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〜第1章〜
1.再会 2002.4.7up

短い夏休みを終えて、まだまだ厳しい夏の日差しの中を、100円均一で買ったお気に入りの帽子を被って会社に向かって歩いていた。まだ、この馬車道のオフィスに移ってきて、半年も経たない。
子供の頃から何度も通った古い映画館の前を通り、飽きもせずにXJAPANのMDを聴いていると、『Forever Love』の歌詞に行き倒れそうな気分になった。♪もう〜一人で〜歩けない〜、このまま馬車道のベンチに横になって、帽子で顔をおおって眠りたくなる。
『もーにんぐむすめもうぉううぉううぉううぉう♪』
不気味な歌声が頭の中に流れてきて、思わず立ち止まった。
「ちょっと、何?!」
心の中で叫んだ。
『朝はさあ、もっと元気の出そうな音楽を聴こうよ。』
「ちょっと、誰なの?!」
『忘れたの、アスカ。俺だよ、俺。』
なんだか懐かしい、聞き覚えのある声だった。
「信公?!」
『ピンポーン、久し振りだな、アスカ』
私は慌ててMDのイヤホンを外し、周りを見回した。しかし、昔の恋人である信公らしき姿は見えない。
『アスカ、見回したって、俺はいないよ。俺さあ、なんか、死んじゃったみたいなんだよね。』
「し、死んじゃったって・・・。まさか、幽霊・・・?」
『うーん、幽霊っていうかさあ、なんか、アスカの中に、入っちゃったみたいなんだ、魂だけ。』
「えー!!」
思わず声に出してしまい、横を歩いていたリーマンのおじさんに変な目で見られてしまった。
「な、なんで、私の中に入ってんのよ!!」
『うーん、やっぱ、お前の事が忘れられなかったからかなぁ?』
「そんなの嘘よ、自分から別れるって言ったくせに!」
『いや、それはさあ、まあ、いいじゃん。それより、会社に遅刻するぞ。』
私はふと我に帰り、腕時計を見た。このままでは完璧に遅刻である。
「きゃー、あんたのせいで、遅刻じゃないの!!」
『とにかく急げよ。』
私は転ばないように小走りに走った。春頃、革靴を履いて駅まで走っていて、グキッとこけて、捻挫して救急車で運ばれたばかりなのである。しかしそれ以来、こわくて運動靴以外はいていなかったので、ほとんどこける心配はなかったのだが。
『お前、相変わらず高そうなスニーカー履いてるなあ。』
「いいでしょ、他に何も贅沢してないもん。ヴィトンやプラダだって、一個も持っていないもんね。」
『ま、お前にそんなものは似合わないけどな。』
「どうせ、そうでしょうけど。」
『あ、むっとしてるな、お前』
何を考えても、信公に伝わってしまう。えー、どうしよう、下手なこと考えられないじゃないか〜。
『迷惑そうだな。俺に出て行って欲しい?』
「そりゃあ、心の中全部みられる位なら、その方が・・。」
『お前なあ、冷たいなあ〜!俺、死んじゃってるんだぞ?お前に追い出されたら、あの世に行っちまうんだぞ。』
「そんなこと言ったって〜!」
『あー、もっと生きたかったのになあ、あんなことも、こんなこともしたかったのになあ・・。』
「わかったよ〜、出て行かなくてもいいけど、仕事中だけは邪魔しないでよ!」
『そのくらいは俺だって、わきまえてるって。仕事中は俺、寝てるわ。』
ちょっと、寝ていられる位だったら、私の心の中覗かないでよ!!
『あ、ばれちゃった?』
私は深い溜め息と共に、会社のビルのロビーに入った。

Coming soon・・・


2.渦巻 2002.4.10up

『お前さあ、なんで夏なのに腹巻なんかしてるんだ?』
「ノ〜ブ〜キ〜ミ〜〜〜、トイレの中までついてこないで頂戴!!」
あまりにハードなルーティーンワークに耐え兼ねて、トイレの便座に座って一息ついていると、またも信公の声が聞こえた。
『あのなあ、俺はお前の中にいるの。トイレだろうが風呂だろうが、お前から離れたらどうなっちまうかわからないだろうが。』
「だからって、トイレの中でまで、話し掛けないでよ。」
『だってさあ、腹巻なんてババくさいものしてるからさあ。』
「あのねえ、今、冷房病には腹巻が一番効くって、流行ってるのよ。それに、私だってもう若くないんだから、冬にはババシャツだって着てるんだからね。」
『げ〜、幻滅させないでくれよ〜。』
「体冷やして、病気になるよりマシでしょ。」
『お前、男いないだろ。』
「ほっといて頂戴!あんたに捨てられてから、あたしが何人の男に騙されたことか・・・。」
『あ〜あ、女の側ってのも、体験してみたかったんだけどなあ。彼氏がいないんじゃな・・痛ッ!』
私は自分のお尻を、思いっきりつねってみた。どうやら、痛みまで共有しているらしい。
「あんたって最低!このエロじじい!」
『あ〜、お前、俺に向かってそんなこと言うのかよ〜!』
信公の、ちょっとムッとした感情も、なんとなく伝わってきた。
「あんた、本当に私の中に入っているのね。」
『そう言ってるじゃん。』
私は、どうせ見られてしまうのなら、と話し始めた。
「どうせお風呂にでも入ればばれちゃうから言っておくけど、私ね、去年胸を手術したの。パニック障害で抗不安剤を飲んでいて、女性ホルモンの異常で乳腺炎になっちゃったのね。4ヶ月間、毎日病院に通って、5回も胸を切ったのよ。だから、私の体、もう傷だらけなの。」
『・・・。』
信公は何も答えない。こういう話にこそ、何か言って欲しいのに。
「だからね、恋なんてする気分になれなかったのよ。恋人がいなくて悪かったわね。」
『ま、恋だけが人生じゃないから。』
なんのなぐさめにもなっていない。
『俺にはよく、わからないよ。』
どうせそうでしょうよ。男なんて、女の容姿に難癖つけるだけで、女の気持ちなんて全然わからないんだから。
『悪かったよ。俺が昔、色々うるさい注文つけてたからだろ。しょうがないじゃん、若かったんだから。俺だってもう、女の容姿にそんなにうるさくなんかないよ。言えた立場じゃないしさ。だいたい俺、死んじまってるんだぜ?』
本当に、死んでしまったの?
『死んでなけりゃ、なんでこんなところにいるんだよ。』
私はふと、自分のひざの先を見た。
「何これ・・・。渦巻・・・?」
トイレの中のある空間が、蜃気楼のように空気がゆがんで渦巻のようになっていた。まるで異次元への入口のように見える。
「ねえ、信公、見える?これ、何?」
『さあ・・・。なんだろうね。』
私はそっと手を伸ばし、そのまま渦の中央に手を突っ込んだ。なんだか、生暖かい。
『お前、何するんだよ!』
渦巻はパッと消え、私はハッと我に返った。
「あれ、何だったんだろう・・・。」
『お前、無意識で行動すんなよ。びっくりするよ。何か危ないものだったらどうするんだよ。だいたいお前はなあ、道歩いててもほとんど意識がないだろ?しょっちゅう車に轢かれそうになって、俺は一緒に歩いていていっつもハラハラしてたんだぞ。』
「だって、異次元へ行けるかと思ったんだもん。今とは正反対の世界へ行けるかと思ったんだもん。そっちでは信公も生きていて、まだ私と恋人同士だったかも知れないって、思ったんだもん。」
私はあふれてきた涙を拭った。マスカラが、指の先に着いた。
『お前、化粧するようになったのか?』
「ファンデーションは塗ってないけどね。信公は口紅も許してくれなかったから。別れた後もしばらく化粧もしなかったから、女の花盛りを華のないまま過ごしちゃったのよ。」
『お前は俺に不満しかないのか。』
「そんなことないよ。信公のことを忘れたことなんてないもん。」
『それが悪かったのかな・・。』
誰かがトイレに入ってくる音が聞こえた。気が付けば、ずいぶん長い時間、仕事をサボってしまった。
「もう、仕事しなきゃ。」
『しかし、オフィスってのは冷房効きすぎだな。俺なんか外の仕事ばっかりだったから、うらやましい限りだけどよ。お前、ひざ掛けまでしてるもんな。』
「ひざ掛けがないと、おなかこわしちゃうんだもん。って、あんた、仕事中も起きてたの?」
私は身支度をして、水を流した。
「信公、俳優の仕事、くるようになったの?」
『いや、情けないけど、まだ俳優デビュー出来てないよ。ていうか、もう死んじゃったけど。』
「何のために、私を捨てたの?信公言ったよね、俺が有名になったら、お前よりもっといい女と付き合うんだって。」
『お前だって、有名になったら、あんた誰?って言ってやるって言ってたじゃん。お前、女優になる夢、捨てちまったのかよ。』
「私はね、飽きちゃったのよ。なんか最近、やりたいこともなくなっちゃった。これからどうやって生きていけばいいのか、わからないの。」
『しっかりしてくれよ、これからはお前一人の人生じゃないんだぞ。』
うっ、それは結婚したり出産したりした時に聞きたい台詞だった・・・。

Coming soon・・・


3.消えた指輪 2002.4.16up

「ねえ、これ、どういう意味だと思う?」
『RUBBER WIPER BLADE?なんだそりゃ?』
せっかく二人になったのだから(?)、仕事を手伝ってもらおうと思ったが、ほとんど役には立たないみたいだった。
「ねえ、昔、英会話スクールに通ってるって言わなかったっけ?」
『いや〜、通ってたんだけど、忙しくってなかなか行けなかったんだよね。10万も払ってチケット買ったのにさ・・。ほとんど無駄にしちゃった。』
私も約10万円の英会話のCDを買って、全く聞いていないのだから人の事は言えない。
『だいたいさあ、なんでこんな英語ばっかりの仕事やってるんだ?お前はパソコンの仕事をやってたんじゃないのか?』
「いやあ、不景気で派遣の仕事首切られてさ、体壊してたからもう東京まで通いたくなかったし、横浜だとパソコンだけの仕事ってなかなかないじゃん。おまけにこの年じゃ、贅沢言えないのよ。そりゃあさ、英語の証券作れって言われた時は、ばっかじゃないかと思ったけどさ。仕方ないじゃん、他に仕事さがすの面倒だしさ。」
『いいかげんな会社だな。お前に英語の仕事なんてさ。』
「ほんとだよね〜。いいや、これわかんないから、雑コードで処理しちゃおっと。」
『こんなの、お前にやらせてるのが悪いんだもんな。』
「ねー。」
二人でやっていると、余計にいいかげんになってくる。
『あれ、その指輪、高いのか?』
左手の中指にしていたイルカの指輪に気付いたらしい。
「高くないよ〜、お母さんが八景島のお土産に買ってきたんだもん。」
『俺が昔買ってやった指輪は、どうしたんだ?』
あ、痛いところを衝かれた。
「ごめん、家の中でなくした。」
『お前なあ、あれはあれで高かっただろ?あの当時、俺がどれだけ無理して・・・。』
「いや、きっとあるって。家の中でどこにしまったか忘れちゃっただけだもん。私、すぐ指輪なくすけど、ずいぶん経ってから見付かること多いんだ。」
『別れる時に質屋にでも入れりゃ良かった。』
「あ〜、ひっど〜い〜!そんなことしたら化けて出てやる〜。」
『今は俺が化けて出てるけどな。』
「ぷっ、笑えな〜い。」
『笑ってるじゃないか。』
二人で漫才やっている場合ではない。私は残業しない主義だから、さっさと仕事を終わらせなければならないのだ。
『お前、残業した方が儲かるじゃん。』
「嫌なの〜、残業あてにしてダラダラ仕事するのは私のプライドが許さないの〜。人生短いんだよ。仕事で大半の時間を使いたくないじゃん。」
『そんなこと言ってるから貧乏なんじゃん。』
「タイムイズマネーだもんね。私は金より時間が欲しい。」
ああ、仕事をしなければ・・・。
「二人になってもはかどらないね。」
『指輪が悪いんじゃん。』
「なんでよ〜関係ないじゃん。いいわよ、指輪、しまっておくから。」
私は引出しに入れている通勤カバンについているポーチの中のポケットに、ドルフィンの指輪をしまった。
『また指輪、消えたりして。』
「えー、やだよ〜、いるか好きなんだから〜。」
『俺の指輪は好きじゃないのか?』
「あれも好きだったけど〜、なくなっちゃったんだもん・・・。」
私は急に、切なくなった。
「あーとにかく仕事を終わらすんだよ〜!あんたも手伝ってよね!」
『ワタシにほんじん、エイゴわかりませ〜ん。』
日本語も怪しい・・・。
「後はシートが出てくるのを待つだけ〜。この間に他の仕事をやらなくちゃ。」
『えーまだ仕事あんの〜。』
「あと一時間半、あるんだよ。定時までは働かんと。」
『ねー、インターネットでもやろうよ〜。』
「だ〜め!ネットばかりやってて、首になったらどうするの?チェックされてるに決まってるんだから。前の会社でやりすぎて、しょっちゅうインターネット、止められてたんだからね。」
『悪いやっちゃな〜。』
「うちに帰ったら、遊ばせてあげるから。あ、でもね、8時までだからね。それ過ぎると、料金かかるプランだから。」
『お前、せこいやっちゃな〜。ほとんど時間ないじゃん。』
「おまけに接続はエッジからだからね。長時間出来ないのよ。」
『つまんね〜。』
「だいたいあんたはいやらしいサイトしかみないんじゃないの?」
『あー、そんなことないぜ〜、世界情勢とかさあ。』
「嘘つくんじゃないの!」
このまま続くと強制的に残業になりそうなので、しばらく心を閉ざすことにした。
『ねえ!』
「・・・・。」
『紅茶に外したホッチキスの芯が入ったよ。』
嫌だ〜、もう最悪の日だ・・・。

Coming soon・・・


4.ローソンの鏡 2002年4月25日up

意地でも定時までに仕事を終わらせて会社を出ると、まだ強い日差しが馬車道の通りを照らしていた。帽子を目深に被り、通りの反対側に渡って歩いた。ふと、元いた歩道の方で何か光った。なんだろうと思って見てみると、ローソンの店内にある鏡のようだった。コンビニを広く見せるために、真ん中に貼られている鏡である。
なんだか気になって、よく見てみると、私の姿が歪んでいるようだった。また通りを渡り戻って、近付いてみた。すると、私の姿に重なって、半透明の信公の姿が見えるではないか!
「の、信公!ちょっと、見える?!」
『ああ、俺だ。』
「どういうこと、なんで鏡に映ってるの?さっき、トイレの鏡には映らなかったじゃない。」
『俺にもわからないよ。』
私がコンビニのガラスにはりついていると、いつも大きな声で「いらっしゃいませ」を言ってくれるお姉さん達が、不思議そうな目で見ていた。私はそんなのかまわずに鏡に見入った。
鏡に映った信公の姿は、昔より少し大人びて、無精ひげが伸びていた。私の顔も信公の顔も、訳がわからず当惑しているように映っていた。
「信公、笑ってみて。」
『えー、こ、こうか?』
信公の顔がひきつった笑いを見せた。
「おー、今のあんたの姿じゃない!」
『本当だ。まるで生きているみたいだ。』
「あんたさー、ひげくらい剃りなさいよ。」
『何言ってるんだ、これが今の流行りじゃんか。』
「薄汚いわよ。私は嫌い。」
『んなこと言ったって、もう剃りようがないじゃん。』
「うーん、どうしたらいいのかな・・・。」
『あきらめろよ。そのくらい。』
「まあ、どうせいつもあんたの顔が見られるわけじゃないしね。しかし、私はかわいくなったけど、あんたはおじさんだわね。」
『あのなあ、大人になったって言って欲しいね。お前みたいにいつまでも子供顔でいる方が、不気味だぞ。』
私は鏡の方向にパンチを繰り出した。
「でもなんで、この鏡には映るんだろうね。」
私の顔は、少し悲しげになった。
『さあ、黄泉の鏡とか?』
信公の顔も、少し悲しげになった。
『いつまでも見ていても、仕方がないぞ。』
「うん、そうだね。」
二人の顔が、溜め息をついた。
『でもさ、少なくともここへ来れば、いつでも見られるってことじゃん。』
「そうだよね、信公もさ、鏡の中で生きてるってことだもんね。」
二人の顔が、少し笑顔になった。
「よし、帰ろう!」
私は駅へ向かって、無理に張り切って歩き出した。でも、心の中は複雑だった。いつもと同じ時間しか流れていないのに、一日で何年も時が経ったような気がしていた。実際、信公とは7〜8年会っていなかった。しかし、今日一日でその7〜8年が一気に流れた気分だった。
電車に乗り、地元の駅に着き、いつもならウインドーショッピングをしたりするのに、どこにも寄る気になれずにまっすぐ家へと向かった。家に帰ると、いつものように夕飯の仕度が出来ていた。とりあえず荷物を置きに、2階へ上がった。自分の部屋に入ってカバンを置くと、どっと疲れが出てベッドに座り込んだ。ふと、ドルフィンの指輪をしまわなくてはと思い、カバンについているポーチに手を伸ばした。ポーチの中のポケットに手を入れて探ってみると、指輪がなかった。ベッドの上にポーチの中身をひっくり返してみても、指輪は出てこなかった。
「ねえ、信公、指輪、ここに入れたよね。」
『ああ、入れてたじゃん。』
「ないよ!どこかに落としたのかな?どうしよう・・・。」
『どうしようって言われてもなあ。』
私の心の中は悲しみでいっぱいになった。お母さんに対して、申し訳なく思った。
『おいおい、そんなにがっかりするなよ。ちょっと待ってな。』
信公が部屋を見回している気配がした。
『あの黒い、小さいバッグ。』
信公が言ったバッグを見た。
『あれ、開けてみな。』
私は、不審に思いながらも、部屋の片隅に置いてあったバッグを開けた。
『その、ポケットの中。』
私はバッグの中の、小さなポケットに指を入れた。何か、指輪のような物が手に触れた。急いで出してみると、それは昔信公に貰った指輪だった。
「信公、見付かった!どうしてわかったの??!」
『へへー、死人には透視能力があるのだ。』
「えー、本当に?じゃあ、なんでも見れちゃうの?」
『なーんてね、冗談だよ。勘だよ、勘。』
「すっごーい!ずーっと見付からなかったのに。」
私は少し、嬉しくなった。指輪を、左手の中指にはめた。18金の枠の中に、プラチナが光っているシンプルな指輪だった。もう絶対に外さないぞと思いながらも、きっとまた窮屈になって外しちゃうんだわ、と信公にわからないようにそっと思った。
『うん?何か言ったか?』
「何にも言ってないよ〜。」
私は少し、私の中にいる信公と、うまくつきあっていけそうな予感がした。

第1章終わり〜第2章へ続く・・・


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〜第2章〜
1.電話 2002年7月26日up

『おまえなあ、テレビばっかりみてるんじゃないよ。』
会社から帰って夕飯を食べた後、ベッドに寝転がって延々とテレビをみていたら、信公が言った。
「いいじゃんよ〜、これでもドラマみて演技とか演出の勉強してるんだよ。ま、もう女優には戻らないかもしれないけどさ。」
『それならみてたってしょうがないじゃん。』
「えー、でもー、もともとドラマとか好きだから女優目指してたわけで〜。」
『ま、いいけどね。俺、お笑い番組がみたい。』
「もうすぐぷっすま始まるよ。それまで待ってな。」
ドラマも佳境に差し掛かった頃、携帯のメロディが鳴った。
「えー、誰だろ、いいところなのにぃ。」
私は携帯の表示をみた。
「あれ、ともぴょんだ。めずらしい。」
劇団時代の友人だ。私は携帯に出た。
「もしもし?ともぴょん?どうしたの?めずらしいじゃん。」
「久し振り。あのさ、俺、今度ニューヨークに行くことになってさ。」
「え〜、まじ?どうしたの〜、ニューヨークなんて。」
「3ヶ月間留学して、英語の勉強するんだ。」
「へー、すごいじゃん。」
「でもさあ、俺英語全然じゃん?不安でさあ・・。」
ともぴょんは私と同い年の、錦糸町の医者の息子だ。この歳で留学なんかさせてもらえるのは、すこぶるうらやましかった。
「うーん、そういえば昔、ニューヨークにいた日本人の俳優さんと、メールの交換してたなあ・・。」
「え、まじ?その人紹介してよ〜。」
「無理だね。もうメール出しても返事こないもん。」
「あーん、不安だなあ・・・。」
「そういえばさあ、Y崎塾の人たち、みんな最近元気なの?」
Y崎塾というのは、俳優のY崎先生が生徒を集めて開いていた、俳優の塾である。私も何度か、遊びに行ったことがあった。
「うん、Sさんは舞台に出たりしているし、YちゃんはいまだにI川さんの付き人やってるよ。K野さんは最近ねずみ講にはまっちゃってて、俺、もう付き合いたくないんだけどね。」
「へー、そうなんだ。N山さんは?」
電話の向こうで沈黙が流れた。N山さんは、私が唯一演技力を認めていた人だ。かっこよくて、演技がうまくて、でも気さくに話してくれる、とてもいいお兄さんだった。
「知らないの?」
「え?何が?」
「N山さん、自殺したんだよ。電車に飛び込んだんだ。もう、結構前のことだよ。」
私はあまりのことに、目の前が真っ白になった。N山さんが自殺?
「うそ・・・。なんで?!」
「うーん、なかなか売れることが出来なかったからじゃないかな?」
「えー、でも、Y崎先生の反対押し切って、お笑いの劇団にまで入っていたじゃないの。」
「それでも売れなくて、ノイローゼみたいになってたみたいだよ。」
「でも、どうして?!N山さん、演技上手だったのに。」
私は、N山さんとみんなで芝居をみに行った帰り、二人で楽しくおしゃべりしながら歩いた六本木の道を思い出していた。二人でたくさん話したのは、その時だけだったかもしれない。
「ショック・・・。」
その後、色々話して、がんばってきてねと言って電話を切った。でも、頭の中は、ずっとN山さんのことでいっぱいだった。いつしかドラマも終わっていた。
「あ、ごめんごめん、10チャンだね。」
『無理しなくてもいいよ。』
「え、どうして?無理なんか・・・。」
『動揺してるね。俺、N山さんてよく知らないけれど、そんなにいい人だったんだ。』
「うん、いいお兄さんだった。もったいないよ、よりによってN山さんが・・。」
信公はしばらく黙っていた。が、ちょっと不機嫌そうになって言った。
『アスカは俺の才能も、認めてくれていた?』
私はハッとした。
「ごめん、そうだよね、信公も死んじゃったんだもんね。」
『答えになってないよ。』
「う〜ん、確かに、N山さん程実力があるとは思っていなかったかも知れない。でもね、自分の彼氏だったら、冷静に演技力なんて分析できないよ。どうしても私情が入るもん。」
『そんなもんかな。』
「そうだよ、だって信公だって、私に才能があるって思っていてくれた?」
『・・・思っていなかったかもしれない。』
「才能なんて、うちらが決めることじゃないよ。誰が決めることでもないけどね。」
『・・・悲しんでるね。』
「泣いてあげてもいい?」
そう言いながら、私は涙が溢れ出てきていた。もう、数ヶ月前のことなら、お葬式も終わっているのだし、自殺となれば、ご家族に会うのもしのびない。確か、N山さんの実家は長崎だった。私はせめて泣いてあげたかった。涙を流すことくらいしか、彼に対して出来なかった。
ふと、信公も死んでいるのだと思い愕然とした。私の中にいて、会話をしているから死んだという実感がまだわいていなかったのだ。でも、私の中にいることが、なにより信公が死んだという証拠だ。私はダブルで、ショックを受けていた。なんて日なの?大切な人、二人の死を知るなんて・・・。
『大切に思ってくれるんだ。』
信公は静かに言った。
「当たり前だよ。」
『ありがとう。』
信公が礼を言うなんて、やめてよ、これ以上悲しくさせないでよ。
『泣くのは今だけだぞ。明日には笑顔で、元気に生きるんだ。』
私は黙って頷いた。
「ねえ、明日の帰りはワールドポーターズに行こう?夕方も夜も、綺麗だよ。信公、行ったことないでしょ?」
『ああ、聞いたことはあるけどね。』
「行こうね、みなとみらいも、すごく綺麗なんだよ。」
私はまだ、涙が止まっていなかった。

Coming soon・・・


2.夕暮れ 2002年10月12日up

翌日、会社帰りにまっすぐワールドポーターズの方へ向かった。まだ8月だけれど、徐々に陽は短くなってきている。きれいな夕暮れが見たくて、少し小走りに急いだ。
途中、ワールドポーターズの方へ渡る橋の上から、ランドマークタワーが夕日を背にそびえ立っているのが見えた。橋の上から数人の人がカメラを向けている。綺麗だけれど、逆光で、素人には写すのは難しいんだろうな、と思った。
『きれいだな。この辺って、昔は何も無かったよな。』
「そうだね、あの頃はまだ、こんなにビルが建っていなかったね。」
私は、信公と過ごしたクリスマスを思い出していた。恋人と呼べる人と過ごした、初めてのクリスマスだった。山下公園から横浜駅までの間を、ウロウロとただ歩き回っていた。あの、なくしてみつかった指輪も、今はつぶれてしまったデパートで、その日に買ってもらった。今の観覧車とは向きが違っていた観覧車にも乗った。二人きりで乗りたかったけれど、クリスマスで混みあっていて、もう一組のカップルと相乗りだった。頂上が近づいてオルゴールが鳴り始めた時、信公に唇を塞がれてしまい、同時に目もつぶってしまったので、頂上の景色を見逃してしまったのだ。私は相乗りのカップルに見られているのではないかと、気が気ではなかった。それ以来、観覧車には乗ったことは無く、ついには観覧車も建て替えられ、向きが違ってしまった。あの時の頂上からの景色は、どんなだっただろう?今はもう、見るすべも無い。
『いいじゃんよ〜、景色ぐらい。』
「そうね、今となってはあなたとキスも出来ないんだしね。」
『ずいぶん、景色も変わったんだろうな。』
橋を渡ってその先の信号を渡ると、ワールドポーターズの端っこに着く。
『ここも、初めて見るよ。』
「ね、入る前に、ちょっと海の方を見ようよ。」
私は2階への階段を登り、海が見える方へ歩いた。
「ほら、ベイブリッジも見えるでしょ?」
夕日のオレンジ色に染まってキラキラ輝く海は、いつ見てもきれいだった。会社帰りに毎日寄るわけにもいかないけれど、本当は毎日見にきてもいい。信公と別れてしばらくは、横浜の景色を見るのが辛かった。今は、素直にきれいだと思える。
「また、一緒に見られて嬉しいよ。」
『うん。』
「生きていたら、もっと嬉しかったよ。」
『それを言わないでよ・・。』
私は今までの人生の中で、そんなに身近な人の死には出会っていなかった。唯一、義理の父方の祖母が亡くなった時に、親族としての葬式に関わった。通夜の夜、普段あまり会ったことの無い義理のいとこと話をしていたら、誕生日が同じだと言うことがわかって、大笑いしていて怒られた。祖母は、血のつながらない孫の私にも、とても良くしてくれた。夜、酔っていた私は、祖母の額に触れて、ドライアイスで冷やされたあまりの冷たさに驚いた。初めて、死んだ人に触れた。出棺前、最後に祖母に心の中で語りかけたのは、「ありがとう。」の一言だけだった。他に何も思い浮かばなかった。私は、母が離婚した実の父方の祖父が亡くなっても、葬式にも呼ばれなかったので、血のつながった親族の葬式には出たことが無い。あまり、『死』ということが身近ではない。
そんな私が、いきなり知った『友の死』『恋人の死』。私はそれを、どう受け止めればいいだろう?
『あんまり深く、考えんなよ。』
「私ね、よく、自殺したいって考えていた。」
『おいおい。』
「なんのために生きているのかわからなくって、なんでこんな人生なんだろうって。死んだって生きてたって、同じだと思ってた。でも、ちょっとしか関わったことの無いN山さんの死だって、こんなに悲しいの。人間が死ぬって、ものすごく悲しいの。信公、私の中で、ずっと生きていて。私、一生懸命生きるから、私が死ぬまで、ずっと一緒にいて。私、一人じゃ生きられない。」
『・・・わかったよ、一緒にいるよ。』
私は自分の人生が、なんだかおかしな方へ、いけない方へ回転していくような気がした。

いつしか、辺りが藍色に変化してきていたので、ワールドポーターズへ入ることにした。ぽつぽつと灯りが灯り始め、外は外できれいだったのだが、営業時間が終わってしまってもつまらない。
「映画でもみる?映画館、きれいなんだよ。お店も変わったのがたくさんあってね・・。」
エスカレーターで思わず声に出してしまい、前にいたカップルに変な目で見られてしまった。
『変なデートだな。』
「うん、変だね。でもね、映画代は一人分だぞ。」
『それはお得な話で。』
私も信公も、そんなデートになんだかワクワクしていた。

第2章終わり〜第3章へ続く・・・


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〜第3章〜
1.事故 2002年10月12日up

信公と暮らし始めて数日が経った。すっかり信公との心の中での会話に慣れ、まるで生まれた時からずっと一緒にいるかのようだった。信公のいない生活なんてもう、考えられなかった。
「信公、今日はどこへ行く?」
『お前さあ、毎日遊んでばかりでいいのか?そんなに給料貰ってないだろうに。』
「あー、もう、おじさんはうるさい!」
『悪かったなあ、おじさんで。でも、俺は死んでるんだから、もう年とらないんだぞ。』
「ガーン、それは言わないって言ったじゃん。」
私は同僚にお疲れ様を言って、エレベーターに乗り込んだ。
「ねえねえ、今日もワールドポーターズへ行きたい!」
私は会社を出て、ワールドポーターズの方へ歩き始め、最初の道路を渡ろうとした。
「危ない!」
どこからか、叫び声がした。
『アスカ、何やってるんだ!よけろ!』
ふと、横を見ると、なんだかピンク色の車が自分にせまっていた。急ブレーキの音が高く響き渡ったが、体が硬直して動けない!
すると、自分の意思に反して、体が道路の脇に飛んだ。私はアスファルトに転がり、そのまま横たわった。車はハンドルをきって、私の体をかすめて止まったようだった。
私は遠く意識が薄れていった。なんだか、人の争う声が聞こえた。
「何やってるんだ、もう少しで轢くところだったじゃないか!」
「申し訳ない、うちの運転手は雇ったばかりで、まだ日本の道路には慣れていなくって・・。」
「なんで、そんな運転手を雇ってるんだ?」
「そんなのは、僕の自由だろう・・・・・・・・・」

ふと、目を覚ますと、まだアスファルトの上に横たわっていた。
もじゃもじゃの髪の、ちょっと素敵なおじ様が、心配そうな目で覗き込んでいた。
「君、大丈夫かい?!」
「私、どうしちゃったの?」
信公に話し掛けた。
「信公?あれ?」
信公は何も応えない。
「いやだ、信公、何か言ってよ!どこへ行ったの?!」
私は大声で叫んだ。
「君、どうしたんだ?!ノブキミって誰だ?」
「嫌、信公、返事をして!何か言ってよ!!ねえ、何か言ってよ、嫌―――!!!」
私は半狂乱で叫んだ。涙があふれでて、そのまままた、気を失った。


2.みたらいきよしという男

次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
今度は母が、心配そうに覗き込んでいた。
「アスカ、目が覚めた?お母さんよ、わかる?看護婦さん呼ばなくっちゃ!」
母はナースコールを押して、看護婦さんに目が覚めたことを告げた。
「お母さん、私どうしちゃったの?」
「事故に遭ったのよ。でも、轢かれたわけじゃないから。大丈夫よ、怪我も無いし。」
私はだんだん記憶がよみがえってきた。
「アスカ、信公って叫んでたって?」
私は、信公のことを思い出した。
「あんた、まだ信公さんのことを忘れてないの?もう、お母さん、心配で心配で・・・。」
母は、私を捨てた信公のことをよく思っていなかった。
「信公。」
心の中で呼んでみた。
誰も、何も、応えない。
私は涙がまた、あふれてきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あれ?そういえば。」
御手洗が、やっとワールドポーターズへ向かい始めた時、ふと何かを思い出したように言った。
「あの、意識不明のJACの青年、信さんとか呼ばれていなかったか?」
「そうだね、信さんって呼ばれてたね。」
「ふーん、信さん。」
「何?信さんって名前に覚えがあるのかい?」
御手洗は、少し立ち止まって、考えてから言った。
「昨日、ワールドポーターズに行く途中で、事故に遭いそうになった娘さんがいてね。趣味の悪いピンク色のロールスロイスに轢かれそうになって、倒れてしまったんだ。心配して駆け寄ったんだが、彼女が急に、『ノブキミ、どこへ行ったの?返事をして!』と叫び始めたんだよね。」
「ノブキミ?彼女は誰かと一緒だったのかい?」
「いや。僕の見た限り、彼女は一人だった。」
「ふーん、それは変だね。錯乱してたんじゃないの?」
「うん、僕もそう思ってね、大して気にもとめていなかったんだが、あまり彼女が叫ぶもんでね。すぐに気を失ってしまったので、救急車を呼んだんだが、どうにも気になっていたんだ。」
「ふーん、それで?え?まさか、信さん?」
御手洗は遠く空を見上げながら言った。
「石岡君、幽体離脱を信じるかい?」
「幽体離脱?なんだか、不気味だね・・。」
以前、そんな小説を書かなかったか・・・?
「源氏物語の時代から、生霊ってのは言われているくらいでね、ひょっとしてありえない話じゃないんじゃないかと思ってね。」
「じゃ、何?信さんがそのノブキミさんだとでも?」
「彼は事故で意識を失ったままだった。その間、魂は誰かのところに行っていたとしても、不思議じゃないんじゃないかってね。」
御手洗は、急に踵を返した。
「石岡君、プリンパンを5個ばかし買って、冷蔵庫へ入れておいてくれ!」
「おい、御手洗、どこへ行くんだ!」
御手洗は赤レンガ倉庫の方へ、再び走っていってしまった。


3.さよなら

私があんまり泣いたり、変なことを口走ったりするものだから、病院でも事故後のショックを考慮して、少し入院した方がいいだろうと判断されてしまった。私もたとえ退院しても、きっと起きる気力もないだろうと思ったので、何も口出ししなかった。退院したいとさえも、思ってはいなかった。
信公は死んでしまったのだろうか?私を助けようとして私の体を飛ばしたショックで、私の体から飛び出してしまったのだろうか?もう、天国へ行ってしまって、二度と会えないのだろうか?
私は頭の中が真っ白だった。何も考える気力が無かった。もともとは終わってしまっていた恋だった。何年も、一緒にいなかった。ここ数日を、一緒に過ごしただけだ。でも、信公は自分にとってとても大切になっていた。かけがえの無い人だった。彼がいなければ、生きていけないと、本気で思っていた。
もう、彼は私に何も言ってくれない。私はひとりぼっちだ。生きていたくない生きていたくない生きていたくない・・・。

「アスカさん。」
ぼんやりと、病院の白い天井を眺めていると、あの時のもじゃもじゃの髪のおじ様が横に立っていた。
「信公さんは、無事ですよ。」
私は何を言われているのかわからず、ただぼんやりと天井を見ていた。
「信公さんは事故でずっと、意識不明の状態だったんです。」
意識不明?なんのこと?
「おそらくその間、あなたのところにいたんじゃないかな?」
私のところに・・?
「僕は、意識を取り戻した、信公さんに会ってきました。」
会ってきた?!
「彼は今、仮面ライダーのスーツアクターをしていてね、撮影所の倉庫で事故に遭ったんです。その時の記憶もあいまいな状態だったんですが、あなたの名前を言ったらね、『アスカは!?大丈夫なのか?!』と、急に叫び出しましたよ。」
「信公は?!生きているのね!!」
私は、おじ様の顔を、くいいるように見た。
「もちろん。」
おじ様の顔が、かすかに笑った。
「よかった・・・。」
私の頬を、安堵の涙がつたった。
「彼に、会いたいですか?」
私の心は、激しく揺れた。
「彼は今、あたたかいスタッフの人達や、共演者に囲まれて、回復を待たれています。あなたが会いに行きたいのなら、僕が便宜をはかってあげてもいい。」
スタッフ、共演者・・・。
彼は、私が抜けた芸能界で、今も頑張っているんだ。
夢をあきらめないで。
それって、簡単なことじゃない。
私は、信公と別れた理由を、思い出していた。
「会いには行きません・・・。」
「え?それは何故?」
私はこぼれ落ちそうになる涙を、必死でこらえた。
「彼には、夢に向かって頑張って欲しい。そのためには、私は邪魔です。私は女優になる夢を諦めた人間です。そのことについては、何も後悔はしていない。でも、いまだに夢を諦めないでいる友人達を見て、時々バカじゃないかと思うことがあるんです。諦めが悪いって。諦めて、その後の人生を生きていくことも、勇気なのにって。その後の人生を、どう生きていくかが、重要なのにって。そんな私が、彼の側にいることは出来ません。私も、どう生きていくか、それを示すことができるなら、まだ彼のそばにいる資格があるかもしれない。もしくは、夢を純粋に応援してあげられれば、一緒にいることができるかもしれない。でも、私は応援もできなければ、生き方を示すこともできない。だって、これから、どうやって生きていけばいいのか、私にはわからないんだもの・・・。」
おじ様は、ずっと立ったまま、私を見下ろしていた。
「だから、私は会わない方がいい。彼が夢を叶えたら、素直におめでとうって言いたい。でもきっと、その時私は、彼に嫉妬するんだと思う。そんな醜い姿、彼に見せたくない。彼が夢を諦めて、私のところに帰ってきたら、迎えてあげられるかもしれない。でも、そんな彼を愛せるのか、それも私にはわからない。だから、今は、会わない方がいい。私が、しっかりとした生き方をみつけるまで。ねえ、おじ様?私はどう生きていったらいいと思いますか?」
「僕の名前は、御手洗、御手洗潔。僕の友人も、かつては大きな絶望を抱えていたよ。でもね、今は僕らのことを小説に書いたり、若い女性に再び恋をしたりして、結構幸せに生きている。君も、小説を書いてみないか?」
「小説?私にそんなことが、できるでしょうか?」
「できるさ。簡単だよ。君も僕らのことを書いてくれたらいい。ありのまま、あったことを書けばいい。そして、それをインターネットで、世界中に発信してくれないか?」
「世界中に?そんなこと、いいんですか?」
「いいよ、僕が許可する。」
私は、なんだかよくわからないけれど、やってみたいと思った。
「これからは、インターネットの時代だよ。石岡君は、いまいち機械に弱くてね。君みたいな若者がやってくれたら、助かるんだが。」
「私、やってみます。どんなことでも、あったことを書けばいいんですよね。」
「そうだとも。僕らのファンは、これでもたくさんいるからね。どんなくだらない情報でも、喜んで読んでくれる人達がいるさ。」
私はなんだか、希望が湧いてきた。

「あ、そうだ。彼がこれを君にって。」
御手洗さんは突然、ドルフィンの指輪を取り出した。
「これって・・・ええ!?」
「なんだか、意識を取り戻した時に、手に握っていたらしい。」
そ、そんなことって・・・。
「それじゃ、僕はこれで。あ、僕は馬車道に住んでいるから。いつでも訪ねておいで。」
御手洗潔と名乗る素敵なおじ様は、後ろ手に手を振って病室を出て行った。
なんだかこれから、不思議なことが起きそうな予感。
私は頑張って生きて、いつか信公に会いに行こうと思った。


fin



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