ジョン・ウェットン
『ウェルカム・トゥ・ヘヴン』

第1稿 〜さながら夕刻の調べの如く〜 (2000/12/21)

 はじめに言っておきたいことは、本項では私は、ジョン・ウェットンの新作である『ウェルカム・トゥ・ヘヴン』を「アルバム評」というスタンスではなく「アルバム考」に近いスタンスで聴いた。それを前提として頂きたい。
 また、曲名のカタカナ表記については、日本語ブックレットでは“of”を「オヴ」としているが、私はそれを誤りであるとしているため文中では「オブ」と表記した(項末のプログラムはそのまま)。正規盤であるにも関わらず、日本語ブックレットにその「明らかな誤り」である表記をされるのには、私は余り良い思いがしないためである。カタカナ表記では限界があるのは解るが、その「明らかな誤り」をどの作品でも続ける本作のメーカーに対する、ひとつの姿勢だとでもとらえて頂ければ幸いである。


 私は、今作に関しては余りパッとした印象を持てずにいる。ジョン・ウェットンの他のアルバムは一聴しただけで何かピンとくるものが今まではあったのだが、今回はどことなくぼんやりとしていて、意図的に輪郭が歪められたような印象さえある。
 その原因の一端として、どうにも「3部作のラスト」「実はコンセプトに基づいた連作だった」という発言が私を不安にさせるのだ。まるでそれが「こじつけ」のような感が否めない、そういう猜疑心がまず湧いてしまった。なぜなら、ピンク・フロイドに於けるロジャー・ウォーターズの歌詞世界ほどコンセプチュアルに作られているわけではなく、どの曲をも、まったく一個の曲として扱えるがために。所謂「プログレ回帰」を嫌うウェットンにそれは私としてもやってほしくないが、しかしそれぞれの楽曲をコンセプトに基づいた一連のストーリーとしてとらえるには、なかなかの気構えが必要になる。
 そこで今回は、歌詞世界に重点を置いてみよう。そのうえで連作とされるソロ作『ヴォイス・メイル』『アークエンジェル』を参照にする部分も多々あるということを、まず念頭に置いてほしい。
 今は、ウェットンの言葉を信じてみよう。そして一曲一曲の歌詞を見つめてみようと思う。そうすれば、様々なことが思い浮かび、また、夢想できると思うから……。


1.Heart Of Darkness/ハート・オブ・ダークネス

 これこそまさにウェットンの新曲、という感じがするだろう。彼の言う通り、ソロ作を3部作とするならば、オープニング・ナンバーは皆こういったポジティヴな雰囲気に満ちている。それらを代表する雰囲気であり、寧ろ『ヴォイス・メイル』のそれである「ライト・ホエア・アイ・ウォンテッド・トゥ・ビー」に似ているだろうか?
 さてその歌詞で主人公は、過去を回想している。そこから物語は始まるのだが……これを「ウェットンと各作品」とあてはめてみるとどうだろう? 今までトラブルが何度となくあった。しかしそれを乗り越え「今は待っただけの甲斐があった」と語る主人公……それは邪推ながら、アルバムを作りたくとも費用がなく、諸作品のリリースを重ね、臥薪嘗胆してきたウェットン本人を思わせる。そして時間はすべてを変えることができる。そう、ロバート・フリップとイアン・マクドナルドが揃ってウェットンのアルバムに参加できたように……。
 そして主人公は、長い、回想の旅を始める。

2.Say It Ain't So/セイ・イット・エイント・ソー

 この曲は「エイジアを彷彿させる」とライナーに書いてあったが、私にはウェットン/マンザネラの「本に書いてあるトリックをすべて」の雰囲気を髣髴させる。そして歌詞はと言えば、今作に於いて最も長く、メッセージ性の強いものだ。それは『ヴォイス・メイル』の同じく2曲目「バトル・ラインズ」を想起させる。曲の流れは違うが、ここまでの歌詞の流れは、今作は『ヴォイス・メイル』の冒頭と似ているということにしてみよう。「バトル・ラインズ」では戦火を越え、自分というものを問うた主人公。彼は戦地で、恋人からの手紙を受け取っていると仮定する。それがこの曲であるのだ。

3.No Ordinary Miracle/ノー・オーディナリー・ミラクル

 お得意の湿り気ナンバーだが、注意したいことには、曲中で撃ち鳴らされる銃声だ。これは「アークエンジェル」と同じだ。ということは……そう、この曲は「アークエンジェル」のアンサー・ソングである。唯一の救いであるアークエンジェルを思い、絶望に瀕していた主人公は、この曲にしてようやく、奇跡というものに触れることができる。双方とも、歌詞の中での存在は同じだ。絶対的な、唯一の「救済」としてそこに「アークエンジェル」と「ミラクル」が存在する。そのうえでウェットンは「君は僕のアークエンジェル」「この奇跡、それは君」と歌っている。
 因みにウェットンは前作で「アークエンジェル」を“arkangel”と綴っていたが、正確な綴りは“archangel”であり(だからこそジャケットでは“k”だけが小文字だったのだろう)、意味は「天使長」となる。天使長とはミカエル。つまり“arkangel”とこの曲でもって、彼は「天使長ミカエル=奇跡=あなた」と定義している。
 これはどういうことか?
 彼は、「愛」を定義したのだ。愛の天使を統べる天使長、それが起こす奇跡、それがあなたにはある。あなたは天使長ミカエルの化身であり、また、愛のしるしであるのだと……前曲で別れてしまいそうになり、必死にそれを止めた主人公。彼はここで、彼女に対する愛を再認識しているのだ。

4.Where Do We Go From Here?/ホエア・ドゥ・ウィー・ゴー・フロム・ヒア?

 前の曲が「アークエンジェル」に対応するのならば、この曲はその次に収録されていた「ユー・アゲインスト・ザ・ワールド」を髣髴させる。そう、曲の流れが似ている。これが、今作を購入した人々が「聴きやすい」「馴染みやすい」と言う所以ではないだろうか。今までの作品を踏襲した流れであり、内容であるのだ。
「ユー・アゲインスト・ザ・ワールド」で世界に逆らい、傷付いた心をもってして女でありたいと願った女の子と、主人公が出会うと想像してみるといい。その女の子は「バトル・ラインズ」にいる主人公に手紙を送った本作2曲目「セイ・イット・エイント・ソー」の女であり、3曲目の「ノー・オーディナリー・ミラクル」で歌われる愛の化身、彼にとっての守護神であるのだと……。
 彼女の名はエマであり、またかつての名はジェーンでもあった。

5.E-space/エスケイプ

 さて、突然のサウンドスケイプである。ここで、ウェットンの歌世界は一度終わる。そこに繰り広げられるのはロバート・フリップ、イアン・マクドナルドとの共演による夢想世界。ここではウェットンは珍しくキーボードを弾き、脇役に徹している。もしくは、スリー・ピースのなかのひとつとして……それは彼が、バンドというものを何度も解散させても、何度でも続けていることの意味が含まれているのかも知れない。自らのアルバムでもアンサンブルに徹することができる彼が、スティーヴ・ハケットと仲がいいことも解るような気もしないだろうか? 自らのソロ・アルバムでもアンサンブルに徹していたことのあるハケット、その人と。
 そして曲名は「エスケイプ」。逃避……それは現実からの。

6.Another Twist Of The Knife/アナザー・トゥイスト・オブ・ザ・ナイフ

 この曲が、私はまず耳に残った。というよりも、引っ掛かったのだ。ヴァースの歌フレーズはTOTOの「オール・アス・ボーイズ(『ハイドラ』収録)」とそっくりであり、またギター・リフの一部はVOW WOWの「ドント・リーヴ・ミー・ナウ(『マウンテン・トップ』収録)」にごくごく若干だが似ている。そういった私の記憶に触れるため、馴染みやすい。そして耳につきやすい。特に後者はウェットンがプロデュースにあたっていたので、ひょっとしたら何かしかの影響でもあるまいか、と邪推したくなる。この曲はそういった、彼のハード・ロック志向をひとまとめにした曲と言えそうだ。
 そのうえで彼は「僕を切り裂き続ければいいんだ」と歌う。どんなになじられようと負けてたまるか、君と僕との世界はぶつかり合うばかりだ、と……これを“love”という言葉でもって愛の歌に変えてしまうことは簡単だが、それをウェットンが、昔の彼の姿を求めるファンに向けた歌だと思うと面白い。またはロバート・フリップなり、このアルバム収録前に組んだバンド、QANGOを早々に脱退してしまったデヴィッド・キルミンスターなりにあてはめてみても。
 主人公の物語にするならば、彼はここで、現実世界の厳しさを知るのだ。恋人になじられ、苛まれ、しかし屈することなく、彼は立ち上がる。

7.Silently/サイレントリー

 雰囲気としては、またも『アークエンジェル』収録曲を思わせる。冒頭から「アフター・オール」の雰囲気を少しばかり漂わせ、歌の音程はほんの一部「ザ・ラスト・シング・オン・マイ・マインド」と酷似している。
 主人公は傷付いた後、偉大なる優しさをもって勝利を得る。そして愛を得る。ようやく、探していた真の愛を手に入れるのだ。

8.Before Youe Eyes/ビフォア・ユア・アイズ

 さて場は一転し、主人公のかつての恋人が登場する。エゴの強い女で、自分しか愛せないのだ。彼女との関係を、主人公は断った。そこで初めて、彼女は主人公の偉大さを知る。そうして彼を求めようとするが、時既に遅し。主人公は真の愛を得て、彼女のもとを去ってしまったのだ。優しい曲調の中には、そんなエゴの戦いが隠されている。

9.Second Best/セカンド・ベスト

 かつての恋人は、主人公を取り戻そうと躍起になる。だが「2番目に好きな人」だと言われたまま、彼は彼女との関係を保つ必要などない。彼には戦地で問い、天使を思い、ようやく得た真の愛があるのだから。
 曲としては彼のお得意の、ミディアム・テンポだ。しんみりとした、シングル曲にでもできそうな。もしくは、アコースティック・アレンジでもできそうな……。

10.Real World/リアル・ワールド

 長いこと、今までのできごとを夢想していた主人公は、この曲で現実を見詰めることができるようになる。そうして、これからも生き続け、相反する人々とも折り合いをつけて、自分自身のエゴのみならず、まさに「人間」として生きていくのだ。人との交わりを続け、この世界に彼は生きていくのだ。そのうえで、そこにある音楽をよく味わって聴くといい。普段はシンセやコーラスをふんだんに使った厚い音、もしくはアコースティックな曲調を得意とするウェットンが、ここでは泥の匂いがするブルースを演っている。それも、主役と脇役の間を彷徨う人間という曖昧な立場の、よき理解者であるハケットと共に。強いて言うならば、バンドと映画の間で主役と脇役を兼ねたリンゴ・スターが作曲に参加していることも興味深い。
 ここには「生」の音がある。「生」の感情がある。
 そして「現実」があり、主人公は、そこを生き抜いていくだけの力は、既に得たのだ!
 そうして、この3部作は前向きな終焉を迎える……。

 かと思えば、ウェットンはまた少し違う終わりを見せてくれた。

11.Love Is/ラヴ・イズ

 日本盤のみ収録のボーナス・トラックである。だがこの曲を、単なるボーナス曲ではなく、物語の続きとして歌詞を読んでみると面白い。何と主人公のかつての恋人は、逃げ場を求めて彼のもとへまた訪れてしまうのだ。愛というものを信じられなくなってしまった、という理由で。彼女に主人公は愛を諭し、もう、ふたりは結ばれる運命ではないと伝える。なぜなら彼には、愛の化身たるアークエンジェルが、奇跡がそばにいるのだから。

12.Space And Time/スペース・アンド・タイム

 同じく日本盤のボーナス・トラックではある再録音曲だが、実は、この曲があるために本作は「3部作の終着点」とすることができるとも言える。前曲で愛を諭し、自らの愛をも再認識した主人公は、ようやく時空を突き抜ける旅――人生という終わりのない旅を続けることができるのだ。『ヴォイス・メイル』の頃には愛が不充分だった主人公は、それを得て。

 ボーナス・トラックなどは海外盤とは違うという噂があるから、ひょっとしてウェットンは、そこでも違うエンディングを見せているのかも知れない。


 なるほど、
 物語として読めば、なかなかの面白味はある。それこそ、この3部作をひとつの物語として改めて考察し、何なら本当に物語仕立てにしてしまうことも可能なほどに。
 だがここで歌詞を捨て、改めて今作の音楽について考えてみよう。
 それは良く言えば、今までの活動を総決算した、世紀末に出すに相応しい内容と言えるだろう。しかしそれは、悪く言えば「借りてきた猫」のようなたたずまいを思わせる。ここに、私の不安はあるのだ。
 但し「連作」という響きは、もっともなようにも聞こえる。なぜなら、彼の実質的ファースト・ソロ・アルバムであるジャックナイフ名義の曲や、その後のファースト・ソロ・アルバム、またはウェットン/マンザネラなどの音を思い描いてみるといい。時折似た箇所などもあるが、全体は、まるで違うだろう? しかし『ヴォイス・メイル』と『アークエンジェル』、さらに今作『ウェルカム・トゥ・ヘヴン』の雰囲気はどうだろう? それとは逆で、曲ごとに雰囲気は違うが、全体像は似ていやしまいか? そのうちに、『ヴォイス・メイル』は「陽」に、『アークエンジェル』は「陰」に焦点を合わせたものであり、今作はその中間、太陽と月の交わる時間にも似たイメージがある。収録時間の短さも、その曖昧な存在感をぼんやりと醸し出している。
 この曖昧な存在感は……してみると、今作に漂う、そこはかとない儚さは、夕刻のそれに似ている。それは陽たる昼の終結であり、陰たる夜の出現でもある。そう、本作には、物語の終結と再出発とが同時に存在している。
 こういったことを考えると、私は「良い/悪い」などという決定的な、しかし短絡的な評価などできやしない。
 しかし、傑作とは言えない。
 但し、駄作などと吐いて棄てることもできない。
 なぜなら、今作だけを評価の対象にすることは、ウェットンの言う「コンセプト」を無視することになるのだから……きっと「昔のウェットン」を求める人は文句を言うだろうし、フリップやマクドナルドの参加にばかり目がいく「KC盲目信者」も多いことだろうけどね!

 さて、歌詞世界をもう一度、ざっとまとめておこう。

1.〜2.は『ヴォイス・メイル』の、3.〜4.は『アークエンジェル』の中核である部分に似ている。ここまでは双方の世界で幻想世界を彷徨い(『ヴォイス・メイル』)、絶望の淵から希望を見出す(『アークエンジェル』)。そうしてここで、過去を清算する。そのために5.があり、そのクッションをターニング・ポイントとして主人公の立場が変わる。夢想を終え、現実世界に旅立つのだ。だが「過去」というものを想い出してしまった主人公は、一度自分を見失ってしまう。そのため6.では苦痛に顔を歪めるが、彼は7.にて勝利を、共に愛を得る。8.では互いの理解を深め合い、9.では過去を完全に清算する。そうして10.にて現実世界への再出発をはかる……あとにちょっとしたおまけの物語を付けて。

 これを物語仕立てにすれば、何かしか書けてしまいそうだ。ウェットンが今作を「一連のコンセプト」と呼ぶ理由は、ここにある。そうした邪推さえもさせてくれる。今回、引用しなかった『ヴォイス・メイル』並びに『アークエンジェル』の他の曲についても考えてみると、きっと面白い考察ができるだろう。
 私はこうして、音楽と歌詞とを見詰め直す機会を与えるだけである。


第2稿 〜ある仮説〜 (2000/12/26)

 本作『ウェルカム・トゥ・ヘヴン』の輸入盤(つまり外盤)は、第1稿にも記した通り、ボーナス・トラックが日本盤とは異なる。そしてそれは“Dye”というインスト曲であり、またアルバム・タイトルさえもが“WELCOME TO HELL”に変わるのだそうだ。
 やはり、と私は思った。
 日本盤では、主人公は「リアル・ワールド」にて現実世界に打ち勝った。だからこそ「ラヴ・イズ」というサブ・ストーリーを経て「スペース・アンド・タイム」にてハッピー・エンドを迎えることができたのだ。そうしてタイトルは“WELCOME TO HEAVEN”となった。時空を突き抜けた恋人達は、天界に行き着くことができたのだ。
 とすれば、第1稿に記した「海外盤ではエンディングが異なるのでは?」という私の予想が当たっているのだ。それもまったくの正反対、「天国」と「地獄」の違いとして。
 無論“Dye”とは“Die”のもじり(“ARkANGEL”のようなもの)であり、「死」を表すのだろう。だが、まったくのバッド・エンディングにしてしまっては、その世界は悲し過ぎる。だからこそインストにして、物語世界の展開はリスナーの想像力に委ねたのではあるまいか? それも未聴であるから推測の範疇を出ないのだが、私のさらなる予想では、現実世界に負けた主人公を想起させるものとなるのではないだろうか。それか、安らかに死せる彼を……前者は“HELL”というタイトルの語に結び付きそうだが、しかし後者はそれがならない。となると、やはりバッド・エンディングなのだろうか。
 では、それを海外盤にしたウェットンの意志とはいかに?
 来年になって発売されるというそれを、ひとまずは、期待しよう。

後日追記:
 アナウンスされていた筈の“WELCOME TO HELL”は、まったくもって出る気配がありません。代わりに同内容の“SINISTER”が出ましたが、ボーナス・トラックはなく、別リミックスが施されています。


WELCOME TO HEAVEN ウェルカム・トゥ・ヘヴン
1. Heart Of Darkness ハート・オヴ・ダークネス
2. Say It Ain't So セイ・イット・エイント・ソー
3. No Ordinary Miracle ノー・オーディナリー・ミラクル
4. Where Do We Go From Here? ホエア・ドゥ・ウィー・ゴー・フロム・ヒア?
5. E-SCAPE エスケイプ
6. Another Twist Of The Knife アナザー・トゥイスト・オヴ・ザ・ナイフ
7. Silently サイレントリー
8. Before Your Eyes ビフォア・ユア・アイズ
9. Second Best セカンド・ベスト
10. Real World リアル・ワールド
11. Love Is ラヴィ・イズ
12. Space And Time スペース・アンド・タイム

(MICP 10207)