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阪堺電軌 
■歴史
現在の「阪堺電気軌道」は上町線と阪堺線の二路線からなる。
そのの生い立ちを紹介すると
上町線は大阪馬車鉄道が1897年明治30年5月に設立、
1900年明治33年9月天王寺西門から東天下茶屋間が開通、乗客増加に伴い電化計画を進める中、1909年明治42年12月南海鉄道に合併、
1913年大正2年7月住吉公園まで延伸。今の上町線が完成した。
一方、阪堺線は、1910年明治43年3月阪堺電気軌道が設立、
1911年明治44年12月恵美須町から大小路が開通、1912年明治45年4月には浜寺まで開通し、
1914年大正3年4月平野線5.9km(今池〜平野)が開通。南海鉄道と乗客誘致で激しく競合し、
その結果1915年大正4年6月南海鉄道に合併、競争はおわってしまいました。
1944年昭和19年6月政府の企業統合政策により南海鉄道と関西急行鉄道が合併、社名を近畿日本鉄道と改称し、天王寺営業局所属の路線となりました。
終戦後1947年昭和22年6月、南海電気鉄道が発足、旧南海鉄道路線を分割、譲渡、
1980年昭和55年11月末平野線は大阪市営地下鉄谷町線天王寺・八尾南の延伸により廃止。同年12月、阪堺電気軌道として分離、現在の形が形成された。

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