12月17日
今日、里美から「先生、私盲腸で入院したの〜」と電話をもらい、あわててM病院へ駆けつけた。
御手洗も一緒に来るように誘ったが、「あかつき号の乗客達に、一体何が起きたのか・・・。」とわけのわからないことを口走ったまま、心はどこかに行ってしまっているようなのでおいていくことにした。
受付で病室を聞くと、どうやら大部屋が空いていなかったようで、3人部屋だという。部屋に入ると、入り口に一番近いベットに半身を起こして、里美が手招きしていた。
「先生、こっちこっち〜。」
「里美ちゃん、大丈夫なの?」
「うーん、今は薬で痛み、散らしてもらってるから。明日の昼頃、手術だって。」
里美の体にメスが入ると思うと、仕方ないながらも気が滅入ってくる。
「先生、御手洗さんは〜」
「ごめん、御手洗はちょっと別次元に心が飛んでってるみたいで・・・、あ、いや、なんか研究でもしてて忙しいんじゃないかなあ・・・。」
「ふーん、残念だなあ。御手洗さん、なかなか私に会ってくれないんだもん。私、避けられてるのかなあ・・・。」
「いや、そんなことないよ。あれで色々忙しい男だからさ。それより、いつからお腹、痛くなったの?」
「昨日の夕方くらいからかな〜。しばらく我慢してたんだけど、こりゃなんかおかしいぞって思って、今日病院来たら、盲腸だって〜。大部屋あいてないからどうしようかとおもったけど、手術、早いほうがいいっていうから〜、思い切って入院しちゃった〜。」
「この部屋だと、部屋代とられるの?」
「うん、一日3千円だって。」
「それはちょっと痛いね。」
「うん。それよりさあ、クリスマスまでに退院できるかどうか、心配なの〜。お正月とか痛くなっちゃったらこまるから、それもあって今手術することにしたんだけど・・・。」
そうか、来週はもう、クリスマス・イブだった。
「そっか、もし退院できなくても、必ずプレゼント持ってお見舞いに来るよ。里美ちゃん、何が欲しい?」
「うーん、そうだなあ・・・。急に言われても、思いつかない。先生のセンスで選んで。」
うわっ、痛いところをつかれた。
「いや、僕のセンスって言われても・・・。そうだ、花束なんて、どう?」
「うーん、いつもだったら花束って嬉しいんだけど、病院に花束って、ありきたりじゃない?」
「そう、そうだよね・・。」
「何か、思い出に残るようなものがいいな。」
うーん、ますます思いつかない。
とりあえず、必要なものはないか聞いたが、一度家に帰って準備万端整えてきたらしく、特に必要なものはないと言われた。明日、クリスマスプレゼントに却下された、花束でも持って出直してくるか。
12月18日
病院の面接時間が午後からだというので、里美の手術が終わる頃をみはからって見舞いに行くことにした。
今日は朝から御手洗の姿が見えなかったので、どのみち一人で行くことになった。
花屋で花をみつくろってもらったら、オレンジ色のガーネットの、かわいらしい花束になった。もっと色々とカラフルな方がいいかと思ったが、今は単色で揃えた方がおしゃれなのだそうだ。
夕方頃病室に着くと、もうすでに里美は手術を終えて、ベットにいた。さすがに今日は、あまりしゃべりたくはないようだ。それでも、麻酔が局部麻酔だったので、痛みはないものの腸が取り出される感触がして、気持ちが悪かったと言った。
花瓶に花束を入れて、枕元のキャビネットに飾ってあげると、とても嬉しそうにしばらく眺めていた。
「明日も来るね」と言って、あまり疲れさせてもいけないと思い、30分程度で病室を後にした。
夕飯の買い物をして馬車道の部屋に帰ると、御手洗が何やらお菓子の小さな箱のようなものから、何か人形のようなものを取り出そうとしていた。私に気づいてあわてて後ろ手に隠した。
「やあ、お帰り。お腹がすいたね。今日の夕飯は何かな?」
「何か白々しいね。何を隠したんだい?」
「いやあ、そのー、ほら、2ヶ月くらい前、仮面ライダーの撮影現場に出くわしたじゃないか。その時の仮面ライダーのフィギュアが入ったお菓子が、偶然ファミリーマートに売っていてね。思わず嬉しくて、買ってしまったんだ。いや、別に仮面ライダーが欲しかったわけじゃなくて、これも何かの縁だと思って・・・。」
「別に、君が仮面ライダー好きでもかまわないよ。そこのファミリーマートに売ってたんだ。お菓子のコーナーは時々見るけど、仮面ライダーは見かけたことがなかったなあ・・・。」
「そうなんだよ、この辺は金融オフィス街だから、子供向けのお菓子はあまり売っていないんだ。だから、S田のファミリーマートまで、わざわざ買いに・・・、あっ。」
「ふーん、わざわざ電車に乗って、買いに行ったんだ。最近、また、熱心にインターネットをやっていると思ったら、そんなことを調べていたんだね。」
御手洗はそれには答えずに、口笛を吹きながら自室へ引き上げてしまった。
12月19日
今日も御手洗は朝から姿が見えなかったので、一人で里美の見舞いに行くことにした。我ながら盲腸くらいでかいがいしいと思ったが、病気のときは何かと心細いものだ。毎日顔を出すだけでも、気晴らしにはなるだろうと思った。
里美の病室へ行くと、若いお嬢さん達の笑い声が響いていた。セリトスの女子大生達が見舞いに来ているらしい。女性ばかりの中に入っていく勇気もなかったので、しばらく時間をつぶそうと、1階のロビーに降りた。
缶ジュースを買って、待合室の椅子に掛けようとすると、車椅子の高校生くらいの青年が通りかかった。立ち上がったらだいぶ背の高そうな、スマートでスポーツマンっぽい短髪の青年で、いかにも車椅子の操作になれていない様子でぎこちなく前に進んでいた。どうやら彼も缶ジュースが買いたいみたいだったので、自動販売機の前まで押していってやることにした。
「どうもすみません。」
青年は、スポーツマンらしいさわやかな笑顔で言い、お金を入れて買いたい缶ジュースのボタンを押した。
ジュースが取り出しにくそうだったので、代わりに取ってあげた。
それでなんとなく、待合室で一緒にジュースを飲むことになった。
「ずいぶん、背が高そうだね。何かスポーツでもやっているの?」
「はい、高校でバスケットをやっています。」
「へえ、やっぱり、バスケットって、背が伸びるんだね。うらやましいなあ。でも、今は怪我をしてるんだね。はやく治して、バスケットがしたいんじゃない?」
「はい、でも、以前のように治るのかどうか・・・。」
「え、そんなに重たい怪我なの?」
言ってしまって、自分のデリカシーのなさに気づき、赤面してしまった。
「うーん、リハビリによっては以前のように治るかもしれないけれど、時間がかかるんです。僕、高校を卒業したら、アメリカに行って、NBAの選手になるのが夢だったんです。でも、事故に遭ってしまって、卒業までにも治るかどうか・・・。」
「NBA・・・って?」
「アメリカのプロバスケットリーグです。」
「プロって、野球で言う大リーグみたいなもの?すごいなあ、じゃあ、バスケット、よっぽどうまいんだね!」
「いや、まだそれ程でもないんですけど・・・。高校総体で、一度優勝しただけで・・・。」
「え〜、じゃあほんとにすごいんじゃないの!だったら、絶対、リハビリがんばらなくちゃ!治してまた、バスケットやらなきゃ駄目だよ。」
「治れば、の話ですけどね。」
青年は照れたようにうつむいている。
「僕、バスケットのこと何も知らないんだけど、誰か、目標にしている選手とかいるの?」
「はい、ロスアンゼルス・レイカーズの、コービー・ブライアント選手です。コービーって、日本の神戸から名づけられたんですよ。」
青年は嬉しそうに、きらきらした目で語った。彼は大器君という名前らしい。名前のとおり、大きな器なのかもしれなかった。
しばらく話してから、彼の病室を聞き、また見舞いに来るよと言って別れた。里美の病室へ行くと、女子大生達はもう帰っていたので、気兼ねなく入っていけた。里美は若さのせいか回復がはやいらしく、昨日より全然元気になっているようだ。
一通り、世間話などしてから、ふとさっきの青年のことを思い出して里美に話した。
「えー、NBA選手目指してるの〜、すっごーい!!」
「ねえ、すごいよね。将来、イチローや野茂みたいに有名になっちゃうかもね。」
「うん、でも、NBAに入った日本人って、まだいないんじゃないかなあ。も〜っと有名になっちゃうかもよ。」
「え、そうなの?」
私はスポーツには疎いので、バスケットのことは全然わからない。
「そうですよ〜、早く怪我治るといいですね・・・。そうだ、先生、今度彼をここに連れてきてよ。未来のスターとお話した〜い!」
「そうだね、今度彼に会ったら、聞いてみるよ。」
言いながら、ちょっと彼に嫉妬心が沸いた。
馬車道の部屋に帰ると、めずらしく御手洗が夕食の仕度をしていた。どうやら、トマト系のパスタのようだ。
雨でも、いやヒョウでも降るんじゃないかとビクビクしていると、上機嫌で出来上がったパスタを持って、台所から現れた。
「お帰り〜石岡君。今日はいい日だね。」
「何かいいことでもあったのかい?」
「いや、ちょっと仮面ライダーのガチャガチャを見つけてね、200円は高いと思ったんだか、やってみたらあの青年の緑のライダーが一発で当たって・・・、あ、いや、そんなことはどうでもいいじゃないか。毎日、どこに出かけてるんだい?」
「あのね、里美ちゃんが盲腸で入院したって言ったじゃないか。お見舞いに行ってたんだよ。君も一回くらい、顔を出してあげてくれないか?里美ちゃんは君のファンでもあるんだから・・・。」
「ああ、あゆみちゃん、盲腸で入院してたんだっけ?」
「里美ちゃん!!他の誰の名前を間違ってもいいから、里美ちゃんだけは間違えないでくれないか?」
「ああ、里江ちゃんね。気が向いたら見舞いに行くよ。」
私は腹が立ったが、せっかくの彼の上機嫌に水をさすこともないと思い、おとなしく彼の作った夕食をいただくことにした。
久しぶりに会話もはずみ、とても楽しい夕食になった。そこでまた、バスケットの青年のことを思い出し、御手洗に話してみた。
「ふーん、NBAね。そういえば、ドレックスラー君は、元気かなあ?」
「ドレックスラー君?誰だい、それ。」
「NBAの選手だよ。もう、確か引退したんじゃなかったかな?」
「えー、NBAの元選手と知り合いなのかい?」
「いやあ、知り合いってほどじゃないけどね、数年前、彼がポートランド・ブレイザーズにいた頃、ジャパンゲームが横浜アリーナで開催されてね、日本に来たんだよ。たまたまS田のカラオケバー・キャロットで飲んでたら、彼が突然現れたんだ。何でも、キャロットの娘さんがポートランドへ留学していた時に知り合ったダンさんっていう弁当屋が、通訳でブレイザーズに付き添って来ていたらしい。」
「弁当屋?」
「ああ、ダンさんは昔、日本で英会話の教師をしていてね、ポートランドへ帰ってから、BENTOっていう弁当屋を始めたんだ。他にも事業をいくつかやっているらしいけどね。僕もあれから一度、ポートランドの彼の店に招待されて行ってみたけど、主にご飯の上に特大の焼き鳥がのっているやつと、カレーライスの弁当だったよ。その量が半端じゃなくってね、日本人には食べきれない量だが、アメリカ人にはあれでちょうどいいんだろうね。
彼の車がまた笑っちゃってね、ナンバープレートが『BENTO2』なんだ。1は奥さんの車なんだよね。日本のナンバープレートも、そんなしゃれた番号に、早くできるようになるといいのにね。
それで、話は戻るけど、ダンさんはキャロットに誰か選手を連れて来てくれると言ってたらしいんだが、まさかトップスターの彼を連れてくるとはみんな思わなかったらしくてね、店の中は騒然としていたよ。いくらなんでも君だって、マイケル・ジョーダンくらいは知っているだろう?」
「ああ、それなら聞いたことある。彼、バスケットの選手なんだ。」
「・・・。その、マイケル・ジョーダンとね、並び称されて、『東のジョーダン、西のドレックスラー』と呼ばれていた程の選手なんだよ、ドレックスラー君は。そのドレックスラー君が、いきなり日本のカラオケバーに現れたんだ、大騒ぎになるはずさ。彼は当然、ものすごく身長が高くってね、バスケットを知らない若者達まで、彼と写真を撮りたがって、群がってたよ。その時、ちょっと彼等と、話をしたんだ。」
「へえ〜、すごいじゃないか!大器君が聞いたら、ものすごくうらやましがるだろうね。彼は、なんだっけ、コービーなんとかっていう選手が好きらしいんだけど・・・。」
「コービー・ブライアントだろ。若手では最も期待されている選手の一人だよ。」
「そうそう、コービーが見舞いにでも来てくれたら、彼の怪我も一発で治っちゃうかもしれないよ!」
「今は、NBAのシーズン中だからね、NBA選手が日本へ来ることはありえないよ。だいたい、この間のテロのせいで、ジャパンゲームまで中止になったくらいだからね。海外へ来ることなんて、ありえないね。コービーも本当なら、そのジャパンゲームに来るはずだったんだよ。大器君は当然、チケットを買って心待ちにしてたんじゃないかな。」
あー、そういえば、そんなことを言ってたな、と私は思い出した。御手洗がNBA選手を知っていたことにまず驚いたが、それ以上都合よくいくはずもないんだよな、と思い直した。
12月20日
今日はさっそく、大器君にドレックスラーのことを話したくて、先に彼の病室を訪れた。案の定、彼は驚いて、そして悔しがった。彼はその時、わざわざ横浜そごうの屋上のイベントに、ブレイザーズの他の選手を見に行ったのだそうだ。もちろん、ドレックスラーの方が、より会いたかったに違いない。
里美のことを話すと、会いに行ってもいいと言う。彼の包帯グルグルの足を気遣って車椅子に乗せてあげ、里美の病室へ連れて行った。
里美は歓声をあげて喜び、彼は対照的に真っ赤になってうつむいてしまった。でも、里美の方が私よりも年が近いせいか、すぐに打ち解けて、楽しそうにしゃべり始めたので、またちょっと嫉妬してしまうことになった。
里美は、時折腹が痛むのか、笑いながらも顔を歪めていた。まだ、ガスは出ないのかと聞くと、
「やだー、先生、彼の前でそんなこと聞かないで下さい!!」
と、怒られてしまった。また、嫉妬・・。
連れてこなけりゃ良かったかな・・・。
馬車道へ帰ると、御手洗は出かけているようだった。仕方がないので、一人で夕食を作って食べた。里美の見舞いに行ってくれる気はあるのだろうか?御手洗にも嫉妬したくないので、本当は連れて行かなくても良いのだが、やっぱり里美の笑顔が一番見たい。そういえば、里美のクリスマスプレゼントは何にしよう?セルテの2階でNBAや大リーグの選手のフィギュアが売っているのを見たので、大器君にはコービーを買ってあげようかと思っていたが、里美にベイスターズショップで谷繁選手のグッズを買ったりしたら、さすがに怒られるかなあ・・・。
12月21日
里美は、どうやら明日には退院出来るらしい。抜糸はまだだし、しばらく通院は必要だが、どうやらガスはもう出たらしい。病院はもうしばらく入院したらと言ったらしいが、里美はどうしてもクリスマスを病院で過ごしたくなかったのだろう。部屋代がかさむせいでもあるらしいが。
「先生、イブはデートしてくれるよね。」
「え、僕なんかと一緒でいいの?」
と、照れたふりをしながらも、絶対そうするつもりだった。
大器君の病室に寄って、里美が明日退院することを告げると、さわやかにお祝いの言葉を言ってくれた。
退院する前に、君のところへも挨拶に来るって言っていたよと言うと、
「ありがとうございます。でも、先生がもう病院に来ないと思うと、そっちの方がさみしいです。」
里美が先生、先生と呼ぶものだから、彼にもうつってしまったらしい。
「何言ってるんだい、そりゃあ、毎日とは言えないけれど、時々見舞いに寄せてもらうよ。そうだ、クリスマスのプレゼントを考えているんだ。イブの日に持ってくるよ。」
「えー、いいんですか?わー、楽しみだなあ。でも、先生、里美さんとデートなんじゃないんですか?」
「え、いやあ、まあ、大丈夫、実は夜にレストランを予約してあったんだ。料理の鉄人の石鍋シェフのレストランでね、予約するのが大変なんだよ。彼女が退院できなかったら、キャンセルしなきゃならないかと思っていたんだけれど、実は退院できてほっとしたんだ。その前に、見舞いに来るよ。あ、そうだ、君へのプレゼントは決めてあるんだけれど、彼女へのプレゼントはまだ決めていないんだ。何をあげたらいいと思う?何か思い出に残るものって言われたんだけど・・・。」
「うーん、そうだなあ、残るものっていったら、やっぱり貴金属じゃないの?」
「貴金属?」
「うん、婚約指輪とか。」
「え、いや、それはちょっと・・・。でも、指輪はいいかもしれないね。よし、決めた!指輪を買おう!でも、僕、センスないんだよなあ、何か、いいブランドとか知らない?」
彼はちょっとあきれた顔をして笑っていた。
御手洗は今日は自室にこもったまま、ずっとパソコンにむかっているようだった。ちょっと紅茶を入れて覗いて見たら、何やら英文をつらつらと打っているようだったので、声を掛けずに紅茶だけ置いて部屋を出た。
12月22日
結局、御手洗は里美の見舞いに来ないまま、里美は退院することになってしまった。里美は最初の日に御手洗のことを口にしただけで、もう、あきらめていたようだった。
退院の荷物をまとめて、手続きの前に大器君の病室へ寄った。少し、別れの挨拶をして、病室を出ようとすると、
「先生、がんばってね!」
と、小声で声を掛けてきた。里美はちょっと怪訝な顔をしたが、
「じゃあ、また、今度はお見舞いに来ますね!」
と笑顔を見せた。
里美とイブの待ち合わせをして別れ、部屋へ戻ると、御手洗はもう眠っているらしかった。ずいぶん早く寝ているな、と気になった。そういえば、夕べは遅くまでパソコンにむかっていたようだった。
明日はクリスマスのプレゼントを買いに行こう。
12月23日
今朝、テレビを見ていたら、米倉涼子がジェム・ケリーのコマーシャルに出ていた。アレキサンドライトとかいう、指輪のコマーシャルだ。おしゃれな女優さんが宣伝しているなら、きっとおしゃれに違いない。これだ、と思い、タウンページでジェム・ケリーの店を調べると、案外近くの、相生町6丁目にあることがわかった。5丁目の中華料理店、新海王のある通りを桜木町にむかって行くと、程なく6丁目のジェム・ケリーの店がある通りに出た。なんだか、恥ずかしくて入るのをしばらくためらっていたが、思い切って店の中に入ると、里美と歳の変わらない若い女性店員が、さっそく寄ってきた。
「プレゼントですか?」
「あ、はい、クリスマスの・・・。」
「どのようなものをご希望ですか?」
「あ、あの、コマーシャルでやってる・・・。」
「ああ、アレキサンドライトですね。米倉涼子さんがやってる。」
「そう、アレキサンドライトの指輪です。」
「御相手の方は、おいくつくらいですか?」
「そうですね、ちょうど、あなたと同じくらいかな・・・。」
「そうですか、じゃあ、お若いんですね。」
彼女は、冗談ぽく笑った。
「それでしたら、赤のアレキサンドライトがいいですよ。若いうちは、赤が似合うと思います。」
「あ、じゃあ、それを下さい!!」
「サイズは何号ですか?」
「え、サイズって・・・。」
「指輪のサイズです。9号とか、10号とか・・・。」
「えーっと・・。」
「これくらいの細さですか?」
彼女は手の平を、私の顔の前に押し出した。
「そ、そうですね、それくらいだと思います。」
「指は?」
「え?指輪?」
彼女はぷっと吹き出した。
「何指ですか?薬指?」
「え、いや、婚約指輪じゃないんで、中指とか・・・。」
「そうですね〜、じゃあ、10号くらいですかね。それなら多分、中指か人差し指には合うと思います。もし、合わなかったら、調節に来て下さい。」
「は、はい。じゃあ、それでお願いします。」
なんとか、里美のプレゼントを買うことが出来た。後は、セルテでコービーのフィギュアを買おう。
2つのプレゼントをかかえて部屋に戻ると、またもや上機嫌の御手洗がいた。
「パンは電子レンジであたためて〜12秒でふっくら食べごろ〜♪」
「なんだい、また仮面ライダーの何かでも見つけたのかい?」
「仮面ライダー?はて?何のことだろう?ああ、あのカミキリムシみたいなやつのことか。ははは、すっかり忘れていたよ。」
御手洗はスキップしながら自室へ戻っていった。相変わらず、わけがわからない。
12月24日(クリスマス・イブ)
昼過ぎ、入院している大器くんの見舞いに行こうと仕度をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はい。」と返事をして出ると、なんとノートパソコンを大事そうに抱えた、里美が立っていた。
「あれ、里美ちゃん、どうしたの?待ち合わせは夕方のはずじゃ・・・。」
「あ、違うんです、昨日、御手洗さんから電話があって、今日ノートパソコンを借りたいから、充電して持ってきてくれないかって言われて・・・。」
「やあ、里美君、助かったよ。ほら、石岡君、彼のお見舞いに行くんだろ?はやく仕度しないと置いてくぞ!」
「え、お見舞いって、君が彼のお見舞いに行くの?」
「何を言ってるんだ、石岡君、今日はクリスマス・イブだよ、忘れたのかい?」
「え、いや、それはわかってるけど・・・。」
「ほら、グズグズしない。里美君も一緒に来るかい?」
「あ、はい!行かせていただきます!!」
私は、わけがわからないまま、慌てて仕度をした。
病院に着くと、御手洗は迷いもせずに大器くんの病室へむかっていく。見ると、パソコンのCD−ROMらしきものをひらひらとさせていた。御手洗はまだ病人である里美にノートパソコンを持たせたままだったので、途中から私がノートパソコンを抱えてついてきていた。里美もわけがわからないという顔で、ひたすら僕らの後をついてきている。
「メリークリスマス!」
と大声で言いながら、大器君の病室になだれこんだ。「ここは病室だぞ!」とたしなめたが、聞きもせずに大器君のベッドへむかっていった。大器君は当然、えらく驚いた顔をしている。
「メリークリスマス、大器君。未来のある君へ、素晴らしいプレゼントを持ってきたよ!」
御手洗は私からパソコンを取り上げ、大器君のベッドに備え付けられたテーブルの上にセッティングした。そして、さっきからひらひらさせていたCD−ROMをパソコンに入れた。
「さあ、ご覧あれ!」
御手洗がパソコンをクリックすると、何やら、映像が映し出された。アフロヘアーの、黒人青年が映っている。
「あー、コービーだ!!」
大器君がびっくりして叫んだ。
「ハーイ、タイキ」
なんと、コービーが大器君の名前を呼んだ。そして、ペラペラと英語で話し始めたではないか。
「さ、里美ちゃん、なんて言ってるの?」
「しー、あのね、たぶん、はやく怪我を治して、君がアメリカに来ることを楽しみにしている、そんなようなことですよ。」
ほんの1分間程の映像だったが、大器君は英語の意味もほとんどわかっているようだった。そういえば、彼の枕元のキャビネットの上には、英語の本らしきものがある。アメリカに行くために、英語の勉強もしていたのだろう。
「これは、一体・・・。」
彼は、感激しながらも、わけがわからないらしく聞いた。
「君の事を聞いて、駄目元でドレックスラー君に連絡をとってみたんだ。そうしたら、NBA選手を見舞いにやることは出来ないが、コービーのビデオレターを撮ってきてあげることは出来るかもしれないって、返事があってね。是非、クリスマスまでに間に合うように出来ないかと言ったら、メールで映像を送ってきてくれたんだよ。それが、昨日、届いたってわけさ。」
大器君は、あまりのことに、呆然自失しているようだった。
「だから、君は、どうしても怪我を治して、アメリカに行かなければいけないよ。わざわざコービーの元へ走ってくれたドレックスラー君や、メッセージをくれたコービーに、恩を返さなければならないからね。」
「ありがとうございます・・・。こんなに嬉しいクリスマスプレゼントは初めてです・・・。」
大器君は、涙で目が潤んでいる。
「そうだ、石岡君も、彼にプレゼントがあるんじゃなかったのかい?」
「え、あ、そうだね、御手洗のプレゼントに比べたら、たいしたものじゃなくて渡しづらいんだけど・・・。」
私は、恐縮しながらも、コービーのフィギュアの包みを差し出した。彼は笑顔で包みを開けてくれた。
「あの、もしかしたら、もうそれ、持ってたりするかもしれないなあって、今、ちょっと思ったんだけど・・・。」
「いやとんでもない!これはアウェーのジャージーじゃないですか!僕、確かにホームのジャージーのフィギュアは持ってるんですけど、こっちは持っていなかったんです!これ、すごい貴重品ですよ!!わー、ありがとうございます!!」
大器君は本当に嬉しそうに目を輝かせている。良かった、本当に良かった・・・。
「じゃあ、僕はこの辺で失礼するよ。君達はこれからデートなんだろ?僕は一人寂しく飲みにでも行こうかな?ドレックスラー君に会った、キャロットにでも・・・。」
「ありがとうございました!」
御手洗は大器君に手を振りながら、さっさと病室を出て行った。残された私と里美は、顔を真っ赤にして突っ立っていた。
「先生、せっかくお友達が気を利かせてくれたんだから、がんばってね。今年が最高のクリスマスになりますように!」
大器君はいたずらっぽく笑って言った。
fin
あ、御手洗へのクリスマスプレゼントを忘れてた! by石岡
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