小春日和の中庭で。






執政の仕事というのはなかなか辛いものだ。
ましてや、まだ19の歳。正直、こんな立場でもなければ
興味も湧かない者のほうが多いだろう。
自分自身、やはり気が乗らないことも多く、
その度にダヴィットは休憩と称してこの中庭に来てしまうのだった。

「・・・ん・・・?」

いつもの特等席に座ろうとして、
今日は先客がいることに気づいた。
ラッシュ・サイクス。
ひょんなことから彼の妹探しに付き合うことになり、
それからどれほど共に過ごしてきたことか。
ダヴィッドが近付くと、軽く開いた口元から甘い吐息が漏れる。
まだ日中だというのに、どうしてこう、彼は誘うような姿を無防備に晒すのか。
捲れているシャツから覗く肌がひどく眩しいが、
さすがに温暖な気候とはいえ風が吹いているのだ。

「・・・どうした、ラッシュ。
 こんな所で惰眠を貪っていたら風邪をひくぞ。」

だからダヴィッドは、とりあえず自分の中に湧く衝動を抑え、
彼を案じる言葉を紡いだ。
彼が横たわる長椅子の頭に座り、そうして彼の顔を覗き込めば、
目が覚めたのか覚めないのか、
少しだけ身を捩り、そうしてまた寝息を立てる。

「・・・・・・まったく」

こんな姿を見せられて、落ち着いていられるほうがおかしい。
ダヴィッドは大袈裟に溜息をついた。
まだ部屋には積まれる書類。こんなことに現を抜かしている場合ではない。
けれど、目の前に飛び込んできた滑らかな首筋に、
息を呑む。
これでは、喰ってくれといわんばかりではないか。

「ラッシュ。本当に起きないなら、このまま襲ってしまうぞ?」

こんな、誰が来るかわからない場所で。
ラッシュがもし目を覚ましていたなら、絶対にさせてくれない状況なだけに、
少しだけダヴィッドも興味が湧く。
この場で、彼にキスをしたら、どんな表情を見せるだろう?
きっと、寝ぼけ眼で、
それでも、頬を染め、状況は把握した途端一気に青褪めるのだろう。
ひどく、興味深かった。

「・・・ぁ・・・」

彼のすぐ近くに、手をついて。
ゆっくりと、顔を近づける。
頭の反対側から指先で唇に触れると、普段とは違う角度に胸が高鳴った。
白い首筋に舌を這わせ、そのまま頬を辿る。
そうして。

「んっ・・・ふ・・・」

唇が、重ねられた。
柔らかな感触。熱い吐息。歯列は簡単に緩んだ。濡れた舌を捉える。
力の抜けたままのそれは、その代わりに抵抗もなにもなくダヴィッドを受け入れ、
男はひどく楽しい気分になっていた。
ラッシュが目を覚まし、もぞもぞと身を捩っているのがわかる。
それでも、唇を解放してやらずにいると、

「っ・・・」

殴られた。
右の手の甲で、胸元を強く叩かれ、
ダヴィッドは顔を顰めた。さすがに、怒ったか。
どうも、ラッシュには不意打ちというものが慣れないらしく、
ダヴィッドはたびたび彼にこっぴどく叱られているのだが、
どうやら彼は懲りないらしい。
仕方なく顔をあげると、
案の定、ひどく眉間に皺を寄せ、ダヴィッドを睨みあげていた。

「っ・・・寝込みを襲うって、ひどくね?」
「すまん・・・お前があまりに起きないんで、つい、な」

怒ってはいるものの、まだ身体は眠りの中にいるのか、
ダヴィッドの傍から逃れるつもりはないらしい。
ダヴィッドは安心した。どうやら、それほど怒ってはいないようだ、と。
宥めるように髪を梳いてやると、
う〜〜とでも唸りそうな顔をしつつも、
不満は言わずにまたもや瞳を閉じる。

「ラッシュ?」

それきり、何も言わなくなったラッシュに、
少しだけ不安になったダヴィッドは、彼の名を呼び覗き込んだ。
美しいその翡翠の瞳を見せないまま、
ラッシュは唇を動かす。

「・・・せめて、オレの許可を得てからしろよな。」
「・・・え?」

驚いた。
まさか、ラッシュ自身からそんな誘い文句が出てくるとは思わなかったから。
ダヴィッドは驚いて、そしてすぐにおかしそうに笑った。
なんて可愛いのだろう、と。
ラッシュはというと、そんなダヴィッドの態度にムッとするものの、
やはりまだ頭が半分眠っているのか、
自分がどれほど魅力的な言葉を吐いたかわかっていないのだ。
ダヴィッドは再度ラッシュを覗き込んだ。

「わかった。・・・ラッシュ。キスをしてもいいかい?」
「・・・・・・1回、だけだぞ」

そう、うつむき加減に告げるラッシュは、
ひどく頬が朱に染まっていて、ダヴィッドはまたこみ上げる笑いを抑えるのに必死だった。
まったく、可愛い人だ。
彼自身、1回で満足できるはずもないだろうに。
そう、そして勿論、自分も。

「っん・・・ぁ、んっ・・・」

今度こそ、容赦なく舌を絡めて、吸い上げる。
ひどく淫らで濡れた音が辺りに響いたが、ダヴィッドは気にしない。
どうせ、自分の庭だ。
誰も文句を言うものはいないし、
正直、彼との関係は今や公然の秘密でしかない。
別に問題はなかろう?と自分の心に言い訳してみる。
息の苦しさに、ラッシュの手がダヴィッドのシャツにしがみ付いた。
それが、続きをねだっているようで、腰の奥が熱くなる。

「・・・・・・部屋に行こうか」
「いいのかよ?仕事終わってないクセに」

唇を尖らせてそういうのは、
実は今朝、仕事のせいでラッシュの用事に付き合えなかったから。
ダヴィッドは苦笑した。
寝ぼけ眼の瞼に、平気だよ、とキス。
この我侭な恋人に、少しだけ付き合ってやろう。

長椅子からラッシュを抱えあげて、
ダヴィッドは再び自室へ戻るのだった。





end.

星蒼圏」のれっちょさんが↑のイラストを元に小説を書いて下さいました…!
ほんとうにありがとうございます!
情景や2人の描写が綺麗で読んでいて思わず前屈みになります