ブロンド・レッドヘッド
『メロディー・オブ・サーテン・ダメージド・レモンズ』
〜退廃的美学に満ちた漆黒の世界〜 (2002/3/12)

発売から3ヶ月も経過してしまったが……本作は、それでも紹介するだけの価値はある。昨年末の発売ではあるのだが、特別に考慮し、早くも「今年のベスト・アルバム」としたいぐらいの傑作なのだ。
だが、これを心底から許容できる人間はそれほど多くはいないだろう。別段、難解な作品というわけでもない。曲展開だって変拍子ばかりのジャズ・ロックなどに比べれば平坦な場面が多いし、歌詞も思わせぶりな詩人のものではない。
では、その原因とは何か?
ひとことで言うなら……「影」
これに尽きる。
アルバム全体をくまなく覆う影が、人を拒み、または惹き付けるのだ。
ブロンド・レッドヘッド(金髪赤毛頭)という不可解な名前のバンドを知る人間も多くはないと思われるし、私も彼らの存在を本作でもって初めて知った。だからこそまずは、お約束の紹介から始めるとしよう。
バンドは92年頃、イタリアはミラノ出身のアメデオ、シモーネ兄弟に日本から京都出身の女性カズが加わり、彼ら3名を中心としてニューヨークにて結成。バンド名はアート・リンゼイの原点と言えるバンド、DNAの曲名から採られたという(因みに本作のライナーはリンゼイ自身だ!)。本作を含めて5枚の作品をリリースしているが、初期はギター中心の「よくあるバンド」の傾向があったらしい。だがサード・アルバムから現在の体制――ベースレスのトリオ編成――となり、音の路線も現在の「闇を目指して歩き続ける」ものにシフトしたそうだ。
……とはいえ、私は悔しいことに現時点では本作しか所有していないので、詳しいことは知っていない。あと言えるのは、オビにある文字から知った既に来日していたという事実ぐらいだ。クレジット詳細が載っていないので彼らの担当楽器さえも未だ確実には判っていないし、聴いた限りでは「ギター2本とドラム」を中心とし「男女どちらかが曲により交代で歌う」ということしか解らない。
だからこそ、本稿はきわめて感覚的なレビューとなることをご容赦頂きたい。
それでも、紹介したかったというのも事実であるのだから。
さて、彼らの音楽性を語るうえでは、まずはニューヨークの音楽シーンを軽く見てみる必要があるだろう。
そこでは、過去から現在まで推移はしたが、どの時代にも必ず残っているものがある。ビートニク時代にせよ、ニューヨーク・パンクにせよ、同じ国でグランジや音響派が発生した折にせよ……。
ソリッドなギターと退廃的、あるいは自殺的な歌詞世界が交錯する音楽性。
てっとり早く言ってしまえば「ヴェルヴェッツ・チルドレン」という語でもって曖昧に、しかし確実に受け継がれてきた、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響だ。
それは時として「ロック」であり「パンク」であり、時には「ニュー・ウェイヴ」や「オルタナティヴ」とも呼ばれた。だが同じように呼ばれるジャンル名称でも中身はまるで違うものが多くある。喩えば同じニュー・ウェイヴとしてテクノ・ポップとノイズ音楽を一緒にはできまい。
だが、ヴェルベッツ・チルドレンの音楽は、確実に同じ芯があった。
退廃的美学。
それを真っ向から受け止め、深化させたのが、ブロンド・レッドヘッドの最新作であると断言する。
本作には、お世辞にも「明るい」と言える曲がまるでない。ポップを取り繕った曲もあるが、それはどこか諧謔的な響きを見せており、やはりどう転んでも退廃的だ。曲調はほぼマイナー進行、使用楽器はシンプルなものばかり。ベースがないのにベース・ラインは存在し、しかしそれゆえに地に足が着きそうで着かない、微妙な浮遊感がある。
ヘロイン。
ヴェルヴェッツのそれや、そのもとである麻薬の効果と同じだ。心地好い死への憧れのような、退廃的な快楽に満ちている。歌詞を見ずに暗い部屋で閉じこもって聴いていれば、自殺志願者さながらの気分に追いやられてしまうだろう。だがそれは、決して苦ではない。寧ろ、そうして漠然と佇んでいることが快楽となる。
ということを、音楽体験でもって知っている方であれば、本作は間違いない。
1曲目のイントロ“Equally Damaged”からしてオカルティックな雰囲気が漂い、続く“In
Particular”の気怠さといったら! カズの妖しい、少しばかり「壊れてしまったような」声が途端に、リスナーを安息の漆黒世界に導く。かと思えば、実質的なメイン・タイトルと推測できる次曲“Melody
Of Certain Three”ではソリッドなギターが響き渡り、耳をつんざく。その後に響く、アメデオと思しき声が……私には、どうしてもピンク・フロイドの「狂ったダイアモンド」こと、シド・バレットを想起させるのだ。痛々しいギターも、こもりがちの声も、それらの紡ぐ世界観も、よく似ている。そう、初期フロイドの、それも暗闇の部分が好きな方であれば麻薬的な退廃の力を聴き取れるかも知れない。それは本作中、4曲目“Hated
Because Of Great Qualities”に最も多分に盛り込まれていると言っても過言ではなかろう。野太い、しかしすぐに掻き消えるギターに崩されて消えてしまいそうな、カズのヴォーカルの儚い美しさよ! しかもサビ部分には日本人特有の(極端に言えば歌謡曲調?)雰囲気が見られ、涙腺を刺激もする。次の“Loved
Despite Of Great Faults”では再びアメデオが歌い、やはりダウナーなアシッド感覚に浸らせてくれる。破壊の、それも激しくない、寧ろ自然と掻き消えてしまうような破壊の美しさが込められている。
そこから、アルバムは後半に入る。後半冒頭となる6曲目にインストを配していることから、結果的に前半/後半はシンメトリーとなり、美しいバランスを保っている。その後半はなべて暗く、多くの曲ではリズムがだいぶ後ろに引く。だがそれゆえに統一感があり、退廃的な美しさはいよいよ極まっていく……何より、その6〜10曲目のタイトルを繋げてみれば、本作の核が見えてくるのだ。
“Ballad Of Lemons”
“This Is Not”
“A Cure”
“For The Damaged”
“Mother”
……これを繋げて、読んでみよ。
“Ballad of lemons, this is not a cure for
the damaged mother.”
「レモンのバラード、これは損傷した母への救済ではない」
鍵はここにある。
そして振り返った3曲目。そのタイトルが表す“Three”とは3人、つまりブロンド・レッドヘッド彼ら自身ではないだろうか? そう考えれば、それがアルバム・タイトル及びこの後半のタイトルと相互し合い、自ずと、その輪郭が強くなる。
そうなると、6曲目のタイトルに含まれる“Lemon”も3曲目“Three”で示される彼ら自身の暗喩だと推測できる。そうして、それらが含まれるアルバム・タイトルを見ると……。
「明らかに傷んだレモンたちの音楽」
傷んだレモンは、彼ら自身。
そしてこの音楽(=6曲目に含まれる“Ballad”)が救済を与えるのは損傷した母にではなく、彼ら自身に。
そうして辿っていくと、本作の音楽は彼ら自身――寧ろ「自分自身」というものに向かっていると考えられる。そう、ここに秘められた音楽は、自分自身の内部、奥深くに作用することを前提に構築されていたのだ。前半とて、考えようによっては同様だ。「傷んだ3人の旋律」は「傷みはあらゆる事柄の中には均一に存在する」と考えているものの、実際はそうならず「憎むは馬鹿でかい均一主義」であり「愛するは悪意の失態」であるのだ。
そうやって考えれば6曲目のインストも、続くカズによる「取り繕った明るさ」の7曲目も、アメデオの自暴自棄気味な8曲目も、自殺寸前の狂人の嘆きのように淋しく響く9曲目も……すべて自分にフィードバックしてくる。自分の中で、さながら哲学的命題のように降りかかってくる。
だが、すべて自分の中にしまい込むとどうなるか?
最終曲“Mother”のように、ただ叫び散らすだけの狂気の世界に入ってしまうのだ!
けれども、どうしようもなくなって暴走した末には、さらにどうしようもない虚無が残る。それがシークレット・トラックという形で本編最後の11曲目に含まれている“For
The Damaged Coda”であり、それは過去の回想でもある。
そうして世界は、静かに、ゆっくりと閉じていく……。
閉じることを前提に、また開かれるまで。
本作は、そうした「内的世界の葛藤」を見事なまでに音楽で書き記した、密かなトータリティに貫かれた傑作である。
難しいことを言っているわけじゃない。
その音楽世界だけをごく簡単に言えば、ヴェルヴェッツとフロイドのそれぞれ初期、その暗い部分だけをえぐり取った世界。またそこに、イタリアン・ホラーの猟奇性を盛り込んだものと類推して頂きたい。そこに文学趣味のテイストが加味されている、というだけの作品だ……人によってはね。
楽しめる人間は少ないが、あなたがもしそのひとりであれば、間違いなくあなたにとって一生の名盤となる。
死に向かう場合にも、
死から逃れたい場合にも、
本作は、飽くまで退廃的に、作用を促す。
なお日本盤には、外盤にてEP発売されていたトラックがボーナス収録されている。
本作の2、4曲目のイタリア語版と、イタリア語による新曲“Chi
E E Non E”、また9曲目(あるいは10曲目後のシークレット・トラック)のリミックスとで合計4曲を含む。それらがまた、妙にしっくりしているうえ、最終曲はヴァージョン違いであれど本編と同じである(しかし改題され“Four
Damaged Lemons”となっているところに、また研究の余地を見る)ことから、トータル性は幾分守られている。
ぜひとも、そちらをお求め頂きたい。
何はなくとも、私の「一生愛せる一枚」が増えてくれた。
これは私にとって喜ばしいことであり、そういった「感性にばっちりフィットする」ものには、なかなか出会えないものだ。
あなたにも合うか? 試してみてはいかがだろう。
| MELODY OF CERTAIN DAMAGED LEMONS | メロディー・オブ・サーテン・ダメージド・レモンズ | |
| 1. | Equally Damaged | イークォリー・ダメージド |
| 2. | In Particular | イン・パーティキュラー |
| 3. | Melody Of Certain Three | メロディ・オブ・サーテン・スリー |
| 4. | Hated Because Of Great Qualities | ヘイテッド・ビコーズ・オブ・グレート・クオリティーズ |
| 5. | Loved Despite Of Great Faults | ラブド・ディスパイト・オブ・グレート・フォールツ |
| 6. | Ballad Of Lemons | バラード・オブ・レモンズ |
| 7. | This Is Not | ディス・イズ・ノット |
| 8. | A Cure | ア・キュア |
| 9. | For The Damaged | フォー・ザ・ダメージド |
| 10. | Mother | マザー |
| 11. | For The Damaged Coda | フォー・ザ・ダメージド・コーダ |
| <日本盤ボーナス・トラック> | ||
| 12. | En Particulier | アン・パーティキュリアー |
| 13. | Odita Per Le Sue Virtu | オディタ・ペル・レ・スー・ビルトゥ |
| 14. | Chi E E Non E | キエノネ |
| 15. | Four Damaged Lemons | フォー・ダメージド・レモンズ |
(PCD 23196)