ジャイルズ、ジャイルズ&フリップ
『ザ・ブロンデスベリー・テイプス』

〜クリムゾン変化への片鱗が見えた!〜 (2001/11/23)

 さあ出た。
 キング・クリムゾン研究者にとっては間違いなく第1次資料となる物件が、ようやく日の目を見たのである。
 本作はジャイルズ、ジャイルズ&フリップの唯一のアルバム『ジャイルズ・ジャイルズ&フリップの上機嫌な狂気』と並行して、もしくはその発表後に録音された音源を収録している。解説にあるように、1曲目「ハイポクライト(正しい発音はヒポクライト)」のみはそれより前、バンド黎明期に録音実験を兼ねた音源である。ということはミスター・クリムゾンたるロバート・フリップの録音出発点、つまりクリムゾンの真の原点さえもがここには収録されているのだ。それはイギリスはソーホーの、ロイヤル・ビーコン・ホテルの地下室で録音されたものだという。そういえばクリムゾンの出発点も地下室だった。
 他のトラックは、ブロンデスベリー・ロードに彼らが住んでいた頃の「自家録音」である――そうそう、先に断っておかねばならないのだが、訳注では「ブロンズベリー」となっている。私もそちらが正当だと思うのだが、本作はタイトルからして「ブロンデスベリー」とされているので、苦渋の思いでそう「ブロンデスベリー」と表記したことを許されたい。そのうえで、以下の文章にはその言葉は用いないようにする。後述するが、これはいつもの「ヴォイスプリント・ジャパン様」の得意技だ!
 そのあたりの詳しい背景は、ブックレット内にある解説と、それを翻訳する熱心なクリムゾン史研究者にお任せするとして……ここでは、純粋にそこに封じられた「音」を見詰めていこうと思う。彼らには『ジャイルズ・ジャイルズ&フリップの上機嫌な狂気』や、それにボーナス・トラックが追加されたドイツ盤、さらには本作に先駆けて発売されたLP盤“METAPHORMOSIS(日本未発売)”が存在するので、それらと照らし合わせながら――日本盤ではブックレット解説の対訳しか掲載されていないので、各曲の簡単な説明をせねばなるまい。ついでに、その都度「正当だと思われる」タイトル表記を記していくので、文末のオリジナル表記と照らし合わせて苦笑でもして頂きたい。


1.Hypocrite
 ヒポクライト

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 彼らの残されたものでは最初の音源であり、出発点。録音実験を兼ねたこの曲は、彼らのそれまでの陽気な曲と違い、陰鬱に始まる。『上機嫌な狂気』を聴いて彼らの音楽性を知る方は「おや?」と思うだろう。だがそれ以後の演奏は大差がないビート・ポップ。

2.Digging My Lawn
 ディギング・マイ・ローン

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 『上機嫌な狂気』収録曲の別テイク。どうしても素朴なビート・バンドから抜けきれていない印象のある曲だが、こちらはイアン・マクドナルドやジュディ・ダイブルが加わる前のトリオ演奏。フルート・パートもなく、よけいに腑抜けた印象がする。参考資料としてどうぞ。

3.Tremelo Study In A Major (from the Spanish Suite)
 トレモロ・スタディ・イン・A・メジャー

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 フリップひとりによる、ギター練習曲。彼のギターさばきがよく解り、やはりギタリストとして既に優秀だったと実感できる曲だが、着目点は他にもある。やけに音質がクリアになっていることから、録音機器を使い慣れ、スタジオさえも建ててしまった後の録音だろう。そうしたものが本作には順序バラバラで収録されている。なお「イン・A・メジャー」とは「イ長調」のこと。タイトルが“Tremelo”なのは“Tremolo”の間違いではないのだろうか?

4.Newly Weds
 ニューリー・ウェッズ(オリジナル邦題:新婚さん)

 『上機嫌な狂気』収録曲の別テイク。
 “METAPHORMOSIS”にも収録されている、と思ったら……何と、そちらのテイクとはまた別テイクで、エンディングがまったく異なる。口笛とドラミングで終わっていたLP盤に対し、こちらでは完奏する形で終わっている。また中間部にもフルート(メロトロン?)らしき音が入っている。曲クレジットによればイアンの加わる前のトリオ演奏なので、フルート奏者はいない筈だ。となると本作は、アナログ盤に単純にボーナス・トラックを大量追加したものではなかったのだ! だったら両方とも収録してしまえばよかったのに……曲自体は大した魅力も発展もないものではあるけれども。

5.Suite No.1
 スイート・ナンバー・ワン(オリジナル邦題:組曲第1番)

 『上機嫌な狂気』収録曲の別テイク。
 原曲にはあった、ピアノが入っていない。それ以外はほぼ、いやまったく同じ演奏。テイクは違えども忠実な再現力が既に彼らには備わっていた証拠だ。

6.Scrivens
 スクリヴンズ

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 ジャズなのかビート・ポップなのかも解らない中途半端な曲だが……フルートの音色が儚げで、美しい! サックスも披露しており、イアン・マクドナルドが加わったことへの意味を思い知らされる曲だ。

7.Make It Today
 メイク・イット・トゥデイ

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 こちらはマクドナルド独唱の18.と違い、ジュディがコーラス参加するヴァージョン。曲そのものは現在では退屈なビート・ポップ。だが、以下何度も記述するが、マイケル・ジャイルズの正確なドラミングはこの曲でも特筆に価する。

8.Digging My Lawn
 ディギング・マイ・ローン

 『上機嫌な狂気』収録曲の別テイク。
 “METAPHORMOSIS”にも収録
 トリオ演奏である原曲2.に対し、こちらではマクドナルドのフルートが入っている。それにより退屈だったオリジナルより、数段面白い出来になっている(特にフルート・ソロに注目!)。この曲のみならず、本作は彼とマイケル・ジャイルズの才が目立つ。

9.Why Don't You Just Drop In
 ホワイ・ドント・ユー・ジャスト・ドロップ・イン

(“METAPHORMOSIS”では曲タイトル末尾に“?”が付加されていた。それを受けてか、付加されていないこちらでも、邦題表記は“?”が加わっている)
 同じ演奏時間だが20.とはまた別テイク。『アイランズ』収録曲の「レターズ」原曲としてお馴染みだが、この頃はまだポップな曲と呼べるだろう。しかしコーラスに気を取られて見逃しがちではあるが、そこかしこに潜む陰鬱な雰囲気、特にフリップのギター・ソロの音色を聴け! 曲にうまく合わせるため、マクドナルドやマイケル・ジャイルズのように目立たないピーター・ジャイルズのベースも、この曲では特に活躍していることが解る。

10.I Talk To The Wind
 アイ・トーク・トゥ・ザ・ウインド(オリジナル邦題:風に語りて)

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 ここではマクドナルドとマイケル・ジャイルズがヴォーカルをとっている。別テイクではあるが、演奏自体は『新世代への啓示』収録ヴァージョン(16)とほぼ同じと見ていいだろう……つまり、バンドの一見すると退屈になりがちな曲でも、ここまでに忠実な演奏再現ができるテクニックに裏打ちされているのだ。

11.Under The Sky
 アンダー・ザ・スカイ

 『上機嫌な狂気』ドイツ盤ボーナス曲の別テイク(但しそちらでフリップになっていたクレジットは正確なもの、マクドナルドとピート・シンフィールドになっている)。
 ドラムがなく、落ち着いた雰囲気の曲。ホワホワと鳴るギターも和んだもの。しかし録音状態は非常によろしくない。

12.Plastic Pennies
 プラスティック・ペニーズ

 こちらも落ち着いた曲。ダイブルのスキャットから始まり、まずマイケル・ジャイルズのドラミングに唸らされる。マクドナルドのフルートもたおやかで、雰囲気で言えば「風に語りて」の源流とでも言えそうなもの。エンディングがフルート・ソロで終わるのも(完成形のそれと)似ている。

13.Passages Of Time
 パッセージズ・オブ・タイム

 行進曲のようなドラミングに、ダイブルの多重ヴォーカルが重なる、威風堂々といった曲。フリップのギターも荒々しい。静と動を使い分け……られてはいないが、その雰囲気は一聴に値する。意図的かどうか解らないノイズ音がどうしたって邪魔ではあるが。後に『ポセイドンのめざめ』収録の「平和」に化けるメロディ・ラインが登場する。

14.Under The Sky
 アンダー・ザ・スカイ

 『上機嫌な狂気』ドイツ盤ボーナス曲の別テイク。
 11.とはまた別テイクで、短くまとまっている。この曲に於けるフリップのギターの音色は、まとまってこそいるがビート・バンドのそれから脱却しようとしていまいか? 一部、音が曇るのが惜しい。

15.Murder
 マーダー

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 「船乗りの歌」を想起させるハイ・ハットで始まり、この怪しげな雰囲気……明らかにバンドは以前の作風から変化している。重厚なコーラス・ワークが美しい。着目すべきはマイケル・ジャイルズの正確なドラミングだ。

16.I Talk To The Wind
 アイ・トーク・トゥ・ザ・ウインド(オリジナル邦題:風に語りて)

 『新世代への啓示』に収録された、ジュディ・ダイブル・ヴァージョン。
 比較参考物としてのボーナス収録、といった趣だろう。これで廃盤を理由に埋もれていたこのテイクも一般普及される形となった。マスター音源はそちらとは異なり、ピーター保有のものらしいが、テイクとしては同じであり、音質も差がない。こうして『新世代への啓示』は必携盤ではなくなったわけだ。

17.Erudite Eyes
 エリュダイト・アイズ

 『上機嫌な狂気』収録曲の別テイク。
 終盤の演奏がオリジナルに比べ、無茶苦茶盛り上がる。全員が一定の流れを決めつつも、好き勝手に楽器を鳴らしているような演奏で、オリジナルと聴き比べれば、クリムゾン変化への片鱗を見るには手頃な参考資料となるだろう。

18.Make It Today
 メイク・イット・トゥデイ

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 7.より演奏が長い。フルートやサックスなどをこなすマクドナルドの才が目立ち、彼がこのバンドに持ち込んだものがいかに大きかったかを実感できる。

19.Wonderland
 ワンダーランド

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 クレジット表記によると、どうにも、この曲ではマクドナルドがギター・ソロを弾いているのだそうだ。また中間コーラスは『マクドナルド・アンド・ジャイルズ』にも流用されている。何はなくともマイケル・ジャイルズのドラミングが闊達で、演奏技術は既にクリムゾン時代に匹敵する。

20.Why Don't You Just Drop In
 ホワイ・ドント・ユー・ジャスト・ドロップ・イン

 “METAPHORMOSIS”にも収録
 フリップのギターの音色は、既にクリムゾンのそれだ。もはや腑抜けたビート・ポップ・バンドのそれではなくなり、狂気的な音色を響かせている。

21.She Is Loaded
 シー・イズ・ローデッド

 “METAPHORMOSIS”にも収録(但しそちらでの表記は“She's Loaded”となっている)。
 『上機嫌な狂気』ドイツ盤ボーナス曲の別テイク。
 のほほんとした曲だったオリジナルと比べると多少荒々しくなり(音質のせいもあるか?)、こそバンドの化学的変化を期待させてくれる。間違いなく、彼らは今までの彼らとは違う。


 その内容を箇条書きで説明すると、以下のように表記できるだろう。

・LP盤“METAPHORMOSIS”と同一テイクが12曲(1〜3, 6〜8, 10, 15, 18〜21)、
・うちテイク違いではない初登場曲は8曲(1, 3, 6, 7, 15, 19, 20, 21)。
・LP盤“METAPHORMOSIS”が出典であるようでいて、別テイクであるものが1曲(4)。
・既出音源と見なして良いものが1曲(16)。
・初出音源8曲(5, 9, 11〜14, 16, 17)、
・うちテイク違いではない初登場曲は2曲(12, 13)。

 本作は「クリムゾンへの突然変異」が謎であったジャイルズ、ジャイルズ&フリップの、その変化の片鱗が見え隠れする。ここからクリムゾンへ進化する! といった明らかな兆候は見られないのが実状だが、その要素となるものはあちこちに散らばっている。
 それは後にリメイクされる「風に語りて」や、初期クリムゾンのライヴ・レパートリー「ドロップ・イン」に変わった「ホワイ・ドント・ユー・ジャスト・ドロップ・イン」、大幅にアレンジを変えて「レターズ」に変身する「アンダー・ザ・スカイ」などの、曲それ自体にも言えるだろう。しかしもっと重要なのは、全体に見られるフリップのギター・ワーク、マクドナルドの多才さ、マイケル・ジャイルズの饒舌なドラミングなどだ。ピーター・ジャイルズも無論上手だが、バンドのクリムゾン変化それ自体に関わる音ではない。ダイブルのヴォーカルは、私には「反面教師」として役立っているように思える。女声ではどうしても曲をまとめる方法が限られてくるからだ。彼らふたりがバンドから抜けてしまった理由も、解る気がしてきてしまう。
 それにしても、この頃のフリップは今から思うと妙だ。今でこそ専制君主のように言われる彼だが、ソロ・パートをマクドナルドに弾かせたり、他の音をやたら尊重している。何より、この時代に於ける彼の写真は、殆どが「すっとぼけた」映り方であるのだ。ユーモアも売りのひとつであった当時のバンド内で、彼は「ひょうきん者」として作用していたらしい。意外でもあり、いつからあんなシリアス・キャラクターに転化したのか謎でもある。
 アルバムに関して、最後にまとめておこう。
 本作は、熱心なクリムゾン研究者だけが聴けばいい。曲も録音もクオリティはまちまちで、決して人にお勧めできる内容ではない。だが、研究資料としては冒頭に書いたように第1級のものであり、必聴に値する。また、ジャイルズ、ジャイルズ&フリップがどのようにクリムゾンへ変化したのか、その要因がひとつでも知りたい方には必携だ。ただ聞き流しているだけでは、それは要因として伝わらないだろうけど。
 つまりは、研究資料としてこれは聴くといい。多くのリスナーはそれを解ったうえで買っていくのだろうがね。それでも、曲のクオリティはこのバンドの唯一のアルバム『上機嫌な狂気』よりもぐんと向上していることは保証しよう。

 さて、やはり最後にヴォイスプリント・ジャパンへの文句を記さねばなるまい。
 今回は、珍しくいつもの「自慰的ライナー」はなく、その代わりにブックレット対訳(かなりの直訳、名詞の表記統一もされていない)が載っていた。これはまあ、いいだろう。さすがにフリップ関係となると少しはマシな仕事をしなきゃ、とでも思ったのだろうか?
 だが、相変わらず「こう読んだ方がカッコいいでしょ?」的な邦題表記が多くある。それが相変わらず多いので、いちいちコメントするのは控え、疑問点を強調表示しておくことにする。邦題オリジナル表記と違っていたり、発音が明らかにおかしかったり、同じタイトルなのに表記が異なったり……というものを強調したのだが、今回は半々だった。
 相変わらずだな……。


THE BRONDESBURY TAPES ザ・ブロンデスベリー・テイプス
1. Hypocrite ハイポクライト
2. Digging My Lawn ディギング・マイ・ローン
3. Tremelo Study In A Major トレモロ・スタディ・イン・A・メイジャー
4. Newly Weds ニューリー・ウェズ
5. Suite No.1 スート・イン・C
6. Scrivens スクリヴンズ
7. Make It Today メイク・イット・トゥデ
8. Digging My Lawn ディギング・マイ・ローン
9. Why Don't You Just Drop In ホワイ・ドーント・ユー・ジャスト・ドロップ・イン
10. I Talk To The Wind アイ・トーク・トゥ・ザ・ウンド
11. Under The Sky アンダー・ザ・スカイ
12. Plastic Pennies スティック・ペニーズ
13. Passages Of Time パッセージズ・オ・タイム
14. Under The Sky アンダー・ザ・スカイ
15. Murder マーダー
16. I Talk To The Wind アイ・トーク・トゥ・ザ・ウンド
17. Erudite Eyes エリュダイト・アイズ
18. Make It Today メイク・イット・トゥデ
19. Wonderland ワンダーランド
20. Why Don't You Just Drop In ホワイ・ドーント・ユー・ジャスト・ドロップ・イン
21. She Is Loaded シー・イズ・ローディド

(VPJ 184)