「二十九センチの大アユ」
 七回目の鬼怒川・勝山城趾公園前                    木崎 勝年

  一
 コツーン―
 ―
キタのかな?と、竿を立てると、ギューンと突っ走った。案の定「大アユ独特のアタリ」だっ

た。 ―でかいぞ、コイツは…、今までの引きとは違うぞ! ちらっと時計を覗くと、午後

一時四十五分。このアタリを四時間半ちかくも満を持して待っていたのだ。

―これゃあ今期最大の大アユかも… 強烈な引きで「ヒュー・ヒューヒュー・ヒュー」と糸鳴

りが連発。凄まじい糸鳴りが川面を劈く。その糸鳴りに上下流にいる人たちが一斉に

こちらを凝視した。対岸の見目のおやじさんが土手に腰を下ろし

「近頃よく所沢ナンバーで通って来る彼奴も、やっとそれらしき大アユを掛けたようだが、

取り込めるかな」といった表情を見せていた。

 ―これじゃあ、バラしたら超コッパズカシイぞ!いつもと違う緊張感が体を駆け巡る。

竿を寝かせて一歩も動かずにタメ続けた。

 ―時間なんかいくらかかったってかまあこったーねー。玉網に入れなくちゃあ意味なんか

ねーんだ。逃がした魚はデッカかったじゃーすまねーんだ…

 相模川・弁天崎で大アユを掛けたのも、ちょうど五年前の今日・九月十八日だった。

その後、これを上回る大物は、未だ釣っていない。

  二

 氏家町・勝山城跡公園前の「大漁オトリ見目」に八時半に到着した。

 今シーズン、ここは七回目である。既にここでは、二十七・八センチ(八月二十一日)

と二十七・三センチ(八月二十五日)の大物を釣っているが一度も糸鳴りはしていない。

 今年「尺アユ」が期待できる川は、何といっても富士川と鬼怒川だ。「まあ、それでも

名川・千曲川ぞ」と浮気虫が騒ぐので、よっぴて何回か出掛けたが、その都度雷雨に

よる濁りや増水で「千曲川鮎子」は微笑まず、最大二十四センチ止まりのためきっぱり

と手を切り、一方的に「鬼怒川鮎子」に縒りを戻した。

「お早うございます。お世話になってます」と言いながら小屋に入ると、見目のおやじさん

と体がガッチリしているいつもの人がいた。

「今日は一人かえ?」

と、おやじさんが訊く。七十を過ぎているように思えるが、商売の合間に友釣りをするほど

矍鑠としている。

「そうなんですよ」

「そうかえ、まあー茶でも飲みな」

 少し温い茶を出してくれた。

「おやじさん、友釣りは二十五日の土曜日までだよね」

「いや、二十四日までだっぺに。二十五日からは網と掛釣りが入るんだな、なあー」

と、体がガッチリとした六十アップと思われる人に確認を求めたのに、

「もう九時になるから始めるかな」と言って小屋を出ていった。

この人は、某市の過去の議員に顔も体も「そっくりさん」だが、人見知りするのか、

俺が今まで話しかけても返事をしてくれない性質だった。

「ところで根岸さんは来てないの?、川に居なかったけど…」

「今日は来てねえなー」と、呟くように言った。

根岸さんは細身で「そっくりさん」同様にオトリ見目の「常勤支援者」の一人で、今流に

言えば「ベリー・グッドュ・クライアント」と言うのだろうか。

俺はいつも「彼がやってるところが今日のポイント」だと参考にしてきた。

 今日はゲンを担いでキャップを「カリフォルニア」から「ブルーインパルス」に変えた。

竿も今まで三流メーカーの硬調を使ってきたが、これも一流メーカーの「引抜急瀬」

にした。おやじさんからオトリ一尾のプラスサービスを受け、対岸へゴムボートを渡す

針金の上に行った。 そこで釣っていた人に挨拶して釣果を訊くと、

「二十三センぐらいの小さいのを一本だよ」と寂しそうな口調で言う。

「でもさあー、オトリにちょうど良いじゃあないですか。ソイツならきっと尺物を連れて

くるかもね」と同情すると、「そうですね」と言いながら、目印のほうに顔を戻した。 

「あっ、根岸さんだっ」小屋から五十メートルほど上流対岸の柳の下にしゃがんで、

雑草に身を隠すようにして釣っていた。今日の釣技は「草化けの術」を使っていたのだ。

魂消た。「釣りキチ・三平」の世界だ。彼は友釣りが解禁すると、何か月も毎日毎日

友釣りに明け暮れているのだから、さぞかし「細んびー」の体に応えるだろう、などと

これまた同情してしまう。

 上流には、根岸さんのトイメンの「そっくりさん」を含め、等間隔で四人が並んでいるが、

ちょうど小屋前が空いていた。だだっ広い空からはときどき陽が射し、

早秋の爽やかな風が水面を撫で回していた。時折、勝山城跡公園の「幸せの鐘」

の音が聞こえてきた。

 沈思黙考―四時間

 小屋の横に張ってあるテント内で遅昼にし、気付け薬を二缶飲んだ。

 ―あーあ、今日はまったく釣れなかったなあ… 長嘆息を洩らした。

  三

 ―糸が切れちゃうかな?

 あれから大分時間が経ったような気がするが、それでも二分ほどだろう。今までこれ

ほどじっと溜めたことはない。「もういいでしょう」は、水戸のご老公の台詞だが、

竿尻を二尺ほど切り、上流に寝かせたまま二メートルほどバックした。

まだ糸鳴りがしている。

「バラせばいいのに」と思っている人もいるかも知れない。

 ―だが、俺は負けない

〔これから先は「秘密の取り込み」なので省略し、〕玉網で掬った。

―やったぜベイビー……見た瞬間、「コイツは尺アユだ!」と脳裏を掠めた。

「こんなにでかくちゃあ勿体なくてオトリに使えねえや」とほくそ笑みながら、

両手でしっかり掴んで引き舟に入れた。―やれやれと、ほっとしてタバコに火を点けた。

 十五分後にパンパンに張ったメスの大アユを釣って、気持ち良く車に戻った。

「尺」あって欲しい、と胸が高鳴るが、測定器に置くと何と『二十九センチ』でガッカリ。

簡単に「尺アユ」なんて言うが、なかなか獲れないものだと改めて実感した。

 それでも、五年前の相模川の大アユに比べて、○・五センチ大きく、八グラム重い

二百四十八グラムなので、俺にとっては「新記録」だ。

先だって閉幕したアテネオリンピックなら、まさに「金メダル」だ。そう言うと口さがない

連中は何を言うかわかったものではないが。 釣りは「自己満足」の世界だ。

 今年は何としても三十センチオーバーの「尺アユ」をこの鬼怒川で釣りたかった。

だが、これで俺の大アユ釣りが終わった訳ではない。

まだ十月一杯は富士川(静岡分)の「銀ピカ大アユ」を狙うつもりだ。

 納得しないから終わらない「俺の大アユの秋」 
釣行記