スピリチュアライズド
『レット・イット・カム・ダウン』

〜現実回帰的トリップ〜 (2001/11/26)

 気になるアルバムというものがある。
 それは人から聞いた評判だったり、何度も見かけるためだったり、ジャケットの形状だったりもする。私にとっての本作――『レット・イット・カム・ダウン』は、間違いなく「ジャケットが気になる」ものであった。
 なぜなら本作は、その初回盤がプラスティック・ケースをへこませてジャケットの少女をかたどった、特殊仕様であったからだ。クッキーの型さながらのそれは、その中身がどんなものであるのか? と興味をくすぐった。しかし情けないことに、私に常につきまとう金銭的な理由がその興味を凌駕しており、手が出なかった。
 だが、私はその誘惑に負けた。
 それは同時に、まずこのアルバムの外的な魅力に負けた、つまりノック・アウトされたことにもなる。それに私は、彼らの他のアルバムに陶酔していたために負けることをよしとしたのだ。

 そうして手に入れた本作を、私はさっそくポータブル・プレイヤーで楽しんだが、街なかを彷徨いながら遊泳するには、その音楽は「最適」とは言えなかった。雑踏やその原因となる人間達、そしてその社会が、作品世界への旅を邪魔をしてしまうからだ。
 改めて、最適の環境を繕って聴き直してみる。
 暗闇の中、キャンドルに火を点して香を焚き、楽な姿勢で適度な音量のヘッドフォンを装着する……「サイケデリック」だとか「ドラッギー」と呼ばれる音楽には、私はそのような聴き方をすることがある。本当ならばヘッドフォンよりも生音の方が良いのだが、これは環境のせいがあるので仕方がない。
 私はこの方法により、その音楽がどのようなトリップを目指しているのかを感じ取る。それは時によりグッド・トリップとして私をしばらく現実へ帰さなかったりもするし、バッド・トリップとして直ちに現実回帰を要求することもある。その音世界に封じ込められたものがリスナーである私にどのように作用するのか、私は身をもって感じ取るのだ。
 本作のそれは、グッド/バッドのどちらとも言いきれない。
 言うなれば、仄かにバッド・トリップの感漂うグッド・トリップ。
 なぜならそこには、心地好い音に生々しい現実が封じ込められている。それは言葉であったり、時には音塊でもある。装飾の少ないギターの電気音が、思念をくすぐる。時には心地好い浮遊感が訪れるものの、度々、現実という名の音が私に刺さってくる。
 生々しいアルバム、
 それが、トリップ中に私が思い描いた本作の第一評だった。

 さて、このスピリチュアライズドというバンドは、実際にはバンドでなくなっている。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(特にそのセカンド・アルバム『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』)やシルヴァー・アップルズといった「ギターの音が生々しく刺さる」音楽に影響を受けたジェイソン・ピアース率いるスペースメン3というサイケデリック・バンドがその前身であり、仲間であったソニック・ブーム(音響志向に傾倒)と袂を分かってから、スピリチュアライズドというバンドを結成した。幾度かのメンバー・チェンジを繰り返しながらサイケデリック世界を音像化した作品を発表し続け、その評価を決定的にする『宇宙遊泳』を発表。しかし他のメンバー全員を解雇、かくしてスピリチュアライズドはジェイソン・ピアースのソロ・ユニットと化した。
 彼の音楽キャリアは実に15年にも及び、決して若さゆえのトリップへの暴走ではない。そして常に「サイケデリックとは何か?」を彼は追求してきた。スタジオ作品としての前作『宇宙遊泳』がその頂点であったことには相違ないが、今作は、そこに「逃避としてのトリップ」ではない現実味を果敢に盛り込んでいる。
 その前作ではともかく16分以上ものサイケデリック・ソング「コップ・シュート・コップ」に評価を与えたいが、本作にも、10分以上の中核となる曲「ウォント・ゲット・トゥ・ヘヴン(ザ・ステイト・アイム・イン)」が存在する。それも同じように最終トラック前に配置されているのだが――その決定的な違いは、寂寥感。浮遊感の中に身を任せればそれで済んだ前者に対し、後者には、荘厳な神への祈りがある。祈りは叶うが、しかし、そこには逃れられない現実が確実に存在する。我々が打ち勝たねばならない現実が、そこには生々しく存在する。

「確かに僕に、残された時間は
 決して長くない」

――Won't Get To Heaven (The State I'm In)

 この最終フレーズが、胸に刺さるのだ。
 本作は、神を信じる者に与えられて然るべき作品だ。しかし、神に祈りさえすれば助かる、と思っている人間には酷だろう。そこには確実に現実が存在し、我々はそこに生きている。そして、神は我々を救ってくれない。

「神様、見ていてください、僕のありさまを」
――Lord Can You Hear Me(スペースメン3時代の曲のセルフ・カヴァー)

 我々は、ひとりとして生きていかねばならない。
 そのためには現実逃避も必要だが、同時に、現実を見詰める力が必要だ。つまり、内的宇宙を見詰め直すための一手段として、本作はトリップ(=自分の中への旅)という方法論を提示している。
 本作はそれを、前作『宇宙遊泳』以上に実感させてくれる。前項の『アゲイティス・ビリュン』も共にトリップに用いることができるが、浮遊感漂うそちらに対し、こちらはソリッドで生々しい。現実に立ち向かうための休息、それに用いるトリップ。だがそれはコカインのように奮い立たせるものではなく、寧ろヘロインのように落ち着かせるもの。無論副作用やトリップ前の嘔吐はない。ご安心を! ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「ヘロイン」に感動を覚えるリスナーであれば、ぜひともこのドラッグを試してみるべきだろう。
 私は本作を「名作」とは呼ばないが「傑作」と呼べる。
 そして前作を踏襲し(つつも発展させ)たことから、次作への新たなステップが期待される。

 なお、本作のライナーには「タイトルの“IT”とは『神』のことだ」とある。
 私はこれに賛同しつつ、若干の補随を行いたい。
「本作で“COME DOWN”される“IT”とは、神のことであり、同時に、神とはジェイソン・ピアース(もしくはその作品を聴くリスナー)の内に存在する内的宇宙のことである」
 これは、言わば「神」を「精神」とする思想に基づいている。
 神は、確実にあなたの中に存在する。それを本作で感じてみてほしい。


LET IT COME DOWN レット・イット・カム・ダウン
1. On Fire オン・ファイア
2. Do It Over Again ドゥ・イット・オール・オーヴァー・アゲイン
3. Don't Just Do Something ドント・ジャスト・ドゥ・サムシング
4. Out Of Sight アウト・オブ・サイト
5. The Twelve Steps ザ・トゥエルヴ・ステップス
6. The Straight And The Narrow ザ・ストレイト・アンド・ザ・ナロウ
7. I Don't Mean To Hurt You アイ・ディドゥント・ミーン・トゥ・ハート・ユー
8. Stop Your Crying ストップ・ユア・クライング
9. Anything More エニシング・モア
10. Won't Get To Heaven (The State I'm In) ウォント・ゲット・トゥ・ヘヴン(ザ・ステイト・アイム・イン)
11. Lord Can You Hear Me ロード・キャン・ユー・ヒア・ミー

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