日々、是、たぶん、名言
- いい人を虐げれば、自分が正当化される、いい人を迫害すれば、自分が正当化される。
- この世には、二つの普通がある。
一つは、正論や正義、そりゃそうだと誰もが認めること。
二つ目は、この世に合わせていく生き方、多くの人がとる生き方や考え方。
どちらも、共通して言えるのは「理解できる」ということ。
- 疑問というタガをはずすといろんな知識が入ってくる。逆に洗脳されやすい。親が疑問というタガを外していたら、子供も外すでしょう。
また、世の中の空気にもよる。
- 幸せな人からは幸せな霊波が出ている。しかし、これに与ればいいが、今の世の中、これを妬み潰す奴が多い。
- 男でキリスト教は今の時代というかこの国では難しいかも。
- 例えば、「善悪は目的によって判断される」という真理を持った人間がいるとする。当然、この真理を受け入れてしまうと、悪い人にとっては不利になる。だから、きれいな言葉でもって誘惑し、善を無くそうとする。要は認めようとしない、認めれば、自分の非を認めることになるから。
- 謝らない奴は完璧なんですか?
- 疑義(疑わしい義)は悪い方にとれば大概は正解だ。
- 正義とは何か?それは不当に対する憤りである。不当とは何か、悪意のある言動、あるいは、理不尽である。理不尽とは何か?それは、相手の気持ちを考えないで害することである。それは、言動であったり、ものであったりもする。例えば、絶対にクリアできないRPG(ロール・プレイング・ゲーム)がそうである。理不尽には法の規制がない、だから、もし、そういうゲームを作ったとしても裁かれないし、やっているやつが馬鹿だということになる。何とも悲しい世界だ。賢い人はもし、そういうゲームに出くわしても、「あれ、これなんかおかしいなって思って、やめて、憤る」。しかし、世の中に出ているものは全て、いいものなんだと思い込んでいる人は、「あれ、これおかしいな」と思うことはあるが、そんなバカなことはないと思い込んで続けてしまう。
- 真理は無条件に入ってくる毒か?真・善・美は、働いている人にとっては毒でしかない。
- お金の問題はシンプルな問題だ。それなのに、そこまでして働くかという人が多い。
- 自己実現を目指すのが幸せだと仮定してみよう。こっちはお金の問題より複雑だが、達成した時の喜びは、給料が上がることより、嬉しいはず。
- 上から目線でものを言われるのが嫌な人は、働くな!職場は大概そうだから。偉そうにするなという奴は働くな!職場は大概そうだから。
- 人間は人権を得るために長い間、戦ってきた。いつの時代も。
- 目に見えるものは可視光線と言われている。目に見えないもの、例えば、X泉なんかは目に見えないけど、確かにある。脳波もそのうちの一つであろう。そう考えると、目に見えないだけで、霊波やそういう類いのものを否定するのはどうだろうか。心も見えないけど、会話すると見えてくるではないか。
- 人間ってのは、「自分のため」が含めれていない限り、いいことはしない。これは、みんなそうだ。
- 警察の中はうつ病(やる気ない)だらけ。
- いいから、口を開けて、理不尽を飲め!!
- 親が子供を応援するのか、それとも、自分のために働けと言って、奴隷にするのかで、子供の人生は天国にも地獄にもなる。
- 人間は助け合って生きていかなければならない。なぜなら、一人では苦しいからだ。日常生活でもその必要があるのに、同じ会社で働いている者どうしが助け合わない。むしろ、潰しあいが起きている。
- 日常生活でも助け合って生きていかなければならないなら、仕事なら、なおさら、そうではないのか?
- 腐敗を競っているの?いかに腐敗するかを競っているの?
- 人間の自然を否定するなら、米を食べるな、野菜を食べるな、肉を食べるな、魚を食べるな、畳の上で寝るな、ビニールやポリエステルやコンクリートだけで生活しろ!
- 精神障害者より、精神腐敗者の方が多い。
- 女のアドバイスほど、無責任なものはないかもしれない。
- 歳を重ねれば重ねるほど人は賢くなると思っていた。しかし、現実は違った。
- 自己憐憫(自己嫌悪)している人が一番救いに近い。
- 人間の罪は全て、生きるため。だから、十字架で全部消せる。
- 聖書は、まるで、神(イエス)だけが十字架にかかる役目で、人間のやることじゃないというようなオーラが感じられる。
- ブログのベスト
- 神様のブログURL:https://ameblo.jp/cookdotricky/