キノコの残照
             新井 壱坊
 9月末日、その日は朝から雨が降っていた。激しく降る時もあった。雨が止む時もあった。つまるところ、降ったり、止んだりだった。
「明日から禁漁にはなるが、どうせ谷は釣人で混んでいて、あまり良い釣りにはならないだろうから、キノコ採りにでも出かけるか。」と、キノコ採りの予定をしていたのだが、あいにくの雨だ。
「この雨、山女釣りなら歓迎しちゃうんだけど、キノコ採りだものなあ。でも、もうあのキノコ出ている時期だしな。いつも10月半ばだとおそいんだよな。」などと、雨空を恨めしく思って眺めていたが、「釣りに雨は付き物だし、キノコ採りだって同じようなもんじゃない。別に雨だって合羽を着れば平気じゃん。」ということで、女房とキノコ採りに出かけることにした。
「合羽と長靴、それに帽子。ああ、忘れちゃならない。この間戸隠で買ったキノコ採り用の籠。役に立ってほしいなあ。濡れたら困るので着替えと、・・・・」などと、気持ちを急変させ、ルンルン気分で用意をし、山に出かけることにした。
 雨の中、まずはMさん宅を目指し、車を西に向かって走らせた。時折、雨脚も弱まり、小雨になることもあったので、いくらか山登りが楽になるかと思われた。Mさん宅に着いた頃は、小雨模様になった。
 お茶などご馳走になった後、今度は車をしばらく北に向かって走らせた。Mさんの奥さんのSさんも山に登る予定だったが、合羽を友人に貸してしまっているということで、結局女房と2人で出かけた。
 いくつかの峠を越え、車は目的地に到着し、合羽を着て山に登り始めた。雨で滑りやすくなっているそま道を登り、山に入っていくと、例年だと10月にお目にかかるようなキノコは全く顔を出していない。(最も毎年キノコ採りに出かけるのは、渓流釣りが終わった後、10月に入ってからだったので、9月のキノコは渓流で見てもあまり気に留めなかった。)ぽつぽつ、名前のわからない、どちらかと言えば、毒のありそうなキノコが生えてはいた。アカモミタケの生える所を通り越し、ハタケシメジの生えるところに行くと、まだごく小さいのが出始めたところだった。そこも後日を期待して通り越した。少し行くと、ニンギョウタケモドキの仲間の黄色いコウモリタケがいくつか生えていた。このキノコは苦くて食べられないらしい。そして目的のキノコの生える場所に着くと、ナントいっぱい生えているじゃん。目的のキノコはセンニンタケと言い、コウモリタケと同じニンギョウタケモドキの仲間だそうだ。大きなキノコなので、10本もあれば、大漁?だ。戸隠で買った籠は縁起が良かった。かなり大きな籠だが、3分の1ほどが埋まった。そこより上の、別のキノコの生えるところは、まだ時期が早かった。
 早速、重くなった籠を肩にかけ、車に戻り、Mさん宅を目指した。籠のキノコを見るなり、MさんもSさんも、驚きの表情は隠せなかった。このキノコは、歯ごたえがあり、山の香りの濃い、おいしいキノコである。皆でレシピを考え、牡蠣ソース炒めと、ピザを作ることになった。その晩は、いつものようにほかの食材やお酒も加わり、楽しい夜が更けていった。
 それからは、毎週ハタケシメジ、ナラタケ、エノキダケ、アカモミタケ、クリタケ・・・・とキノコの変遷は続くが、11月の初旬まで、キノコ狩りと、キノコの宴が繰り返された。天然キノコが下火になる頃、時を待っていたかのように、自宅で原木栽培しているキノコがじゃんじゃん出てくる。クリタケ、なめこ、シイタケ、ヒラタケとキノコは続く。
 今年は、7月下旬からキノコ三昧で釣りに行った回数より、キノコ狩りに行った回数のほうが多くなってしまった。天然キノコは、丸3か月余り楽しむことができた。山の恵みに感謝なのだ。

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