elements
『ビアティテュード』

〜凍て付いた詩人の世界〜 (2001/11/31)

 私が「惚れ買い」と呼ぶ行為がある。
 それは読んで字の如く、惚れて買ってしまうことだ。だが雑誌などの媒体でその見てくれに惚れての購入ではなく、試聴で声や音に惚れての購入、それを私は「惚れ買い」と呼ぶ。
 私は前項でも触れてしまったように、現在は余り金銭的な余裕がない。だからこそ、そこで述べたスピリチュアライズドは「限定のハコがなくならないうちに」という理由で購入した。そう、限定モノだとか特殊形状に弱いということは誰しもあるだろう。
 それでも、聴いた時点で惚れてしまい、買ってしまった――本作『ビアティテュード』を。
 そこにある冷たい情景と、詩人の声が余りにも自分に好ましかったから。

 さて、このバンド、エレメンツ(elements)についてご存知でない方もいらっしゃるだろう。私自身「惚れ買い」なのだから知らなかった。彼らはメジャーとは言い切れない位置にいるのだし、何より京都在住のバンドである。しかしほぼ洋楽扱いという、分類さえも奇妙な位置に属するバンドなのだ。
 エレメンツは、基本的にヴォーカリストにして詩人“max”の詩世界を表現するためのバンドである。それは歌の場合が多いが、時にはポエトリー・リーディングの場合もある。私自身、恥ずかしながらポエトリー・リーディングに近いことをしていたこともあったので、そのスタンスに好感を持ってしまった。はじめっから感情移入丸出しなのである。しかしmaxはアイルランド系カナダ人であり京都在住9年という、異文化間に生まれ落ちた天性の詩人だ。部屋に閉じこもって詩人気取りの若僧とは質が違う。
 その詩人を擁するエレメンツは、それでもバンド形態をとっている。そのメンバーたるや、メジャー・シーンでこそないものの、実力者揃いだ。ギターやシンセ担当の渡辺ミチヒサ、バンドの音世界のキー・パーソンである彼が呑み屋で酔いどれmaxと出会ったことにバンド結成は起因する。それから京都アンダーグラウンド・シーンのクセモノ達が集結――80年代初頭に活躍したファンク・ユニットEP-4の元ドラマー、三条通。アルタード・ステイツにして元グラウンド・ゼロのメンバー、あのヤマタカEYEとも共演したベースのナスノミツル。アコーディオンやシンセなど鍵盤を手がけるバンド内唯一の20代、ryotaro。この5人が集まり、エレメンツは96年からライヴ活動を本格的に始めた。
 やがてアイリッシュ、レゲエ、スカ、ファンク、フォーク、ロックなどを融合させたそのスタンスが好評を博し、自主制作盤2枚を発表後、2000年にコンシピオ・レコードより初の全国流通となる“singular sky”を発表。有機的なダウナー系クラブ・サウンドとも呼べるアルバムは話題を呼んだ。東京でもイヴェントに参加するなどして、注目を集めながら2001年、本作“BEAT-ITUDE”を発表。そして私が、めでたくそれに引っ掛かった、というわけである。打ち込みやツイン・ドラム、ホーン、タブラなどを駆使しながらロック寄りなサウンドとなった本作を引っ提げ、彼らは東京進出を予定している――以上、CD店で入手した彼らのフリー・ペーパーの文章を再構築した。そこでは、かのモーガン・フィッシャー(モット・ザ・フープル、ミニチュアーズなど)や高橋幸宏も賛辞を与えている。なるほど、鍵盤とリズムに注目が集まるわけだな。肉体的な“Beat(鼓動)”と心的な“Attitude(意向)”を組み合わせ、さらに“Beatitude(至福)”の意味を内包させた“BEAT-ITUDE”という本作には。

 前作までを聴いたことがないので、現時点では比較などの論評はできないが、それでも本作の魅力を掘り下げてみよう。
 まずは、やはりエレメンツ世界の中心人物、maxによる魅力が大きい。「アイルランド系カナダ人であり京都在住9年」という異文化にまみれた彼の世界が、本作の端々から聴いて取れる。アイリッシュ独特の凍て付いた雰囲気、それが本作の全体を覆っており、このまま消えてしまいそうな儚さがある。だが、それだけじゃU2にもエンヤにも勝てない。最大の武器は、何といっても「異文化にまみれた」という点だろう。それは一貫したスタンスを持つのではなく、曲ごとにまるで表情を変えるという自由な楽曲スタイルにも多大な影響があるに違いない。時にはオルタナ混じりのロック、時には穏やかなソフト・ロック、そして時にはクラブ・ミュージックでさえある。そのうえ音響系のたたずまいさえ見せるなど、ゴチャ混ぜの音楽性は取っ付きにくい印象さえ見せるかも知れない。
 だけどね、聴いてみれば解るのだ。
 1曲目の“(Pray) For You”の掠れ声の叫びを!
 こうした比較はよろしくないが、私はmaxが掠れ声をあげる時、ジョン・ウェットンの声色を思い浮かべてしまう。普段の声はまるで違い、冷たい響きなのだが、張り上げた声がよく似ている。熱を帯びた叫びが……ウェットンもケルト色を取り入れた頃があったので、両者にはひょっとすると相通じる何かが存在するのかも知れない。この叙情性溢れる声に、私は負けた。凍て付いた大地を連想させる楽曲に、アルバム中でも少ないラヴ・ソングと言える詩。この1曲のために買ってしまったと言っても過言ではない。
 続く“Tale To Tell”も、氷のようなギターが旋律を刻む。美しいアコーディオンと電子音が絡み、やがて音楽は姿を変える。3曲目“Despair”の登場だ。ここではエレメンツはまるでクラブ・ミュージックと化し、淡々としたリズムにmaxのポエトリー・リーディングが覆い被さるスタンスを取る。6曲目“Steel”や9曲目“Two Crows (The Twa Corbies)”と、渡辺ミチヒサの作曲した楽曲はそうしたクラブ・ミュージック色が強く出ている。だがその中にもアコーディオンや冷たいシンセ、ギターなどが混じって単純なクラブ・ミュージックにはなっていない。また4曲目“(urrr)”などもそうだが、maxが歌うのではなく、朗読になった楽曲は詩が強烈だ。絶望、戦争、偽善者……様々な「負」の要素(それは「現実」でもある)を、彼は朗々と読み上げる。かと思えば5曲目“Lover”のような純朴なラヴ・ソングもあり、7曲目“When Baby's Blue”のように恋愛にも「負」がやたら働きかけたりもする。8曲目“Yong F.M.”の気持ち悪いのが気持ちいいアコーディオンや仏教的な旋律、静と動を使い分けつつ政治的な姿勢さえ見せるメドレー形式の10曲目“Victory Come”と11曲目“M.A.M.C.”と、実に多様な音楽性を織り交ぜながら辿り着くのが最終曲“The Hand That Will Be Freed”の素朴な世界。
「手を解き放て!」
 そうして本作は、静かに幕を閉じる。そうして静かに、また再生される……
 ロック、クラブ、アイリッシュ、トラッド……一見、混ざり合いそうにない音楽さえもが本作では融合され、UK寄りのロックを基軸として、エレメンツの世界を組み上げている。
 そのバンドの名の如く、様々な要素(element)を孕みながら。

 確かに、この音楽は成熟はしていないかも知れない。楽曲としての完成度よりも、ジャンル混合の実験色がチラホラ垣間見えることもある。そのため、単純に一般的なポップ・ミュージックを聴くつもりでいると、起伏に欠けると思われる場面もあるだろう。淡々とした曲は飽くまで盛り上がることなくダウナーに作用する(これが私にはとかく心地好いのだが)のだし。
 だがね、思うのだ。
 単純に浸れるだけのクラブ・ミュージックよりも、暴走したきり帰ってこれないオルタナよりも、貫くだけで何もできないトラッドよりも、響くばかりの音響系よりも……それらを繋ぎ合せたこの世界は、様々なリスナーに受け入れられる筈だ、と。
 こうした、以前は「プログレ」のお家芸であった筈の融合技も、最近のミュージシャンは見事にこなしている。そう、プログレが好きでもプログレしか聴かないんじゃ比較も理解もできないし、それ以外の面白い音楽さえも受け入れられない。だからこそ「プログレ・サイト」の管理人は立て続けに「今」を聴いているわけだ。様々な影響に影響を重ねて、構築された「今」の音楽を。
 そんな「今」を詰め込んだもの、
 それがエレメンツなのだ。

 本作は、聴き手の内面に強く作用する。
 なるべくヘッドフォン使用のうえ聴いて頂きたい。それでもって判るギミックも多いぞ。


BEAT-ITUDE ビアティテュード
1. (Pray) For You (プレイ)フォー・ユー
2. Tale To Tell テイル・トゥ・テル
3. Despair ディスペア
4. (urrr) (urrr)
5. Lover ラヴァー
6. Steel スティール
7. When Baby's Blue ホエン・ベイビーズ・ブルー
8. Yong F.M. ヨン・F.M.
9. Two Crows (The Twa Corbies) トゥー・クロウズ
10. Victory Come ヴィクトリー・カム
11. M.A.M.C. M.A.M.C.
12. The Hand That Will Be Freed ザ・ハンド・ザット・ウィル・ビー・フリード

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