キング・クリムゾン
『しょうがない』

〜現実+夢想=予告を含んだミニ・アルバム〜 (2002/11/3)

 クリムゾン、日本でのレコード会社移籍初のスタジオ録音作は、タイトルに奇妙な日本語が冠されたものとなった。諦念の感さえ思わせるそれ――「しょうがない」という言葉は、雑誌『ストレンジ・デイズ』39号に掲載されたロバート・フリップのインタヴューによれば、また違う意味を持っていた。
「右手は本当にしょうがない、でも左手で何かできるかも知れない――条件付きのものと無条件のものを、どうやって一緒にできるか(大意)」
 とのことである。
 つまり、ここで言う「条件付き」とはこのミニ・アルバム『しょうがない』のメイン・トラックとなる4曲を、「無条件のもの」とはそれらの前後に散りばめられたフリップのサウンド・スケイプやインスト、エイドリアン・ブリューのヴォーカルをエフェクトした「言葉のサウンド・スケイプ」を意味するのではないだろうか。それらが渾然一体となったのが本作であり、そこから意味を見出していくのがクリムゾン自身、そしてリスナーである我々なのだ。
 しかし、商業的なことを考えれば、ある都合(ファンを自称するならば類推せよ)により日本のみ移籍となってしまったので、その日本でファースト・インパクトとなる日本語をタイトルに引っ張ってきたというのが現状だろう。なぜなら各国盤はサブ・タイトルの“HAPPY WITH WHAT YOU HAVE TO BE HAPPY WITH”がメイン・タイトルになり、ジャケットも異なるからだ。
 その内部は「条件付き」が4曲と、「無条件」が6曲、そしてシークレット・トラックが1曲となっている。
「条件付き」のうち1曲はライヴ収録であり、残る3曲は前作『レヴェル・ファイヴ』に収録予定だったものの収録しなかったものらしい(余り曲ということではなく、移籍を考えたストックなのだろう)。あとの「無条件」のものはスタジオ録音から拾ったものと思しく、クリムゾンの力量を考えると、言葉は悪いが本気というより穴埋めとして考えた方がいい。
 それらが組み合い、10曲(プラス・アルファ)もの曲数ながらミニ・アルバムという体裁を整えたのが、本作である。
 恐らくオールド・ファンには興味もないだろう本作だが、筆者はことのほか気に入っている。なぜなら、その音作りが主軸は「メタル・クリムゾン」でありながら、昨今の流行さえを取り入れている局面が見受けられるからだ。

 まずは「条件付き」の4曲を解説しよう。
 (2).はタイトル曲とあって、非常に聴きやすく処理されているのが解る。それでいてオルタナティヴな肌触り、昨今のヘヴィ・ロックやミクスチャー・ロックに近い味を持っている。ことサビ部分でタイトルを連呼する部分のリズム・ワークなど秀逸で、嫌われがちなブリューのヴォーカルも純粋に評価できる。また、タイトルを連呼しているだけと思われがちなサビ部分も、その言葉を切るタイミングによって複数の意味が作れるという、フランク・ザッパ門下生らしいブリューの本領を発揮したライティングになっている。また、オリジナル・ブックレットには「次作『エレクトリック』からのエディット」とある。この曲は次作に収録されることが確定しているということだ(その後、次作のタイトルは『パワー・トゥ・ビリーヴ』に変更)。
 (5).は『スラック』の「ワン・タイム」を思わせる、乾いたナンバー。ポリ・リズムに根付いたリズムも昨今のクリムゾンの活動の賜物であるし、聴きやすいながらも、実際には複雑なリズム構成を持つ場面がある。確かに曲としては中途半端な感は否めないけれど。また、随所に民族楽器らしき音も添えられ、今後のクリムゾンが単なるヘヴィ・ロックではないことも示唆している。そうとも、この曲がなければ、あとの「条件付き」はヘヴィ・ナンバーのみだったのだから、流行や期待に媚びているようにさえ見えてしまっただろうに。だが、日本盤独自のライナーや曲目には明記されていないが、ブックレットにある“acoustic version”の表記に気を付けよう。つまり、今後この曲は別の形、喩えばエレクトリック・ヴァージョンで登場することが既に予言されているのだ。
 (8).の「ポテト・パイ」は、以前より「クリムゾン・ブルー」とアナウンスされていた楽曲。クリムゾン初の本格的ブルース・タイプとなると宣言されていたその曲は、なるほど、ブルースを部分部分に取り繕った(または、組み入れた)だけの「プロザック・ブルース」よりも、一聴してブルースと解る進行になっている。それでいて現在の指針となる「ヌーヴォ・メタル」を感じさせるヘヴィな音作りが、やはり昨今のヘヴィ・ロックを意識したものとなり、老いぼれのティラノザウルスでもこれぐらいはできるぜ、という嘲笑めいたものにも感じられる。そこへクリムゾンでは禁忌であった筈の「ブルース」が顔を出すというのも、興味深い。つまり彼らは、もはやタブーなどなくなったということか。前スタジオ・フル・アルバム後のトゥールを伴ったツアーから得たものを強く感じさせる。
 (9).はもちろん、前スタジオ・フル・アルバム『コンストラクション・オブ・ライト』の楽曲だが、この曲のみライヴ収録されている。最も難しい「妖精の指フレーズ」でフリップのギターが行き過ぎる箇所や、その後の些細な場所でパット・マステロットが叩き損ねる箇所もあるが、それらは「完成版」として持ち出されることを余儀なくされるスタジオ版と比較してのことだし、目をつぶってでも一聴の価値はあるだろう。なぜなら、これがライヴ録音であり、それらの音が修正されていないのにかかわらず、4人がこれだけの演奏力を誇ることの証となるからだ。数箇所にはスタジオと異なるアレンジが加えられ、その中でも安定したトレイ・ガンのベースとスティックは、下手をすると走ってしまいそうなこの曲の演奏ペースを保っている。また、コーダとなる「アイ・ハヴ・ア・ドリーム」がインスト演奏されて終わるので、「太陽と戦慄」はインスト・ナンバーでなければいけないと考えるリスナーへのプレゼントとも考えられる。
 しかし、これらの中で見られたヘヴィ・ロック的なスタンスは、クリムゾンが遠の昔に提示済のものであるのだ。その事実を忘れてはいけない。そのため、単純な過去回帰でも流行汚染でもないのだから。

 さて、「無条件」の6曲だが、こちらは殆どが雰囲気作りのインスト、あるいはブリューのヴォーカルをエフェクト処理した穴埋めなのだが、不思議なことに日本語タイトルの2曲だけは、短いながらもサウンド・スケイプによるインストとして作られている。寧ろこれらは「条件付き」と「無条件」の狭間に存在する楽曲と言えるのかも知れない。
 喩えば(3).はシンセに似た、典型的な「あの」サウンド・スケイプ。2分弱と短く、まるでフリップのソロ作と同じような肌触りだ――が、それを収録したところに意味がある。彼がミスター・クリムゾンであるという証が。
 日本盤のメイン・タイトルである(6).はガムランのような音でポリ・リズムを刻み、単純に心地好い楽曲となっている。だがその心地好さに耳を奪われることなかれ。本作収録曲の中でも地味ながら、最もリズムが複雑な1曲であるのだ。もともと民族楽器はリズム構成が複雑であり、それを心地好く聴けるところに現在の「癒し」音楽は気付いていない。雰囲気で聴いてしまっている。筆者には、その警告にさえ取れてしまう。
 残る4曲はイントロやアウトロとして設定された、ブリューによる「言葉のサウンド・スケイプ」で、聴くだけではまったく単調なもの。しかしそのリリックは気にかかるもので、ひょっとすると次作へのブリッジになっているのではないか? と思わせる。
 特記すべきは、敢えてカウントしていなかったシークレット・トラック「アインシュタインの親戚」だ。そこにある言葉は、冒頭の「しょうがない」についてのフリップの発言を連想させるものになっている。現実主義のアインシュタインの意見を夢想家のオズが支持するという、相反する筈のものが同時に存在する情景――条件付きの現実と無条件の空想の混在――が、スタジオ・ワークの断片に被さって投げられている。これらの音はリハーサル・ノイズでありながら、次に発売が予定されている『エレクトリック』改め『パワー・トゥ・ビリーヴ』の予告編となるだろう。こと、最後に「クリムゾン・キングの宮殿」のコーラスを模した喚声と、それで盛り上がる客席の喚声を配してあるのはもはや諧謔的とさえ思える。
 かくして、条件付きの現実(売るための楽曲)と、無条件の空想(穴埋めに見えてしまう実験)が交錯した世界は、次のステップへの予告(シークレット・トラック)をもってここに閉じる。

 筆者が本作を気に入っているのは、こうした流れを「自然と」封じ込めることができるキング・クリムゾンというバンドを評価してのことだ。普段からコンセプチュアルでないといけないと心がけるのではなく、思い出したようにそれに挑戦するのでもなく、平素より一貫した音作りが行えてしまう。そんなメンバーが集合した優秀なバンドとして、筆者はこの作品を見る。単なる憧憬や一時の盛り上がりではなく、連綿と連なる活動の一部としての時間をくり貫くことのできる彼らを。
 何度も『レヴェル・ファイヴ』を聴いているうちに、彼らに対して「過去回帰を武器にするようになってしまったのか?」と思っていたのだが、これで次作を期待できるようになった。
 そして登場する可能性の高まる、「太陽と戦慄 パートV」が示すであろう進化の証明にも。


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- no credit アインシュタインの親戚

(UICE 1027)