| 福田恆存（ふくだ つねあり）大正元・八・二十五日―平成六・十一・二十日。評論家、劇作家。父幸四郎、母まさの長男として、東京本郷区の東方町に生まれた。大震災後、昭和十九年まで長く神田に住んだ。錦華小学校、市立二中で高橋義孝と同級。浦和高校を経て、一一年東大英文科を卒業。論文は「ディー・エッチ・ロレンスに於ける倫理の問題」である。大学を出た一一年に高橋義孝とともに「作家精神」の同人となり『横光利一論』（昭一一）『嘉村磯多論』（昭一四）等を書いた。大学院に一年籍を置き、その後、中学教師、編集者などを経て日本語教育振興会に務め、その傍らロレンスの『アポカリプス論』を訳した（二六年に「現代人は愛しうるか」と題して刊行）。 戦後は、左翼文学の復活およびその批判的同調者としての「近代文学」派に対立する立場から、例えば『一匹と九十九匹と』（昭二一）では、政治によって救われる九十九匹に対して「失せたる一匹」の救いにこそ文学の本領があると主張し、政治と文学との明確な分離を主張した。当時の評論集としては『作家の態度』『近代の宿命』『平衡感覚』（昭二ニ）『小説の運命』（昭二四）等がある。 日本の擬似的「近代」に対する福田の批判は、近代的な知性や自意識を脱したギリシャ古典劇の積極的評価を生み、芸術の起源までさかのぼった論考として『芸術とはなにか』（昭二五）が書かれ、さらにいっそう広範な視野に立つ人間論・芸術論『人間・この劇的なるもの』（昭三一）が書かれている。 また一方、近代日本の知識人の偽善的な意識構造への反発は『平和論の進め方についての疑問』（昭二九）等に現れたが、その論理の根底にあるのは、「平和」を理念として掲げて現実を閑却する傾向への批判であり、また文化の持続を忘れた革新主義への批判である。後者の視点は国語問題においては歴史的仮名遣いへの擁護論として展開し、その成果が『私の国語教室』である。 評論家としての福田は、同時に優れた劇作家でもあり、演出、翻訳家でもある。『キティ颱風』（昭二五）『龍を撫でた男』（昭二七）等知的な現代劇をはじめ、『明智光秀』（昭三二）のような歴史劇、さらに実験的な詩劇『明暗』（昭三一）等を書き、『総統いまだ死せず』（昭四五）翻訳ではロレンスの小説『恋する女たち』（三巻、昭二七）T.Sエリオットの『カクテル・バーティ』（昭二六）等の現代物もあるが、特筆すべきは『シェイクスピア全集』の現代語訳である。これは戦前の坪内逍遙の訳業を凌駕する出来ばえで、劇的言語の自立性を十分に示した。また現代演劇協会と付属の劇団「雲」「欅」やがて「昴」に統合の推進者としても活躍し、演出家としても傑出した能力を示した。演劇改良運動家としての基盤として、三百人劇場を建設した。 一九六０年代以降の評論活動は、六十年安保に際して、「常識」の回復を説いた。『常識に環れ』（昭三五）をはじめ、『生き甲斐といふ事』（昭四六）『言論の自由といふ事』（昭四八）等を著し『問ひ質したき事ども』（昭五六）に至る評論集に収められたが、その根底にあるのは、弱者の立場を一方的に正義と化す「民主主義」の甘えに対する批判と、そういう甘えを去って、自主的にに責任を負うような生き方の倫理性を可能ならしめる文化の回復への意志である。防衛問題も物理的な力よりも文化と国民意識の問題として現れる。戦後社会の物分かりの良さへの批判は、戯曲『解つてたまるか！』（昭四三）にも見いだされる。戦後を通じて行われた評論活動は、安易な思想動向に対決する言論によって貫かれ、文学のみならず思想界にも、不動の地位を占めている。 日本芸術院会員。読売文学賞・（三回受賞）。岸田戯曲賞・第二回。芸術選奨文部大臣賞、（シェイクスピア全集の訳業）。日本文学大賞、（総統いまだ死せず）。菊池寛賞。勲三等旭日中受賞。 「福田恆存全集」全八巻文藝春秋社刊。 「福田恆存翻訳全集」全八巻文藝春秋社刊。 以上は新潮日本文学辞典と作家・小説家人名辞典を加筆したものであります。さらに一層、加筆訂正を加え、充実いたす所存であります。 |