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魔の狂詩曲(第1章・前編)

著:アスルト=カイル著
訳:R太郎
 

 へえ、――あんたが聞いた話でそんな話があったのかい………。
こっちの方で伝わってる話でも、エルフの少女と剣士が出てくる話が一応ある
にはあるんだがね…。こっちの話は3人組なんだよなぁ。そういえば、2人の
名前は似てるなァ。まあいいか、じゃあ俺が爺さんから聞いた昔話をしてやろ
うかねぇ………
 
 

 ―――その「奇妙な3人組」は、非常に目を引いた…。
ここは、序章で話を聞いた街から西にざっと馬で数週間は掛かる、小さな街だ。
そこにある、活気のある酒場………。近くに古代の遺跡が幾つかあると言われ
ているこの街では、遺跡の財宝目当てに一攫千金を狙うトレジャーハンター…
――こういうと聞こえはいいが、要するに『遺跡荒らし』の冒険者達だ…。
腕の良い連中もいれば、素人同然の連中もいる。善良で気のいい連中もいれば、
反吐が出る程のゴロツキ共もいたりする。
 そういった連中がこの酒場――二階は宿屋になっている――を拠点に彼等の
生業(なりわい)――遺跡に潜って埋もれた財宝を掘り出してくる――或いは
人里を脅かす怪物の退治――所謂、厄介事の解決など――を行うのだが、早い
話も遅い話もなく、報酬次第で大概の事は行う何でも屋とも言える…。
 盗賊風の男や、重い甲冑に身を包んだ戦士。中には遺跡の調査を目的とした
いかにも学者風の男や、ゆったりしたローブに身を包んだ魔法使いらしい者も
いる。割合広い酒場は色々な冒険者の見本市のような状態にあった。この中で
なら多少胡散臭い程度では本来は目立たないのではあるが―――

 そんな中で一際目立ったその3人組――1人は長身の剣士風の男――この男
だけは、いかにも冒険者風――ここにいても違和感は全く無かった。ただし、
近寄り難い雰囲気と、氷のような冷たい表情が他の冒険者連中とは違っていた。
 残る2人は年端もいかない少女と、少し幼さが残る少女。特に年下の少女は、
物珍しそうに辺りをキョロキョロと見まわしている。よく動くクリクリとした
瞳、柔らかそうなプラチナ・ブロンドの髪…その一房だけがピンと天を仰いで
いるのが、ちょっとしたアクセントになっている。まるで、職人芸でその名を
知られるドワーフの名工が造った硝子細工のように繊細で華奢な全身が、手足
の末端だけから想像できる…。そう、簡単に言えば『美しい』と言えるだろう。
その仕草の一つ一つが、容姿と相俟って実に可愛らしい。ただ、女として見る
にはまだ些か早過ぎる、まだまだ子供に見える。まぁ、将来が楽しみな少女だ。
…よくよく見れば、耳が長い。つまりは、エルフと言う事なのだろうが普通は、
エルフは深い森で暮らしている。こんな場所に出てくるエルフは余程の物好き
か、或いは余程の事情があるかするものだが勿論、子供のエルフがこんな場所
に出てくるなんて話は聞いた事すら無い。
 もう一人の年上の少女――エルフではないので姉妹ではなさそうだが――は、
もう少し落ち着いていた。こちらも、かなりの美人だといえるだろう。少しあ
どけなさを残してはいるものの、綺麗に通った鼻筋、雪のように白い肌、吸い
込まれそうな澄んだ瞳、エルフの少女とは対照的な流れるように綺麗に整った
漆黒の髪、鮮血のように紅い唇…。こちらもやや華奢な印象を与えるが間違い
無く美人に分類されるだろう。2人が姉妹ではないのは、見れば簡単にわかる。
―――彼女の耳の形状は普通の人間のそれだったからだ。
 2人の少女は、冒険者の集うような決して上品とはいえない酒場の雰囲気か
らは『これでもか』と言わんばかりに見事に浮いていた。とても冒険者の類な
どには見えない。酒場の客達の好奇の目は、一見して場違いな珍客達にそれと
なく集まっていた。剣士はそういった視線を全く気にせずに酒場の奥のカウン
ターへと歩いていく。連れの2人は馴れない雰囲気に少し不安そうだった…。
 カウンターの親父に剣士風の男がぶっきらぼうに話しかける。
「親父、『仕事』を探している。適当なヤツを紹介してくれ……。」
「…あんた1人でかい? …それともそっちのお嬢さん方がするのかい?」
そこに近くのテーブルで酒を飲んでいた盗賊風の男が下品な冗談を飛ばしなが
ら、ふらふらと近寄ってくる。―――男は多少なりとも酔っ払っていそうだ。
「よぉ、そこのお嬢ちゃん達にならイイ仕事があるぜェ…? たった一晩で、
 そうさなぁ、お嬢ちゃん達はべっぴんさんだからかなり美味しい稼ぎにな
 ると思うぜ?……しかも、お嬢ちゃん達も気持ち良くなる事請け合いだぜ?
 こんな美味しい仕事は他にはそうそう無いぜェ……? どうだ……い!?」
――男が言い終わらないうちに男の顔面に拳がめり込む…。…実に痛そうだ。
メキッという音がした。「ぶ……げ……な、何て事、しや…が……る……!?」
「それはこっちのセリフよッ!! あンたの脳味噌腐ってるんじゃないのッ?」
…驚いた事に男にめり込んだ拳は年上の少女のそれだった。
「こンな小さな子の前で、何て下品な事ぶっこいてくれンのよッ、こンの……

<……ここからは記録するに忍びない汚い罵詈雑言なので少し省略する……>

 ……野郎ッ!! この子の教育上宜しくなさ過ぎだわッ!! 」
予想もしない相手からの――予想する方がおかしい――強烈な反撃だった…。
「お、お前の言った事の方がよっぽど教育上良くないんじゃねぇのかよ……?」
文句を言う男をキッと見据える突き刺さるような視線。
「…ヘッ、ちょっとからかっただけなのによぉ…とんだメスゴリラだぜ…。」
「何か言った、『おぢさん』…?」
「お、俺はお、おぢさんじゃねェぞッ!? …まだ20代だぞッ!?」
 …どうやら男は結構気にしていたらしい…。
「『まだ』って事はギリギリで20代ね? ンなもん充分おぢさんじゃない!」
「…う…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ…!! 覚えてやがれ―――ッ!!」
いかにも三下、雑魚っぽい捨て台詞を残して仲間のテーブルに走って行く盗賊
―――さすがに見ていて可愛そうな気もする…。
「ふうッ…。」
盗賊風の男を追い払った張本人はふうッと深く呼吸をしてから一呼吸置いて…
「ああン、ルド様ぁん。…怖かったぁ〜ッ!!」
と、剣士風の男――どうやら『ルド』というらしい――にひしと抱きついた…。
 その場の誰もが思った事だろう。今更、可愛い子ぶっても無駄だろうに…と。
「セラ、無茶は駄目だぞ? 今度やったら『お仕置き』だからな。」
「はぁ〜〜〜〜い。」
『セラ』と呼ばれた少女に反省の色は全く無く、むしろ嬉しそうにすら見える。
「で、仕事の話をしていたんだったな?」
『ルド』と呼ばれたその剣士風の男はあまり気にしていないようだ。
店のおやじも『ちったぁ気にしろ』という顔をしたがお構い無しだ…。
「そうさなァ………、そっちの2人も加えてできそうな『仕事』ねェ…。」
 外見はともかく、3人共ただ者ではないと何となく悟った親父は『仕事』の話
を持ちかけようとした。こう見えても歳で引退する前は、腕利きの冒険者だった
のだ。だから俺の目利きが間違いであるはずが無いと自分に言い聞かせた。
「じゃあ、あんた達に『仕事』を紹介しよう。話というのは他でもねぇ――」

 ――――その時だった。
その少年は転がるように酒場――冒険者の溜まり場――に飛び込んできた。
「……だ、誰か助けてよ、村が、村が………ッ!!」
息が荒い……いかにも田舎の村人らしい質素な服も所々擦り切れている……。
「どうした坊主、お前の村で何があったんだい?」
テーブルで飲んでいた一組の冒険者達が尋ねる…。
「村が…村がコボルドの大群に襲われたんだ。」
…『コボルド』…犬に似た小柄な亜人種である。少々臆病だが徒党を組むと案外
強い。ゴブリンよりやや知的な種族とも言われているが様々で一概には言えない。
中には、遺跡を発掘したり魔法の道具を発明したりする者もいると言われている。
「なんだ、コボルドぐれぇ俺達にかかりゃあ楽勝だぜ。」
「コボルドの数や、群れの規模は?コボルド以外の怪物は群れにいましたか?」
「それで、報酬はどのくらい期待していいんだい?」
…口々に色々な事を言う冒険者一行。
「そ、それが…、…数が多かったけどよくわからないし、…報酬は……。」
話を聞けば少年は必死で逃げてきたらしい。報酬など期待すべくもないだろう。
「なんだ、話にならねぇなぁ、他の連中に頼みなよ。」
「気の毒だとは思いますが、我々だって仕事でしてね…。」
報酬は全く期待できないと見て取った彼等の反応は冷たいものだった…。
「そ、そんな、お願いします。このままじゃあ村が………。」
少年は絶望的な表情でそれでも必死に懇願する。しかし、報酬もわからない仕事に
乗り気の冒険者達などそうそういるはずもない…。
「可哀想……。」
そんな少年に手を差し伸べようとしたのは、エルフの少女だった。
「ね、いいでしょ?ルド……セラも……。」
「ティルっ!? 私達も路銀は殆ど無いのよ!?そんな仕事……」
セラと呼ばれた年上の少女がエルフの少女――どうやらティルという名前らしい―
―に不満そうな声を上げる…。
「セラ、今の路銀で何日持つ…?」
「えッ……!? ルド様まで…。」
「もう一度聞く。…何日だ?」
「そ、そうですね…。ちゃんとした宿で三日くらい…野宿なら2週間くらいは。」
どうやら、一行の財布の紐はセラに任されているらしい。
「セラぁ…、私…野宿でも文句言わないからお願い。」
「ハァ…ルド様ったら、ティルには本当に甘いんだから…。」
驚いたのは少年だった。確かにルドと呼ばれた剣士は強そうだが、他の2人はとても
強そうには見えなかったのだ。この剣士1人でコボルド達に勝てるのだろうか?
「ほ、本当にいいの…?」
「何だ、…俺達では駄目なのか…?」
少年には迷っている暇など無かった。…一刻も早く助けが欲しいのだ。
「ぜ、是非お願いしますっ!!…大したお礼はできるかわからないけど…。」
「礼ならそこの娘…ティルに言うんだな。」
少年に案内されて酒場から出て行く3人組…。
「あきれた連中だぜ。路銀も少ねぇのにタダ働きする気かよ?」
「報酬が期待できない依頼なんて、新米冒険者でも敬遠するのは常識なのにねェ…。」
「あのエルフのガキ相当な世間知らずじゃねえか? 」
後に残ったのは腹を抱えて笑う冒険者達…。
「いや…、ちょっと待てよ。ガキの話じゃコボルドに村が襲われたって話だよな?」
そう言い出したのは、さっきセラに言い負かされた盗賊風の男だ。
「コボルドどもの中には古代の遺跡を掘り当てる奴等もいるらしいぜ…?」
「おお、そうなのか?」
「そんな話も聞きますね。」
「こりゃあ、いい儲け話かもしれねぇぜ?…あのガキども、今に見てろよ…。」
こうなると話は早い。さっきの少年の後を追って一組の冒険者達も店を出たのだった。
 
 

 数日程歩いた場所の件の村。主に農業が村の中心なのだろう、畑が多く見える。
一見するといかにも普通の村だが、ただ1つ違っていたのは村がコボルド達によって
占領されているという点だった。
 村にいる村人達は、全員村の中心にある聖エルド教会の建物に押し込められていた。
手に手に槍を構えたコボルド達がその付近で怪しいものがいないか警備をしている…。
かなり統制がとれているようだ。そこらのゴブリンとは比べ物にならない。
 村の一角にある一際大きな屋敷――恐らく村長の屋敷――の中、その老いたコボル
ドは何やら道具を片手に紙――何かの図面のようだ――とにらめっこをしていた。使
い古しの白衣に身を包んだその老コボルドはいかにも知識階級のように見える。
 そこに、若いコボルドが入ってくる。どうやら服装から察するに自警団員のようだ。
「報告シマス、遺跡発掘班ガ遺跡ヲ発見。遺跡ノ規模ハ目下調査中トノ事。」
「フム、ソウカ。……オオッ、丁度良イ。実験ノ被験者ガ欲シカッタノダ。」
ビクッと、身を竦ませる若いコボルド、恐る恐る振り返る…。
「ぷ、教授(ぷろふぇっさー)、私ニハマダ仕事ガアリマスノデ…。」
「大丈夫ダ、簡単ナ実験ダカラ、スグニ済ム。」
きゃ、きゃひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…………んん…………ん………!!
…屋敷に若いコボルド自警団員の悲鳴が木霊する…。
「オオォオ…カッ、完成ダ!!…我ナガラ、何ト見事ナ発明品ダロウカッ…!?」
どうやら、彼の実験は尊い犠牲のもと見事に成功したようだった…。
 そして丁度その時、コボルドの斥候が新たな報告を彼の元に来たのだった。
「報告シマス。村落付近ニ侵入者4名ヲ確認シマシタ!!」
「ホウ、ドンナ奴ダ?…人間カネ?」
「恐ラクハ。タダ、一名ハえるふノ娘ノヨウデス。」
「ホウ……。丁度良イナ、博士(どくたー)ガ、『他ノ種族デモ実験ガシタイ』ト
 言ッテイタコロダ。何トモ丁度良イト、君モソウハ思ワンカネ? ウワハハハハ」
『是非、ソウシテクレ』と思った斥候だったがそれを口には出さなかった。
「ハッ、デハ…。」
「ソイツラハ生キタママ捕ラエヨ。特ニ、えるふノ娘ハ一匹シカ居ラン、丁重ニナ。」
「ハッ、了解シマシタッ!! …各員ニソウ通達シテオキマス。」
『らっきー、教授ノ実験ニ付キ合ワサレズニ済ンダ』とは言わずに部屋を出る斥候。
 そりて、村のコボルド達の様子が見る見る内に慌しくなってゆく…。
 
 

 さて、その侵入者達はというと先刻、村が見える所まで来たばかりだった。
「さっき、姿を見ただけでコボルドが逃げて行ったよ、ルドさん凄いや!!」
「そうでしょ、ルド様って凄いんだからぁ。」
「ルドはねぇ、すっごく強いんだよ。」
連れの二人はまるで自分の事を誉められたかのように嬉しそうに肯定する。
 当の本人、ルドは無言だ。まったく、子供達は無邪気なものだと言わんばかりだ。
「気を付けろ、さっきの奴は見張りかもしれん。そうだったら仲間を連れて来る。」
「そう言えば、群れと言う程にしては数が少なかったわ…。」
「ルドぉ、コボルドさん達が沢山来ても大丈夫ぅ…?」
どうやら皆、ルドの説明で、コボルドが逃げた理由には納得できたようだった…。
 
 

「厄介だな、…だが間違い無いぜ。コボルド共は遺跡を見つけたに違いねぇな。」
場面は変わって、4人の後を追っている冒険者一行である。どうやら付かず離れず
で付いて来たらしいが…。遺跡の発掘による一攫千金目当ての彼等だ、当然ながら
遺跡が絡むと、その行動力は目を見張るものがある。これでもプロを自負している。
 先行していた盗賊の話では、どうやら彼等は既に遺跡を見つけた事になる…。
だが、彼は大袈裟に話す癖がある上、彼等に恨みを抱いているようなので、鵜呑み
には出来ないだろう……。恐らくはまだ村に着いたくらいだろうと皆が思った……。
「で、確かに見張りはコボルドだったんですね…?」
「ああ、そりゃ間違い無ぇさ。コボルドどもにゃ見覚えがあるしな。間違い無ぇ。」
「じゃあさ、コボルド達を村から追い払うまでは彼等と手を組むのかい…?」
「手柄は俺達で一人占めを狙うべきだ。奴ら報酬の相場も知らないようだしな…。」
「成る程、彼等が礼はいらないとでも言おうものなら私達の利益にも響きますね。」
「そうよ、恩をきせる事も歓迎されながらしばらく居座って飲み食いもできねぇ。」
「じゃあさじゃあさ、連中とコボルドどもを戦わせて漁夫の利を狙おうよ…?」
「そいつはいいや。あの連中の悔しがる様子が目に浮かぶぜ。特にあの小娘…。」
「まだ根に持っていたんですか? ……まったく呆れましたね。」
「あの小娘は散々な目に遭わせてやるさ。男の怖さをその身に刻んでやるんだ…。」
「ふう…まぁた、ですか? …貴方の悪い癖ですよ、まったくね…。」
「そう言っても止めないもんねェ…誰も。じゃあ、僕はあのエルフの子を…。」
「…お、お前なぁ…、お前の方が俺よりよっぽど悪趣味じゃあねぇかよ…!?」
勝手な事を言い合いながらも彼等は進む。……まだ見ぬ遺跡を目指して……。
「じゃあ、残った剣士…『ルド様』でしたっけ? 彼はこの私が…ふふふふふ…。」
「う、うわ…!? …お前が一番異常じゃねぇかよッ…!?」
「あははっ、僕らが無事なのは『彼』の好みじゃなかったせいだもんねぇ…。」
…冒険者――無法者と紙一重の好例――少なくとも彼らはそうだった…。
 
 

 ぎゃいいいいいいいんんんん!? …数匹のコボルド達が悲鳴を上げ、倒れる。
「アアッ!?自警団第08小隊ガヤラレタ!! …撤収ッ、…撤収ダアッ…!!」
身のこなしに優れるコボルド自警団もルドの敵ではなかった。あっという間に幾つか
の集団が、潮の如く退却を開始する……。
 しかも、ティルがせがんだため、ルドは全てのコボルドを峰打ちで倒していた。
当然、余程腕が良くないと普通はそんな芸当はできない…。
「すげぇ、一匹も殺さずにあいつらを追い払っちまった…。」
「ルド様っ、新手が来ますわ…!!」
狼の吼える声に混じって狼の背中で何か喋っているコボルド達…コボルドの騎兵…有
名な『コボルド・ライダーズ』だ。彼等の攻撃力は自警団を遥かに上回る…。
「…来る…!! …下がっていろ。」
「良イナ、教授(ぷろふぇっさー)ノ命令ダ。えるふノ娘ハ必ズ生ケ捕リニシロ!!」
「ら、了解(らじゃー)!!」
彼等の必勝の戦法――自警団との連携での先制攻撃――だ。この連携の前には、多少
強力な相手でも太刀打ちは厳しい。コボルド・ライダーズの突撃がルドに迫る…!!
「霧よ、我が姿を隠し我が身代わりとなれ…。」
霧隠れ(ミスト)の呪文だ…。そうはさせじと自警団が何かの巻物を開く…!!
 ……その瞬間、竜巻が彼らを彼方まで吹き飛ばす。……どうやら、セラの魔法だ。
「竜巻(ヴォーテックス)か………。」
…それは、魔法の道具の魔力に反応して使用者を遠くに吹き飛ばす風の呪文だった。
「ルド様ぁん、私ぃ、お役に立ってます〜?」
「……そうだな、助かったぞ。…道具を使う知性よ、我が魔力でしばし暴走せよ…。」
混乱(コンフュージョン)の呪文で残りのコボルド達はあらぬ方向に走り去った。
「今のうちだ……村人達を開放しに行くぞ……。」
少年から村の事を聞いていて大体の目星はついていた。尤も、ある程度の人数を閉じ
込めるとなると、多少大きな建物が必要になる。選択肢はたった2つ、村長の屋敷か、
村の聖エルド教会しかなかった。そしてその2箇所は、どちらもコボルド達が周りを
厳重に巡回していた。彼等にとっても重要な場所だと考えてもまず間違い無いだろう。
「恐らく、どちらかに村人、そしてどちらかに彼等の『親玉』が居る筈だ…。」
「そういえば、彼等は『教授(プロフェッサー)』と言ってましたわ…。」
「少年…、どっちだと思う……?」
「村長の家だと部屋が多いし、何か武器になるものもあるかもしれないよ…。」
「成る程、良い答えだ……。早速、教会に行ってみよう。」
……俺もまだ『人間の常識』には疎いなと思ったルドだが、口には出さなかった……。
 
 

 どさり…。真っ赤な鮮血に染まったコボルドがまた一体、地面に転がる…。
「あはは、ちょろいもんだね。」
「そりゃあな、数が揃ってないコボルドなんて俺達の敵じゃないがなぁ……。」
「この調子なら、コボルド退治の報酬くらいは後で村に要求できそうですね……。」
「せこい事言うなよ。俺達は村にしてみれば、まさに『勇者様御一行』だぜぇ?」
「あはははは、こんなせこい事しただけで勇者様なんて笑いが止まらないね。」
「まあ、これで村も助かって私達の懐も潤えば誰も損はしないじゃないですか。」
遅れて村に入ってきた冒険者一行がさっきの戦闘から離脱したコボルド達を殲滅して
いる。先程の混乱の呪文でまだまともに戦えない彼等には勝算など欠片も無かった…。
「ク、糞ッ…、我等らいだーずガ、コンナ連中ニ…ぐぎゃん!?」
剣の斬撃が、魔法の嵐が、哀れなコボルドの敗残兵達に情け容赦書く降り注ぐ…。
「あははっ、何て弱く脆い生き物なんだろう。こんなのが人間様に逆らうとはね。」
「全くだ、こんなちんけな連中が人間様の村なんぞ襲いやがってよぉ…ちったあ、
 身の程をわきまえやがれってんだ。この腐れコボルド共がよお……。……なァ?」
…3人の『勇者様御一行』はそれが『さも当然』のように高らかに笑っていた…。
 
 

 ぎ、ぎいい…い……。聖エルド教会の閉ざされた扉が軋んだ音と共に開け放たれる。
そして、中で震えて体を寄せ合っていた村人達はようやく開放された事を、神に感謝
した……。……少年も両親に飛び付いての感動の再開の真っ最中だった……。
「お父さん……、お母さん……かぁ……。」
それを見ていて何だか複雑な気持ちのティル……。そう顔に書いてある……。
「ルド様ぁ、いつまでもここに居るわけにはまいりませんわ……。」
「よし、行こう……。…ほらティル、行くぞ?」
「私にもお父さんいるもの……。ルドがお父さんね……お母さんはいないけど……。」
「ティルぅ、私がお母さんになってあげよっか? ……ね、ルド様ぁん……?」
「……セラはぁ、私のお姉さんなのっ!!」
「私がティルのお母さんになれれば、ルド様は私の旦那様になるのにぃ……。」
「………。」
それは発想の飛躍だと指摘したいところだが、セラにはどうでも良い事なのだろう。
「ねぇ、ティルぅお母さんのおっぱい恋しくない? ほらほらァ……。」
「セラぁ、私は赤ちゃんじゃないよっ!! それにもっとお母さんの大きいもん…。」
「……このくらいが丁度良いのッ!!」
……言い返すティルに、セラの必死の(?)反撃……。
「……どうでもいいが、さっさと行くぞ……。」
見てられないといった感じのルドの提案で、3人は村長の屋敷に脚を運ぶことにした。
 
 

 そんな3人を建物の影から見ているコボルドと思しき集団がいた。さっきまでの連中
と違うのは、彼等は正面から堂々と戦闘をするための集団ではないという点だろう……。
「調子ニ乗ルナヨ……人間ドモメ……教授ガ調合シタ、コノ劇薬デ……。」
「ヨセ、我々ノ任務ハ偵察及ビ目標ノ捕獲ダゾ……!?」
「クククッ、敵ヲ屠ルニハ早イ方ガ良イッテネェ……。」
「……作戦中ダゾ!? ……不明瞭ナ会話ハヤメロ!!」
「ハイ、上官殿(い、いえす・さー)!!」
「イイカ、モウスグらいだーず第07小隊ガ到着スル……。我等ノ任務ハ情報収集ノ
 後ニ彼等ヲ援護シ、目標ヲ速ヤカニ奪取シ、コレヲ確保スルコトダ。……ヨイナ?」
「了解(ろぐ)!!」
「劇薬物ハ殺傷能力ノ低イ物ノミ使用ヲ許可スル。……良シッ、散レィ!!」
指揮官らしきコボルドの号令でコボルド達の特殊後方撹乱部隊が散開していく……。
 
 

 一方、村長の屋敷では、『教授』と呼ばれていた老コボルドが同じくらいの年齢に見
える老コボルドと何やら話していた。もう一方のコボルドは片眼鏡をしている。
「……ト、言ウワケナノダヨ、博士(どくたー)。」
「ホウ、侵入者カ……えるふハ以前カラ被験体ニ欲シイト思ッテイタノダヨ……。」
「ナァニ、……コンナ事モ有ロウカト、捕獲スルヨウニ手配シテオイタサ……。」
……『こんな事もあろうかと』という
「流石ハ教授………実ニ細ヤカナ気配リダ、貴方ノ協力ニハイツモナガラ感謝スル。」
その時、息を切らせて一匹のコボルドが部屋に入ってきた。
「ホ、報告シマスッ!!……第02、03、06、08小隊ガ壊滅シマシタッ!!」
「何ッ!? …ソレハ本当カネ?」
「ハ、ハッ、本当デス。現在、他ノ部隊ガ応戦中……。タダ……」
「タダ、……何ダネ?」
「ドウヤラ手強イ相手ラシク……非常ニ苦戦シテオリマス。」
口元にニヤリと笑みを浮かべる2匹の老コボルド。それは、新しい玩具を与えられた
子供の無邪気な顔にも似た……そんな微笑みだった……。
「多少ノ損害ハ構ワン、必ズ捕エヨ!! 各種道具モ有効ニ使エ。」
「リョ、了解シマシタッ!!」
「フム、面白クナリソウダナ……。」
急いで出て行く若いコボルドを見送りながらも、2匹の老コボルドは楽しそうだった。
 
 

 ……一匹、また一匹と、コボルドをあしらいつつ、1歩、また1歩と進んでいく……。
流石のルド達もすっかり疲弊していた。ただでさえ手加減して、全ての相手を峰打ちで
倒してきているのだから当然だろう。その上、コボルド達は次から次へとどんどん新手
が現れる。さらに、ルド達の行動に各種道具で必ず反撃してくるので非常にタチが悪い。
「だいぶ戦ったな…? ……俺の呪文はさっきので最後だ……。」
「ルド様、もう少しですわ。……村長さんの屋敷が見えてきましたわ……。」
「……私はあと1回ずつくらいは大丈夫……かな?」
その時だった……。近くのコボルド達が突然バタバタと倒れて行く………!!
「………!?」
「……な、何だか眠くなってきました……わ……」
勿論、3人も例外ではなかった……。身体の力がみるみるうちに霧散していく……。
「ヤレヤレ、……随分ト梃子摺ラセテクレタナ……?」
「ぐ……貴様等……!?」
「ナァニ、オ前等ハ大切な『実験対象』ダ、タダノ眠リ薬デ死ニハシナイサ……。」
ルドが最後に目にしたのは、鼻と口を防護した服を着たコボルドらしき連中だった……。
「イイナ、丁重ニ運ベヨ? ……特ニ、えるふノオ姫様ハナ……。」
『オ姫様』か……我ながら面白い比喩を使うなと、そのコボルド・テロリストは思った。
勿論、彼女が本当にエルフの王族の血を引いている事実など彼が知るはずも無かった…。
 
 

 …え? この後、彼等がどうなったかって……!? いや、あせらんでも続きは話す
から安心しなって……。…まぁ、話をするのがこんな年寄りだからな、ここで少し休憩
くらいしたってバチは当たらんだろうて……。なあに、昔話が逃げたりするもんかい。 
(この後、老人は酒を飲んでそのまま眠ってしまった……。その間に私がさっきまで
 聞いた昔話をまとめ、それを文章という形で次の世代に残す……信じるかどうかは
 この物語を読んだ者が、自ら判断っすればいいだけ……それが私の探索の終着点…)
                               <後編に続く>
 

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