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 偽書・六門世界召喚術概論より
「魔の狂詩曲(番外編)」(旧題:召喚術の理論と実用)

著:アスルト=カイル
訳:R太郎
 

 ………その男“ラルフマン”は一風変わっていた………。
長身の旅装束のその男は、この物騒なスラム街を手ぶらで歩いている。
……武器らしいモノを持っていない……。はっきり言って無謀だ。
 長身にも関わらず些か頼り無い印象を与えるこの無謀な男は案の定、
ガラの悪い連中に囲まれる。
「おい兄ちゃん、調子はどうだい?」
男達の中の一人が、絡んでくる。そして、お決まりの台詞だ。
「お前の懐具合、金持ってるかって聞いてるんだよォ!!」
「いやぁ……それが……」
囲まれているので、ちょっとビビりながらも、へらへらと答える。
「俺の財布はさぁ、『彼女』に預かってもらってるから、俺をひっくり
 返したって、お金は出てこないよ? せいぜい小銭が数枚程度かな。」
「……お前女の尻に敷かれてるのかよ?でかいなりして情けねえなぁ。」
「……ガキかお前は。そんなヤツに用は無ぇよ。」
男の情け無い返答にスラム街に巣食う無法者達は仕事を忘れて大笑いだ。
「……ところで、『ハギル・マギル』って方を御存知ありません?」
「何ぃ? お前なんかがハギルの旦那に何の用でい?」
「おいおい、お前みたいなのが旦那に掛かった賞金目当てで来たなんて
 バカ抜かすんじゃねぇだろうなぁ?……お前じゃこのスラムに入った
 だけで、無事に帰られれば奇跡だぜ?」
「あっはっは、よく言われるんだよね………。」
男はバカにされながらも平気な顔でまだへらへら笑ってる……。
「ガキはガキらしくその彼女のおっぱいでもしゃぶってな。」
「………。」
その一言で彼の顔色が変わった。
「オイ……『彼女』をバカにしたな?」
「……え゛?」
「な、なんだぁ?」
喋り方もさっきまでと全然違う……。
「『ガキはガキらしくその彼女のおっぱいでもしゃぶってな。』って、
 言っただけだぜ?さっきまでどうりバカにされてるのはお前だぞ?」
だが、男は聞く耳を持たなかった。懐から数枚の札……この世界では一般
的に『召喚符』と呼ばれている……を取り出すと何やら呪文を唱え始める。

「強大なる種族、竜を駆りて戦場を駆け抜ける美しき乙女よ………
 我が召喚に応じ、戦空より美しきその姿を我が前に示せ……!!」

「う、うわわ……こ、こいつ、召喚術師かよ!?」
目の前の男の正体を悟って男達が慌てふためく。

そう、『召喚術師』……この世界のあらゆる存在が持っている“真の名”を
理解し“真の名”によって力を持った存在を召喚、使役する魔法使いだ。
 召喚できる存在の強さがそのままその『召喚術師』の強さといっても良い。
世界の理(ことわり)である“真の名”による支配はほぼ絶対と言われる。

 掛け声と共に虚空に現れたのはなんとも幾何学的かつ何かの意味を感じ
させる平面的な図形……聖なる魔法陣……その魔法陣の中から現れた人影
が徐々にその姿を現す。空中に現れた乙女はそして、すたっ、と着地する。
ふわっと、流れるように美しい豊かな金髪がまるでヴェールのようにその
姿を覆う。だが、……確かに戦乙女のような格好をしているが小さい。
「紹介しよう、『彼女』が俺の財布を管理しているのさ。」
不敵な笑みを浮かべる『召喚術師』……まさに形成逆転と言える状態……
「おおう、この小さいのが戦乙女(ワルキュリア)だと?…笑わすなよ!」
……前言撤回、あまり事態は好転しているようには見えない。
「『彼女』ってコイツかよ? 確かに吸える程無さそうなおっぱいだなぁ。」
男が召喚術を使い出した時の緊張感は何処へいったのか無法者達は大笑いだ。
彼が召喚術を使った時点で逃げるべきだったが、召喚した存在が全然強そう
に見えなかったのと、男が弱そうだったので調子に乗ってしまったのだろう。
「……? ……キャッ!?」
 召喚されて状況の把握が一瞬遅れた戦乙女の少女(…にしか見えない)も、
場の空気が読めて、真っ赤になりながら慌てて自分の胸を手で庇う。やはり、
普通の女の子にしか見えないような気もする……。
「……で、どうすんだ? えぇ? 兄ちゃん?」
「その嬢ちゃんが金を出すってか? なんなら嬢ちゃんの体でもいいぜ?」
「……まぁ、もちっと出るとこが出ている女のほうが良いけどな。」
「……ヘッ、ば〜か、誰がやるかよ。クラッサ!!」
吐き捨てるように言うと男は戦乙女の少女……クラッサに何かを投げる。
「……ん。」
ナイスキャッチ。どうやら笛の一種、オカリナのようだ。
「なんだよ、一曲吹くから許してくれとでも言うのかよ? 笑わせるな!」
と、一人が言ったその時……
「バカだなぁ、何も知らないのか? これはドラゴンを呼ぶ笛なんだぜ?」
ニヤリと笑う召喚術師、ラルフマン……。
「ゲッ」という顔をして後ずさる無法者達……。
そんな中でそのドラゴンはやってきた……。
ドラゴンと言う種族には色々な亜種が存在する訳ではあるが………。
「おい、何だこの小さいのは?」
「……あれ?……クラッサ……?」
戦乙女の少女より遥かに小さいが、蝶の羽根をもったドラゴン……。
「可愛いでしょ? 妖精竜(フェアリー・ドラゴン)のプラムよ。」
……得意そうに言う戦乙女の少女を残してその場の全員が盛大にコケる。
「あ、あの〜、もう少し大きいヤツを呼べなかったの、クラッサ?」
「だって、この子が可愛いんだもん……。」
「ピ〜♪」
妖精竜をひしっと抱きしめる可愛い仕草といい、とても戦乙女とは思えない。
 辛うじて、戦乙女と思しき衣装……少し軽装ではあるが……をしているので
言われてみればそう思えなくもないのだが、かなり無理があるようにも見えた。
「……おうおう、もう漫才は済んだのかい? へたれ召喚術師さんよぉ…?」
事態の膠着(?)に我慢ができなかったのだろう、無法者の一人が声を荒げる。
すっかり忘れていたのか他の無法者達も少し慌ててそれに従う。
「……参ったなァ……。」
飄々と呟くが、あまり参った感じでもなさそうだ。
「最初ッから素直に降参してりゃ、こっちの手間も省けるってのによォ……。」
降参したものと勘違いして寄ってくる男達……その時だった。
「コイツを召喚すると関係無い人にまで迷惑掛かっちまうってぇのに……。」
とんでもない事を口走り懐からまたも召喚符を取り出す『へたれ召喚術師』……。
「え゛?」
男達の表情が凍りつく……。
「ばっ、馬鹿ぁ……そんなのこんな場所で呼んだら……」
自分を召喚した術師を馬鹿呼ばわりする戦乙女、クラッサ……。
そして、お構い無しに

「母なる海に太古より存在せし、強大なる深海の怪物よ……
 我が召喚に応えその恐るべき巨体を、その姿を現せ……!!」

 付近の地面があたかも海面のように波打ち、巨大な魔法陣が水面と化した地面に
姿を現す。そして、その水面が泡立ち、巨大な渦を形成し水面が盛り上がる……。
 その水面が割れた時に現れたのは巨大な触手を持ったオウム貝の怪物、その全長
は大きな個体ともなれば軽く鯨をも超えるという海の怪物の名に相応しい代物だ。
「俺の相棒、グレート・ノーチラスの『のー』ちゃんだ。カッコイイだろ?」
……名前のセンスが悪いのはこの際考えないとして、こんな化け物に敵うヤツが、
こんなスラム街にどれほどいるというのか……当然ながら蜘蛛の子を散らすように
我先にと逃げ出す男達……。
「根性無いなァ、一人残らず逃げてもらっても困るんだよね。あれ、クラッサ?」
何時の間にか戦乙女の少女と妖精竜の姿が見えない……。
「ちょっと脅かし過ぎたかな……。あ、もう帰っていいぞ、のーちゃん。」
手持ち無沙汰の召喚術師は送還の呪文を唱える……。見る見るうちにスラム街は、
その静けさを取り戻す……。いや、むしろ、彼が来た時よりも静かだった……。
 勿論、そこら中の物陰から彼に視線が集中してはいるのでろうが……。
 

 スラムの路地裏を必死で駆け抜ける先程の男達……狭い路地裏ならあんな怪物
では追って来れまい……。スラムに不慣れな者ではこの複雑な路地を縫うように
逃走する彼等を発見し追い付く事など不可能だろう。空でも飛べない限りは……。
 だが、路地裏を抜けた先の広場で彼等を待っていたのは先程の戦乙女の少女、
クラッサと妖精竜のプラムだった。
「ゲ!?」
「さっきは散々言いたいこと言ってくれたわね……。」
やっぱり女の子だ、さっきの彼等の言い草を気にしていたらしい。
「お、お前どうやって先回りなんかしやがったんだ!?この辺をよく知ってるヤツ
でも、路地裏に逃げ込まれたらお手上げなんだぜ?空でも飛ばない限り……はっ?」
「だから、私これでも戦乙女(ワルキュリア)なんですってば。」
苦笑しながらも自分の存在をアピールするクラッサ……。
「他の戦乙女達よりも遥かに機動力に優れてるんですよ、戦い自体は苦手ですけど。」
「戦い自体は…?」
「あ゛…」
…慌てて口を塞いだがもう遅い。
「ほう、苦手なんだな?」
…1歩下がるが2歩詰められる。
2歩下がったが3歩詰められる。
「流石にさっきみたいな化け物は御免だが、召喚術師がいなけりゃこっちのものさ。」
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ? …ほれ。」
「きゃ!?」
スカートの裾を捲られ小さな悲鳴をあげる。…本当に戦乙女か疑問に思える。
「チッ、色気の無い下着だぜ。…やっぱりガキだな。」
「…おいたが過ぎると知りませんよ?」
真っ赤になりながらも本人としては毅然と言い放ったつもりなのだろう。
「まぁだ、自分の立場ってモンを理解して無いようだなァ…。」
「こういうガキには男の恐さっってものをたっぷりと教えてやらないとな……。」
流石に恐くなったのだろう少女の口から出た言葉は……
「ソニック・ビュート!!」
「ぶわ!?」
一番近くにいた男の上半身が見えなくなる。
「何ぃ!?」
下半身がじたばたしているので胴体が泣き別れしてはいないようだが……
「紹介するわ、虹色蜥蜴竜(カメレオン・ドラゴン)のソニック・ビュートよ。」
虚空を撫で回している少女……。フッと鱗で覆われた皮膚がその虚空に明滅する。
 ペッと吐き出された男は、目を白黒させている…。
「この子が本気で姿を現すと、軽いお仕置き程度じゃ済まなくなるわよ?」
「あ、あわわ……」
流石に男達は腰を抜かしてその場にへたり込む。こんなヤツに勝てるわけが無い。
「流石に降参みたいね。…ハギル・マギルについて知ってる事を話して下さいね?」
「あ、あぁ……。でも、俺達が言ったって言わないでくれよ?」
 

 その頃……一人手持ち無沙汰になって困っている人がいた。
「クラッサ、何処へいったんだろ……?」
ぐきゅるるううう……彼のお腹の虫が空腹を知らせる……。
「うう……本当なら腹ごしらえでもして待つんだが……」
ポケットに入れた手を出すと本当に小銭を数枚だけ握っていた。
「俺の財布、クラッサに預けてあるもんなぁ……。」
どうやらさっきの台詞は本当だったらしい……。
「あ〜あ、コレじゃ食事も出来ないな……。」
これでは、どちらが迷子なのかわからない。結局彼は暫く時間を持て余す事になる。
「しょうがないなぁ、この間知り合った妖精の女の子でも呼ぼうかな……。」
言うが早いか、召喚符を取り出し召喚の呪文を唱え始める。

「……凍てつく冬の訪れを告げし、雪の如く白き妖精の少……」

…ゴン!
「ぐえっ!?」
後頭部へのいきなりの不意打ちで呪文の詠唱は失敗に終わる……。
「いてて、何を…」
「ただいま、ご主人様。……浮気はダメですよ?」
戦乙女のクラッサだ。目がちょっと怒っている。
「一体今まで何処へ行っていたんだ? 心配したんだぞ?」
「ふ〜ん、じゃあ…なんで他の子を召喚しようとしてたんですか?」
「それは…」
「それにあの子には懐かれてるようですけど、普通抱きつかれたら凍死ですよ?」
どうやら彼が何を召喚しようとしていたのかすらもバレバレのようだ。
「ま、まぁ、男としてそんな死に方もまぁ…」
「こんな可愛い子が目の前にいるのに、浮気…ですか?」
確かに可愛い彼女だが自分で言うのは反則だろう…。
「だいたい、浮気もクソも、何もさせてくれないじゃないか…。」
「私が側にいるだけじゃあ御不満なんですか?」
「う゛…」
その物腰でその言い方は卑怯だ、反則だ、と言いたいのは山々だが…
「はい、満足です…。」
あっさりと折れる…。どっちがどっちを使役しているのやら…。
「良かったぁ。」
少女は召喚術師にがばっと抱きつく。
「抱きついたのがあの子だったら凍死ですね…どう? 私で良かったでしょ?」
「余計な事ゆーな。」
文句を言いながらも口元が緩んでいる。男とはなんと悲しい生き物なのだろう。
「そろそろお腹が空いたでしょ?何処かでご飯にしましょう。」
2人は適当な店を探してスラムの外へ向かって歩き出した。
 

 ……以上が召喚術師“ラルフマン”の証言を元に再現したあらましである。
召喚術関連の研究材料としては、実に巧妙に虹色蜥蜴竜を利用している点、また
彼が戦乙女の『クラッサ』を支配せずに使役している点についても興味深い。
さらには召喚する術師と召喚される者との間に、必ずしも上下関係が存在しない
点もこの報告からは読み取る事ができる。戦乙女のクラッサが自分の意志で竜を
召喚している点は、召喚術師である“ラルフマン”本人のグレート・ノーチラス
召喚のような短絡的かつ力押しではない戦法からもまた明白であろう。
 余談ではあるが、賞金首の『ハギル・マギル』については彼等の手には落ちず、
剣士風の男を含む3人組にその手柄は持って行かれてしまったとの話である。
 ラルフマンにしては珍しく根に持ったのか彼等を追って放浪しているらしい。
                               〜END〜

 訳者注:題名の改変はこの報告が発表された後、著者本人によって行われた。
 

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