*桜色*

くしゅん!
その音に2人の斜め前を歩いていたアニーが振り向く。
心配そうに見上げる愛犬に大介は微笑んで告げた。
「何でもないよ、アニー。だいじょー…ぶ……っくしゅ!」
「……どこが大丈夫だって、大介? やっぱり春の晴れた日に散歩なんて無謀だったんじゃないの? 花粉症のくせに」
こんな真昼間に、と言った哲哉は、徹夜明けにはお陽さま眩しいし、と付け加えた。
それに大介は口を尖らせる。
「だって先生とお花見したかったんです……。――それに! ちゃんと薬飲んできたもん! 今のくしゃみは花粉のせいじゃないですよー、だ」
「じゃあなに?」
「――――」
ツンと顔を背けたまま黙ってしまった大介をしばらく見て、哲哉はああと声をあげる。
「あ、分かった。やっぱり寒いんでしょう、大介」
「……っ」
「だから僕はもっと着た方がいいんじゃないのって言ったのに」
すっかり春めいた薄手の上着にシャツという至って軽装の大介に、トレーナー生地のパーカーを着た哲哉は溜息混じりにそう告げる。
「…………だって、もう春じゃないですか」
「春だけど。TVだって"今日は風が吹いて寒い"って言ってたでしょ」
「……そんなの見てません」
「――あっそう。……寒いならもう帰ろうよ、大介」
「……やだ」
「やだ、って……」
「だってまだ全然歩いてないじゃないですか。――それに、向こう岸に行けば平気ですよ」
2人が歩く川沿いには両側に遊歩道がついていた。川岸に植えられた桜が散るとまるで絨毯のように遊歩道を埋め、川面を桃色に染める。歩行者・自転車のみ通行可能で脇には所々休憩スペースや公園もあり、平日の昼間でも散歩をする人が見られた。
大介が指差す対岸には午前中のうららかな日差しが降り注いで、周囲の建物でちょうど影になるこちら側よりも余程暖かそうに見える。
「ええ〜。眩しいよ〜」
「先生は僕が風邪引いてもいいんですか?」
「……そうは言ってないけどさ」
「じゃあいいでしょ?」
「――はいはい」
仕方ないなぁ、と哲哉はポケットからサングラスを取り出しかけた。
と、一際強い風が2人と1匹に吹き付ける。
ぴゅう、と吹きぬけた風に煽られた髪を押さえて、2人は身を竦めた。
「わ…、さむ……。大介、大丈夫?」
「……」
「大介?」
「…………瞳、ゴミ入ったかも……」
なんか痛い、と呟いた大介は、こしこしと瞳の周囲をこする。
「ええ? 大介、今日コンタクトだっけ? ――どれ、見せてみな」
「ん〜……」
「なんだ、今日は裸眼なんだ、よかったね。で、どっちの瞳が痛いの?」
「んん〜……と……、じゃあ、右」
「? "じゃあ右"???」
大介の顔を覗きこんでいた哲哉に、大介は一瞬笑うとツイと顔を寄せた。
ちゅ、と僅かに触れて、大介はアニーと共に駆け出す。
「ウソですよー」
「……!!! 大介っ!」
「あはは、先生顔赤い〜。ほっぺ、桜色ですよ〜」
かわいー、と笑った大介はそのまま駆けて橋を渡る。
口唇を押さえた哲哉は、やられた、と1人溜息をついた。
「……帰ったらみてなよ、大介……」
頬だけじゃなく身体中染めてあげる、と呟いた哲哉の声は、幸か不幸か前を走る大介の耳には届かなかった。
END.
真昼間っからなにやってんだー、というお話でした(苦笑) しかもよく見たら、イラストの2人の服装と、小説の描写の服装がまるっきり逆という……。あわわ。。。

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