バンシー

■先日モンスターと遭遇したという人から我が編集部に連絡があった。
是非会って全容を話したいと言う。

雨の中現れた男性はici郎さんと名乗った。シルクハットとタキシードが似合うカイゼル髭の紳士であった。
その風貌からは想像出来ないほど気さくなici郎氏は、ドリンクバーの野菜ジュースを一口飲み、自慢のカイゼル髭をひとなでして語り始めた。

「ええと、これ僕が先日福島県いわき市のニューヨークにある実家に戻った時に撮った
写真なんですけど。」


そこにはこの世のものとは思えない程美しい女性の姿が、悲しげな瞳を湛えつつ立っている姿が写っていた。


「なんか明らかに普通でないオーラ出して泣いてる女性がいたんですね。
あれはですね、アイルランドの伝承に出てくるバンシーですよ。
”バンシーが泣くと死者が出る”とかいうアレですよ。

根本的になんでアイルランド伝承のモンスターがニューヨークにいるの、とか、
ていうかアレ精神分裂気味のトップダンサーが夢遊病でさまよってるだけじゃないの、とか、
ていうかモンスターも何も元ネタそのまんまのカッコじゃねーか!
そういう信憑性あふれるツッコミはおいておいてですね。



そりゃあもう自分ももれなくその歌声に引き込まれ、思わずふらっと三途の川を渡りそうになりましたが、
ふと、大長編ドラえもんのワンシーン「ジャイアンが眠りの歌を歌う人魚の歌声に嫉妬し、自分の歌声で人魚を追い払う」という逸話を思い出してですね。



恐怖に震えながら「ボーイズ」のサビ部分を繰り返し繰り返し
ハミングしたところ、いつのまにか彼女はその場から姿を消してしまっていました。
そうして事なきを得た自分ですが…ただ、今でも、彼女が歌っていたのが「J-R&B(しかも1)」でなくて「Jr-R&B」だったらうっかりピョンピョン跳ねながら
スーパースペシャルな勢いで天国へ旅立っていた可能性を捨てきれないと思うとちょっと身震いします。」




CBSドキュメントのナレーションの人の様な声でici郎氏はそう語った。
当時の模様を興奮しつつ話すその表情から”嘘”は一切感じ取れなかった。

ハンバーグとエビフライがのっかってるやつをたいらげると、ici郎氏はその場から立ち去った。
これから”金持ちがコロシアムみたいな所でアナコンダと奴隷が戦うのをポテロングを食べながら見たりする秘密クラブ”の会合があるという。

雨はいつの間にか止んでいた。まだ終電には時間があるし、この様な繁華街に来る事もこんな時でもなければ無い。
常に編集部に缶詰状態になっているからだ。

せっかく来たのだから少しうろついてみよう、と思い私は歩き始めた。

どこからかJ-R&Bが聞こえる。



★ici郎様、貴重な目撃情報をありがとうございました。