THE HIRO IS  "NEVER DIE"

「おーい、石岡君、早く起きたまえ!夕べ仕事は終わったんだろう?外は素晴らしくいい天気だ。散歩がてらプリンパンを買いに行くにはもってこいの日だよ!!」

友人のガシガシ私の部屋のドアを叩く音に文字通り叩き起こされながら、枕元の目覚ましを見ると、まだ朝の9時をまわったところだった。
夕べ仕事が終わったとは言っても、私が原稿を書き終えたのは夜中の3時過ぎである。それからもろもろのことを片付けて、シャワーを浴びて眠りについたのは明け方の5時過ぎくらいだった。最近、睡眠時間を削りに削って原稿を書いていたので、今日は昼過ぎまで眠る予定だったのは言うまでもない。

「なんなんだい、そのプリンパンっていうのは。僕は夕べも遅かったんだよ。もう少し寝かせておいてくれないか?」
「何を言っているんだい、石岡君。何日も外に出ないで原稿ばかり書いていて、そろそろ太陽の光を浴びないと、ミイラのように干からびてしまうぜ。昨日、ネットサーフィンをしていたら、ワールドポーターズのパン屋にプリンパンなるものが売っているらしいという書き込みを見つけたんだ。なんでも、プリンが丸ごと1個、入ったパンらしい。どういった形状で、どのような工程で作られているのか興味がないかい?そう思って、昨日夕方5時過ぎに買いに行ってみたんだが、もう影も形もなく売り切れてしまっていた。きっと、朝一で買いに行かなければ買えないんだよ。これで僕が急いでいる理由がわかったかい?ほら、僕が入れてあげた紅茶が冷めてしまうよ。はやく起きて仕度をしないか。」

サーフィンがミイラでプリンが丸ごと?なんだかわけがわからないが、せっかく友人が入れてくれた紅茶は飲まなければいけないらしい。私はのそのそとベットを抜け出し、自室のドアを開けて出た。
「そのプリンパンっていうのは一人では買いに行けないのかい?昨日も一人で買いに行ったんだろう?」
私が半ば投げやりに言うと、友人は信じられないというような表情をした。
「君はなんて冷たいことを言うんだい?僕が何日も太陽の光も浴びず、ろくに運動もしていないであろう君の体を心配して散歩に誘ってあげているのに、僕に一人でプリンパンを買いに行けっていうのかい?もういいよ、僕はプリンパンを買いに行くけれど、君の分は1個だって買ってきてはやらないからね!」
「あー、わかったよ、すぐに仕度をするからさあ、でもその前に君がせっかく入れてくれた紅茶を飲ませてくれないかい?」
私があわてて言うと、友人はころっと機嫌を直し、いそいそと台所へ紅茶のポットを取りに行った。

紅茶を飲み、急いで仕度をして友人と馬車道の通りに出ると、なるほど外はとても良い天気だった。空は抜けるように青く、海風が頬に優しく、心地よくふいてくる。最近、友人はみなとみらい方面がお気に入りのようで、しょっちゅう散歩に行っては観覧車などに乗っているらしい。妙に慣れた足取りで、うきうきと海岸方面に向かい歩いていく。
ワールドポーターズは馬車道からまっすぐ海岸方面に10分ほど歩いたところにある。世界各国の食材が売っていたり、きれいな映画館も入っていて、横浜の新たな観光スポットになっている。

ワールドポーターズの手前の信号のところにさしかかった時、右手に見える赤レンガ倉庫の方で、何かの撮影をしているらしい人々が見えた。かなりな人数なので、素人の自主制作映画の撮影などではなさそうだ。

「あれ、石岡君、何かの撮影をしているようだね。まだ開店までは30分近くある。ちょっと見に行ってみようか。」
うん?まだ10時までそんなにあったのか。ならばもう30分寝ていたかったなどと考えている暇もなく、友人は赤レンガ倉庫の方へ歩き出してしまった。まあ、友人は散歩などとは言ってもプリンパンがメインの目的、それも形状がどうこうではなく味の方が目的なのだとわかってはいたが、一応散歩という名目で出てきたのだから、ちょっとくらい寄り道してもいいだろうと思って、私はついていった。これがもし、レオナの映画の撮影か何かだったら、絶対に友人は回れ右をして逃げ帰ってくるのだろう。

赤レンガ倉庫に着くと、なにやら数台のカメラが構えている中心が撮影の対象らしかった。丸首の無地のTシャツの上に半そでのチェックの開襟シャツを羽織った、金髪の髪をつんつんに逆立てた青年が、胸の前で手をクロスさせた妙なポーズでスタンバイしている。何の撮影だろうと見渡してみると、手前の折りたたみ式のスタッフ椅子に妙な物体が2体、人間の首を出して座っているのが見えた。
「石岡君、これは何の撮影だろうね。なんだかグロテスクな着ぐるみを着た人が座っているね。おや、片方の人が持っているのは何か、見覚えのあるマスクのようだが・・・。」
着ぐるみを着た二人は、そろってこれから頭に被るのであろうマスクをひざの上に抱えていた。片方は得体の知れない幽霊、というより化け物のようなマスク、もう片方は何か見覚えのある虫の顔のようなマスクだ。
「ああ、あれはバッタの怪物に改造されそうになって危うく逃げ出して、その後変身能力を身に付けて孤独なヒーローを気取っている、仮面ライダーとかいう代物じゃないかね?もちろん、僕は子供の頃は、そんな幼稚な番組はみてはいなかったがね。今でも続いているとは驚きだね。それにしても、あの仮面ライダーはバッタというより、まるでカミキリムシだね。あの金髪の青年が仮面ライダーに変身するんだろうか?ずいぶん、日本のヒーローも変わったね。ちなみにね、石岡君、初代の仮面ライダーの藤○弘は変身後の仮面ライダーも着ぐるみを着て一人で演じていたんだ。だから途中で怪我をして、2号に不自然な形でバトンタッチすることになるんだけれどね。あの着ぐるみを着ているのは、差し詰めJACのお兄さんと言ったところか・・・。」
友人は明らかに嬉しそうに一気にしゃべりまくった。何が僕はそんな幼稚な番組はみていなかっただ、みてもいないでそんなに詳しく知っているわけがないではないか。

「ずいぶんよくご存知ですね。」
後ろから声をかけられて振り返ると、缶ジュースをたくさん詰め込んだ重そうなコンビニのビニール袋を下げた若いジーパン姿の女性が笑顔で立っていた。彼女も、撮影のスタッフの一人なのだろうか?
「お察しの通り、仮面ライダーはJACの方が着ぐるみを着て演じているんです。でも、先日事故で、いつも仮面ライダーを演じてくれていた人が怪我をしてしまい、いまだに意識不明で入院しているんです。あそこに座っている人は、同じJACの人ですけど、代わりに撮影に参加してくれているんです。だけど、やはり仮面ライダーにも人間役の役者の動きに合わせた個性みたいなのがあって、代わりの人ではなかなかその動きが再現出来ないんです。それで、撮影がけっこうおしてしまっていて・・・。
あ、ちなみに、今の仮面ライダーはバッタの改造人間ではありません。念の為。」
彼女はそう言って、軽く会釈をすると、バタバタと撮影クルーの中へ帰っていった。

「ふーん、改造人間じゃなければ、何で変身するんだろうね。あ、どうやら撮影が休憩に入るようだね。ちょっと、あの金髪の青年に、話でも聞きに行こうじゃないか。」
「おーい、そんな勝手に役者さんに話を聞こうだなんて、まずいんじゃないか?」
止める間もなく、撮影が一段落してスタッフ椅子に腰掛けている金髪の青年のところへ、友人はスタスタと近づいて行ってしまった。スタッフ達は次の撮影の準備などもあってか色々と忙しいらしく、誰も友人を止めようとしない。私も仕方なく、友人の後を追った。

友人が金髪の青年に声を掛けようとすると、青年が大きな溜め息をつきながら、頭を抱えて大きくうなだれた。すると、横に座っていた、仮面ライダーの着ぐるみを着たJACの人が、慰めるように声を掛けた。
「すみません、僕もなるべく信さんの代わりがつとまるよう、努力しているんですが・・・。大丈夫、信さんは強い人です。必ず意識を回復して、すぐに現場に復活してくれますよ。」
「そやなあ。信さん、夏の炎天下の撮影でも、あんな着ぐるみ着てよっぽど暑いだろうに、半袖着ててもフラフラになっている俺気遣って、大丈夫かって言ってくれるくらい強かったもんなあ。でも、俺、信さんが心配で心配で撮影に身が入らへんねん。
・・・それにしても、何であの日、信さんわざわざ小道具の倉庫なんかに行ったんやろ。たまたまキャビネット止めてたネジが緩んでて、たまたま重い小道具が外に出てたから倒れたんやゆうたかて、たまたま事故にあったなんて、俺、納得出来へんねん。」
どうやら、意外にも仮面ライダーの青年は関西人らしい。そういえば、精悍な顔立ちの中にも、関西人らしい愛嬌がみえないこともない。
「ほう、JACのお兄さんは、たまたま小道具の倉庫で事故に遭ったのですか?」
友人が声を掛けると、青年は別段驚く様子もなく、人懐っこい顔をこっちに向けた。
「そうなんです、聞いてくれますか?あの日、信さんは小道具の倉庫なんかへ行く予定はなかったはずなんです。」
青年は、半ば興奮して、しゃべりはじめた。私達を撮影のスタッフだと勘違いでもしているのだろうか?

「あの日は、病院内に怪人が現れる話の回の撮影で、1日中撮影所内での、室内の撮影でした。医者や看護婦のエキストラを何人か入れて、かなり夜遅くまで撮っていました。信さんは先にあがってもう着替えてはったのですが、僕をバイクで家まで送ってくれようと、僕の楽屋で長いこと待っていてくれはったんです。僕がようやく撮影を終えて、楽屋に帰って私服に着替えて衣装を衣裳部屋に返しに行こうとしたら、監督に翌日の演技のことで、ちょっと呼ばれてしまって・・・。それで信さん、衣装を代わりに返しに行ってくれるって言ったんです。」
青年はそこまで一気にしゃべると、ふっと悲しい目をしてうつむいた。
「でも、打ち合わせが終わって楽屋に帰っても、信さん戻ってきてなくて、しばらく待っていたら、小道具倉庫の方で、ガッチャーンて、何かが倒れるような音がしたんですわ。俺、なんやろ思って、小道具倉庫に行ってみたら、信さん、小道具しまってあるキャビネットの下敷きになって、倒れてはったんです。慌ててキャビネットたてなおして信さんひきずりだしたんですけど、呼んでも全然意識、戻らなくって・・・。すぐに救急車呼んで病院行ったけど、怪我はたいしたことないねんけど、打ち所悪かったんか、意識が全然もどらへんねん。」
「ほう、それでキャビネットは何故倒れたんだい?」
「その日、病院のセット撮影やったから、キャビネットの下の方にしまってあった病院の重たい器具なんかが、みんな撮影で外に出ててん。もともと、最近キャビネット壁に留めてあるネジが緩んでて、気をつけるようにみんな言われててんけど、下の方の重しがなくなってたから、よけいにキャビネットは倒れやすくなっててん。信さん、なぜか上の方の帽子なんかが入っていた引き出しあけて、その引き出しの重みでキャビネットが倒れたらしいんや。でも、その日は病院のセット内での撮影やったんやで?誰も、帽子なんかかぶっていたやつはおれへんし、何で帽子類の引き出しなんかあけたのか、わからへんねん。」
青年は、すでに涙さえ浮かべている。

そこへ、先ほどコンビニの袋を持っていた女性が、缶ジュースを持ってやってきた。
「友野さん、ジュースお茶で良かったですか?」
「ああ、さくらちゃん、ちょうどのど渇いてたところや。ありがとう。」
青年は泣き笑いの顔で、女性から缶のお茶を受け取った。
「あ、友野さん、上着の袖、ほつれてます。脱いでください、縫っておかないと、美咲さんに殺されちゃいます。」
殺される?なんでそんな物騒な言い方するんだろうと思ったが、青年もあわてて、
「わあ、やばいわ。悪いけど、はよう縫ってくれる?美咲さんにばれたら、それこそ殺されるわ!!」
と言いながら、上着を脱いだ。
「美咲さんって、誰なんですか?」
私は、初めて友野と呼ばれるこの青年に、声を掛けた。
「美咲さんは、うちの撮影所の衣装さんやねんけど、これがまた、性格悪いおばはんで、おばはんゆうても30そこそこやと思うんやけど、人をいじめるのを生きがいにしてはるような人ですねん。いっつも理由もなく怒ってはって、人が何かミスでもしようもんなら、鬼の首取ったように怒って怒鳴り散らすんですわ。こないだも、バスガイドの衣装着てはったエキストラさんが、バスガイドの衣装と一緒にバスガイドの帽子衣裳部屋に返しに行ったら、『これは衣装じゃないでしょ!小道具の倉庫に戻してくれなきゃ困るじゃないの!!』って、怒鳴り散らして、そんなん、エキストラさんが知ってはる訳ないやないですか。泣きながら小道具の倉庫どこですかって、そらもう気の毒やったわあ。」

すると、しばらく宙を見つめて考え込んでいた御手洗が、ふっと思い出したように言った。
「その日は、病院のセットでの撮影だったと言ったね。」
「はあ、そうですけど。」
「看護婦のエキストラがいたと言ったね。当然、その看護婦は、ナースキャップを被っていたんだろうね。」
「はあ、それは、看護婦ですから・・・。あっ!!」
友野さんは急に何かに気づいたように、立ち上がった。
「さくらちゃん、あの日、エキストラさんの看護婦の衣装、戻しに行ったのは誰や?」
「はあ、あたしですけど・・・。」
さくらちゃんは縫い物の手を休めて、ぽかんとした顔で言った。
「看護婦の衣装、戻しに行った時、ナースキャップも持っていかへんかったか?」
「ああ、そういえば、一式一緒に衣裳部屋に持っていって、でも美咲さんちょうどいらっしゃらなくて、そのままたたんで置いておいたと思いますけど・・・。」
「それや!信さん、あの日、俺の衣装代わりに衣裳部屋に返しに行って、看護婦の衣装と一緒にナースキャップが置いてはるのを見たんや!ナースキャップは小道具やから、小道具倉庫に戻しておかな、また誰かが美咲さんにしかられると思って、信さん、小道具倉庫に戻しに行きはったんや!!」
「ええ、じゃあ、あたしのせいで信さんは・・・。」
さくらちゃんは、ショックで縫い物を落としてしまった。みるみる涙が湧いて出て、とうとうその場に泣き崩れてしまった。
「そんな、さくらちゃん、さくらちゃんのせいやないって。信さんは優しくて、強〜い人や。さくらちゃんのことかばおう思って、してくれたんやで。大丈夫、必ず意識が戻って、すぐにまた、ライダーキックやかかとおとし、かましてくれるって。」
慰めながら、友野さんも、その大きな瞳から涙を流していた。

「友野さん、病院から今、電話がありました!」
さっきまで、携帯電話で話していたらしいスタッフの一人が、叫びながら駆け寄ってきた。
「信さん、大丈夫だって!今さっき、意識回復したって!!」
「うおー!!!」
スタッフ全員の口から、歓声があがった。
「やったー、これで、心置きなく撮影再開できるぞ!!」
「そうだ、信さんが戻ってくるまで、俺達だけで、がんばるんだ!!」
「おい、友野、撮影はじめるぞ!」
監督らしい人が、友野さんに向って叫んだ。
さくらちゃんが、縫い物を拾って、あわてて仕上げて友野さんの肩にかけた。
「おーっし、全快バリバリやでー!!」
友野さんは叫んで、スタッフ達の輪の中に走っていった。

「そうだ、石岡君、いつのまにか10時を過ぎてしまったよ!とんだ道草を食ってしまった!」
御手洗が叫んで、あわてて元来た道を戻り始めた。
「赤い赤〜い、赤い車両の京急〜♪あ、そういえば、あの仮面ライダーはなんで変身できるのか、聞くのを忘れてしまったね。」
意味不明の歌を歌いながらも、彼はなんだか楽しそうだった。

                                    (了)

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