト・ライヴ・ツアーでの宣言が「解散」ではなく「活動停止」だったことが、今にして色濃い意味を持ったのだ。
 だが、そんな以前からのファンを迎え撃った先行シングル『メルヘンダイバー』は、「超」が付くぐらいに「腰抜けでお気楽な」ポップ・ナンバーだった。力を入れて迎えようとしていたファンは、それで大方が腰砕けになってしまったに違いない。しかも同曲のリミックス・ヴァージョンは、世間では流行しているように見せておきながら、その実多くの「音楽ファン」が忌み嫌う、安直な「トランス」さながらのリミックス。その両方をして、真摯なリスナーを自称していた人間は、その多くが呆れてしまったに違いない。
 そう、それはある種の「ふるい」だったのだ。
 熱狂的に迎え入れようというリスナーを、彼らは前述のような対応で軽くあしらってみせる。その態度に激昂するのは、そのリスナーが自分の中の「ソフト・バレエ像」を捏造してしまい、偶像崇拝していた証拠だ。何をしようとソフト・バレエ。遠藤“宇宙野郎”遼一、森岡“全身タイツ”賢、藤井“ガス・マスク”麻輝の3人が揃えば、その集合体は必然的にソフト・バレエとなり、何を行っても許されていたことを忘れていたのではないだろうか。
 で、待ちに待った復活作『SYMBIONT』全体に見られたのは、前作にして第一期の最終作だった『FORM』にあった統合感。肩を張ることなく、3人「ともに」楽しんでいる雰囲気が感じられる――その証拠に、本作のクレジット名義は(ブックレットには明記されていないが)全曲とも“作詞・作曲・編曲:SOFT BALLET”とされている。しかし聴いていけば森岡色、或いは藤井色の強い曲を聴き分けることは容易だろう。歌詞はどのみち、すべてか大半が遠藤によるものだろう。だがそれでも、本作のクレジットは“SOFT BALLET”であり、その3人の「統合」の結果であることが強調されているのだ。そもそも、ジャケットからして「3人の融合」ではないか!

 それにしてもこのいアルバムは、随所にで自ら「ソフト・バレエというイメージのデフォルメ化」を行っているように見える。
 現に活動停止作『FORM』と、再始動作『SYMBIONT』とを聴き比べてみるといい。そこにある楽曲は、以下の表のように、タイプと順列が似ていまいか?

SYMBIONT ← 相互/類似 → FORM
01. BIRD TIME
01. YOU
02. JIM DOG
02. PHOENIX
03. BABEL
03. PERFECTION
04. メルヘンダイバー


05. TOO FAT UGLY
04. RIDE
06. OUT
08. JAIL OF FREEDOM
07. FINE TRAIN
07. LAST SONG
08. DEAD END GAZE
05. U
09. LOVE JUNK


10. F・A・C・S
06. NO-ONE LIVES ON MARS
11. PEACEFUL DAY
09. ROMAN

……と、こう対応しているように思えて仕方がない。中間部こそ流れが変わっているものの、基本的な流れは『FORM』に基づいたものであると感じるのだ。
 そこへ残ったのは4曲目「メルヘンダイバー」と、9曲目「LOVE JUNK」だ。
 前者は「お気楽エンジン始動曲」と宣言されていたので、意図的に腰抜けを装った感強く、そのため過去曲との合致はないのだが、強いて言えばその開放的な雰囲気は「YOU」だし、或いは『FORM』自体の集約であるようにさえ思える。後者は『FORM』に見られなかった「中腹で底に叩き落した後にすくい上げる、意図的にポップな曲」であるように筆者はきこえる。それも面白いことに非ポップな『ミリオン・ミラーズ』収録曲あたり(喩えば「A SHEEPER'S SON」)の雰囲気に似せておきながら、意図的に軽く明るくしているような感さえ受ける。

 まぁ、ここまでは別に問題じゃなかったのだ。敢えて踏襲することで、思わせ振りな自己演出をしているんじゃないだろうか、という程度であるので。しかし新曲2曲にリメイク、リミックスという力の入った復活後2枚目のシングル『BRIGHT MY WAY』の登場で、それが確信になって本稿を書くに至った。
 なぜかというと、そこに封じ込められた楽曲に恐ろしく諧謔的なまでの「デフォルメ化」が見受けられたのだ。まずは表題曲のテーマ部分に相当するフレーズが、デビュー作『EARTH BORN』収録の「WITH YOU」のそれに酷似していること。タイミングや音色を変えただけのようだ。そのリミックスなど、明らかにセカンド『DOCUMENT』収録の「TWIST OF LOVE」コーラス部分を意識したストリングスが、同じくコーラス部分に重ねられている。その背後へ重々しく鳴る「グワァァァン」という音や、強調されたノイズが弾けるような怪音も、さながら『INCUBATE』収録の「GENE SETS」を思わせるだろう。復活アルバム『SYMBIONT』収録のリメイク曲「FINE TRAIN」まで、時折「EARTH BORN」のベスト盤『SOFT BALLET』リメイク・ヴァージョンの冒頭と同じ効果音が鳴る。残る「ASCENT」は何かに「明らかに似た」部分はないが、雰囲気だけで言うならシングル『EGO DANCE』のカップリング曲「BLOOD」に近いものがある。
 そりゃ、ちょっとぐらい似た部分があるなら問題じゃなかった。しかしここまで類似点があると、もはやソフバ自身が意図的に自己デフォルメを行っているようにしか思えないのだ。
 ということは、だ。
 やはり今回の再結成は、最後は爽快ながらグズグズに停止してしまった過去の活動に「決着をつけるため」なのだろうか?

 間違いない、
 ソフト・バレエは「ソフト・バレエのイメージを演じること」を楽しんでいる。
 その先にある指標は何なのか、ひょっとして自己認識を終えた末に見る「再停止」や「解散」だったりするのか?
 そんな中、筆者が感じ取ったキィ・ワードは――「解放」。「ソフト・バレエ」という呪縛から解放されるためには、様々な手段がある。ひょっとして遠藤の民族大移動酋長一直線や、森岡の過剰なまでのエレクトロニカ急接近、藤井の意外過ぎる歌モノ追求などはその手段だったのかも知れない。しかしそれらは「ソフト・バレエとは異なる手法」というさらなる呪縛に操られてしまうので、結局は「ソフト・バレエとして再集合することで、自らソフト・バレエを変えていけば解放される」という結論に至ったのじゃないだろうか。そうして「ソフト・バレエという名義の復活により、ソフト・バレエというイメージを解放する」ことを選んだのではないだろうか。そうなるとその先にあるのは「個人の解放」、つまり「やっぱ解散?」なのかも知れないけれども。第一期の締めくくりを「活動停止」などと宣言してしまっていたから、3者とも納得がいかなかったとも思える。YMOさながら「散開」できないままに。
 まぁ、いずれにせよ先はまだ解らないが、注目したまま目が離せない。それぐらいにソフバ復活が嬉しく、アルバム『SYMBIONT』は興味深く、そして『BRIGHT MY WAY』が傑作曲であったということだ。
 あとは、アルファ時代のカタログの整理(CD再発とDVD化)を強く希望する。ついでに、海外アナログ盤のみとかプレゼント用とかオムニバス用のリミックス音源なんかを網羅する企画も……。


BRIGHT MY WAY
1. BRIGHT MY WAY
2. ASCENT (The windows which flow upwards in your eyes)
3. FINE TRAIN (F-ix)
4. BRIGHT MY WAY (Factory Mix)
CD extra メルヘンダイバー (PV)

(AMCT-10008 / AMCT-10021)