寂びしい季節がやって来た                              新井 一男

 八月中は来日していたフランス人とずっと遊んでいたせいもあり、1回、ヒロちやんと鮎釣

りに山形に出かけたきりだった。一ケ月の日本滞在を終え、八月の末日にフランス人が

帰国してしまったので、九月に入るといっもの生活パターンが始まり、釣りに行く余裕も

できてきた。久々にいつもの谷を遡行してみると、かなり魚影が薄くなったような気がした。

八月の長雨で食いが起って釣られてしまったのだろうか。秩父のお師匠さんからの情報

によれば、八月の中旬からあまり釣れていない様子だった。翌週もその下流に入ってみた

が、惨惰たるありさまだった。ちょっと心傷ついてしまったが、新たに岩松の生息地を見付

けたので、まあ何とか傷っいた心を癒すことがができた。

釣れないと周りの山が気になって仕方なくなり、水面を見つめる目も不真面目になってし

まうのだ。

餌はできる限り自前の物で釣るというこだわりがあるが、あまり釣れなかったのは餌のせい

だったのだろうか。それも否めなかったので、今度はちょっと種類を変え、いっもより少し

小型の餌を捜し、いかがなものか問うてみた。いっもと同じ時刻に家を発ち、思い悩んだ挙

句、入る谷を代えた。今年二度目の谷だ。最近雨があまり降ってないせいもあり、水量は

少なめだった。この谷は魚の形はこの前入った谷より小さくなるが、魚影は折り紙付きなの

で期待できた。家からの到着時間もこの前の谷より三十分以上近い谷だ。

途中、相変わらずいっもの場所に鹿たちがたむろしていた。車止めに着き、まだ暗い中、

熊よけの鈴をつけたリュックを背負い、懐中電灯を照らし、林道を四十分ほど登り、谷に

下りた。山の夜道はちょっといろいろな意味で怖いと思うと怖いのだ。

まだ竿を出せる明るさではなかったので、たばこに火をつけ明るくなるのをしばらく待った。

ようやく竿が出せそうになったので、谷に覆いかぶさる木の枝に気を付けながら、糸をたら

した。最初はこの谷の標準サイズ、次はちょっとこの谷ではめずらしい大きなサイズ。

いっも姿は見えるがなかなか釣れない淵からの反応だった。この時間にこの淵で釣るなん

てことは珍しい。いつもこの少し下流から入渓するからだなのだ。遡行を始めるとすぐ大滝

にぶつかる。マズメ時のせいもあってか大物も顔を出した。大滝を大きく右に巻き、淵の上

に降りる。この釣行最大の形がこの淵から出た。遡行を続けるといっもの淵から普段になく

大きな答えが返って来た。更に遡行を続け堰堤を左に巻き、林道が再び沢と交差している

上流に入った。

九月に入り、ヤマメも上流につめ始めたか、いくつかある堰堤の下に大きなサイズいた。

しばらく遡行を続け、餌も最後の五匹を切り、終点と予定していた最後の堰堤下からこの谷

にはあまり存在しなかった岩魚が二本出た。

岩魚については、過去に二度手にしたことがあっただけで、ヤマメだけの谷だったのだが。

漁協による放流のせいだろうが岩魚はこの谷には入れないで欲しい。餌の数のこともあ

り、今回は大物ポイントのみに絞って遡行した。

午後一時に納竿した。予想外のサイズがそろった久々の谷の釣りだった。

ただこの時期としては例年になく、サビというか婚姻色が出て、黒くなり始め、産卵を控え

玉子の大きくなったメスや白子の大きくなったオスが多かった。

このような魚を釣るというのは、かなり気が引け、なんともやりきれない気がするのだが、

寂しい釣り師の性故なのか。

今年の山釣も完全に終盤となった。たいへんお世話になった谷々に深く深く感謝します。

また寂しい季節がやって来た。
釣行記