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不死なる衛兵

著:トーレント=ソール
訳:シスイ=フロート   
 

――スケルトン――
主に、人間の骨を用いて作り出されるアンデット。疲れを知らず、死を恐れず、自我も無い。
その特性ゆえに、召喚術士やネクロマンサーに、邸の護衛として用いられる事も多々ある。

しかし、彼は特別だった…

彼は、自我を持ち、言葉を話す。彼は、己の意思で主を選び、そして仕える。

 

 

――少女は、泣いていた。床に付した老兵に縋り付き、その顔を涙で濡らしていた。――

「う…っうぅ…バ……ルっじ……き…って、死…っじゃ……メ……」

嗚咽を漏らす少女に、老兵は優しく語りかける。

「…お嬢様、涙を拭いて、どうか笑顔を見せてください。……貴女と共に過ごした数年間、実に充実した日々でした。有難う御座います。」

「うっ……じっ…い…」

「……唯一心残りなのは、貴女を成人まで見守る事が出来なかった事、ですかな。」そう言って、老兵は微笑む。

「っ死…じゃ…ダ…っ…」少女の瞳から雫が溢れ出て、止まる様子は無い。

老兵は言葉を紡ぐ「お嬢様…最後のお願いです。」

「……メっ…イ…ヤ…」

「どうか、笑顔をお見せください。」

少女は涙を拭い精一杯の笑顔を向けた。

「…………有難う御座います。」少女の頭を撫で、微笑み返すと、彼の手は力無く崩れ落ちた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

……夢を見ていた…もう、十数年も前の夢を、イヤ……まだ、十数年と言うべきか。

「んっ?…。まさか、この身体になって居眠りをするとは、思わなんだ。あの時の夢か…懐かしい。」

「じい。目は覚めた?」微笑少女が告げる。

「………………」

「ん?じい。どうしたの?」不思議そうに、少女は尋ねる。

「いえ、お嬢様も大きくなられた、と思いましてな。」

「……ふふふ。可笑しな事を、言うのね。」少女は、少々の沈黙の後、すぐに笑顔でそう言った。

「あれから、十四年も経つのよ。」

「もう、そんなに経ちますか。しかし、お嬢様の成人を見守る事は、出来そうですな。」
そう言って、彼は顎の骨を鳴らす。人間で言えば微笑む、と言った所か。

「ふふふふふふ。あの時も、似たような事を言っていたわね。」少女は本当に幸せそうに微笑む。

「明日が楽しみです。お嬢様、おめでとう御座います。」老兵は一礼と共に言った。

「バルじい。まだ、早いわよ。」

――静かな午後、静かな庭で、少女と、意思有るスケルトンが微笑む。軟らかい風が、二人を包む――

 

 

――某魔術学院図書館『魔獣伝承記シリーズ第1巻9章』参照――
 

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