…あなたの影をひきずりながら…の段              新井 一男
 
森進一の歌に港町ブルースという曲がある。そう、「背伸びして見る海峡を、今日も汽笛が

遠ざかる…」と始まる例のあの歌だ。そして、歌詞は「…あなたの影をひきずりながら…

港お〜宮古、釜石い〜、気仙沼あ〜…」と続く。その後にも、三崎、焼津から「燃えて身

をやく」桜島の鹿児島まで、南に向かって、いくつもの港町の名が次から次と出てくる。   

「そうだよな。絶対そうだよな。港町にはよお、きっとやさしくてよ、ひかえめでよ、ちょっと

影のあるような綺麗なお姉さんがカウンターの中にいてよ、覗きこむような眼差しでよ

『見かけないけど、どちらからいらして?』などとカランと氷の鳴った水割りを渡してくれ

たりして、……。」などと、ひそかな妄想をいろいろと抱きながら、毎年冬に仲間と港町

巡りの旅をしている。妄想の内容が実現するかはともかくとして、港町には、なんと言っ

ても、安くて、うまい魚がある。

 今年の冬は、宮古と気仙沼を旅した。 宮古は何度目になるだろうか。もう四回くらい

は来てるんじゃないかと思う。気仙沼も三回は来てるかなあ。四国の八幡浜などもなか

なかに趣があって、個人的には、大好きで、良いところなのだが、どうしても足が北に

向いてしまう。まあ、理由っていうのがあって、実際に、うまい魚があって、やさしい綺麗

なおねえさんが…ホントにいて…。ほんとかなあ。

 今回は、盛岡まで新幹線を使い、盛岡から山田線に乗り換え、宮古に向かった。 

盛岡を出ると、列車(とは言っても、2両なのだが)は、米内川(よないがわ:やがては

北上川に合流する。)沿いに、その上流を目指して進んだ。何十年ぶりの大寒波団の

大襲来で、例年より大分雪が積もっていた。列車はさらに米内川の上流を目指し

「ピッピー!ピッピー!」と警笛を鳴らしながら、たくさんの短いトンネルを抜け、さらに

長いトンネルをいくつか抜けると、今度はあのなつかしい閉伊川の上流に出る。

「おお、なつかしや、閉伊川よ。しばしヤマメでも釣って行こうかのお。」などという悠長な

言葉は出てこない。一面の銀世界なのだ。川も流れのゆるいところは、全面凍結している。

「む〜、閉伊川も冬はやはりこんなになっちゃうのね。」などと感心しながら、安心院の

麦焼酎を龍泉洞の水で割って飲んでいたら、突然、「硬派?」の竿先が、思いっきりU

の字を描いて、目の前を頭の上から絞り込まれる映像が、頭の中に浮かんできた。

ここの鮎の引きはものすげえんだよな。

「そうだ。京都に行こう。」みたいに、「そうだ。ヒロトモンに電話しよう。」と仕事中の

ヒロトモンに、酔っ払いは電話することを決意し、即実行に移した。

「えー、こちら閉伊川は、えー、現在、えー、全面凍結であります。えー、岩魚もヤマメも、

えー、ふか〜あい、深い淵のガマで、えー、おねんねしております。えー、…」などと訳の

分からぬ戯言を言い、「きっと、ヒロトモン、気を張りっぱなしで、良い気晴らしになったん

じゃないか。」などと電話し終えた酔っ払いは勝手に想像し、ご満悦だったが、いい迷惑

だったに違いない。まあ、友達というのは、たいへんいいもんだ。

その晩は宮古に宿泊した。お魚市場に寄ったり、骨董屋に寄ったり、偶然目にした鍛冶屋

で枝落としに使う鉈を買ったりなどしながら、夕暮れのさぶーい町を散策し、旅館でひと

風呂浴びた後、夜は蛇の目という名の寿司屋を皮切りに、いつものコースで、お気に入り

の店ではお手伝いもしながら楽しい夜はふけてゆき、〆はラーメン、さてはカツ丼、

カップヌードルと暴飲暴食の旅は順調に一晩目を終えていった。

 翌朝は、旅館で朝食を済ませたにもかかわらず、さらに宮古の駅で、健康的なめかぶ

蕎麦(健康的なものが入っていれば、いつでも健康的かというと、それは言うまでもない。)

を食べ、山田線を釜石方面に向かう。列車は、大槌川、小槌川と、良く耳にする川を渡り、

三陸リアスを南下し、釜石に到着する。釜石で昼食を取るため、町を少し散策する。

釜石と言えば甲子川である。産卵、放精を終えた鮭の屍が、川のあちこちから目に入っ

てきた。それから釜石で、三陸鉄道に乗り換え、さらに盛という駅で大船渡線に乗り換え、

気仙沼に向かった。気仙沼と言えば、これまた気仙川と言いたいところだが、気仙川は

陸前高田なのだ。まあそんなことはさておき、この辺はどの河川でも、ヤマメや岩魚、

鮎がうじゃうじゃいるらしい。この晩は、気仙沼に宿泊した。宮古同様、魚は申し分なく

うまい。そしてこの晩は、「ギンギラギンにさりげなくー…」などと踊らされたり、不本意な

ジャンケンをさせられたりして、アジアンな夜はふけていった。 翌日は大船渡線に乗り、

気仙沼を後にした。

 …港お〜宮古、釜石い〜、気仙沼あ〜…、あなたと鮎の影を引きずりながら、

この旅を終えた。

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