氏の言論は常に時代の現象に対して本質的に切り込み、
人間の普遍的な生き方を凝視し続けたものでした。
この度の企画を通して、氏の文業に親しく接して来られた方のみならず、
若い世代の皆様にも、氏の提供した本質的な人間論を発見される契機となれば幸ひです。
福田恆存生誕九十年記念會を終へて 平成十四年十二月十三日、財團法人現代演劇協會の協贊を得て、「福田恆存生誕九十年記念會」を開催致しました。午後六時三十五分、來場者多數の爲、豫定より五分遲れての開演でした。 思へば、昭和五十一年、福田恆存氏は、こゝ三百人劇場で「土曜講座」を企畫し、小林秀雄、田中美知太郎氏らがこの壇上に立ちました。福田恆存氏自身も「処世術から宗教まで」と題して連續講演を行つたのでした。それが今囘、長らく演劇以外の目的で使はれる事のなかつた三百人劇場が、他ならぬ福田恆存氏を記念する時空間の場となつたわけです。 照明をおとした場内の舞台中空、一點に、福田恆存氏の冩眞が聴衆に靜かに對し、ベートーヴェンのチェロソナタ三番とともに始つた記念會は、言はば、主語を失つた時空間のやうに感ぜられました。私達が主催者なのではない。敢へて言へば、こゝに集ふ聴衆の皆樣が主催者なのでした。しかし、もつとその實感にそつて言ふならば、本當の主宰者は、私達でも聴衆でもなく、福田恆存氏の言ふ《全體》とでも言ふしかない何者か―なのでした。 第一部の「人に歴史あり」といふテレビフィルム上映では、小林秀雄氏をして「良心を持つた鳥の樣」だと言はしめた福田恆存氏の姿を餘す所なく見せてくれました。また第二部の福田逸氏の講演では、觀念的な福田恆存觀ではなく、肉親として、恩愛の情に裏打ちされた人間像・父親像を語つてくれました。氏は「以前であれば間違ひなく断つてゐた話でせうね」、しかし「七回忌が濟んだ頃から心の整理もつき始め」た、と雜誌（週刊文春）に應へてをられますが、今囘の「父を語る」は、氏にとつても、大きな意味を持つものだつたのではないでせうか。 第三部のシンポジウムは、時間も無く、準備運動もそこそこに、いきなり福田恆存といふ高峯に攀じ登ろうとしたやうなものでした。《絶對》と《相對》といふ福田恆存氏の思想・人間觀の根底にあつたものへの接近を試みたのですが、やはり時間的に無理がありました。各パネラーの方に充分意見を開陳して戴くことも適はず、會場の皆樣の意識のテムポにも配慮出來なかつたことを申し譯けなく思つてゐます。司會としての力量を恥ぢてをります。 但し、短い時間ではありましたが、こゝで議論された《絶對と相對》、《國語問題》は、福田恆存氏が生涯を賭して闘ひ抜かれた問題であり、また、福田恆存氏を思ふとは、この問題を私達自身の問題として如何に背負ふかを意味するでせう。さういふ意味で、没後八年を閲して、氏の思想の核心にあつた主題を再提出し得たことは、記念會として欠くべからざる事だつたやうに思ひます。 長くなりましたが、記念會にご來場戴いた皆樣に御禮を申し上げるべく、一文を草しました。會場にて申しました通り、今後、随所で福田恆存氏に關する顯彰が行はれることを期待してやみません。また、私達も、福田恆存氏没後十年にかけて樣々な企画を行つてゆく積りですが、引き續きご支援賜りますやう宜しくお願ひ致します。 文責 金子 光彦 |
| 福田恆存生誕九十年記念會のお礼。 記念會を草案した際からは予想も出来ない程、大勢の参加者が三百人劇場に来場して下さり、お礼申し上げます。 シンポジウムが実りのあるもので有ったのか、自戒すべき点が確かに存在しました。 当日、ふとカラマーゾフの兄弟のエピグラフを思い出しました。 米山正夫訳ですが。 誠に実（まこと）に汝らに告げん、一粒の麦もし地に落ちて死なずば唯一つにてあらん、もし死なば多くの実を結ぶべし。 ヨハネ伝十二章二十四節 福田恆存記念會が、三百人劇場での開催を突破口として「実を結ぶ」切っ掛けになるならば、志は緒に就いたと申せましょう。今後は、より「実を結ぶ」為に、我々三人は無い智慧を絞ります。しかしながら限界も御座います。そこで皆様方の智慧をメールで拝借したいと存じます。 時間の関係で当日申し上げるのが叶わなかったのでこの場で紹介したい文章がございます。 現代演劇協会「雲」創立について、三島由紀夫が「演劇のよろこび」復活。と題して賛辞を送っております。抜粋して引用いたします。 最初に「雲」の創立声明書をよんだときから、私は我が意を得たと感じた。これはただの声明書ではなく、福田氏の永年にわたる文明批評のバックボーンが通つてをり、又単に演劇だけの問題ではなく、近代日本のあらゆるジャンルの芸術の批判になつてゐると思つた。 第一に、「西洋」の魅力と「演劇」の魅力を混同し、後者よりは寧ろ前者の虜になり、演劇に奉仕するよりも日本の近代化に奉仕したといふ罪状は、文学もさうである。かういふ誤謬のために、日本の近代文学史がいかに歪められた道程を辿つたかは、心ある人にはすぐ思ひ浮ぶにちがひない。 第二に、西洋の「近代」あるひは「現代」にすぎぬものを、直ちに「西洋」そのものととりちがへたといふのは、文学もそうなら美術もさうである。（略）これが真のアカデミズムの成立を困難ならしめ、従つて又、真の前衛の成立をも不可能にして来た。（略） 敢えて手前味噌を云へば、文学の世界では、「これは文学だ。これは文学ではない」といふ価値基準がありうるのに、新劇では、「現代劇」だとか、「進歩的演劇」だとか、何だとかかんだとかいふ、ごく狭い概念規定の上に立つて異を樹ててゐるだけで、「これは劇だ。これは劇ではない」といふ一刀両断の裁定が、つひぞ実効を発揮しないことである。「俺のみとめる劇以外は劇ぢやない」―それだけで沢山ぢやないか。 新劇界でも福田先生は孤軍奮闘であったが、ここに援軍がいたのである。 土井義士 |
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