シガー・ロス
『アゲイティス・ビリュン』

〜胎内回帰的音楽〜 (2001/11/26)

 たまには、プログレじゃない作品のレヴューも書こうと思う。
 プログレばかりを聴いていちゃあ、視界が狭まるだけだろう?
 それか、本作を「プログレの影響力、その今」として聴いてみるのもいいかも知れない。方法論としての提示ではあるけどね。

 シガー・ロスは、アイスランドのバンドである。
 それ以上の情報は、私には得られていなかった。メンバーの編成や名前も知らないし、海外輸入盤を所有する私にとっては、盤だけではその情報がまるでない。
 そういう時にこその、インターネットである。検索を繰り返した結果、彼らについて、少しばかりの情報を得ることができた。それが以下の段である。

 シガー・ロスはアイスランドはレイキャビクで94年に結成された。メンバーはギターとヴォーカルを担当するJonsi、ベースのGeorg、ドラムのAgustの3人(カタカナ表記の判断ができかねるので、英字のままにしている)。そのバンド名は“Victory Rose”の意を持ち、即ち「勝利の薔薇」と訳せるだろう。彼らはコンピレーション盤に曲を提供しながら地道に成長し、やがてファースト・アルバム“VON(日本未発売)”を97年に発表。そのリミックス・アルバムを経てAgustが脱退、Orri Dyrasonをドラムに迎え、本作『アゲイティス・ビリュン』を99年発表。2年遅れて、2001年にしてようやく本作をして世界デビューとなった。それは日本にも輸入され、こうして私も聴けるようになったわけだ。また後に日本盤が発売され、今や大手CDショップではコーナーを作られるまでになった。彼らはその後も映画のサウンドトラック・アルバムに曲提供し、成長を重ねている。

 だが私は、本作は、そうした事前情報がなくとも、素直に感動を得られる作品であると確信している。現に私は日本盤発売が待ちきれなかったし、輸入盤であるのに構わず楽しめている。
 その魅力は――このサイトを閲覧頂いている方の大半に解りやすいように、簡潔に言おう。
 我々がピンク・フロイドの世界に憧れ、陶酔するのと同じ理由だ。
 本作には、激しいギター・フレーズなどない。テクニックの応酬など存在しない。だがそこには、そうした解りやすい魅力よりも、我々が不意に見詰めてしまう内的宇宙に浸透してくる「やさしい憂鬱」に満ちている。
 それは本作の冒頭部分、1曲目の「イントロ」から2曲目「スヴェン・ギー・エングラー」とメドレー的に続く展開によく現れている。本作をもって、やさしく、やわらかく、リスナーは内的宇宙の旅に出られるのだ。心臓の鼓動のような響きの後、浮遊感溢れる3曲目「スタラルファー」、4曲目「フルーガフェールサリン」……と続く世界もメドレー的に配置されており、リスナーは心地好く自己宇宙を彷徨い続けることができるだろう。
 その先に襲いかかる5曲目「ヌイ・バッテリー」の寂寥感はリスナーに潜む不安感をやさしく呼び起こし、その加工されたシンバル音は音響的世界さえ感じさせる。6曲目「ヒャ_テェズ・ハスマド(バム・バム・バム)」では意図的に混じるノイズも効果的に、リスナーは直視しないことで避けてきた、自らの不安を思い起こされるだろう。
 だがそうして辿り着く7曲目「ヴィザール・ヴェル・ティル・ロフタラサ」。リスナーはここから寂寥感の解放を感じる。映画のサウンドトラックにも参加する彼らの音楽イメージは、ビデオ・クリップも作成されたこの曲に集約されるだろう。「エコーズ」に於けるフロイドの演奏にも似た、浮遊感と自己存在を曖昧にするギターの旋律は必聴に値する。8曲目「オルセン・オルセン」の印象的なベース・フレーズや流麗なストリングスなどはフロイドのそれとは異なるが、同質の感動に満ちている。共に本作の注目曲であり、ライヴでもよく演奏される曲であるようだ。
 タイトル・トラックである9曲目「アゲイティス・ビリュン」で解放感は頂点を極める。やがて訪れる最終曲「アヴァロン」では、その名の通り自己の楽園に召喚され、愉悦のうちにその存在を消失していく……のではなく、現実世界への扉を叩くのだ。
 その扉の名は「誕生」。
 本作のジャケットに象徴される、母胎からの解放、誕生。
 そう、本作は、母胎に眠る頃の人間を想起させる。名付けるなら――「胎内回帰的音楽」。
 我々は、もはや母胎に帰ることはできない。だがその心地好い空間を、この作品をもって体験することができるのだ。それは余りに心地好く、やさしさに満ちている。我々人間の創造から誕生、その様をとらえたドキュメントとして味わうことができる。
 それはフロイド音楽にも似て、やさしい憂鬱。
 自分にとってそれが価値があるかどうか?――決定するのは無論、リスナー自身である。
 内的宇宙の旅へ、出てみないか?

 これがプログレだなどとは間違っても言わないが、少なくとも、フロイド・ファンであればこの世界を理解できるのではないだろうか? 過去懐古ばかりでなく、こうした最近の作品にも「オールド・ウェイヴ」の人間にとっても優秀かつ受け入れやすい世界は存在するのだ。
 騙されたと思って、お試しあれ。
 但し、その途中までをリピートしてそのまま母胎に閉じこもらず、最終曲まで聴き通して母胎からこの世界に出てくるのをお忘れなく!

 完成及び本国での発売は2年前ではあるが、個人的に私は、本作『アゲイティス・ビリュン』を本年度の最優秀アルバムとして推薦する。と同時に、可能な範囲で幾許かの楽曲を聴いて判断した限りでは、本作とはまた違う魅力が存在するであろう他作品の流通も強く願う!


AGAETIS BYRJUN アゲイティス・ビリュン
1. Intro イントロ
2. Svefn-g-englar スヴェン・ギー・エングラー
3. Staralfur スタラルファー
4. Flugufrelsarinn フルーガフェールサリン
5. Ny' Batteri ヌイ・バッテリー
6. Hjart Ad Hamast (Bamm Bamm Bamm) ヒャ_テェズ・ハスマド(バム・バム・バム)
7. Vider Vel Tl Loftarasa ヴィザール・ヴェル・ティル・ロフタラサ
8. Olsen Olsen オルセン・オルセン
9. Agaetis Byrjun アゲイティス・ビリュン
10. Avalon アヴァロン

*楽曲の英字表記は彼らの母国語をアルファベットに置き換えたものです*

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