魔法使い☆潔・魔界の城編1 2002年12月22日up
森は薄暗く、規則正しく同じ木が並び、里美の手の瓢箪からこぼれる金色の道しるべがなかったら同じところをぐるぐる回っているとしか思えなかった。陰々鬱々とした空気が流れ、こんなところにいつまでもいたら、気が変になってしまいそうだった。
「本当にここ、自殺者の森なんでしょうかね。悩みに悩んで自殺して、こんなところに放り込まれたら、それこそまた自殺したくなっちゃいますよね。」
「もう死んでいるから、無理だろうな。」
案外と冷静に、西園寺が言った。
「君は真っ先に帰りたいと騒ぎ出すと思っていたよ。」
「いや、これでも僕は、仏教の思想を勉強していたことがあってね、自殺がどんなにいけないか、自殺したらどんな目にあうか、それなりにわかっているつもりなんだ。」
「ふーん、西園寺さんって、西洋好きのクリスチャンかと思っていました。」
「それにしても御手洗、誰もいないね。景色も全く変わらないし、本当に見つけ出すことが出来るのかな・・・。」
私はたとえようもなく不安になって言った。
「まあ、どうしても見付からなければ、いったん戻って黄泉の国に直接行くさ。悪い魔法使いを蹴散らさなきゃならないけどね。」
それだけはどうしても避けたかった。
「リオーマ王子。例の連中が黄泉の世界に入り込んだようです。」
「ほう、銀河系に感じた魔力の主が、ここまでやってきたということか?」
「はい、おそらく目的は、『魔法の書』。」
「ふふ、面白い。かなりの魔力を秘めているらしいが、魔法の書を手に入れたら宇宙でも有数のウィザードになる可能性がある。果たして、そのような力を身につけるに足る男か・・・。試さねばならぬな。」
王子はさも嬉しそうな笑みを浮かべた。
しばらく進むと、どこからかすすり泣きのような声が聞こえてきた。見ると、カエルのような緑色をした宇宙人らしきものが、木の下にうずくまって泣いていた。
「あれはアンドロメダ系の宇宙人ではないか?サミュエル!」
「イエス、ボス!」
西園寺の脇を固めていたサミュエルが進み出て、何やら宇宙人に話し掛けた。
「%&#$*+@・・・。」
「#?¥%&!」
「な、何を喋っているんだ?」
「アンドロメダ星雲の共通言語だ。地球で言えば、英語のようなものさ。近く、アンドロメダとも貿易を始めようと思ってね、去年一年間、サミュエルをアンドロメダに留学させていたんだ。」
「ほう、何やら文法は英語に近いようだね。ふむふむ、なるほど・・・。」
御手洗も二人の方へ行き、カタコトで彼らに語りかけた。
「さすが御手洗さん、言語に関しては天才的ですね。僕にも英語を教えてくれないかな・・・。」
「いや、それにしても、そんな簡単に・・・そんなバカな。」
私は呆気にとられるばかりだった。
「いやー、サミュエルさん、すごいですね。たった一年間留学しただけでもペラペラだ。モーガンさんはその頃何を?」
「モーガンは武術にたけていてね、東洋をまわって様々な武術を身に付けていたんだ。少林寺憲法からムエタイに至るまで・・。」
「モーガン、強いです!!」
モーガンはダークスーツの袖をまくって、モリモリの筋肉を見せた。
「で、石岡君はどんな特技があるのかね?」
私のことは放っておいて欲しかった・・・。
「どうやら、彼は、恋人にふられて自殺したみたいだね。まだ、死んで2週間ほどのようだ。」
「どうする?このまま放っておくしかないのかな?」
「まあ、こういうやからにこれから大勢会うのだろうからね、いちいち連れてもいけないしね。もっとも、ついてきてしまう可能性が高いが・・・。」
誰かに会うたびに、ぞろぞろとついてきてしまうというのだろうか?
我々はまた歩きだしたが、案の定、アンドロメダ人の彼は最後尾をよろよろとついてきた・・・。
To be continued・・・
魔法使い☆潔・魔界の城編2 2003年1月26日up
しばらく歩いていると、今度は何か、台詞とも早口言葉ともつかない言葉をぶつぶつとつぶやいている声が聞こえてきた。
「ぶぐばぐぶぐばぐ・・・」
「な、なんだろう、今度は?どこの星の人かな?」
「石岡君、今度のは地球人だ。しかも、れっきとした日本語だよ。」
「え?そう?」
「おちゃだちょちゃだちょちゃっとたちょちゃだちょあおだけちゃせんでおちゃちゃとたちゃくるわくるわなにがくるこおやのやまのおこけらこぞう・・・。」
「ああ、これって、あれですね、演劇部の子達が時々やってる。」
「ういろううりだよ。せっしゃ親方と申すは御立会いの内にご存知のお方もござりましょうが・・・で始まる、演劇をやる者やアナウンサーなんかが初期の訓練の際に唱えさせられる口上のようなものだね。他にもがまの油とか、色々あるけどね。ベテランの役者でも、楽屋でウォーミングアップのために唱えていたりするらしい。かのベテラン女優、森光子さんなども、未だに楽屋で唱えているってうわさもある。まあ、台詞の基礎中の基礎っていうかだね、アナウンサーなどは感情も入れずに早口言葉として唱えているが、役者は感情を込めてやったりもする、なかなか奥が深いと言うか・・・。」
御手洗の講義が延々と続く中、規則正しく並びつづける木の内の一本の下で、膝を抱えてそのういろううりとやらを唱えつづけている、見た目20代半ばの青年の前に辿り着いた。なかなかの美青年だが、痩せてやつれていて、大きな目だけがパッチリと開いて、じっと前を見据えていた。しかし、彼の目には、何も映っていないかのように空虚な感じがした。
「あの〜、君?」
私は日本人だということで、すっかり安心して話し掛けてみた。しかし、彼はつぶやくことをやめない。私の方を、見ようともしなかった。私は、それでもなんとなく、彼をほうっておけない気がして、何度か声を掛けつづけた。それでも彼には、反応がない。
「石岡さん、自殺をする人にはやっぱり、みなそれぞれに事情があるんでしょうね。死んでからじゃ遅いけど、どうにかしてあげたい気にもなるけれど、でも、それに全部関わっていたら、ここは先には進めないかもしれませんよ。」
「そうよ、先生。先生、やさしいから、ほっとけない気持ちもわかるけど、ここはそっとしておいた方がいいかもしれないよ。」
「うーん、ここは早く、例の彼女を探した方がいいかもしれないな。君の優しさは、よくわかるけどさ。」
西園寺までもが、何か私に同情するように言った。私たちが立ち止まっている内に、例のアンドロメダ人も、すっかり追いついてきた。ずっとおとなしくしていたシルバーが、アンドロメダ人の彼の足のあたりの臭いを、しきりに嗅いでいた。
私達が聞いていないのを何時の間にか悟って、英語でサミュエル達に延々と講義を続けていた御手洗が、突然はっとしたようにつぶやきつづける青年の顔を見た。
「君は、N山君じゃないのかい?ASKAちゃんのお友達の?」
自分の名前を呼ばれて、一瞬彼のつぶやきが止まった。
「いやー、こんなところで君に出会えるとは。ASKAちゃんから聞いてるよ、君はASKAちゃんの友人の中で一番演劇の才能があったのにって、彼女はしきりに君の死を残念がっていたよ。いやあ、ASKAちゃんに言ったら、喜ぶだろうなあ。あ、でも、君が死んでしまったことには変わりないんだが・・・。」
「僕に才能があったって、彼女は言ったのですか?」
彼は目だけはじっと前を見据えたままで、それでも御手洗に問い返してきた。
「そうさ。ASKAちゃんの友達の中では一番・・・。」
「それでも、それを生かせる場所がなければ仕方ないじゃないですか!」
彼は突然、叫ぶように言った。
「僕は精一杯、演技のレッスンをしていた。売れるためにあらゆるツテを頼って、自分を売り込む努力さえした。それでも僕に、活躍の場は与えられなかった。僕に才能があったなら、何故です?何故僕にはチャンスが与えられなかったのです?」
じっと視線だけは動かさない彼の目には、涙が溢れ出していた。
「芸能界でやっていくためにはね、99%の運とたった1%の努力だ。」
御手洗は、少々突き放すように、それでも思いを込めて言った。
「どんなに実力があっても、どんなに容姿が美しかったとしても、運がなければ芸能界ではやっていけない。ASKAちゃんはもう、演劇から退いてはいるが、彼女の、そして君の友人達は、未だ頑張っている人もいる。ASKAちゃんのように、すっぱり諦めて別の人生を生きるのも、ずっと諦めないで夢を追いつづけるのも、僕はどちらも間違っているとは思わない。でもね、君が死んだことは間違っている。君は間違いなく間違っている。君は諦めて別の人生を生きるか、ずっと夢を追いつづけて努力しつづけるか、その選択をしなければならなかったんだ。君はどちらも選べずに、ただ逃げただけなんだ。」
彼の涙は、何時の間にか止まっていた。
「君の家族や友人達に、君はどれだけ悲しみを与えただろう?あまり深く関わりのなかったASKAちゃんさえ、君の死をとてもショックに感じたと言っていた。それだけでも君は間違ったことをしたとは思わないか?君は決して、一人ではなかった。君は自分の命を捨てる権利はなかったはずだよ。」
「でも、僕は辛かった。ずっと悩み続けて、もう、限界だったんだ。」
「死んでしまった君に、今更説教しても手遅れかもしれない。でも、君はずっとこんな森の中をさまよっていていいと思うかい?僕らと一緒に来たからといって、君にその答えが出せるかどうか、君が天国へ行けるかどうかもわからないけれど、そこのアンドロメダ人の彼もどうせついてきていることだし、とりあえず僕らについて来たらどうかな?」
私はもう、どうせみんなついてきてもいいや、という気持ちで言った。ASKAちゃんのお友達と言うこともあるが、こんな不気味な森の中を進むのは、少しでも多人数の方が心強い気がした。いくら自殺した人達が放り込まれている森とはいえ、凶悪な者がどこかに潜んでいないとは限らない。それに、彼をこんなところに放っておくことは、私にはとても出来なかった。
「そうよ、私達についてきた方がいいと思う。」
里美もそう言ってくれた。
「・・・ついて行きます。」
彼は、ゆっくりと、やつれた手で木を掴みながら立ち上がった。
「リオーマ王子。彼らは今、自殺者の森にいるようです。出会う自殺者達を、ぞろぞろと引き連れて、どんどん大人数化しながら進んでいるようです。」
「ほう、それはそれは。かなりの人気者とでもいうところかな?それとも、相当の人格者か、何かの宗教の教祖か・・・。誰か、そろそろ、刺客でも放り込んでみようか?」
「そうですね、誰を向かわせましょうか?」
「そうだな・・・。」
王子は不敵な笑みを浮かべた。
To be continued・・・
魔法使い☆潔・魔界の城編3 2003年3月10日up
そんなこんなで、自殺者達に出会うたびに案の定みんなぞろぞろとついてくる(憑いてくる?)羽目になり、気付けば30人くらいの大行進になっていた。数時間の時間が経過しているはずなのだが、不思議とお腹も減らないのだった。御手洗はだんだんハイテンションになって、興奮しながら色々な星の出身者達と会話を試みていた。
「石岡さん。」
「なんだい、大器君。」
「僕、普段JRを使って学校へ通っているんです。」
「ふーん、それがどうかしたの?」
「しょっちゅう、JRって、人身事故で止まっちゃって、ダイヤが乱れて学校に遅刻しちゃうんですよね。アナウンスでは『線路にお客様が降りられて・・・』なんて言っているけど、あれって結局自殺でしょ?」
「へえ、そんなに多いの?僕はあんまりしょっちゅう電車には乗らないから・・・。」
「なんで朝の忙しい時や、帰りの疲れている時にって思うんだけど、それだけ自殺する人が多いって事だよね。」
「そ、そういうことになるねえ・・・。」
私はちょっと背筋が寒くなった。
「会社や学校に行くのが嫌になって飛び込んじゃうとかさ、会社や学校で嫌なことがあって飛び込んじゃうとかさ、そんな理由だから通勤通学時間に集中しちゃうのかな?」
「うーん、そうかもしれないねえ。」
「ここって地球以外の自殺者もいっぱいいるじゃないですか。」
「うん、もう言語がいっぱい飛び交って、わけがわからないよ。御手洗だけは楽しそうだけどさ。」
「つまり、ここってどのくらいの広さがあって、どのくらいの自殺者達がいるんでしょうね?」
「それは・・・。」
「見付かるんですかね、実際?」
どう考えても無理な気がしてきた。
「先生、不思議ですね、この瓢箪。いくらでも金色の水、出てくるんですもん。でも、これたどって帰るのも、ずいぶん時間かかって、大変そうですよねえ・・・。」
里美が延々と金の水を垂らしながら、溜め息をついた。
ふと、前方に、一人の少女が泣いているのが見えた。小学生低学年くらいの、やせっぽちの女の子だ。
「え?あれは・・・、ひかりちゃん?!!」
私達は慌てて駆け寄った。
「ひかりちゃん、どうしてここに・・・。」
御手洗が放心したように言った。
「マリアがね、死んじゃったの。車に轢かれて、だから悲しくてひかりも、車に飛び込んじゃったの。」
ひかりちゃんは、泣きじゃくりながら言った。
「そうしたら、ここに来て、誰もいなくてさみしくて・・・。」
御手洗は黙ってじっと、ひかりちゃんに見入っていた。
「マリアはどうして車に轢かれたの?」
「散歩していて、つい紐を離しちゃったの。そしたら車道に飛び出して、車の人、マリアに気付かなかったみたいで、マリアをはねて、そのまま行っちゃったの。」
「シルバー!」
不意に御手洗が声を掛けると、後方に着いてきていたシルバーが出てきた。
シルバーは、ひかりちゃんになんの興味も示さない。
「君は誰なんだ?ひかりちゃんではないようだね。」
泣きじゃくっていたひかりちゃんが、急に泣くのをやめた。
「ふーん、さっそく見抜くとは、さすがね。どうして偽者とわかったの?」
「マリアはゴールデンレトリバーだ。ひかりちゃんが横浜へ来る前から飼われていたことを考えると、とっくに成犬になっているはずだ。車に乗っている人間が気付かない大きさではないし、はねてもかなりの衝撃があるはずだよ。」
「ふふ、その通りね。私は魔女、リオーナ。」
ひかりちゃんの体が見る見る大きくなり、かなりセクシーな服を着た成人の美しい女性の姿になった。
「お、お前は・・・。」
御手洗があとずさった。
なんと、魔女リオーナの姿は、レオナ松崎にそっくりだったのだ・・・。
To be continued・・・
魔法使い☆潔・魔界の城編4 2003年4月12日up
「レ、レオナ・・・。」
御手洗はそう言ってから、絶句した。
「あら、何を驚いているのかしら?」
リオーナは、本当に不思議そうな顔をした。
「レオナさんって、あのハリウッドスターの?」
「うん、そっくりだ。」
「御手洗さんとはどういう?」
「うーん、天敵みたいなものかなあ・・。」
「二重に化けてるんですかね?」
「うーん、どうかなあ・・・。」
大器君と私はヒソヒソ声でささやきあった。
「地球で大きな魔力が発生したと聞いて、どんな魔法使いが生まれたのかと、とってもワクワクしていたのよ。私の思った通り、こーんな色男で嬉しいわ。」
リオーナは御手洗に触れようとしたが、御手洗は瞬時に除けて、サミュエルとモーガンの後ろに隠れた。
「ま、そんなに照れなくてもいいのに。」
「お、お前、何者なんだ?」
「私は魔界の城の王、リオ・デ・ジャネイロの娘、魔女リオーナよ。この死後の世界は、いくつものブロックに分かれて、宇宙に点在して存在しているの。そして、これらはつながっている。途方もなく広い世界よ。生きているものの住む世界よりも広いかもしれないわ。だって、今生きているものよりも、ずっと死んだものの方が多いのですからね。魔界はその中に、さらに点在しているわ。ここHakone星雲には2つの魔界が存在している。その内の一つが、Begonia星からつながる魔界リオ。その魔界の王が、わが父、リオ・デ・ジャネイロ。この自殺者の森も、黄泉の国も、父が統治しているの。」
「リオ・デ・ジャネイロ?ブラジルの都市みたいだな。」
「本当に、レオナではないんだな?」
「だから、そのレオナというのは、一体誰なの?」
リオーナは顎に人差し指をつけて首を傾げた。
「レオナさんというのはですね・・。」
「うわー、説明しなくていい!!」
御手洗は大器君の口を後ろからふさいだ。
「ま、いいわ。それよりも、わが兄リオーマが、あなた達にお会いしたいと申しておりますの。一緒にいらしていただけるかしら?」
「魔界の城というのは、魔法の書の祭られている魔法の館と関係があるのかい?」
「魔法の館は、わが城の敷地内にあります。やはり魔法の書がご所望なのですね。その件についても、わが兄との話し合いによっては、差し上げることが出来るかもしれませんわ。一緒に来ていただけるわね?」
「その前に。」
御手洗が、こわごわ一歩前に進み出た。
「赤い髪の女性を探して欲しい。」
「赤い髪?誰なの、それは?」
「自殺した、X−JAPANのhideさんのファンの女性です。」
里美が金の水を垂れ流したままで言った。足元に金色の水溜りが出来ていた。
「へえ、あなた達は余程自殺者がお好きなようね?そんなにぞろぞろと連れ立って。その彼女に一体なんの用なの?」
「hideさんと一緒に、黄泉の国から天国へ連れて行ってあげたいんです。」
里美は真剣な眼差しでリオーナを見つめた。
「うーん、そうねえ・・・。本当は自殺者を森から出してはいけないのよねえ・・。」
「え、僕らはこの森から出られないんですか?!」
N山君が抗議するように叫んだ。自殺者達は一気にざわめいた。
「そりゃあそうよ、あなた達は自殺という最もいけない罪を犯したのよ。永遠にこの森から出られないに決まっているじゃないの。」
「そんな・・。僕達はやり直したいんだ。天国に行けなくてもいい、もう一度生まれ変わりたい!」
「そんな事言われてもねえ・・。」
「それが出来ないなら、僕らはあなたと一緒には行かない!」
御手洗は、何故か再びサミュエルの後ろに抱きついて隠れながら言った。何故か、西園寺もモーガンの背中に抱きついていた。
「ま、そんな我がままを言って。困った人ね。うーん、仕方ないわね。とりあえず、その自殺者達と赤い髪の彼女を、黄泉の国まで連れて行ってあげるわ。でも、ここにはもっともっとたくさんの自殺者達がいるの。連れて行ってあげられるのは、あなた達だけだから、お静かにね?」
「ど、どのくらいいるんですか?」
「うーん、ざっと60億くらいかしらねえ?」
「げ、地球の人口と同じくらい・・・。探し出せるわけないや・・。」
「じゃ、まずその彼女をここに呼ぶわね。」
リオーナは指揮棒のような細い杖をさっと出して、目を閉じて、聞き取れないくらいの声で呪文を唱えながら、しなるようにすばやくそれを振った。すると、金色のもやのようなものが沸き、その中から、hideさんと同じ髪型と化粧をした女の子が現われた。
「ここはどこ?」
彼女は泣きはらして、マスカラが溶けてパンダ目になった目を見開いて訪ねた。
「さ、あなたをhideさんの所まで連れて行ってあげるわよ。」
「hide?!hideに会えるの?!」
「そうよ、hideさんと一緒に、天国へ行きましょうね。」
里美は、しゃがみこんでいる彼女を抱き起こすようにして言った。
「じゃ、一気に黄泉の国へ参りましょう!」
リオーナは再び、杖を振った。
目の前が霞み、気がつくとところどころにたんぽぽが咲く、緑の草原の中にみんなで立っていた。
見ると、hideさんが、満面の笑みを浮かべて、両手を広げて立っていた。
「hide!!」
赤い髪の彼女はhideさんに駆け寄って、抱きついて泣きじゃくった。
「良かった・・。」
里美はそれを見て、涙を浮かべていた。
「さ、自殺者達とはここでお別れよ。生きているあなた達は、私と一緒に来て頂戴。」
「御手洗さん。」
N山君が言った。
「ASKAちゃんによろしく。僕は生まれ変われるように、努力します。そしてまた、演劇がやりたい。今度は、挫折することなく、演劇を楽しんでやりたいんです。」
「そうだね。今度こそ、立派な役者として、頑張ってくれ。僕もそれまで生きていたら、是非君の演技を見させてもらうよ。あの森で、君に出会えたのは、どれだけの奇跡か知れない。きっと、また会えると思う。」
「はい!」
「#%?&"〜・!」
アンドロメダ人やその他のみんなも、笑顔になって、口々に礼を言っているようだった。
「さ、涙のお別れはそれくらいにして頂戴。行くわよ!」
リオーナは三度、杖を大きく振った。
To be continued・・・
魔法使い☆潔・魔界の城編5 2003年5月13日up
再び、霞んだ目の前に現われたのは、空までの距離の半分もあるのではないかと思われるほど高く荘厳な門だった。先程の黄泉の国とは全く違う、薄暗い森の前にそびえ立ち、その両脇には終点の見えない壁が真っ直ぐに延々と続いていた。屈強なモーガンでさえ、それを見て一瞬怯えた目になった。西園寺は相変わらず、モーガンの後ろに抱きついていた。
「皆さん、魔界リオの城、カーニバル城へようこそ!あらあら、何をそんなに縮こまっているのかしら?素晴らしく美しい門でしょう?2億年も続くカーニバル城のシンボルなのよ。でも、お客様が来るのは、何百年ぶりかしら?みんな、ここへ来る前にくたばってしまうのよね。ああ、私が何歳かなんてことは、考えないでね。女性に歳を聞くのはとっても失礼なことよ。さあ、門を開けるから、100m程下がってくれるかしら?」
そう言い終わると、リオーナは宙にふわりと舞い上がり、後方回転しながら100mくらい後ろに着地した。我々はみんな、慌てて小走りに彼女の後を追った。彼女の後ろには、暗くて大きな森が広がっていた。里美が抱える瓢箪から、金色の水を飛び散らせていて、それが彼女の白いTシャツに美しい模様を描いていてそれはそれできれいなのだが、彼女から瓢箪を取り上げて、その口を押さえながら走った。もう瓢箪はいらないと言えばいらないのだが、捨ててしまうには惜しかった。すると黙って大器君が、瓢箪の栓を差し出してきた。
リオーナは細い魔法の杖を振り上げ、ぶつぶつと呪文を唱えた。すると、ゴゴゴゴ・・・という騒音と共に地響きがして、門がゆっくりと開き始めた。観音開きのその門は、確かに半径100mくらいの弧を描いて左右に開ききった。
「これって、ほんの少し開けば、楽に全員通れるんじゃないか?」
西園寺がモーガンの後ろから盗み見ながら言った。
「さあ、皆さん、我が城の中へどうぞ!」
リオーナはお尻を振り振りモデル歩きをしながら、鼻歌まじりに門の方へと進んでいった。
「たらららったら〜♪」
急に陽気な猫型ロボットのアニメに流れる音楽が鳴り響いた。
「何の音ですかね?新たな魔法ですかね?」
大器君が私に小声で訊くと、サミュエルがスーツのズボンの後ろポケットから、何やら携帯電話のようなものを出した。
「ボス、馬車道の店が潰れたようです。いなり寿司屋に買い取られることになりそうです。」
「何?!いなり寿司屋?!なんてセンスがないんだ・・。ま、あそこは客の入りも悪かったしな。ワールドポーターズに店舗を出す件はどうなっている?」
「今、ちょうど3階のスペースが、空きそうだそうです。ブラッドが交渉にあたっています。」
「ちょっと、何それ?それって携帯電話?」
里美がサミュエルの手元を覗き込んだ。
「すごーい、メールが入ってる!!宇宙でも通じるんだ〜!」
「う、うそ・・。」
「あなた達、何やってるの?宇宙というよりも〜、魔界は通じるのよ。魔界はいろんなところとつながっているんだから。それより、こんな所まで来てビジネスの話はやめてよ。はやく兄の所へ連れて行かなきゃ、私が大目玉食らっちゃうわ!」
リオーナは腰に手を当てて、プリプリと怒った。
我々は仕方なく、100mの距離を歩いて、魔界の城の敷地内に入った。これ程荘厳な門の割には、門番一人いなかった。
城の敷地の中は相変わらず曇った日のように暗かったが、真っ直ぐに続く道の左右には紫色の薔薇のような花が並び、道の遥か向こうには、これまた天にも届きそうな城が見えた。脇にもいくつもの道が伸び、その先にはコンドミニアムのような家や、花壇に囲まれた噴水、温室のようなビニールハウスがいくつも見えた。
「魔界というより、楽園のようですね。」
大器君が言いながら、道端の紫の薔薇に手を伸ばした。
「痛い!」
大器君は指に棘を刺したらしく、慌てて手を引っ込めた。
「何してるの!!魔界の薔薇には毒があるのよ!」
大器君は、その巨体をたちまちぐらつかせ、その場に膝を折って倒れた。
「全く、勝手なことをして!すぐに毒を取り除かなければいけないわ。とりあえずあっちの館に運びましょう。」
リオーナが上半身をまず持ったが、「重いわ!」と言って、結局モーガンとサミュエルが抱えていくことになった。大器君は真っ青な顔をして、ぐったりと気を失っていた。
「魔法でどうにかならないのかい?」
御手洗が口を挟んだ。
「この毒を取り除くためには、色々と道具が必要なのよ。なんでもかんでも魔法でチョチョイと出来るわけじゃないわ、新米魔法使いさん!」
御手洗は頬を少し赤らめて俯いた。
「こんなみんなで一緒に行ったってしょうがないわ。遠くへ行かないなら、魔界の庭を散歩してきていいわよ。」
リオーナはサミュエルとモーガンだけ連れて、コンドミニアム風の館の一つにサッサと入っていってしまった。
「生意気な小娘だなあ!」
居なくなってから、西園寺が言った。
「小娘たって、私達より長生きしてそうですよ。」
里美が言うと、どこからか、西園寺と里美の頭の上に、見慣れぬ木の実が降ってきた。
「いた〜い!!!」
二人はしゃがみこんだ。
「どうやらここでは、下手なことは言わない方が身の為だな。」
御手洗はシルバーを連れて、温室の方へ歩いて行ってしまった。
「おーい、待ってくれよ〜!」
私達は、慌てて後を追った。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編6 2003年6月7日up
ヨーロッパの貴族の館の庭のように美しいのに、薄く黒っぽいもやがかかってどこか陰気な魔界の敷地内を、そこだけ少し光を集めたようにぼうっと輝いているビニールハウスの方へ私達は何故か小走りに急いだ。御手洗は軽いステップで、鼻歌まじりにシルバーと足並みを揃えて歩いていた。シルバーは温室の方に、何か興味がありげに見えた。
大器君のことがあるので、どの花にも触れることは出来なかったが、道々見たこともないような花がいくつも咲いていた。魔界にふさわしくないような、美しい花たちだった。最も、きれいな薔薇にはなんとやら、ということなのかもしれないが。
その温室は少し大きな木でもすっぽり入ってしまうかと思うほど天井が高く、入口も二重になっていた。御手洗はためらいもせずにその透明なプラスチック製らしい扉を開け、その内側の同じ扉を開けて中へ入って行った。シルバーも嬉しそうにしっぽをふりふりついていった。温室は透明で外側から中は見えるのだが、あまりに大きくて、中はジャングルのように緑が生い茂って見えたので、すぐに御手洗達の姿は見えなくなっていった。私達は慌てて彼らの後を追って温室へ入った。
温室の中は、まさに南国だった。気温が高く、いかにも南の島の植物がジャングルさながらに生い茂っていた。小さな通路が通っていたが、頭の上にも南国の木の枝がトンネルのように覆い被さっていた。葉っぱの遥か向こうにキラキラとした日差しが見えていて、不思議とそんなに暗くはなかった。そのトンネルを抜けると、ぽっかりと天井があいて畑のような広場に出た。緑の葉がやっと生え始めた苗のようなものが規則正しく並ぶ中に、御手洗がしゃがみこんでその植物を詳細に調べていた。横でシルバーも、しきりに匂いを嗅いでいた。
「御手洗さん、それはなんなんですか?」
「うーん、これはうわさに聞くところのマンドレイクの苗じゃないかと思うんだが・・。」
「マンドレイク?」
聞いたことのない名前だった。
「実在しているとは思わなかったがね。魔法使いの出てくる話には、時々出てくる。僕もその用途はいまいちわからないけれどね。石岡君、これを持って帰れないかな?」
「え?持って帰れないかと言われても・・・。引っこ抜いていいものなのかい?」
「引っこ抜くのはとても危険だろうね。この植物の鳴き声を聞くと、死んでしまうとも言われているからね。」
「え?!そんな危険なもの、持ち帰れるわけないじゃないか!」
「でも、魔法使いとしては、是非持っておきたいところだし、ちょっと研究したいという興味もあるし・・。」
「うーむ、その気持ちはわかる。」
「西園寺さん、いいかげんなこと言わないで下さい!この男は言い出したら本当にやりかねないんだから!」
「おや?あっちに植木鉢がある。」
見ると、これらの苗が少し成長したものが、植木鉢に入って籠の中にいくつも並んでいた。
「これを一つ、失敬しよう。」
御手洗はリュックの中からスーパーのビニール袋を取り出して、ビニール製の鉢をぽんと入れ、口を硬くしばって、注意深くリュックにしまった。
「なんでそんなもの持ってるんだよ〜、たのむよ〜、御手洗君。そういう危険なことはやめてくれよ〜。」
言っても当然、聞いてはもらえなかった。
「さ、これでよしと。それにしても広いビニールハウスだなあ。これらの植物を観察しだしたら、何年かかるかわからないな。面白そうだけど、諦めるしかないかな、マンドレイクだけで。」
「おい、それもやめてくれよ〜、馬車道でそんなものの声を響かせないでくれよ!」
御手洗はさっさとリュックを背負って、シルバーと更に奥のトンネルへと向かっていった。
「遅い!リオーナは何をやっているのだ?!」
リオーマ王子はその父の玉座に座り、イラついていた。
「リオーマ様、いくらお父上が病に臥せっておりますとはいえ、その玉座でそのようなお行儀の悪いことをなさってはなりません!」
「父が病だからこそ、この時期ヤバイことになっておるのだ!魔界コロンビアがリオを吸収しようと戦争を仕掛けてくるやも知れぬのだぞ?あんな出来てほんの200億年にしかならぬ魔界に乗っ取られても良いと思うのか?なんとしても、父に代わるほどの魔力の主が必要なのだ。コロンビアの王子は昨年の魔界選手権の優勝者だぞ?私だけではどうにもならぬ。」
「それはそうですが、もう少し王家のものとしての気品を・・・。」
「うるさいっ、お前は奥へ下がっておれ!」
リオーマは玉座にだらしなくふんぞり返った。
「うーん、こんなものかしらね。」
リオーナは大器の傷ついた指に薬を塗り、ぐるぐると過剰に包帯を巻き終えると言った。
「ずいぶんと原始的な治療ですね。」
気付け薬で意識を取り戻した大器は言った。
「あら、大丈夫よ。ちゃんと毒消しも飲ませたでしょ?もう何にも具合悪くないはずよ。」
「まあ、確かに・・・。」
横で律儀に立って待っているブラックメンズもうなずいた。
「もう、魔界の植物に触っちゃ駄目よ。他にも、笑い出して止まらなくなったり石になったり、危険なものがいっぱいなんだから。」
「はい、肝にめいじます。」
「じゃ、みんなを探しに行きましょうかね。あら?何かしら、あの光は?!」
コンドミニアムの窓の向こうで、何かが爆発したように、一筋の光が天に向けて立ち昇った。
「温室の方だわ。あの人達、何かやらかしたのかしら?急ぎましょ。」
リオーナ達は慌てて外へ飛び出した。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編7 2003年7月21日up
急に目の前が白く光って、何も見えなくなった。
そのまましばらく気を失っていたようだが、大器君の揺り動かす手と私を呼ぶ声によって、ハッと我に返った。
「石岡さん、大丈夫ですか?目を覚ましてください!」
「ああ、大器君、一体何が・・・。」
言って半身を起こすと、目の前にうつぶせに倒れて背中から煙を出している御手洗が見えた。
「み、御手洗?!」
御手洗の横にはリオーナがしゃがみこんでいて、なにやら調べている。シルバーも心配げに御手洗の匂いを嗅いでいる。
「し、死んでるのか・・・?!」
「あら、大丈夫よ、気を失っているだけ。それにしてもあなた達、とんでもないことをしてくれたわね。」
「な、何が起こったんですか?」
「爆弾草よ。」
「爆弾草?」
「御手洗さんったら、爆弾草を背中にしょっていたみたいね。全く何を考えているのかしら。爆弾草はちょっとした刺激でも爆発してしまうのよ。背中にしょって歩いたりしたら、危険極まりないのに・・。ま、命に別状なかっただけでも御の字だけど、困ったわね、ビニールハウスがめちゃくちゃだわ。天井の穴から魔界アゲハは逃げ出しちゃうし、温度調整も狂っちゃうし・・。ここの植物はデリケートなのよ。ハ、お兄様・・・!」
リオーナは上を見上げて表情をこわばらせた。
「全くお前は何をやらかしているのだ!!」
ばさばさと黒いマントの翼をはためかせて、天井に開いた大きな穴から見た事のあるような顔をした黒髪の凛々しい青年が舞い降りてきた。
「あ、あの、お兄様、これには色々と・・・。」
「言い訳は良い!それにしても客人一人満足に接待できぬのかお前は?ところで、例の魔力の持ち主は?」
「はい、あの、ここに・・・。」
リオーナが指差した屍(?)をみて、青年は奇声を上げた。
「ひいいいい、なんてことを・・・。」
「お、お兄様お気を確かに!!彼は気を失っているだけですわ、脈もしっかり元気に波打っておりますし、後ろ髪が少々焦げたくらいで・・。」
「リオーナ、おのれは・・・。」
「う、うーん・・」
御手洗が彼らの大声で、ようやく目を覚ました。
「大丈夫か、御手洗?!」
いつのまにか、サミュエルに抱えられて後ろに立っていた西園寺が言った。
その後ろには、モーガンに抱えられた里美もいる。
二人とも顔にすすがついていた。私も思わず頬に手をやると、真っ黒なすすが手の甲に付いた。
「うーん、何があったんだ、一体・・。」
「おお、無事でありましたか。私の妹が大変失礼をした。私はこの城の王子、リオーマと申します。どうぞよろしく。」
青年は白い手袋を脱いで、御手洗に手を伸ばした。
「ああ、これはどうもご丁寧に・・・あ?」
御手洗はリオーマの顔を見て、驚いた顔をした。
「ん?私の顔に何か?」
「友野君?」
「え、友野?」
その名前を聞いて、私の記憶も一気に戻った。以前、赤レンガ倉庫で出会った、仮面ライダーの青年に顔がそっくりだったのである。彼は金髪つんつん頭だったので、黒髪の彼を見てもいまいちピンとこなくて、すぐには思い出せなかったのだ。
「友野?誰ですかな、それは。」
「い、いや、他人の空似でしょう。それにしても、僕は一体、どうしたんだろう・・。」
「爆弾草が爆発したんだよ。君のリュックの中でね。」
私は、ちょっと戒める口調で言った。
「爆弾草?じゃあ、あれは・・。」
「御手洗は、マンドレイクだとか何とか言って、それを持ってかえるつもりだったんですよ。全く、いつも僕の忠告を聞かないから、こんなことに・・。」
私はここぞとばかりに説教をしたが、御手洗の視線は全く別の方向を向いていた。
「まあ、マンドレイクが欲しかったの?それなら後で、いくらでも包んであげてよ。お土産には最適ですもの。」
「そんな話はまだ良い。彼には当分ここにいてもらわなければならないからな。」
「当分?それはどういうことですか?」
私を助け起こしながら、大器君が尋ねた。
「それは、私の宮殿に場所を移してから、じっくりお話するとしよう。それより、皆さん、お疲れでしょう?お部屋に案内いたしましょう。セバスチャン!」
リオーマが指を鳴らすと、いつの間にやってきたのか、城の執事といった風情の背の高い白髪のナイスミドルが前に進み出た。
「いらっしゃいませ。皆様のお世話をさせていただきます、セバスチャンと申します。御用の際には何なりと申し付け下さい。」
そう言って礼をすると、促すようにビニールハウスの入口へ向かって歩き出した。
「それでは皆さん、See you soon!!」
リオーマはマントを翻すと、また天井の穴から飛び出し、みるみる天井の穴は塞がっていった。その後に、白地に黒と紫の模様の入った羽の、世にも珍しい美しい蝶が数十匹現われて、方々に飛び去っていった。私達はあっけにとられて上を見上げていた。
「さすが、お兄様・・・。」
リオーナはそれらにうっとりと見とれていた。
「石岡さん、魔界の人達って、みんな東洋的な顔をしていますよね。なんだか、親近感沸くなあ。」
大器君がのんきな口調で私の耳にそっとささやいた。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編8 2003年9月16日up
セバスチャンに連れられて、立派な城の扉をくぐり、あきれるほどの広さと天井の高さのエントランスに入ると、色とりどりのステンドグラスの窓から虹のような光がこぼれ落ちて、床に七色の薔薇の模様を描いていた。
「我が城の紋章は虹色の薔薇なのよ。美しいでしょ?」
リオーナは未だにうっとりしながらつぶやいた。
「あ、お母さん?今、魔界のお城に入ったところ。うん、大丈夫だよ。まだ帰れそうも無いけど、元気だから。え?学校?大丈夫だよ、もう留年なんかしないから。うん、それじゃあね。また電話するね。」
大器君は、のんきに携帯でお母さんと話していた。
「それでは、皆様、とりあえずお部屋の方へご案内いたします。お疲れでしょうから、そちらでシャワーでもお浴びになってしばらくお休み下さい。夕食時にはご用意いたしております正装にお着替えなさって、食堂にお集まり下さい。」
セバスチャンは2階へ続く大きくカーブを描く階段に足をかけながら言った。
2階の奥へ案内されると、長く続く廊下の左右に、扉が延々と続いていた。
「こちらが全て、客室になっておりますので。」
「一体、何部屋あるんでしょうね?」
「さあ、4〜50部屋はあるかなあ・・・。」
「左右合わせて、120部屋ほどになっております。他にも別館などもございますので、常に500部屋、1000名以上お泊りいただけるようになっています。」
「へえ、掃除だけでも大変そうですね。」
「メイドを250名ほど常備しておりますので。」
セバスチャンは少し得意げに言って、一室目を開けた。それにしては、人っ子一人みかけない。
「ここから1名一部屋づつご用意いたしておりますので。最も、今は皆様以外にお客様はいらっしゃいませんので、お好きなお部屋を使って頂いてもかまいませんが。」
セバスチャンが2011号室から後を指し示して言った。私達は素直にそこから一室づつ部屋に入って行った。シルバーは御手洗が連れて入ろうとしたが、里美に引っ張られて里美の部屋に入って行った。御手洗はシュンとしてそれを見送っていた。
「それでは、夕食時に呼びに参りますので。」
セバスチャンは元来た階段の方へ姿を消した。
部屋にはそれぞれバスルームが完備されており、窓の外には微妙に薄暗いながらも、緑豊かな美しい庭の風景が広がっていた。セミダブルのベッドが二つ置かれ、薄いグリーンのベッドカバーに覆われ、同色のカーテンが開かれた窓際には、ガラスのテーブルの脇に一人がけのソファーが向かい合わせに二つ置かれていた。トイレと洗面所は風呂とは別にあった。ごく普通の、ホテルの客室のようだった。
ソファーにリュックを置いて、シャワーを浴び、用意してあったガウンを羽織ると疲れがどっと出て、窓に近い方のベッドに横になると、そのまますーっと眠ってしまった。しばらくして、ドアをノックする音に目が覚めた。「そろそろ夕食に致しますので、ご用意下さい。」と、セバスチャンの声がした。窓の外を見ると、既に日はとっぷりと暮れていた。
うっすらと窓の外を飛ぶ灯りが目に付いた。コンサート会場で揺れるペンライトのように、その灯りは左右に揺れて徐々に移動していた。見ると、遠くにもいくつか灯りが揺れていた。なんだろうと思って目を凝らしてみると、羽が最近よく縁日で見かける光るうちわのように青い光を発するトンボなのであった。今までの展開から言って、差し詰め魔界トンボとでも言うのだろうか?
小さなクローゼットを開けると、中は意外と広く、モーニングからドレスまで、幅広く掛けられていた。私は無難に黒っぽい色のダブルのスーツを選んで着替えた。備え付けの鏡台のミラーで格好を確かめてから部屋の戸を開けると、みんなの声が聞こえた。しかし、みんなの姿を見て、ギョッとした。
「あれ?石岡君、ずいぶんとおとなしい格好だね。」
御手洗は目をまん丸にして言った。
彼は青いスパンコールのタキシードにシルクハットを被り、透明なキャンディー型のステッキを振り回していた。隣りに立っていた西園寺は、明るいオレンジのスパンコールのスーツと黒いシャツにレモンイエローのネクタイ、その後ろに立っているサミュエルとモーガンは相変わらず黒のスーツだが、サテンの生地が黒光りしていた。大器君は水色の綿の爽やかなジャケットにノーネクタイの白いシャツと薄いベージュのズボン、一番まともな格好だが、ツンツンと逆立てた髪にはブルーのメッシュが入り、金色の紙ふぶきのようなものが光っていた。よく見ると、爪が七色のマニキュアで彩られていた。
里美はと言えば、まるでシンデレラのようなドレス姿だった。白い裾の広がったドレスに青いリボン、髪はアップに結わえて、ダイヤモンドのような宝石で彩られたティアラを被っていた。その脇でシルバーはハロウィンのようなオレンジ色のカボチャの着ぐるみを着せられていた。カボチャの馬車の代わりなのだろうか?
「先生、王子様みたいな格好でなくちゃ嫌!」
里美はあきらかにがっかりした口調で言った。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!これって仮装パーティーだったっけ?!」
「別にそういうわけじゃないけど〜、だって着てみたかったんだもん。」
「なんか、見たことも無いようなジェルとかワックスとかあるんですよね〜。たまには冒険してみたくなって。」
「先生、私が選んであげるから着替えて〜。」
里美は私の部屋にずかずかと入り込んだ。
「先生、これ!」
里美は、まるでベルサイユの薔薇のオスカルが着るような衣装を差し出して言った。
「これ、ちょっと王子様っぽい!」
「え、それ、着るの?」
「うん、これ、着て!」
里美は私にその衣装を押し付けて、さっさと部屋を出て行ってしまった。私は渋々それに着替えた。
御手洗は私の姿を見て、「まるでビートルズだね。」と言った。
セバスチャンに連れられて、今度は元着た階段とは逆の方へ進んだ。よく見ると、途中にたくさんの枝分かれした廊下があるのだった。別館へ続く渡り廊下まで伸びていた。かなり歩いてから内側へ曲がり、更に曲がると大きな真っ直ぐの幅広の階段をのぼった。そして赤い絨毯の敷き詰められた広い廊下をしばらく行くと、大きな扉の前に出た。その両開きの扉には、この城の紋章の虹色の薔薇が描かれていて、漆を塗ったように艶めいていた。
「王子がお待ちでございます。」
セバスチャンが言って、扉を開けた。
中へ入ると、大きな細長いテーブルの上に、豪華な食事が並べられていた。ロウソクの灯りが揺らめき、まるで貴族の食卓を絵に描いたような光景が広がっていた。その一番奥のお誕生日席に、先程会った、リオーマ王子がワイングラス片手に待ちわびていた。左隣にはかしこまって座っているリオーナが見えた。二人とも黒地に赤の裏地の、まるでドラキュラのようなマントのついた衣装を着ていた。
「おお、待ちわびていましたぞ。さあ、皆さんお席におつき下さい。今宵は無礼講です。どうぞお楽しみ下さい。」
私達は左右に別れて、テーブルについた。シルバーは御手洗の椅子の脇に座った。里美はちょっと口を尖らせた。
いつの間にか、黒いワンピースに白いエプロン姿の大勢のメイドが現われ、ワイングラスにワインをついでまわったかと思うと、さっと消えてしまった。ここのメイドたちは音をたてないように余程の教育をされているのだろうか?
食事は見た目どおりとてもおいしく、旅館で食べたような格別変なものもなかった。ワインも地球のワインと同じ味がした。「これはイタリア製のワインでね。」と、見透かしたようにリオーマが言った。御手洗はせっせと肉を割いて、シルバーの口に運んでいた。
食事もあらかた食べ尽くした頃、リオーマはやおら立ち上がった。
「皆さん、今宵皆さんをこの城へ招いたのには、ある事情があってのことです。我が魔界、リオは今、窮地にたたされている。皆さんの助けが、是非とも必要です。」
「皆さんって言うよりも〜、そちらのお兄さんの助けがね!」
リオーナは御手洗に向かって投げキッスをした。
御手洗は反射的にそれをよけた。
「これ、リオーナ!お前はどうしてそう、品の無い・・・。」
「僕の魔力が必要という事かな?」
御手洗はロウソクに光る目で空を見つめ、口元に笑みを浮かべながら言った。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編9 2003年10月13日up
「まさに。あなた様の魔力が必要なのです。しかし、あなたはまだ未知数だ。その魔力の使い方を知らない。私はまず、あなたに魔法を学んでいただかなければならない。」
「ちょっと待って下さい。それは僕も望んでここへ来たのだが、あなたたちの置かれている状況をお話いただくのが先ではありませんか?」
リオーマは、ワイングラスに口をつけ、溜め息を漏らした。
「セバスチャン!彼にデザートを!!」
セバスチャンがデザートの載ったワゴンを押しながら現われた。御手洗の前に、一番にデザートを置いた。それはオレンジ色の、プリンのような食べ物だった。
「これは・・・。」
「マンゴープリンです。」
「え?マンゴー?」
私は御手洗がブラックサターンのエメラルドグリーンの光線をあびておかしくなった時に、マンゴージュースばかり飲みつづけていたのを思い出した。御手洗の喉がゴクリとなる音がした。
「あなたはその能力を身に付けてから、やたらとマンゴーを食べたくなったりしませんでしたか?」
「まあ、あまり覚えてはいないのですが、そういえばやたらとマンゴーのことばかりが頭にあったような・・・。」
「実は私達は幼少の頃から、毎日、必ずマンゴーに関するものを食べさせられます。実は、マンゴーには、魔力を強める成分があるのです。」
「へー・・・。」
一同は不思議がりながらも、感心した。
「あなたはご自分で無意識のうちに魔力を強めようとしていた。あなたがその能力を身に付けた時には微々たるものだったその魔力が、マンゴーによってみるみる増大され、私のレーダーの感知するところとなったわけです。いくらマンゴーのおかげとはいえ、これ程短期間に魔力を増大させるには、相当の才能が無ければなりません。それゆえ、あなたの魔力に賭けてみようと思いたったのです。」
「ほー。」
一同は同時に頷いた。
「僕の能力についてはわかったが、それは答えにはなっていませんよ。」
「これは失礼。我々の住む魔界というものは、あなた方の住む地球と同じように、いくつかの国に分かれています。我々の住む魔界リオ、隣国のコロンビア、その他の国々・・・。皆、長い歴史の中で、領土拡大のために侵略を図ったり、戦争を繰り返したりしてきました。しかし、ここ数億年はそれらも落ち着き、小さな紛争はあるものの、みな平和に暮らしてきたのです。ところが、魔界の国の中でも歴史の浅い魔界コロンビアの王子、コロンボが、我々魔界人の魔力を競う魔界選手権で、昨年優勝をしてから、何かと隣国にプレッシャーをかけてくるようになり、国内では兵を組織し始めているふしがあり、ついには侵略戦争をはじめるのではないかという脅威に至っているのです。」
リオーマは半ば興奮しつつ述べた。
「それは確かなことなのですか?聞いていると、どうも憶測に過ぎないようだが・・・。」
御手洗はつとめて冷静に聞いた。スパンコールのタキシード姿が滑稽だが。
「コロンボは私の幼なじみでもあるのですが、幼少の頃より喧嘩っ早く、何かと問題を起こす子供でした。魔界幼稚園のガキ大将で・・いや・・何・・、とにかく、血の気の多い男です。魔界選手権で優勝してからは、ぱったりと私のところへも遊びに来なくなり、コロンビアで優勝の宴を派手に開催した際にも、私は声を掛けても貰えず、ついには名だたる魔法使いを集め軍を組織した際のお披露目式にも招待してもらえず・・。」
皆はだんだん、しらけてきた。
「お兄様、お可愛そう・・・。」
リオーナだけがもらい泣きし始めた。
「まして、今年の初めから王である父が魔界風邪をこじらせて寝込みがちになり、それにも関わらず、コロンビアからは誰も見舞いにも来ず、正に悪意があるとしか思えないのです!!」
「あのー、だからと言って、侵略してくるとは、話が飛躍しすぎていませんか?」
里美がたまりかねて言った。
「いいえ!そうに決まっています!お兄様の勘に間違いはございません!!」
一同は黙り込んだ。
「わかりました。とにかく、私の魔力を育てていただけることには違いないのですね。」
御手洗は何かを考えた末に、静かに言った。
「もちろんです!毎日、マンゴーをたくさん食べてもらい、魔法の書も与えましょう!家庭教師にセバスチャンもお付けいたします。」
「マ、マンゴー・・・。」
とっくに一人平らげていたマンゴーの皿を見つめながら、大器君がつぶやいた。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編10 2003年11月24日up
御手洗にセバスチャンがつきっきりで魔法を教えているので、我々はせいぜいバカンスを楽しませてもらっていた。日差しが少し薄暗いことを除けばここはまさにパラダイスで、見たこともない美しい植物達に手を触れないことだけを守っていれば、充分に楽しめた。温泉もそこここに設置されていて入り放題で、時々湯疲れがするくらいだった。どうやら曇っているほど紫外線は強いらしく、大器君や里美などは、健康的に日焼けしてきていた。
1週間ほどそんな生活が過ぎ、中庭のデッキチェアでマンゴージュースを飲みながら昼寝でもしようかと思っていると、花壇の影からささやき声が聞こえてきた。
「石岡さん、い・し・お・か・さん!」
私はびっくりして花壇の方を振り返った。
「ちょっと退屈していませんか?私の後をついてきてください。」
私は目を疑った。人間大の白い、丸めがねをかけたウサギが毛むくじゃらの手で手招きしていたのだ。
「あ、あなたは一体・・・。」
「不思議の国の、うさぎです。見たことあるでしょ?」
ああ、そういえば、ディズニーかなんかで・・。
「いや、何故、不思議の国のうさぎさんが、こんなところにいるんです?!」
「あなたを不思議の国にご招待しますよ、ささ、急いで。」
言うなりウサギは時計片手に走り始めた。
「え、ちょっと、待って!」
私はわけもわからず走り出した。
「遅刻しちゃう、遅刻しちゃう!」
うさぎはぶつぶついいながら走り続けた。私も一生懸命走ったが、うさぎはそれ程速くは走らず、私がついていける速度を微妙に保っていた。すると、突然うさぎの姿が消え、私の視界も突然暗くなった。
「わああああぁぁぁああぁぁああぁああ!!」
どうやら落とし穴に落ちたようで、暗くて狭い穴の滑り台を、どこまでも下っていった。
ぽんっと音がして、水玉模様の分厚いクッションのようなものの上に落ちて、跳ねた。よくみると、それは巨大なきのこらしかった。
「ああ、遅刻しちゃう、遅刻しちゃう!!」
そこは小さな部屋のようになっており、ぼうっとランプが灯っていた。横に伸びた廊下のようなものの一つに、走り去っていくうさぎの影が見えた。私はあわてて追いかけた。
曲がりくねる廊下をたどっていくと、突然大きな宮殿のような部屋に出た。
みると、玉座のようなところに立派な衣装を身にまとった一人の若者が腰掛け、その脇にうさぎがちょこんと立っている。
「ようこそ、石岡さん。」
若者は声を掛けてきた。私は息切れが激しくて、答えたくても声が出なかった。
「私はコロンビアの王子、コロンボ。もうご存知ですよね。」
ああ、例の・・・。
「こんなところへお呼びだてして、大変失礼致しました。実はあなたにお願いがありまして・・・。あの、大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫、です。」
私はようやく声を発した。
「あなたもおわかりかと思うのですが、我が幼なじみのリオーマは大変嫉妬深く疑い深く思い込みの激しい性格でして、昔から扱いには困っていたのですよ。それが、何やら最近、私が魔界リオを侵略するなどと妄想を膨らましているらしくて、当方から人を遣わしても全く受け付けないありさまでして・・。あなたから一言、言ってやってもらえませんか?」
コロンボは本当に困ったように言った。
「そ、それは別に良いとしても、私の言うことなど聞きますかね?あの思い込みの激しいお方が。」
コロンボは一層困った顔になった。
「それなんですよね、それで散々考えたのですが、プレゼントを持っていってもらえないかと。」
そう言ってコロンボは、立派な衣装の袂から、ごそごそと何かを取り出した。
なんとそれは、金色に輝く、剣玉だった。
「剣玉・・・ですか?」
「ええ、私とリオーマは子供の頃、よく剣玉で遊んだものです。新しい技を思いつくと、お互い競い合って技を磨いて・・。これを私達の友情の証として、持っていって下さい。」
「はあ・・・。」
本当にこんなもので大丈夫だろうか?
「ちなみにこれ、純金製ですから、重たいですよ。」
うさぎが私に手渡しながら言った。私は重くて、思わずよろけた。
「石岡さん、よろしくお願い致します。あなたの素晴らしいご友人達にもよろしくお伝えください。」
コロンボは白い歯を見せて、さわやかに笑った。
「さ、石岡さん、戻りましょう。今度は地上まで、長い梯子を登りますよ。」
「え?」
冗談だろう、と思いながら、またうさぎの後を追った・・・。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編11 2003年12月28日up
やっとの思いで長い梯子を登り終えると、もと来た城の中庭に出た。うさぎはとっくに登り終えていて、心配そうに穴から出てきた私を見ていた。
「大丈夫ですか?」
「いやあ、とにかく、これも重いし・・・。」
私は純金の剣玉を出して言った。
「それ、とても高価なものですからね。大事に扱ってくださいよ。」
「わかってますよ。」
私はやっとの思いで穴から這い出た。
「それじゃあ、私はこれで。後のことは頼みましたよ。」
うさぎは突然大きくジャンプし、庭のあやしげな花の咲く植え込みの向こうに消えていった。
「無責任な・・。」
私はつぶやいたが、誰も聞くものはいなかった。
「セバスチャンさん、私、コロンブスの王子からこれをあずかったのですが・・。」
「コロンブス?コロンビアでしょう、石岡さん。」
「何?何をあずかったんだね石岡君。」
温室の前でカンフーのような訓練を受けていた御手洗が言った。
「これ、純金製の剣玉。リオーマ王子への友情の証らしいよ。」
「おお、これは見事な。」
セバスチャンは剣玉を軽々と取り上げて、しげしげと眺めた。
「ほう、剣玉か。しかし石岡君、どこでこれを?」
「いや、うさぎの後をつけていったら穴の中に落ちて、そこにコロンビアの王子がいて、誤解を解いてほしいと言われて・・。」
「うさぎ?まるで不思議の国のアリスだね。おとぎ話の主人公になった気分はどうだね?」
「それどころじゃなかったよ。何せ、その穴から出るのに、小一時間も梯子を登らされたんだから。」
「ふーむ、剣玉は確かにお二人の友情の証。コロンボ王子は本当にリオーマ王子と仲直りしたいのですかな。」
セバスチャンは剣玉を穴のあくほど見つめながら言った。
「仲直りも何も、誤解だって言ってましたけどね。」
「まあ、仲直りしてくれるにこしたことはございません。さっそく王子にこれを届けましょう。石岡さん、ご一緒に来てくださいますかな?」
「もちろんです。こんなことはもう、終わりにしましょう。私はそろそろ、横浜に帰りたい。」
「僕はもう少しいたいけどな。魔法はほとんど覚えたけど・・。」
「御手洗さん、本当に魔法を全部マスターしようと思ったら、少なくとも10年は勉強しなければなりませんよ。最も、あなたなら魔法学校へ行けば、3年もすれば最強クラスの魔法使いとなれるでしょうがね。」
「そんなにかかるんじゃ、今特訓してても、どうせ駄目だったんじゃないですか?」
「いや、戦闘に関する魔法は本当にマスターしていますよ。それはこのセバスチャンの折り紙つきです。魔法は色々な種類があるのですよ。それを全部マスターするのは、容易ではないというだけです。」
「戦闘以外の魔法こそ、マスターしたいのに・・。」
御手洗はぶつぶつとつぶやいた。
王の間に通され、リオーマに事情を話し剣玉を渡すと、リオーマはやおら涙ぐんだ。
「コロちゃん・・・。」
そう言ったまま、剣玉を握り締めた。
「セバスチャン、コロンビアへ行くぞ!コロンボ王子と仲直りするのだ!」
「わかりました。すぐに馬車を。」
馬車?馬車で行けるようなところなのか?
「そ、それで、私達はそろそろ帰してもらえるのでしょうか?」
「おお、そなた達には大変迷惑をかけた。寂しくなるが、いつまでも引き止めておくことも出来なかろう。仕度の出来次第、発たれるが良い。土産はたくさん用意しようぞ。」
私はやっと、ホッとした。
「あの〜、セバスチャン?出来ればもっと魔法の勉強がしたいのですが・・・。」
御手洗はちょっと不満気に言った。
「いつでも城を訪ねてくるが良い。セバスチャンはいなくならないからな。おお、そうそう、魔法の書、約束どおりそなたに差し上げよう。」
リオーマは懐から、金の縁取りがされた赤くて古そうな本を取り出した。
「これで勉強なさるが良い。」
「王子、馬車の用意が出来ました。」
「それでは、余は急ぐので。」
リオーマはセバスチャンと共に、サッサと行ってしまった。魔法の書を抱えながらも、御手洗は不満そうな顔をしていた。
「当初の目的は果たしたじゃないか、御手洗。そろそろ、横浜に帰って、ゆっくりしたいよ。温泉に来てゆっくりするつもりが、ちっともゆっくり出来なかった。」
「僕はどうせなら、魔法を全部マスターしたいよ。このまま魔法学校に入ろうかと思うんだけど・・。」
私はびっくりした。
「君、本気で言っているの?とにかく、一度横浜へ帰ろう。それからゆっくり考えればいいじゃないか。ここへもいつ来てもいいって言われたんだし。」
「うーん。」
御手洗は黙り込んでしまった。私は彼に行ってほしくなかったので、必死に彼を引っ張って、とりあえずみんなのところへ連れて行った。
To be continued・・
魔法使い☆潔・魔界の城編12 2004年3月20日up
何週間かぶりにミカサに乗って、私達は地球への帰路についた。無線で話した政府の方々は相当心配していたらしく、少しお叱りの言葉を受けた。御手洗は終始黙ったままで、ずっと何かを考え込んでいた。
「また留年したらどうしよう〜、もうアメリカへ行っちゃおうかな・・・。」
大器君は柄にも無く(いや、初めて会った頃もそうだったが)不安そうな声を出していた。
「なんだったんだろうね?ハッピーエンドだと思うのに、なんかしっくりこないって感じ。あーあ、もっと温泉つかっとけば良かったな〜。」
里美も釈然としない様子だ。
「おい、本牧の店もやばいって?まあ、いいか、あそこはあまり期待していなかったんだ。いずれあの辺りはすたれると思っていたんだ。」
魔界でサミュエルが黙々とビジネスを続けていたらしく、その報告を聞きながらも西園寺はどうでもいい風だった。本当にこの男に商才はあるのだろうか?今まで成功してきたのが信じられない。いや、周りのスタッフがよほど優秀だったのか・・。
地球に到着すると、大器君の両親が横須賀まで迎えに来ていた。ASKAちゃんも誘ったそうだが、いつのまにか韓国に留学したいと言い出して、韓国語の勉強が忙しくて来られないと言われたらしい。どうせ長続きしないと本人が言っていたけどと、大器君のお母さんは笑って言った。ひかりちゃんは今日はお父さんとディズニーシーに行っていて、私と御手洗とシルバーにお土産を買ってくるそうだ。ほんの何週間かいなかっただけで言うのも変だが、変わったようで地球は何も変わっていない。そう思った。
馬車道に帰ってしばらく御手洗はぼーっと考え込んでいた。私は御手洗が行ってしまうのではないかと不安で、例のことにはふれないでいた。魔界から持ち帰ったマンドレイクの苗に水をやりながら、何ごとか鉢に向かって御手洗は話し掛けていた。ある朝、ドアがガチャンと閉まる音がして、驚いて起きた。御手洗の部屋に行くと、彼はいなかった。何も変わっていないように見えたが、妙に胸騒ぎがした。あの、魔法の書がみあたらない。案の定、御手洗はその日、帰ってこなかった。メモ一つ残さず、彼は忽然と消えた。私はパニックになった。どうしたらよいかわからず、翌日ASKAちゃんが会社から出てくるのを捕まえて訊いてみたが、彼女も何も知らなかった。里美も心配してきてくれたが、御手洗がどこへ行ったのか、捜す手立ても無かった。おそらく、あそこへ行ったのだろう。魔法学校へ・・・。確か、御手洗なら3年で魔法をマスター出来ると言われていた。それでも3年だ。私にとってはとても長い。一人でこの馬車道で、御手洗の帰りをひたすら待たねばならないのか?不安なまま3日間が過ぎた。
いなくなって4日目の朝、ガチャンとドアの開く音がした。私は飛び起きて、自室を出た。御手洗が鼻歌混じりに何やら紙袋を二つほど抱えて帰ってきていた。私は安堵の涙を流しながら言った。
「帰ったのか?」
「どうしたんだよ、石岡君、涙なんか流して?あれ、間違えたかな、石岡君、僕は何日帰ってこなかった?」
「3日間だよ。今日はいなくなって4日目だ。」
「ああ、ちょっと間違えたみたいだな・・。まだ時間移動の魔法はいまいちマスター出来ていないんだ。それにしても、たった3日間いなかっただけで、そんなに泣くのかい?そんなんじゃ僕はどこにも行けないじゃないか。ま、最も、僕は時間移動の魔法も使えるようになったから、いつでも戻ってこられるけどね。でも、あんまり使うと君よりどんどん歳をとっちゃうしなあ。若返りの魔法だけは教えてもらえなかったんだよ。僕は3年も本当はいなかったんだよ。信じる?」
私は御手洗の体に抱きついた。我ながら情けないけれど、涙がとめどなく流れた。
「何も言わずにいなくなるなよ。たとえ君がどこかへ行っても、僕は待つよ。ずっとここで待っているから。」
「わかったよ、わかったからもう離してよ。久し振りに君の入れた紅茶が飲みたいんだ。入れてくれるね?」
私はうなずいて、涙をみられないように顔を背けながら台所へ向かった。
魔法使い☆潔・魔界の城編 END
魔法使い☆潔・魔界の城編