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ハーピィの生態について

著:ガーム=ゼイン
訳:あきたけ
 

 ──ハーピィ。〈風〉のエレメントに属する魔物の一種。見目麗しい女性の上半身を有するが、その腕は翼であり、また脚は鳥類のそれである。性格は獰猛、姑息にして群を成して行動する。なお六門の東方、モーングロシア地方に多く生息している。
 これが一般的なハーピィの評価であり、事実その多くは彼女たちの実態を言い当てている。しかし、私はそれ以外の彼女たちの一面を知り、そしてそれを公開する機会を得たことに感謝したい。
 まず、彼女たちの住居について触れてみよう。一般にハーピィは、モルゴ山脈のような人間の立ち寄る事のない険しい山岳地帯に住んでいる。また、タージケントのように〈風〉のエレメントが必要以上に多くなったため浮上してしまった巨岩に住んでいる者もいるという。どちらにせよ翼無き者は立ち寄ることすら叶わないであろう秘境である。
 そこにおいて彼女たちは様々に役割を定め、〈風に舞う翼〉や〈紡ぎ伝えるもの〉など部族ごと異なる名前を持ち、それぞれに分かれて生活している。そしてその頂点に立つ者こそ、『天空の舞姫』と呼ばれる女王である。なお、その座を補佐する者として、『月光に踊る者(ムーンライト・ダンサー)』と呼ばれる者も存在している。
 現在より数百年前、ハーピィたちは現在のような部族には分かれておらず、風使いハーピィや北風のハーピィなど、およそおおまかな分類しかなされてはいなかった。その時代の彼女たちは、先に述べたように獰猛な性格で、人間、特に子供が襲われることも決して少なくはなかった。家畜などが襲われることはさらに多く、当時ハーピィと言えばゴブリンやオークに並んで略奪者の代名詞と言っても過言ではなかったほどだ。
 しかし、強大な外敵の現れたその時、ハーピィ全体をまとめる者が現れた。それが初代『天空の舞姫』クァニスである。本人も様々な魔術を使いこなし、更にハーピィの能力を飛躍的に高める魔力を持っていた。そして彼女はその圧倒的な能力を以て配下のハーピィを率い、外敵を退けたと言う。
 以来、聡明な彼女の指導の下にハーピィたちは様々な文化(踊りと詩をこよなく愛する様になったのも、彼女の影響だと言われている)を形成し、多種族との軋轢をなるべく避けるようにした。なお、ハーピィは死ぬその直前まで若い姿を保つが、彼女たちの伝説では、クァニアは未だその美貌を保ったままいずこかで生き続け、種族の危機には彼女らを導くといわれている。
 さて、話せば尽きじハーピィの伝説だが、今回の趣旨には反する。この程度で切り上げ、再び彼女たちの生態について述べていきたい。
 ハーピィの不思議な生態の一つとして、必ず女性しか存在しないと言うことがある。これを知れば、いかにして彼女たちが種を保存していくのかというのは誰しも思うことであろう。答えは簡単である。彼女たちには、一時ではあるが人間に擬態する能力が備わっている。つまり、人間の男性を一夜の伴侶とするのである。
 なぜ人間なのか、と言う事には諸説あるが、私は人間のエレメントの不安定さにあると思っている。ご存じの通り、人間は生まれたときには全く属性を持っていない。成長するにつれ、周囲の環境によってエレメントを取り込み、二つの属性を持つことになるのである。これは人間以外の種族には見られない特徴であり、それこそがハーピィやラミア、他の女性型の魔物が人間を伴侶とする理由であろう。属性が無い、つまりいかなる属性にも転化する事が出来る人間を彼女たちが選んだのは、おそらく至極自然なことなのだろう。
 もう一つ、鳥と同じように渡りを行うということが挙げられる。ただ、これは鳥のように一年に一度ではなく数十年に一度という長い周期のことであり、「快適な住居を求めて」行うことでないのは自明の事である。渡りを行えないハーピィは本能と理性の葛藤に耐えられず狂死すると言うから、おそらくこれは、彼女たちが未だハーピィとして分化していない時代の名残であろうと推察する。
 これらの論は私が実際に見聞した物ではあるが、あくまで私見であり、明確な根拠があっての事ではない。しかし、私は私の論に自信を持ってこれを発表するものである。

──聖エルド歴295年、ガーム=ゼイン著『六門魔術見聞禄』より抜粋。
 

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