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「スノーホワイトとの同居顛末記02」

著:グリーン=ヒル
訳:Yen-Xing                                                                      
 
 

 チリンチリン

 玄関先でドアベルが鳴らされた。
 
私は授業草稿を書いていたペンをテーブルに置き、玄関へと向かう。部屋を出るとちょうどメッセンジャーがセレーネに荷物を渡して帰るところだった。キッチンのテーブルで勝手に梱包を開けようとするセレーネからひょいと荷物を取り上げると書斎へ戻り、ペーパーナイフで封を破る。

「ずる〜い! ちょっと見せてくれたっていいじゃな〜い」
「かって人の小包を開けるんじゃない。中に何が入っているともかぎらないんだし」
「それってそんなに悪いことなの?」

 私にまとわりつくセレーネは外見13才ぐらいの可憐な少女だ。僅かに彼女の周囲が常に冷えていることを除けば殆ど人間と変わりない。しかし彼女はジオテラン大森林地帯の更に北部に広がり一年中氷雪に閉ざされた氷刃山に住まう氷雪の精霊であり、その眷属を統べる「雪の女王」の娘「スノーホワイト」だ。

 年齢だって13歳ではない、彼女によると精霊は人間とは比較にならないぐらいの寿命を持つらしい。誕生・成長も精霊故に人とは大きく異なる。氷刃山上空で吹き荒れる冷気と雪の女王の息吹が合わさる中から彼女達は舞い降りてくる。舞い降りる彼女達の姿は5〜8歳くらいの少女であり、吐く息でさえ凍る寒さに耐えることが出来るのならば、彼女達が踊る生誕と雪への祝福の舞が見られると言う。

 それから彼女達は雪の女王が住まう宮殿で生活を始める。とはいえ仮にも氷雪精霊を統べる女王の娘であるからして、それなりに貴婦人としての扱いをされるらしい。しばらくは普通の人間と同じように成長するが徐々にその速度は低下し、最終的に100年ほどかけて25歳ぐらいの外見になる。そして最後は女王を次ぐもの以外は再び氷雪の嵐へと同化するのだそうだ。ちなみにセレーネの年令は・・・・・・聞こうとしたら一晩氷漬にされた。すくなくとも7年前に出合った時から外見はそれほど変化していない。

 彼女は私が召喚したのではない。そもそも大学院では防護結界外での召喚・使役にはあらかじめ申請が必要である。「みだりに学園内で召喚術を使うべからす」と学内規則にもあり、我々教職も幾分規制がゆるいとはいえ同様である。これは万が一の召喚術の暴走に備えての措置である。

 本来なら彼女も申請対象なのだが、彼女の場合は少し特殊である。何しろ私は彼女を「支配」している訳ではなく、彼女の方が勝手に押しかけたのだ。その辺りの事情を事務局と散々やりあった結果、「野良精霊」いうことで決着がつき、万が一の際は私が責任を負うと言う形にしている。

実は、彼女から真の名を教えてはもらってるのだが、果たしてその意味を彼女が正しく理解しているのかはなはだ疑問ではある。

 ここまで管理が厳しくなったのには訳がある。

 とある学院生がこっそりストーンバシリスクを召喚した。ところが制御に失敗し暴走。申請がされて居なかったが為に、初期対応が遅れ被害が拡大したと言う事件があった。当時、通常の小型召喚陣使用程度なら事後申請でも許可されたが、特殊防護仕様の召喚陣ともなると仕様申請だけで1週間掛かることはザラであり、さらに暴走に備えての防護陣の設定もあわせて提出しなければならなかった。それを嫌った若い院生の暴走によるものだったが・・・・・・

 学院外の人間が石化する自体にまで発展したこの大事件の処罰であるが犯人の学生は退学処分、管理教官は降格及び減給処分、所属研究室は1期分予算半額という結果になったのは止むを得ないところであろう。

現在は小型召喚陣については事件前と同じくらいの規制にまで戻ったが、大型魔法陣に付いては防護陣の有無に関わらず依然として厳しい規制が引かれている。

そんなわけで私はセレーネを監督する義務がついて周り・・・・・・物珍しげにその辺の実験機材や資料に触っては被害を発生させる彼女の面倒を見るのに日々てんてこまいである。雪と氷の精霊たる彼女がまとう冷気はかなりの物で、触れるだけで対象を氷結させかねない。コップに入れた水の表面を凍結させるならコップを持ってホンの数秒、1分も有ればコップの中身まで完全に凍結できる。その威力は彼女の感情に左右されるようであり、怒ったときや喜んだときなどには局地的なブリザードが吹き荒れることになるのである。

 問題は、その威力を彼女が自覚して居らず、被害を往々にして振りまくと言うことだ。彼女が今までいた氷刃山の宮殿は住人が住人だけに対冷構造もしっかりしているのだが、同じ調子で平原中央の学院内で動かれた為、当初は周囲に被害が続出した。井戸は凍るし窓ガラスは凍て付いて割れるし扉は氷で動かなくなるし金属製ドアノブまで強烈な冷気で冷やされた為にうっかり触って凍傷を通り越して皮膚が張り付いた犠牲者まで出たし・・・・・・あぁ、今日だけで既に詫び状を何枚書かなきゃいけないことやら。

ついでに言うと私がさっきから書いているのも、その詫び状と始末書である。

 先程届いたのはサザンから遠く離れたシンプカン遺跡にて発見された琥珀の結晶だ。幸いなことに琥珀は他の宝石同様冷気には強く、彼女によってその組成が壊れたと言う様子は無かった。私の研究テーマは主に魔法帝国時代の頃に失われた様様な喪失技術についてのものである。ともすれば色物とされかねない危険な分野だが、世間一般の定説とは大きく異なる技術を目の当たりにできるのは何にも替えがたい喜びである。今回届いた琥珀はその研究対象として現地から送ってもらったのだ

「きらきらしていて綺麗〜ねぇ、ちょうだいちょうだい!」

私の周りを飛び跳ねて(文字通り彼女は飛べるのだ)おねだりするセレーネ、既に周囲は肌寒いくらいに冷えてきた。

「ちょっとおちつけったら。この琥珀がどんな代物か分かったものじゃないんだから」
「あぶないの?」
「なにしろ魔法帝国時代の遺跡から出てきた代物だからなぁ」
「あれ? 何か入っているの・・・・・・?」
「当時の召喚術符が偶然、樹液に閉じ込められてそのまま化石化したらしい。上手く解析できれば喪失技術の一つが解明できるよ」

 などとはいっているが、実はスノーホワイトを召喚する方法もつい最近まで喪失技術だったのだ。魔法帝国が滅び、暫くした頃に一時的に魔法技術が当時の水準に近い形で隆盛したことが在った。スノーホワイトを召喚・使役する技術はその当時に編み出された技術であるが、戦乱と時代の流れの中に埋もれ去った。その後、六門世界で時間の概念に大きく変動が在った時期があったらしく。その時にスノーホワイトを召喚する方法が再発見された。しかし、喪失技術オリジナルの方法とは少々異なる方法であるとも当時の文献には記述されていた。そんな訳で彼女は辛うじて騒がれない程度には「ありえる」存在となっていた。

 ただ何時もは明るいセレーネも、召喚され支配されている彼女の同属と出会うと悲しそうな表情を浮かべる。自由気ままな風の精霊であるためかスノーホワイトは普段は自由な風が吹く野外を好む。むしろ私にべったりで始終屋内にいるセレーネのような存在はスノーホワイト内でも非常に珍しい。それでもセレーネは午前中あるいは午後いっぱいなど一旦外に出ると数時間は戻ってこない(もっとも、その分外で被害を出していると言う可能性のほうが高いのだが)近年になって遺跡から見つかった方法でスノーホワイト達を縛っている召喚術師たちは彼女達の生態に意外なほど頓着しない。召喚した彼女達をずっと屋内の閉じ込めておき、召喚術師が出かけるときに同行させて外の空気を吸わせる程度でこれでは非常に彼女達に負担を強いている。

 これはスノーホワイトに限らず他の召喚対象でも同じであり、呼び出すだけ呼び出しておいて、その維持管理に気を払わず、用が終わったら送還あるいはその場で開放する者が後を絶たない。召喚術は突き詰めれば『対象を思うがままに操る非道の技術』とはいえ、これでは余りに身勝手であると言わざるを得ない。いずれ何らかの形で反動がこないか心配である。

 そういえば、近頃そういった横暴召喚術師が闇夜に袋叩きにあるという事件があったばかりだ。学内自警団結成のうわさもあるが、暫くは夜に出歩くのは控えるようにしよう・・・・・・ふと、顔を上げる。さっきまで私の記述を横から覗いていたセレーネがこっそり窓から逃げ出すところが目に入ってきた。

「ふむ、まさかとは思ったが?」

「セレーネじゃないよっ! 召喚術師襲って友達の開放なんてしていないよっ!!」

・・・・・・見事に自白(いや自爆?)していた。

「とりあえず、彼らの処遇は私に任せてくれ。君が勝手に動くとそちらの方が不味い」

「どうしてっ! 友達が閉じ込められているのに黙って見過ごすなんて出来ないよっ!」

「そういった輩を処罰する為の罰則委員会だって存在するんだ。セレーネのやっていることは私怨による暴行と何ら変わりない」

「でもっ!」

「じゃあ、セレーネに対する私の監督不行届で君と一緒にいられなくても良いってことなんだね?」

「それもやだ!」

「じゃあ、僕たちに任せてくれ。」

「でもぉ・・・・・・」

「召喚術は相手を支配する非道の技だ。でも相手と同意の上で力を貸してもらう技術にだって出来る。それを決めるのは召喚術士だし私は彼らを指導する立場にある。セレーネの気持ちは嬉しいけれどそれじゃ解決にならないんだ。召喚術は相手を理解し、お互い思いやれる関係を作ることが何より重要だってことを理解するには 時間がかかると思う。でも、コレは召喚術士が自然と理解しなきゃ行けないことなんだと私は思って居る。辛いけど、がまんしてくれ。」

「う……わかった。」

 そういうと彼女は落ち込んだ様子で外へでていった。あの様子だともう今夜は襲撃をすることはないだろう。とはいえ、常時召喚されている精霊達の保護は早急に手を打たないと……どうやら私の残業は当分続きそうだった。
 

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