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魔の狂詩曲(序章)

著:アスルト=カイル
訳:R太郎
 

 この六門世界には恐ろしい悪魔もいる……そう、色々な奴がいる………。
まともな奴なんかいやしない。だが中には、変わり者もいるのさ……。
……聞いた話なんだが、その悪魔、えらく気が長い奴でなぁ………
 
 

……とある、エルフの王族に封印されたそいつは、永きに渡る封印から
目覚めたんだ。まあ、普通はここで復讐をするのが奴等の流儀なんだが
……ちょいと事情が変わっていたんだ、奴が封印されていた間に……。
 奴がその一族の元へ再び訪れた時、森は既に酷く荒れ果てていてさ……
そう、人間の冒険者……こう言うと聞こえは良いが要するに無法者共さ。
……中には召喚術師もいたらしい……。森を食い荒らす巨大な白蟻………
俗に『ターマイト』と呼ばれている、恐るべき破壊者を召喚し、森に死を
もたらしたのは……そう、その『悪魔』ではなく、エルフとは一般的には
友好的であるとされてる人間だったのさ……。なかなか皮肉なもんだろ?
 無法者達はそりゃあ、酷い奴等だったらしい……。あのゴブリン共より
性質(たち)が悪いといえば、エルフの一族がどうなったかは予想が付く
だろう……?エルフって一族……特に女は、そりゃあ美しいからなぁ……
 ……つまりまあ、そう言う事だ……、だが彼等はプライドが高いからな、
奴隷になるよりは死を選ぶ……。で、残ったのは年端も行かない幼い少女
……エルフの王族だったんだから、若き姫君ってことになるのか……。
 流石の無法者共もこの少女はまだ幼かったのでその場でどうこうせずに、
何処かへ連れて行く事にしたらしいが……、まあ、幼いとはいえエルフの
姫君だ、どこかの変態貴族にでも売り払えばさぞいい金になるだろうさ…
……。エルフの成長速度は人間のそれに比べ非常にゆっくりだからな……。
幼いうちに色々とそっちの教育を済ませれば……などと、彼等が談笑して
いる所へ現れたのが、剣士の姿をしたその『悪魔』だったのさ……。
 で、………そいつはどうしたと思う?
普通なら「はッ、いい様だ……。」とか言うと思うだろ、悪魔なんだし。
 でも、そいつはえらく変わり者だったらしく、こう言ったんだ……。
「……その子を放せ。」
 無法者共は大笑いさ…。何だコイツ?たった一人で勝てるつもりか?と。
 
 

「ああん?……放さなきゃあ、どーすんだオメェ……?」
ゲラゲラと野卑に笑いながら蛮族風の巨漢戦士が近付く……。
「こうだ……。」
短い詠唱と共に剣士の手に燃え盛る炎の槍が現れ巨漢の戦士を貫いた……。
……一瞬の事に悲鳴すらあげることなく絶命する……。肉体が焦げる音……。
……そして、辺りに肉の焦げる嫌な臭いが発ち込める……。
「てッ、てんめェッ……なめるなあッ、やっちまえ!!」
消し炭と化した戦士が倒れると同時に無法冒険者達が一斉に斬りかかる!!
………流石にどうなるかは予想できたのだろう、少女が閉じた眼を開けた
時………その剣士は無事に立っていた………。
「な、何だァ!?……急に力が抜けちまったァ……!?」
「……ふん、剣士のくせに呪文も使えるのか……。」
冷静に分析する奴が一人……ローブを着たいかにもな魔術師風の男だ……。
「まあ、呪文はそう何度も使えるものでもあるまい……。
 つまり、貴様にもう一度は無いと……何ィ……ば、馬鹿なッ!?」
驚くのも無理は無い……剣士が何時の間にか抜いていた剣を鞘に収めた、
その時には既に、一斉に斬りかかった連中は全て事切れていた……。
「そう言うそちらはもう何も無いのではないか……?」
……吐き捨てるような剣士の一言……。
しかし、魔術師風の男は返り血で紅に染まった剣士を見ながら答える……。
「あるとも、ククク……まずは彼等ともう一度戦ってもらおうかな……?」
いやらしい笑みと共に禍禍しい響きの呪文を唱える……。
「……ほう、邪操屍術(ネクロマンシー)か……。」
むくりと起き上がるさっきまで無法冒険者達だった物体……。
「ひッ……!?……あ、あ…あ………ぁ……!?」
エルフの少女が恐怖に震えるが、剣士はその光景を見ても顔色1つ変えはし
なかった。むしろ、その状況を楽しんでいるようにさえ見えた……。
「所詮、こいつらが何度起き上がってきても同じ事だと思うが……?」
「ふん、こいつらは単なる前座に過ぎん……。本当の恐怖はここからだ。」
男は懐から数枚の召喚符を出し、呪文を唱える……!!
何とも形容し難い耳障りな音と共に禍禍しい魔方陣が虚空に姿を現す……。
空間が歪み、裂け、山羊の頭に蝙蝠の羽根を持つ下級悪魔が数体姿を現わす。
「下級悪魔(レッサー・デーモン)共の餌食にでもなるが良いさ……。」
その下級悪魔の出現を見て、エルフの少女は気を失った………。
「……そういえば、名前を聞いてなかったな……。どうだ?今からでも
 俺に従う気は無いか……?腕の良い剣士で、呪文も使える……。
 召喚術や呪文は、俺も消耗するんでね……。良い手駒は需要がある。
 この状況で命惜しさに降参したって恥ずかしい事じゃないぜ……?」
勝ち誇った男は下卑た嫌らしい笑みをその顔に浮かべる……。
「それに、人数が少ない方が食い扶持が減って経済的だ………。」
「それなら心配は要らない……。食い扶持の心配をしなくても良いさ……。」
剣士の相手を完全に見下した、虫けらでも見るような冷たい視線……。
「クククッ……では、その余裕が何処まで続くか見せてもらうとしようか!?」
男が顎で合図すると、下級悪魔と屍人(ゾンビ)となり果てた冒険者達が一斉に
襲いかかる……!!下級といえど、悪魔の腕力に並の人間が敵うべくも無い……。
 男は勝利を確信していたが、その確信はやがて驚愕に変わった……。
「下級とはいえ、悪魔だぞッ……!?」
剣が一瞬、光を反射しそして、剣士の周りの敵は全て敵とは認識できなくなる。
……確かに並の戦士数人分以上の力は持っているハズの下級悪魔達……。
……つまり、それは取りも直さずこの剣士がそれ以上の実力を……まさか!?
 おかしいッ、おかしいぞ!?人間の限界を超えた強さではないか……!?
「……そうか、そういう事かい………。ヒャハハハハハハハハハハ……!!」
男の眼に狂気の光が宿る………。どろりとしたドス黒いものがこみ上げる……。
 男が次に取り出した召喚符は厳重な封印が施されていたものだった………。
思いきりよく、封印を解き放つ……!!男の瞳から完全に理性の光が消える……。
 「悪いが、もう手加減はできないゼ!?細かい制御は出来ないんでなッ!!」
現れたのは、巨大な角が天を仰ぐ、さっきの下級悪魔などとは比べ物にならない
上級悪魔……グレーター・デーモン……もはや、人間が逆立ちしたって勝てない
……そんな化け物だ……。圧倒的な威圧感……男は、借り物の力に酔っていた……。
「ヒェヘヘヘヘヘヘ……。確かにお前は人間では無さそうだが、……どうだよッ!?
 まだ勝てる気でいるのかよ……?ええッ!?……どぉなんだッ!?あ゛あッ!?」
「………笑わせるな。」
面倒臭そうに、……たった一言……。
「貴様あッ!!……何様のつもりだぁ!?………ク、クヒヒヒヒ……ヒヒヒハハハ
 ハハハハハ、ハーッハッハ……。貴様の泣きっ面をどうしても拝みたくなったゾ?」
男は更に召喚符を数枚取り出し、巨大な白蟻達……この森を滅ぼした破壊者だ……が、
虚空に現れた魔方陣を突き破ってその姿を現す……物凄い大顎だ……この威圧的な蟲の
化け物は追い詰められると凄まじい怪力で恐るべき反撃を繰り出す……。巨大な象達で
すら、ひとたまりもない……。しかも、兵隊蟻に、働き蟻……少なくとも数種類……、
その上、尋常な数ではない……。ガチッ、ガチッと自慢の大顎が鋭い音を立てる……。
「ど、どぉだあッ!?ハァハァ……あ、圧倒的な物量を前に、まぁだ余裕かァ!?」
男の息があがってきている……当たり前だ、こんな大量の召喚は普通しない……。
「フ……。」
それを鼻で笑う……。
「……うははははははは!!じゃあ、お前の断末魔の叫びでも聞かせて貰おうかァ!!」
一斉に襲いかかるターマイト達、そして上級悪魔……。………その時だった……。
「……フン、まとめて死ぬがいいさ……。」
剣士の放った呪文………恐ろしい無差別殺戮呪文……無論、術者も巻き込む代物だ……。
混沌の激流が周囲の生き物を押し流し、弱き生命も強き生命も混沌の闇に没する………。
 
 
 
 

 後に残ったのは、剣士と………エルフの少女だけだった………。
「………やれやれ、ご親切はありがたいが………。」
何時の間にか意識を取り戻していた少女に話しかける……。
「この鎧は特別製でな……竜の鱗で出来ているんだ……。」
きょとんとしている少女………。
「つまり、お前が使った抵抗呪文は……まァ、気持ちだけ貰っておこう……。」
パキン……という音を立てて、少女の戒めが壊れる……武器破壊の呪文だ。
「お前の一族に用事があって来たんだが………。」
………さて、どうしたものか………。こんな年端もいかない子供に復讐………!?
何を馬鹿な……。第一、流石にそれは俺の美学が許さないだろう………。
 そして、ここで彼女を見捨てたら、彼女は間違いなく死ぬだろう………。
それでは、復讐の相手がいなくなってしまうではないか……!?それは困る……。
「よし、じゃあこうしよう……。俺と一緒に来い……。お前が大人になるまで、
 面倒を見てやろう………。俺の名は……そうだな、ルドヴェキアだ。お前は?」
「………ティラフューネ………。皆はまだ小さいからってティルって呼ぶの……。」
「よし、じゃあティル、行こうか……。俺はルドでいいぞ。」
………ぐいっ………。袖を引っ張る少女……。
「何だ?」
「ルド、お着替え………。」
………よく見ると……まぁ無理も無いだろう、年端もいかない子供があんなものを
見たんだから……むしろ自然だ………。案の定、少女は失禁していたようだ………。
……少女……ティルの足元には小さな水溜りができていた………。
「………ティル、洗濯ってしたこと……無いよな、やっぱり?」
「……うん。」
「………。」
つまり、その……何だ……、消去法で俺が洗濯するって……そーゆー事か……!?
「………。」
「……どーしたのぉ?」
………かくして、奇妙なコンビが誕生したのだった………。
 

 ……どうだい?なかなか変わった話だろ……?この地方に伝わるお話さ……。
……その悪魔……「契約」ってヤツをえらくきっちり守るヤツだったらしい。
……たかが口約束1つにしても絶対に破らないあたり、ヘタな人間よりよっぽど……。
えっ?その後、彼等がどうなったかって……?悪いが、知らないよ……。
 何せ、エルフの王族に、変わり者の大悪魔……彼等の寿命がどのくらいと言われて
いると思うんだい?昔話と大して変わらない姿でまだそこらをウロウロしてるかも知
れないぜ……?しかし、何て気が長い悪魔なんだろうね、人間じゃあ思いつかんよ?
……復讐するために復讐の相手を育てるなんて普通、人間じゃあ考えんよなあ。
 ほらほら、そこの兄ちゃんも嬢ちゃんもこっちで聞きなよ……。俺の昔話はなぁ、
そこらの爺さん婆さんや吟遊詩人より、ずっと面白いって評判なんだぜ……?
 はて、お嬢ちゃん、何でさっきの昔話聞いて真っ赤くなってんのさ……?
まぁ、いいか。いいかい、お次の昔話はなぁ、もう今からずーっと昔にな………

                          〜〜某国某所の酒場にて〜〜
 

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