ジョン・ウェットン
『ヴォイス・メイル』

〜ポップ・ミュージックへの回帰〜 (2000/8/3)

 ジョン・ウェットンという人は難儀である。
 ソロ・ワークでは完全にポップに転向してるし、後期U.K.やエイジアなんかの活動を見れば「夢見るポップス大好きおじさん(本作ライナーノーツより)」であることは明白なのに、どうしても70'sクリムゾンの再来を求められてしまう。そのうえ彼自身サービス大好きなもんで、今でも「夜を支配する人々」なんかを歌ったり「スターレス(暗黒)」をフル・レンジで演っちゃったりしてるもんだから、その拍車が掛かってしまう。彼もそれがイヤになってか「スターレス」の封印宣言をしたんだけど、英語だからって聞く気もない観客は盛り上がってたなぁ。うーん、なっとらん。
 で、本作です。
 僕がコレを買ったのは「あ、クリムゾンが一番熱かった時期の人だよな。プログレなのかなぁ」という理由であります。うひゃー、しょっぱなから矛盾ですね。
 だが、目覚めちゃったのだ。
 何に? とうとう男に? いやいや、幾らこのCDの原題が“VOICE MALE”だったからって僕もウェットンもホモじゃないっすよ(と、さりげなく予備知識)。
「ポップというもの」にですよ。
 おおっと、ポップと言っても日本に蔓延する売れ線ポップスなのにロックと呼んでます、じゃないぜお嬢さん。何て言うのかなぁ、ビートルズやビーチ・ボーイズのように時代に流されないポップネスの追求、とでも言いましょうか。難しいっす。
 と、前置きはここまでにして(長いな)、出会ったのである。
 求め続けていた究極のポップ・アルバムに。

 俺がプログレだった頃〜、親父はフロ上がりで〜、お袋はウロ憶えだった〜。
 兄貴はプロレスで〜、姉貴はガングロだった〜。
 わっかるかなぁ、わっかんねえだろうなぁ……。
 と、松鶴屋千とせなボケはここまでにしときましょう(しかも古いし長い)。
 僕がプログレというものにどっぷり漬かっていた頃、しかしまだクリムゾン各メンバーのソロ作には着手せずにいた。だって多過ぎるんだもぉん、ってなコピーすら断りやがるOL的諦めと共に、しかしいずれは聴かねばならぬ、という切腹直前の武士さながらの義務感を常々感じていた。
 で、ほぼ習慣化していた新宿ユニオンで、買ってきたのである。
 クリムゾンのメンバー作を集めたいのに、なぜロバート・フリップではなくジョン・ウェットンからだったのか? それは単純なことで、そこに中古があったからである。確か1,600円。ユニオンってば中古でもプログレはお高いのねトホホ、と思いつつ、フロイドのブートか何かと一緒に買ってきた。いつものように帰りの電車でライナーを読むと、僕が大好きな音楽ライターの市川哲史氏の文章であった。
「これはクるな」
 僕は、市川氏が好きだと公言して憚らないミュージシャンはことごとく好きになっていた/もともと好きだった。クリムゾン然り、ジャパン然り、まだ1作しか持ってないけど(執筆当時)きっとロキシー・ミュージック然り。ついでに言うならBUCK-TICKなども然りである。
 ほくそ笑んでライナーを読む僕は、大好きなフロイドを買ってきたことも忘れ、隣りのオバハンがライナー読んであやしげに笑っている青年を不気味な視線で見ていたことにも気付かなかった。しかも膝もとにはなぜか芥川龍之介の文庫本。そんぐらい不気味な様相であり、またすんごく期待していたのである。や、当時はデジタリックな、ていうかサイバーな服装を好んでいたため、そのせいかも知んない。あと顔か。とほほ。
 だが曲目リストを見て、各曲の短さに期待もしぼみつつあったのも事実。これだからいやーねプログレ馬鹿って。長い曲がいい曲ってな価値観だから。
 でも、当時の僕もそうだったのである。うーん、若僧なり。

 さて、当時のボロアパートに帰った僕は、やはり習慣のようにCDセット。ボロアパートにボロいミニコンポ。そのうえ家主がボロである。んもうボロボロに拍車が掛かって「大阪で生まれた女」でも歌いたい気分である(それはBORO)。
 だが、そっからかかってきた音楽はボロなんかじゃなかった。
 スペシャルである。皆さん、ここは典型的な外国人像(筋肉質で短い金髪でアゴ出てる)を思い浮かべて発音してください。
 スゥペシィィァオ、である。
 イントロこそ淋しげに始まるものの、そっからはもう、宝石のようなキラメキ。何がって、音と声である。いややっぱり声である。
 ウェットンの声、
 僕はそれまで、クリムゾンに居るウェットンしか知らなかったので、バンドのあの濃〜いアンサンブルの一部としてウェットンを認識していた。だけど、本作は無論ソロなんだから、彼の声は主役である。主役になると、彼の声は数段もその深みと輝きを増してしまうのだ。
 よく言われる「永遠のイングリッシュ・ヴォイス」というフレーズを、再認識してしまった。と同時に、オノレは今まで何を聞いてきたんじゃい、という反省しきりである。まるでアプリケーション10個ぐらい立ち上げちゃったパソコンのように、固まったまま動けなかった。
 ある種の感動。
 つまりは、声に惚れたのだ。
 これの前にお話したダグマー・クラウゼに惚れるのとはまた別で、男気に惚れるようなちょっと気恥ずかしい気持ちよさ。もし僕が野球部で、こんな声で「オゥ、メシ喰いに行くぞ」なんて言われちゃったらその日の予定だった女の娘とのデートもすっぽかして行っちゃうような、尊敬する先輩の如き声である。深みがあると言っても決してイブマサトのような声ではない。前述のように野球部の先輩の声か、親戚の叔父さんが「おめぇも随分おっきくなったなぁ。これでアイスでも買えや、な」と千円札を渡す時のような声である。
 それから僕は、阿呆のようにこの声にハマっていった。
 70'sクリムゾンを聴き直し、改めてその声に惚れ直し、でもやっぱり『ヴォイス・メイル』に帰っていた。立て続けにウェットンのソロも買った。そして「70'sクリムゾン〜ウェットン」という公式を、数ヶ月間延々とループしていった。んもう「無人島に持っていく10枚」に即エントリーである。本当に数ヶ月そんな暮らしをしていたため、心なしか顔付きも柔和になって「お、今日は顔色いいねぇ」と言われることが多くなり、10キロ痩せて、女の娘にモテモテで、宝くじも当たっちゃいましたぁ! ってなイキオイである。それらは無論嘘なんだが。
 そうそう、立て続けにソロ作を買ったというのがまた運命的で、ちょうど都合よくユニオンに『コート・イン・ザ・クロスファイア』が出ていたのである。値段はオビなし3,800円。当時は廃盤だから高かったのだが、オビありだともっともっとしたに違いない。現に、一緒に買ったジャック・ナイフの『アイ・ウィッシュ・ユー・ウッド』は4,800円だったもんなぁ。オビだけで1,000円差かよぉ。
 ま、何はともあれ、僕はこの『ヴォイス・メイル』をきっかけにして、70'sクリムゾンの真価を再認識した。そして他メンバーのソロ作もボチボチ買い始めたのである。
 本作との出会いがなければ、僕は今ほどにプログレにハマり込んじゃいなかっただろう。ウェットンはおろか、クリムゾンだってきっと教科書を読むようにして聴いていた筈である。そしてポップという概念を、単純に「歌謡曲」とする風潮に飲み込まれていたに違いない。違いないったら違いないのである。
 では、その「ポップ」とは何ぞや?
 そんな定義付けは、要らない。なぜなら、このアルバムさえあれば、どんな無粋な文章なんかよりもそれを体験できるのだから。
 おおーう、よくある感動的な形でまとめちまいましたね。2点。
 だがこのアルバムは100点である(誉め過ぎましたか)。


VOICE MAIL ヴォイス・メイル
1. Right Where I Wanted To Be ライト・ホェア・アイ・ウォンテッド・トゥ・ビー
2. Battle Lines バトル・ラインズ
3. Jane 愛しのジェーン
4. Crime Of Passion クライム・オブ・パッション
5. Sand In My Hand サンド・イン・マイ・ハンド
6. Sea Of Mercy シー・オブ・マーシー
7. Hold Me Now ホールド・ミー・ナウ
8. Space And Time スペース・アンド・タイム
9. Walking On Air ウォーキング・オン・エアー
10. You're Not The Only One ユア・ノット・ジ・オンリー・ワン

(PCCY 00573)