『ヘールボップの夜が明けて』                      新井 一男

 長く尾を引くヘールボップを東の空に見ながら、ヒロトモンのプラドは御殿場を目指していた。

そう、今日はアマゴの解禁日なのだ。目的地は、鮎沢川という東名御殿場インターのすぐ近くを流れる川

である。酒匂川の上流に当たる。

 釣り場は、御殿場ファミリーランドのちょうど裏側だ。川からは遊園地施設が見え隠れする。まだ薄暗

い朝、ヒロトモンとカツミンと私は、目的の川に着いた。

 大会本部のようなテントが目に入り、そこで入漁券を購入した。

 解禁日兼大会日ともあって、タオルや洗面器も配られた。大会本部近くの橋の上から川を眺めると、

水量の少ない濁ったような川が目に映った。釣る気を失わせる川なのだ。川には一応淵もあり、名は忘

れたが、かなりメインの釣り場の淵に入ることに決め、ウェーダーを履く。川に入るやいなや、泥ともヘド

ロともつかない岸や川底に足を取られる。おまけにどぶ臭い。反対岸に渡ろうとするが、水の濁りで底は

全然見えないから、石があるやら泥なのやらわからない。とにかく、転んで汚い水に浸かり、破傷風にで

もならないよう用心した。岸はヘドロで、リュックを置く場所もままらならない。

 私はヘドロを嫌い、岩の上に場所をとった。ヒロトモンとカツミンは、淵の尻に場所を構えた。

 明るくなってみるととんでもないことが起きた。今まで誰もいなかった私の周りにどっと老若が押し寄せ

、目の前に、頭の上から、ダーッと雨が降ってきたように糸が下がった。なんだなんだと、そそくさ場所を

ヒロトモンとカツミンの下に移した。それを見ていた二人は、あきれて大笑いした。

 二人は入れ食い状態で釣り始めている。遅れまいと餌を流したとたん、すごい勢いで竿が持っていか

れ、あっという間に竿先が水中に沈んでしまった。必死でこらえ、竿先を水面に上げるが、糸鳴りととも

に再び水中に持っていかれる。そんなことを繰り返すうち、プツン。仕掛けを替え、餌を流す。また同じだ

。今度はとにかく慎重にやりとりして、やっとの事で水面に上げ、たもも持ち合わせていないので、足で

岸に蹴り上げた。 正体は、尺五寸を超える鱒だった。それから、尺三寸くらいがちらほら、尺くらいの鱒

やアマゴがざらに釣れた。もちろん例のプツンも繰り返された。

 ヒロトモンとカツミンも同様で、魚籠やふらしから魚が溢れ出てしまい、釣った魚のやり場に困っていた

。地元の人は、一号くらいの糸に鮎の友釣りで使うようなおもりを付けていた。濁り水なので、キスやコチ

を釣るときのように、底をたたくようにして釣ると釣果が上がるようだ。

 もう魚を入れる場所もないので、上がろうということになった。大会本部では、表彰の準備が進んでい

た。大物賞が主で、鱒部門とアマゴ部門があり、鱒部門でも二十五人くらいの人に賞品が用意されてい

た。鱒だと尺五寸、アマゴで尺三寸を軽く超えていないと、入賞は難しい。

 それから腹裂きをしようということになり、とにかくここでは無理だから、どこかきれいなところを探そうと

いうことになった。下流に向かっていると支流でも入るのか、水の澄んでいるところが見つかった。ここに

しようということになった。

 ウェーダーを履いているカツミンにサンダル履きのヒロトモンがおぶさり、浅い水溜まりを渡ろうとした。

カツミンは、また例のどろどろヘドロに足を取られ、ネバーエンディングストーリーの悲しみに取り憑かれ

た馬のように限りなく沈んでいった。

 カツミンにおぶさっていたヒロトモンのサンダル履きの足もヘドロに沈んだ。上で見ていたおじさんが「

小亀の上に親亀じゃあ無理だ。わっはっはあ。」と大笑いする一方で、悲しみに沈んでいく馬を叱咤する

馬より大きな騎手の声が悲しく御殿場の寒空に響いていた。

 腹裂きの後、二人はどちらが大量の食べたくない魚を持ち帰るかでもめていたが、結局、入れる冷凍

庫がないというカツミンの口実にヒロトモンが折れ、アマゴ二匹を除いて、一応ヒロトモンが持ち帰ったが

、その魚のたどった道については触れないでおく。

 この釣りの後、私は変なヤマメ釣りの癖がつき、ヒロトモンは、ある飲み会の後、カツミン宅でヘールボ

ップにうなされることになる。

 大物釣りの好きな方にお勧めの川です。三月の第二日曜日くらいが解禁日で、アマゴの釣れる期間は

、解禁から一週間くらいです。 放流される魚の姿は、きれいな方ですが、ちょっと臭いが気になります。

釣りに行かれるのは結構ですが、ウェーダーが臭くなったり、いろんなことがあっても、責任は負いかね
ます。
釣行記